第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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11 希むもの(前編)

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 427は、図書館に行きたいと言った。
 絵本なんか読むんだろうかと思いながら連れて行ったら、見るからにグロ方面の成人誌を眺めていた。

「あっ」

 取り上げた。

「駄目だ」
「なんでぇ」
「駄目だ」
「……ふぇえ」
「かわい子ぶっても駄目だ」

 諦めた427は、世界の拷問100鑑みたいなのを引っ張ってきて読み始めた。
 内容としてはさほど変わらないが、学術誌であるため、閲覧を規制する理由がない。

 俺が思うに、こういう類の本は囚人が見ないで済むように看守用の書架に保管すべきではないだろうか。こんなもの死刑囚が見たら、暗い気持ちがさらに荒むような気がする。


 そういえば、594は何を読んでいるのかと思ったら、彼女は児童書に夢中になっていた。大きな絵本を広げて眺めている。可愛い。目の前で取り上げて泣かせたい。

 そんな様子で、俺はちょっとほっこりした気持ちでいたのだが、そんな癒しの時間を427は許さない。
 彼は嬉々としてうんざりするような暗澹たる尋問学の学術誌を広げ、拷問具の細かな説明を求めた。

「このベルトを、こうだ。こうして首に括る。分かるか? ここをこうだ、そうするとこう……でこうなるだろ? するとこっちに力が働く。で、こう体が捻るだろ。神経はここに通ってるから、刺激は逃げず、対象者は効率的に苦悶する。分かったか?」

「でも、あんまり痛くなさそう。トゲトゲしてない。鉄の処女さんのほうがいい」

「尖ってるものが痛いとは限らないだろ。それに棘なんてない方がいいんだよ。あんなもの、掃除が面倒で折れやすい。数回使うだけでボロボロになる。拷問官の身にもなれ。無駄に重たい鉄の棺の扉を開けたり閉めたり、中身が死なないように気遣いながら永遠に繰り返すとか、どっちが拷問されてるんだか分からない」

 427は目を背けたくなるような図解を眺めながら、ふんふん言っている。

 アングラに惹かれるお年頃なのだろう。そういう時期は誰にでもあるが、説明する俺の身にもなってほしい。


「看守さま、拷問きらいですか?」
「好きも嫌いもない。仕事だ」
「お仕事で拷問するんですか?」
「今はしてない」
「じゃあ、427のこと、拷問しますか?」
「しない」
「どうしてですか?」
「こっちの台詞なんだが?」

 俺はハァと短く溜め息を吐いて、427の頭を小突く。

「427、学術書なんて眺めてて楽しいか? 594と一緒に絵本でも読めよ。ほら、絵本ならいくらでも読み聞かせてやるから」
「拷問の方が好きです」
「俺と気が合うな。さすがは化け物だ」

 仕事道具の説明書に面白みを感じるわけもなく、俺は溜息を吐く。このガキ、仕事じゃなかったら絶対関わらないのに。


 594はというと可愛らしい絵柄の絵本を読んでいる。死刑囚が絵本を読む図は、なかなかシュールだ。可愛い。泣かせたい。

「594、面白いか?」
「えっ、あ、ええはい。絵がきれいだなと思って。このうさぎが主人公ですかね?」

 594は擬人化されたうさぎを指差して言った。

「読めば分かるだろ」
「文字を読むのは苦手なんですよ」

 苦手といっても限度がある。子供向けの絵本だから、そんなに難しいような表現があるわけでもない。
 それなのに594は文字をゆっくりと追いながら、時折前のページに戻ったりしている。

「教育を受けてないのか?」
「失礼ですね、初等教育は受けましたよ。数学の成績は一番でした」
「国語の成績は?」
「……国語は苦手だったんです。誰にでも苦手なことはあるでしょう?」

 594は、少しばつの悪そうな顔をして言う。
 どうやら、国語の成績は悪かったようだ。


「識字障害でもあるのか、お前?」
「……識字障害?」
「文字の認識に障害があるんだろ。数学が得意なら、数字は読めるんだろうが」
「どうかはよく分かりませんが……文字を読むのは昔から苦手でした」
「……ふぅん」

 絵本もまともに読めないなんて、そこそこ重度の障害だと思うが、認識してなかったのか。
 俺は別に障害というわけではないが、人の名前を全く認識できないので、気持ちは分かるとは言わないまでも、その苦労は少し察せるような気がする。

「読んでやろうか」
「え、はい?」
「俺が読んでやろうか?」
「いいですよそんな、恥ずかしい。子供じゃないんですから」
「俺とお前の間に、今更恥ずかしがることがあるか?」
「誤解を招くような言い方は止めて下さい。自分で読めます」

