第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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09 らぶらぶオムライス

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「わぁい、ゼノさんだ!」

 歓声を上げて、427は594に突っ込んで行った。

 594は戸惑った様子だったが、それ受け入れる。
 まるで母親にするみたいに、427は594に甘えていた。

「ゼノさんかわいいね! 大好き!」
「えっ、か、かわいいですか? そんなことないですよ……」

「うわぁ、うわぁ、本物のゼノさんだ! 看守様、ゼノさんとお友達なの?」
「ゼノさん……ああキャラの名前な。死刑囚だよ。囚人番号594番と呼べ」

「ゼノさんじゃないの……?」

 427は露骨に落ち込み、泣きそうな顔で594を見つめている。
 どんだけ好きなんだよ。

「あっ、ああいえ、はい私はゼノさんですよ。そう呼んでください」

 慌てたように、594は427を抱き上げて宥めた。
 その手付きはやたらと手慣れている。やはり子供は好きだったのだろう。


「死刑囚は番号で呼ぶことになってる」

「いいじゃありませんか、相手は子供なんですよ。お目溢し下さい」
「……だめ?」

 こんなときに限って、427は露骨にかわいこぶっている。
 どうやら、媚を売って気に入られようとしているらしい。そんなにお前、あのキャラが好きなのか?

「……はぁ……好きにしろ」

「看守さん、この子は死刑囚なんですか?」
「違うが、そういうことになってる。終身刑みたいなもんだと思え」
「ゼノさんかわいい! すき! けっこんしたい!」
「は?」
「い、いけませんよ。そんなことをむやみに言うものではありません……」

 心なしか、594がちょっと嬉しそうだった。

 もし俺が594が子供好きだという情報を知らなかったら、どちらかをズタズタに引き裂いて殺していたかもしれなかったが、俺はその情報を知っていたので、とても冷静だった。

「ゼノさん、とってもかわいいから結婚したい! 看守さま、けっこんしていい?」
「俺が許すわけないだろ」

 そう言うと、427はビクッと耳を動かし、俺の方に走ってきた。


「もしかしてゼノさん、かんしゅさま、看守さまがすきって言ってた人……?」

 427は小声で俺に囁く。

「そうだよ」
「あっあ、そぉなんだぁ、看守さまが好きな人なんだ……! んへへ、ごめんなさぁい」

 427は無駄にドギマギしながら、下手くそな含み笑いをして、小声でくすくす笑う。

 なんか無性にムカつく。八つ裂きにしてやりたい。

 いやでも、盛り上がるのは勝手だ。よく考えてみれば、427が元気になるなら俺にとっても好都合だし。


「えっと……427番くん。よろしくおねがいしますね」
「かわいいね!」

 427は、しきりに可愛いを繰り返す。
 最初は困惑していた594も、そう言われて悪い気はしないのか、少し、嬉しそうな顔になっていた。

「看守さま、看守さま、427はゼノさんのご飯が食べたいです!」
「えっ、私の料理……ですか?」
「……手料理ってことか? ……あぁ、まあ、分かった。594、お前、料理は?」
「えっ、いえ、その……一応覚えはありますが、昔のことですし……大したものは作れません」

「毒じゃないならいい。来い、俺の部屋のキッチンを貸してやる」
「え、いえ、でも監獄にも調理場があるのでは?」

「お前、何人分の食事を作るつもりだ? あんなところに素人用の調理器具があると思うな。427、お前もついて来い」
「はぁい!」

「え、いえ、私はまだ作るなんて一言も……!」
「お前の仕事だ。作れ。拒否権はない」

 594の手首を掴み引っ張る。427はテコテコついてきた。嬉しそうにニコニコしている。

「ねえねえゼノさん、オムライスつくって、オムライス!」
「お、オムライスですか? オムライスはちょっと……私は不器用なので、上手くできないと思いますよ……」
「いいの、ゼノさんが作ってくれたのならそれでいい!」
「えぇ……」

 594は困ったように俺の方を見る。

「オムライスなんて作れませんよ、もちろん作って差し上げたいのは山々ですが、せいぜいカレーくらいしか……」
「ぐちゃぐちゃだろうが丸焦げだろうが別にいいんだろ?」
「はい!」
「本人がこう言ってるんだから、好きに作ればいい」

 俺は594の手首に手錠を繋ぎ、それを部屋の柱に繋いだ。
 冷蔵庫にはちょうど卵があった。

「看守さん、私本当に……卵を焼くともれなくスクランブルエッグになるんです」

「巻かなきゃいい。上に被せるだけだ。それなら簡単だろ。どうせお前はケチャップで何か書いて欲しいんだろ427。アニメは冒頭十五分しか見てないから、何か文言があるなら言え」

「はーとがいいです」
「ハートだな。聞いたな、594」

「どうして看守さんは彼の言うがままなんですか?」
「仕事だからだ。おい427、ちょろちょろするな。席に座れ」

 俺は427を捕らえて席に座らせた。


「……看守さんって、意外と真面目なんですね」
「真面目じゃなきゃこんなに出世できないだろ。俺は真面目だし才能もある」
「人より悪いのは趣味だけですか?」
「悪いか? 俺はいい趣味だと思ってるが」
「どうやら頭も悪いみたいですね」
「言ったな?」

