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24 影との邂逅(後編)
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「……なぜあんな態度を?」
「人間らしく振る舞ったまでだ」
俺は倒れたテーブルを元に戻しながら答えた。
「我々で上手く丸め込めば、争いを終わらせることもできたはずじゃないのか?」
「丸め込む? 法律を盾に契約を踏み躙るつもりなら、やめた方がいいな。向こうは司法なんか知らない」
「君は人類が滅びることを望んでいるのか? 君が人を……憎む気持ちは理解できるが」
「望んでるように見えるか?」
「……」
「俺を信じるんじゃなかったのか? まぁお前がどんな態度だろうと、俺は失望したりしないが」
始めから期待してないからな、と俺は鼻で笑う。
「もし殺したければ、俺は今すぐにでもお前を殺す。躊躇するような性格じゃない。ただ俺は、お前に、人類に、義理があるから、こうして肩を持ってる。牙を剥かれれば背中に隠し、襲われそうになれば反撃する」
「それでも上手く言えなかったのか?」
「どんな態度を取ろうが、結果は同じだった。実際、奴は俺に好感を抱いてただろ。奴は人の心を読んでたからな」
そう言うと、官吏は驚いたように少し目を見開いた。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だ。取り繕う必要も、その意味もない。俺の本音も、お前の腹の底も、奴にはお見通しだ。ヴァンピールがみんなそうなのか、あの野郎が特別なのかは知らないが」
「どうして君は防がなかった? 精神盗聴の類なら、君には効かないだろう。できなかったのか?」
「盗聴された方が、本音を伝えるのは楽だ。お前は女を口説いたことがさそうだから知らないかもしれないが、メンヘラはギャップに弱い」
「つまり、演出したのか?」
「普通の人間はな、精神を盗聴されてることに気がつかないし、それに抵抗しようともしない。自分が特別だと信じて疑わない奴は、他に同じ『特別』がいることに気が付かない。その方が好都合だ。違うか?」
「……その通りだ」
官吏は呟いて、小さく息を吐いた。
「お前は気づいても良さそうなのに、気が付かなかったんだな。やっぱり酔ってるのか?」
「……そうかもしれないな。すまなかった、君に嫌な思いをさせて。私は君のことを信じている……それは本当にそうなんだ。ただ私は……君に共感している。君が……君がどれほど人類を、私たちを憎んでいるのか……私はもっと早くに……こうなることを予感すべきだった」
「酔ってるなら水を飲んで、さっさと寝ろ。また中央の役人共に虐められたのか?」
「……そんなことを、君に言ったか?」
「随分昔にな。聞いた俺は『奴らを殺すか?』と聞いた」
「……あぁ……そうだったかもしれない……」
本格的に、官吏の様子がおかしい。
呂律も回っていないし、どこか上の空だ。
俺は官吏を背負うように支えながら、店を出た。
「……お前、迎えの部下は?」
「…………」
「……おい、官吏」
「……」
ずたり、と彼の体が突然重くなった。
俺は咄嗟に反応し、倒れかけた官吏を支えた。
「官吏!」
「……」
返事がない。気絶している。
困った。俺は官吏の自宅など知らない。
このワーカーホリックは、ほとんど職場に住んでいる。
その職場が占拠された以上、官吏を何処に置いておけばいいのか。
下手に適当なホテルに放り出すと、この要人は暗殺なんかの憂き目に遭わないとも限らない。
「おい! お前どうするつもりなんだよ、おい!」
「……あぁ……」
官吏はなんとか意識を取り戻し、小さく呻くが、足下はおぼつかず、俺はその体を支え続ける。
「すまない、少し……寝ていた。疲れているんだ……」
「どうでもいいから、早く迎えを呼べ」
「何処かの……ホテルに、泊まる」
「お前、家は?」
「ない……」
「実家くらいあるだろ。住所はどこだ?」
「……行く宛が、ないのだ……私にはもう……」
「孤児みたいなこと言ってんじゃねーよ」
「……孤児……か…………」
「……あー! もうお前、監獄の寮にいろ! そこに泊まれ!」
「第四監獄は……女子寮だが……」
「第六監獄に決まってるだろうが! 死んだ息子の嫁に、どこまで面倒を看させるつもりだお前は」
「…………本当に君は……いい子だな」
どうにも変な状態の官吏は、力尽きたように、そこで目を閉じて再び気を失った。
俺は仕方なく官吏を背負い、そのまま車を止めて寮に向かうことにした。
「悪いな、昼間から酔い潰れたんだ」
「……そうですか。吐かないなら何でもいいですよ」
後部座席の官吏は、すっかりぐったりとしていて、曲がり角の度に車窓に頭をぶつけている。
官吏がこんなに爆睡しているところなんて、初めて見た。
何となくだが、官吏がこんな風に寝ているところはあまり見たくない。
「……官吏、大丈夫か? 何かお前、持病とかないだろうな」
「……」
「おい官吏」
「……」
「……」
返事がない、まるで抜け殻だ。
さっきのヴァンピールに何かされてこうなってるのか。
……いや、さっきまでは普通に会話してた。
「……雨、降ってきたな」
「……」
官吏は、少しだけ目を開く。
そして心底気怠そうに首を傾げ、空を見上げた。
