第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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22 影との邂逅(前編)

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 官吏は待っていた。迎えに来たらしい。

 てっきり俺が出向くのかと思ったら、違ったようだ。
 そしてそのまま、俺を懇意の料理屋の個室に連れ込み、飲み物を受け取って引きこもった。

「どうも」
「ごゆっくり」

 スタッフはそれだけ言って部屋を去った。


「殺すべきではなかったようだ」

 と官吏は言う。

 まだメニューも開かない内から仏頂面だ。
 どうやら腹ごしらえはできないらしい。


「何の話だ? そもそもお前から来るなんて、地下に槍でも降ったのか?」
「当初は君に対処させようと思ったが、間違いだった。あの場所は放棄する。奴らは鼻が利く」
「放棄するって、あの場所を? 何に対して?」
「ヴァンピールに対してだ。地下も地上も、両方な」

「何があったかくらいは説明しろ、俺にも分かるように」

 どうやら、よほど酷いことが起きたらしい。
 官吏は虚ろな目をして、こう言った。


「……昨日、幼齢のヴァンピールを殺しただろう」
「ああ、そうだな」

「遺体は捨てたが、奴らに匂いを嗅ぎつけられた。雨が降らなかったのが災いしたようだ」
「そういうことは今までもあっただろ。俺なしでも切り抜けてきた」

「今までとは違う……組織的襲撃だ。私は外出していたから、状況の把握が遅れた。襲撃と聞いて君を呼んだが……残念だが奪還は難しい」

「占拠されたのか? 治安維持隊は?」
「駄目だ。さっきも言ったが組織的襲撃だった。軍隊ごときでは手に負えまい。リーダーがいる。成体のヴァンピールだ、それも知能を持っている。貴重種だ」

 官吏は低い声で言った。


 貴重種とは、知能を持つなど他とは違う、特殊なヴァンピールのことだ。

 427は、分類上、貴重種の幼体ということになっている。
 他にも貴重種はたまにいたが、俺や治安維持隊や賞金稼ぎなんかに積極的に殺されがちなので、あまり存在していない。

 貴重種の成体は、今まで一度も観測されていなかった。


「貴重種の成体なんて、いたんだな」

「その通りだ。初めて観測した。知能も運動能力も桁違いで、恐ろしく強く残酷だ。現時点では、我が国に対抗手段はないというのが、私個人の見解だ」
「俺になら殺せそうか?」
「不明だ。故に奪還作戦には参加する必要はない。君を失ったら終わりだからな」
「……ハハ」

 嫌な責任を負わされたものだと、俺は苦笑いする。
 何であれ、俺は特別扱いされるのは嫌いだ。

「不死身の俺にも殺せない相手なのか?」
「相手は影に潜み、空間を自在に移動する。分からないというのが現状だ」
「悪魔相手なら、俺の翼でも突き刺しておけばいい」
「それは間違いないだろう。事実、私が逃げ延びたのは君の『贈り物』のおかげだ」

 官吏は、ぼんやりしたまま自分の胸元に手を当てた。
 俺の『贈り物』って何だろうか。昔俺からむしり取った羽根とかか?


「地下はどうなってる? 皆殺しにされたのか?」
「避難させることはできなかったが、むしろその方が安全だと判断した。入り口は隠されているし、爆破されるとしてもあの場所は地下深い。元々外部との接触を断って生活している彼らには、害は及ばないだろう」