 面白くなって、俺は594を抱き寄せてキスした。


「きゃっ」

 427が小さく悲鳴を上げた。このマセガキは、明らかに面白がっている。


「な、何をするんですか! 子供の前で!」
「キスしただけだろ、大袈裟だな」
「子供の前で卑猥なことをするなんて、虐待ですよ!」
「虐待?」

 俺は面白くなって、594の頭を掴み耳打ちした。

「夫婦のスキンシップが直接的な方が、子供の自己肯定感にはいい影響を与えるらしい」
「私と貴方はそんな関係ではありません……!」

 そもそも、子供を七人も殺しておいて、教育に悪いとはどういう了見なのかさっぱりだ。
 詰めて泣かせるのも楽しいが、あんまり虐めてしゅんとさせてもつまらないので、今日は虐めないで見逃してやるか。


「看守さま、ゼノさんと恋人さんだったんですね!」
「え?」
「だって、ラブラブでチューしてたから」

「えっ、あ、え、えぇいやでも……そういうわけじゃ……」

「恋人さんでしょ? チューもギューもしてたよ!」
「……そ、そう、ですね。こ、恋人、恋人ですよ」

 かなり不服ながら、594はそう言った。

 多分、セフレとか強姦とか性奴隷とか、不穏なワードを出したくなかったのだろう。
 やはり、子供には弱いらしい。敢えて否定して困らせてやってもいいが、これを利用するのも面白いかもしれない。

「そうだな、愛し合ってるからな」
「はっ?」
「恋人は愛し合うものだろ。互いに愛し合ってない恋人なんて、幼気な427には想像もできないよな?」
「できない! できない!」

 もしかして、さっき俺に「協力する」と言ったのはこういう意味だったのだろうか。

 だとしたら、とんだ詐欺師だ。427は純粋無垢な瞳で594を見つめている。

「……そ、そうですね! 全くその通りです!」

 可愛いな、こいつ。
 涙目で睨んでくるところも、怒りと屈辱で握った拳も、真っ赤な顔も可愛くって仕方ない。


「ふはっ……ふふ、ククッ、ははは。ははっ、はは、あははははは」
「な、何がおかしくて何笑ってるんですか!」
「可愛いなと思った」

「きゃっ、ラブラブ!」
「だから427、594と結婚するのは駄目だ。分かったか?」
「はい、分かりました!」

 427は物分かりよく、コクコクと頷く。
 どうやら、あっさり諦めた辺り横恋慕はお好みではないらしい。もし全部理解してこの態度なら、絶対に油断できないが。


「そんな、幼い子のすることですよ。釘を刺すことはありません」
「お前は美少年にモテて喜んでるみたいだが、浮気は許さないからな」
「ですから、そんなつもりでは……」

 彼女は困惑したように、俺の方を見た。

 彼女には枷をつけている。首枷と足枷。歩くのに不自由しない程度の長さの鎖で繋がれている。

 その首枷に指を引っかけ、引き寄せる。
 当然594は俺に体を寄せざるを得なくなる。

「427の前で犯されたくなかったら、しっかり俺に対する態度を考えろよ」
「こんなに愛らしい子なのに、何も感じないんですか?」
「俺はお前を愛してる」
「私は違いますからね」

 小声で会話をして、それから首枷から手を離す。その時首を見ると、擦れて赤くなっていた。

「お前、首痛いか?」
「首?」
「赤くなってる」
「痛いというほどではありませんよ。看守さんが無理に引っ張られたりしなければ」
「足は?」
「……足は痛いですよ。歩きますからね」
「そこ座れ」
「はい?」
「座れ。椅子があるだろ」

 ダイニングの椅子を指差してそう言うと、594は大人しく従った。
 俺は跪き、その足を取る。当然靴の着用など許されていない素足。
 足首は鉄に擦れて赤くなっており、小さく出血していた。

「少し待ってろ」

 俺は鎖をテーブルの脚と繋ぎ、部屋の奥の棚から救急箱を持って来た。

 枷を外す。594は大人しくしていた。

 怪我の部分を消毒し、ガーゼを張って包帯を巻く。これで直接当たることはないだろう。再び枷をする。


「もう片方も出せ」

 反対側は怪我をしていなかったが、包帯を巻いてやり、枷をした。

「痛くないだろ」
「え、えぇ……はい……ありがとう、ございます」

 594は、虚を突かれたように、キョトンとしている。

「首は後でフェイクレザーに変えてやる。そっちの方が擦れないから痛くない」
「……ありがとうございます」
「もうそろそろ炊けただろ。オムライス作れよ」
「……はい」

 594は何か言いたげにしていた。いい罵倒でも思いついたのかと、俺は「ん?」と首を傾げて発言を促す。

「……優しいんですね、看守さん」

 彼女は静かにそう言った。

「俺はいつだって優しいだろ」

 と、俺はそう言った。
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