 594は俺から目を逸らし、少し俯いてそう言った。
 可愛い。今からでも麻薬と媚薬でぐっずぐずに溶かして快楽堕ちさせてやろうかな。


「かんしゅさまー」
「はいはい、なんだ?」

 しかし現実は、俺に懐くのは幼いクソガキ、427。
 このくらい594が俺に懐いたら、俺は彼女から興味を失うだろうか。


「看守さま、これ使ったことありますか?」
「そんな骨董品、今時使うわけないだろ。拷問官の試験でも廃止されてる」

「ふえっ、こんなに痛そうなのに?」

「外傷が派手だから、見世物にするにはいいかもな。今の流行りは日常外傷だ。ゆっくり時間をかけながら指先に針金を入れる」

「苦しいですか?」

「絶叫するような痛みはないが、自動化できるからかなり長時間にわたって責め続けられる。永遠に続くってのはそれだけで拷問だからな。痛みが想像できるだけあって恐怖感も凄まじい。指先の怪我で死ぬことはまずないからこちらとしても気を遣わなくて済む。メンテナンスも楽だ」

「看守さま、痛いですか?」

「想像してみろ。爪の間とかを太い針金が無限に這っていくんだよ。お前、注射は好きか? あれの倍ぐらい太いのが、お前のちっちゃい指の肉を内部から抉っていくんだ。痛くないわけないだろ」

「んへ、いたそう」

 このクソガキは、本格的なマゾらしい。
 やはり俺の好みじゃない。泣き叫んで嫌がってくれないと困る。

「看守さま、看守さま、これはなんですか?」

「ネジで締める。肉が潰れて、骨が砕けて、最終的には再起不能になる。処刑法の一つにネジ締め式全身圧殺がある」

「色々ありますか?」

「それを知って、お前は楽しいのか? 処刑法は様々だ。裁判所の方で指定されることもあるし、自由にやってくれって言われるときもある。だいたい担当の看守が俺に申請を出して、俺がゴーサインを出すと執行される」

「えっ」

 ビクッ、と594が肩を揺らした。


「なんだ594、俺に読み聞かせされる気になったか?」
「いえ……そ、その、あ、貴方が処刑の執行をお決めになっているんですか?」
「俺は許可を出すだけだ」

「ということは、貴方は看守長なんですか……?」
「言ってなかったか?」

 確かに俺は、そこまで自分の地位を誇示したりはしないので、言っていなかったかもしれない。
 俺は特に出世欲もないし、第六監獄の看守長になれたのだって、六割くらいは例の官吏のせいというかお陰なので、それほど誇ることでもない。


「何があるんですか、どのくらいありますか!」

 処刑というワードでにわかに元気になった427は、身を乗り出して俺に聞いてきた。
 何というか、別ベクトルで俺に似ているような気がしてすごく嫌だ。

「最終的に死ねば、それまでの過程は問われない。安楽死に近いのは落下式絞首刑、頭部射殺、薬物注射、機械式頭部切断あたりか。薬物は種類によっては地獄だが、いいのを貰えれば気持ち良く逝ける」

「一番長く苦しむのはどれですか?」

「さぁ。執行官によるだろ。鉄板焼きが一番長いだろうな。鉄板の上に柱を立てて、鎖に繋いだ囚人の腕を繋ぎ、鉄板越しに熱する。両足は火傷して、やがて立っていられなくなり跪く。鉄板に触れた部分から皮膚が貼り付くから、もう離れられなくなる。焼けるのは肌の表面だけで、しかも足から焼けていく。脱水で死んだが、それまでずっと苦しみ続けてたな」

「もっと派手なのがいいです」
「十分派手だろ。朝から晩まで叫び続けてるせいで、隣の監獄から苦情が出たんだよ。お陰で防音棟が建ったから、第六としてはプラスだったが」

「むぅ……でもやっぱり、処刑より拷問の方がいいですね」
「お前、看守の仕事に興味でもあるのか?」

 俺が言うと、427はふふっと笑って、「ないしょ」と言った。


 何を企んでいるのかと少し気になったが、それを追求しようとした矢先、俺はつんつんと袖を引かれる。

「ああ、なんだ594、今日はやたら甘えて来る日だな」

 やっとデレたか、と少し嬉しくなって俺は振り向く。今日は優しくしてやってもいいかもしれない。

 しかし、彼女は様子がおかしかった。


「うっ、うぅ、げほっ」
「おい594!」

 594は顔面蒼白で嘔吐した。
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