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04 くさりの恋人

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「それからが大変だったんだよ。427はいいんだが、医者がビビッて逃げるからな。結局俺が採血する羽目になった。血管が細いのなんの……吸血鬼のくせに貧血とか、意味が分からない」

 暗い部屋に、重い鎖の音が鳴る。
 大きなベッド。ここは俺の部屋の寝室だ。

 監獄に備え付けられた寮の中では一番いい部屋で、寝室は2つ、それぞれにシャワールームがついている。

 メインのベッドルームのシャワールームは脱衣所つきで、ランドリーボックスに洗濯物を放り込んで共用の廊下に出しておけば、次の日にはきつい石鹸の香り付きで返却される。


「早く今日の食事を下さい、看守さん。私は空腹なんですよ」
「そう急かすな、今食べさせてやる」

 俺は硬いパンを、時間をかけて咀嚼し唾液と混ぜ合わせる。


 それを、嫌悪感に満ちた目で見つめる死刑囚。

 彼女は囚人番号594。俺の権限で、かれこれ半年以上は刑期を引き延ばしている。

 刑期の延長には五千字くらいの言い訳をもっともらしく書き連ねて提出しなければならず、求められる度に再提出しなければならないが、余程重要視されていない限り、ほとんど再提出は求められない。

 実際、俺が594のために書いたのは二回くらいだった。


 427はお世辞にも俺の好みではないが、この594は俺の好みだ。

 好みも好み、俺のために生まれて来たのではないかというくらいにドストライク。


「ほら、口開けて」

 ドストライク故に、俺はこの594を自室に連れ込みベッドに拘束し、かれこれ一年ほど監禁している。

「……」

 本当に心から嫌そうにしながら、それでも逆らえず嫌々口を開く594。
 俺は嬉々としてその口に口づけ、ドロドロになったパンを流し込む。

 クチュッ、とわざと音を立てる。
 594は意地でも声を出さず、それを飲み込む。

 その間、俺はたっぷりとその口腔内を堪能する。


「美味しかったか?」
「ええ、もちろんですよ」

 嫌悪感に歪んだ表情。あぁ堪らない。吐きそうな表情。俺のことなんて大嫌いだと言わんばかりの。

 一年もこんな監禁を続けているというのに、まだ俺に傅かない。

 解放されたところで、待っているのは死刑なのに、俺に気に入られようと媚を売ることすらしない。
 命を握られているために命令には逆らわない。しかしその誇りは絶対に折らない。

 あぁ堪らない。
 この高潔を、弄び、穢し、嘲笑し、侮辱する。

「じゃあ、また食べさせてやろうか」
「本当に飽きませんね」
「俺が飽きたら、それがお前の命の終わりだからな」
「でしょうね」
「死ぬのは嫌なんだろ?」
「ええ」

「じゃあもうそろそろ、俺に心も体も捧げるってのはどうだ?」
「そうしなければ殺すと言うなら、そうしますが」
「はぁ……本当にお前は」

 最高だよ。

 深く、強く、もっと辱めてやりたい。
 悪戯に喉を締めて、呼吸を止める。
 苦しげに歪む表情が、とてつもなく愛おしい。


「はぁっ、はぁ、はぁ、はぁ」
「ほら次だ」

 休ませることなく、次はサラダを注ぐ。
 トマトを噛み潰し、唾液を混ぜて押し込んで、苦しそうにバタつくのを、あえて鼻をつまんで呼吸を奪う。

「うっ、うぁっ、んぐっ」
「吐き出すなよ? 空腹なんだろ」

 酸素が足りず、酸欠からボロボロと涙を流す。
 あぁ可愛い。堪らない。可愛い。世界一可愛い。
 なんていい目で睨め付けてくれる。憎悪に染まった視線。

 きっとこの枷がなければ、力任せに俺の頬を殴りつけるのだろう。
 後先考えず、ただその憎しみを清算するためだけに、俺を踏みつけて、罵声を浴びせて、原形がなくなるまで、殴って殴って殴って、唾を吐いて。

 そんな彼女を組み敷いて、意のままに痛めつけている。


「はあっ、はっ、はぁ、」
「こっち向け。次だ」

「待ってくださ、い、休ませ、」

「苦しい? ああ、そうだろうな……ふふっ……可愛い顔をしてる。それでこそお前だ。ほら、もっといい顔を見せろ」


 生殺与奪を握る絶対有利の状況で、好みの女を苦悶させる。これ以上の贅沢があるだろうか。

 浅黒い肌には無数の鞭痕、男にも負けない筋肉質な腹直筋に体重をかけ、薄い胸板を肺の上下を感じながら潰す。


「愛してる」
「最低ですね、この変態」
「生きたいんだろ? だったら黙って遊ばれてろ」
「……っく」

 軽蔑の眼差しで睨みつけてくる。
 その表情が堪らない。


「おめでとう、今日の食事は終わりだ」

 毎日朝夕の二食、毎日、欠かすことなく食事を与え続けている。

 427と同じ餌やりでも、この時間は俺の至福の時間だ。
 彼女が潤んだ目で俺を睨みつけるのを見下ろしているだけで、日頃の疲れも吹き飛んで、本当に癒やされる。


「……どうも、ご馳走様でした」
「もういいのか?」
「私に拒否権をお認めになってから、お尋ね下さいませ」

 わざとへりくだって見せながら、鋭い目の端で睨みつけてくる。
 綺麗な色だ。暗闇でも光を失わない、美しい瞳。

「ふはっ……残念だが、担当ができたからな。これまでみたいに、毎食イチャイチャはできないかもしれない」
「それは僥倖ですね。神は私を見捨てませんでしたが、救いの手を差し伸べるのが、少し遅すぎます」

 不遜な態度で吐き捨てて、594は俺を睨みつけた。

「寂しいか?」
「いいえ全く」
「俺は寂しいけどな」

 彼女の表情は、嫌悪感に満ちていた。

 俺はその頭に手を回し、深く口づけ、解からせるように、頭を撫でる。
 嫌で堪らないのだろう、彼女は強く拳を握る。
 俺はその拳に手を添える。

「っ、この変態!」

 それなのに、一切抵抗できない。抵抗しない。
 その様が、堪らなく愛おしい。
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