「なんだかんだお前らってのはしぶといもんだと思ってたが、いよいよ人類滅亡か?」


 俺は茶化すように言ったが、官吏はいつもとは違う、ぼんやりしたような、虚ろな表情をしていた。
 
「……滅亡するとすれば、君はどうする?」
「お前らを守るために戦うだろうな。例え化け物呼ばわりされても。俺の忠誠心が心配か?」

「……いや、聞いただけだ。君のことは信じている」
「俺の忠誠心より先に、気にすることがあるだろ。今や敵は自分自身だ」


 俺は冷たいジュースを飲みながら言った。化学薬品の匂いがする。


「監獄は忙しくなるかもしれないな」
「職員は死んだのか?」
「ああ。生き残りはいるかもしれないが、私は把握していない」

 あのいけ好かない研究員が死にまくったことに関しては、正直全然悲しくないが、飛び上がって喜ぶほどではない。


「427はどうする?」
「どうするとは?」

「427はお前のとこからの預かりものだ。研究所自体がなくなったんじゃ、もう実験もできないだろ」

「引き続き預かっていてくれ。もしその気があれば、あの子に眷属を作らせることもできる。そうすれば……ヴァンピールを支配できれば、少なくとも人類がこれ以上殺されることはない」

「あのちっこいのを戦場に出すのか?」

 戦えるようには、とてもじゃないが見えない。「かんしゅしゃまー」とか言ってトテトテ走ってきて、頭ぶち抜かれて無残に食い千切られるのが目に見えている。


「ヴァンピールは野生動物に近い。身体能力は高いから、センスはあるはずだ」
「ヴァンピールの中身はな、人間なんだよ。それも、家族想いで甘えたい盛りの幼児だ」

 俺はそう言って、飲み物の匂いを嗅ぐ。
 どうやら柑橘系のジュースらしい。一口含む。


「官吏、お前は大丈夫なのか?」
「……私か? 見ての通り、命は助かったが」

「お前は、あの場所のボスだろ。責任って奴を、取らされないのか?」
「ボス、か……君には、そう映っていたのかな?」

 官吏はぼんやりと虚空を見つめながら、そう独り言のように言う。
 そう映ってたも何も、他の研究員とは明らかに階級が上だったと思うが。

「責任、か。……ふふ」

 官吏は少し笑って、自分の飲み物に手を伸ばし、一気に煽った。
 

「何がおかしい?」
「君は実に大きくなったなと……思っただけだ。責任か……そうだな、君も世のしがらみを理解する歳になったか」

 官吏はふらっと頭を揺らし、にへらと変な顔をする。
 気持ち悪い笑顔だ。

「馬鹿にしてるのか?」
「……いや、少し昔を……思い出した。君は幼い頃、よく尋ねたものだ……責務、体裁、感情……君は不思議がっていた……」

「今でもそうだが?」

「そうかもしれないが、だとしても君は上手くやっている。どこに出しても恥ずかしくない、立派な息子だ。君を育て上げたことこそが、私の人生で最大の偉業だと思っている」

「……酔ってんのか?」
「いや……少し、眠いだけだ」
「働きすぎなんだ、お前は」

 官吏がらしくないことを言うので、俺は彼から飲み物を取り上げたが、それはただの水だった。


「……で、その貴重種のヴァンピールは何のために研究所を占拠した?」

「何のために?」
「復讐が目的なら、もう十分だろ。救出が目的なら、既に不可能だ。なのにまだ奴らは居座ってる。何のためにいる?」
「……それは、考えていなかったな。ただ、拠点が欲しかったんだろう? 違うか?」


 その瞬間、空気が変わった。
 俺は天井を仰ぎ発砲するが、それは梁に突き刺さっただけだった。


「残念、違うナ」


 俺は官吏のことを座っていた椅子ごと蹴り倒し、テーブルの下へ追いやった。

 相手は目視できない。
 だが間違いなく気配を感じる。声も聞こえた。

 俺は再び発砲する。
 それは天井の空調を破壊し、間抜けなモーターが呻いて止まった。



「やめろ人間、僕はただ話がしたイ」


 声が聞こえた方を見ると、それは部屋の隅だった。

 俺と同じくらいか、それより一回り若い。いずれにしろ他のほとんどのヴァンピールよりも年上だ。

 そして、その半身は、まるで水の中に影に潜っているようだった。
 明らかに人間業ではない。


「ヴァンピールか?」

 俺はその頭に銃口を向けながら尋ねる。

「いかにモ」

 と彼は言った。

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