「……あぁ」
そして俯いて目を閉じ、今度は小さな寝息を立てながら眠りに落ちた。
「人間らしく振る舞ったまでだ」
俺は倒れたテーブルを元に戻しながら答えた。
「我々で上手く丸め込めば、争いを終わらせることもできたはずじゃないのか?」
「丸め込む? 法律を盾に契約を踏み躙るつもりなら、やめた方がいいな。向こうは司法なんか知らない」
「君は人類が滅びることを望んでいるのか? 君が人を……憎む気持ちは理解できるが」
「望んでるように見えるか?」
「……」
「俺を信じるんじゃなかったのか? まぁお前がどんな態度だろうと、俺は失望したりしないが」
始めから期待してないからな、と俺は鼻で笑う。
「もし殺したければ、俺は今すぐにでもお前を殺す。躊躇するような性格じゃない。ただ俺は、お前に、人類に、義理があるから、こうして肩を持ってる。牙を剥かれれば背中に隠し、襲われそうになれば反撃する」
「それでも上手く言えなかったのか?」
「どんな態度を取ろうが、結果は同じだった。実際、奴は俺に好感を抱いてただろ。奴は人の心を読んでたからな」
そう言うと、官吏は驚いたように少し目を見開いた。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だ。取り繕う必要も、その意味もない。俺の本音も、お前の腹の底も、奴にはお見通しだ。ヴァンピールがみんなそうなのか、あの野郎が特別なのかは知らないが」
「どうして君は防がなかった? 精神盗聴の類なら、君には効かないだろう。できなかったのか?」
「盗聴された方が、本音を伝えるのは楽だ。お前は女を口説いたことがさそうだから知らないかもしれないが、メンヘラはギャップに弱い」
「つまり、演出したのか?」
「普通の人間はな、精神を盗聴されてることに気がつかないし、それに抵抗しようともしない。自分が特別だと信じて疑わない奴は、他に同じ『特別』がいることに気が付かない。その方が好都合だ。違うか?」
「……その通りだ」
官吏は呟いて、小さく息を吐いた。
「お前は気づいても良さそうなのに、気が付かなかったんだな。やっぱり酔ってるのか?」
「……そうかもしれないな。すまなかった、君に嫌な思いをさせて。私は君のことを信じている……それは本当にそうなんだ。ただ私は……君に共感している。君が……君がどれほど人類を、私たちを憎んでいるのか……私はもっと早くに……こうなることを予感すべきだった」
「酔ってるなら水を飲んで、さっさと寝ろ。また中央の役人共に虐められたのか?」
「……そんなことを、君に言ったか?」
「随分昔にな。聞いた俺は『奴らを殺すか?』と聞いた」
「……あぁ……そうだったかもしれない……」
本格的に、官吏の様子がおかしい。
呂律も回っていないし、どこか上の空だ。
俺は官吏を背負うように支えながら、店を出た。
「……お前、迎えの部下は?」
「…………」
「……おい、官吏」
「……」
ずたり、と彼の体が突然重くなった。
俺は咄嗟に反応し、倒れかけた官吏を支えた。
「官吏!」
「……」
返事がない。気絶している。
困った。俺は官吏の自宅など知らない。
このワーカーホリックは、ほとんど職場に住んでいる。
その職場が占拠された以上、官吏を何処に置いておけばいいのか。
下手に適当なホテルに放り出すと、この要人は暗殺なんかの憂き目に遭わないとも限らない。
「おい! お前どうするつもりなんだよ、おい!」
「……あぁ……」
官吏はなんとか意識を取り戻し、小さく呻くが、足下はおぼつかず、俺はその体を支え続ける。
「すまない、少し……寝ていた。疲れているんだ……」
「どうでもいいから、早く迎えを呼べ」
「何処かの……ホテルに、泊まる」
「お前、家は?」
「ない……」
「実家くらいあるだろ。住所はどこだ?」
「……行く宛が、ないのだ……私にはもう……」
「孤児みたいなこと言ってんじゃねーよ」
「……孤児……か…………」
「……あー! もうお前、監獄の寮にいろ! そこに泊まれ!」
「第四監獄は……女子寮だが……」
「第六監獄に決まってるだろうが! 死んだ息子の嫁に、どこまで面倒を看させるつもりだお前は」
「…………本当に君は……いい子だな」
どうにも変な状態の官吏は、力尽きたように、そこで目を閉じて再び気を失った。
俺は仕方なく官吏を背負い、そのまま車を止めて寮に向かうことにした。
「悪いな、昼間から酔い潰れたんだ」
「……そうですか。吐かないなら何でもいいですよ」
後部座席の官吏は、すっかりぐったりとしていて、曲がり角の度に車窓に頭をぶつけている。
官吏がこんなに爆睡しているところなんて、初めて見た。
何となくだが、官吏がこんな風に寝ているところはあまり見たくない。
「……官吏、大丈夫か? 何かお前、持病とかないだろうな」
「……」
「おい官吏」
「……」
「……」
返事がない、まるで抜け殻だ。
さっきのヴァンピールに何かされてこうなってるのか。
……いや、さっきまでは普通に会話してた。
「……雨、降ってきたな」
「……」
官吏は、少しだけ目を開く。
そして心底気怠そうに首を傾げ、空を見上げた。
「……あぁ」
そして俯いて目を閉じ、今度は小さな寝息を立てながら眠りに落ちた。
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