第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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01 小さな囚人

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 もうずいぶん長い間、看守をやっている。

 昔から、俺の楽しみはずっと変わらない。


 看守になること。
 囚人共を足蹴にして、痛めつけて、屈服させること。

 恐らく、これは生まれ持った気性なのだろうと思っている。

 そこに正義感などない。それどころか怒りもない。
 俺にとって、それはただの娯楽の一つだ。


 俺は薄暗い監獄の廊下を、溜め息を押し殺しながら歩いていた。
 靴底が冷えた床を叩く度、独房の気配が硬く締まる。

「……」


 久しぶりに担当の囚人を持つことになったが、俺の足取りは重く気は進まない。
 囚人の情報が書いてあるカルテを読み込んだが、読めば読むほど気が進まない。

 何しろ、最初から従順な囚人はつまらない。

 俺に逆らったことを後悔させながら、指の骨を一本ずつ砕いていくときのあの歪んだ顔を思い出すだけで、眠れないほどの愉悦を覚える。

 いやそんな愉悦なんてなくても俺は眠れないのだけど、そんな細やかな愉しみすらも、反骨心のない囚人からは得られない。


 この大監獄にある第一から第六まで6つの監獄の隅々まで、特にそういうつもりもなかったのに、俺の性癖はすぐに知れ渡ることになった。

 第六監獄には俺よりも癖の強いのが大勢いるような気がするのに、納得いかない。


「はぁ……」

 独房は前面がマジックミラーになっていて、中から外を見ることはできないが、外から中を見ることはできる。

 独房の中は全面が鏡で、隙間なく照らされ、そのせいで通路は無駄に薄暗く、逆に独房内は夜でも明るいせいで、囚人にとっては過酷な環境だ。設計者は、看守にとっても過酷だとは思わなかったのだろうか。


 そんなこんなで、色々な部署を転々としたが、死刑囚を収監している第六監獄の看守長に任命されてからは異動していない。

 反骨心のない死刑囚の情報を眺めつつ、書類仕事をしながら他の看守を管理するのは、現場で囚人を虐めるよりは退屈だが、給料もいいし、自分の監獄内なら好き勝手やれるので気に入っている。

 上からしてみれば、下手に抵抗する囚人を殺しかけて問題を起こされるよりは、大人しい囚人を管理していてほしいということなのだろう。

 実際退屈だが、楽しいことが全くないわけではない。


「……囚人番号、427番」

 ……そんな俺の三年ぶりの担当囚人は、死刑囚ではなかった。

 囚人番号427番は、見るからに幼い少年だ。
 年齢は十三歳だそうだが、それより幼く見える。

 十三歳の死刑囚が珍しいわけではないが、第六監獄に死刑囚でない者が収監されるのは珍しい。

 死刑囚でもないのになぜこの場所に入れられているのかといえば、それはある種の『保護』であり『隔離』でもある。


 彼はヴァンピールだ。それも人間に協力的な。

 それは我が国、公国の歴史上、初めての存在だった。


 確か、ヴァンピールがこの国に初めて現れてから、既に六、七年が過ぎている。

 彼らは初めて発現してからというもの、人類の天敵として忌み嫌われ続けていた。

 そもそもヴァンピールは、公国の都の外、都外と呼ばれる場所で「悪魔症候群デビルズシンドローム」と呼ばれる感染症の患者の呼び名だ。

 その病に罹患した者は、発症すると理性を失い、周囲にいる者を皆殺しにする。そして彼らは、その血を啜り、通常の食事や睡眠を必要としなくなる。

 知能は著しく低下し、代わりに再生能力が生じ、超人的な身体的能力を得る。
 その肉体は呪われ、清浄な銀以外で傷つけられても即座に回復し、素手で鉄の鎖や人間の手足を引きちぎれるようになる。

 ただし銀については、触れると肌が焼け爛れ、相当の苦痛を受けるらしい。

 故に俺は高価な銀の弾丸を支給されていて、すぐに鎮圧にあたれるように装備している。


 そんなヴァンピールの中に、その他の特徴を備えながらも、知能を持つ者が存在するということは以前から認知されていた。

 しかし、彼らは人類に敵対的であり、ただでさえ見つけ次第即刻処刑が言い渡されているヴァンピールなので、未だに意思疎通は成功していなかった。

 そんな折、この囚人番号427番は、十三歳の誕生日に自らがヴァンピールであることを打ち明け、人間側に無条件で降伏し、投降し、人間のために尽くすことを誓った。

 それを受けた公国の治安維持隊は、地下の秘密研究所シークレット・ラボに427を幽閉し、その後、より安定した管理を実現するため、この監獄に送った。


 俺が担当になった理由は、俺の立場やら性格やら特殊体質やら、色々理由がある。

 何にしろ、この命令が矯正長から、またはそれより上から、直々に下されたその瞬間から、この痛めつけがいのなさそうな子供の世話をするのが、俺の最も重要な仕事になった。


 マジックミラー越しに、俺は始めてその子供を見た。

 囚人番号427番は常に銀の首輪が嵌められ、常に肌を焼かれ続けているが、それに不満を訴えることもなく、暴れる様子もなく、大人しく鎖に繋がれている。


 情報より、かなり弱っているように見えるのは気のせいだろうか。

 彼は衣服の1つすら身に着けることを許されていない。
 残念だが、それにエロティシズムを感じるほどには、俺の性癖は歪んでいない。

 首には首輪、両手足首にもそれぞれ枷がつけられている。
 それらは全て焼け爛れ、どす黒い血が滲み、ピンク色の皮膚が見え隠れしていた。

 さらにその枷は鎖で繋がれていて、両手に至ってはそれぞれ天井の角に向かって吊り上げられるように立ち姿勢で拘束されている。

 部屋はそれほど広くないが、体が小さいせいでほとんど万歳しているような格好に見えて痛々しい。
 しかも気を失っているのか、両手に全体重がかかって体全体が重く沈んでいる。


「……」

 そんな独房の中に入ると、皮膚を焼く嫌な匂いが鼻をついた。

 この悪臭の中に長時間放置されるだけでも結構な拷問だ。俺でもなかなか慣れそうにもない。
 その上427は、皮膚を焼かれ続けているのだからその苦痛は想像を絶する。

「……」

 そんな状況ではあったが、427はこちらの気配を感じたのか目を覚まし、ゆっくりと頭を上げた。

 シャリン、と鎖が擦れる柔らかな音が鳴った。


「ぁ……」

 と、彼は俺を見て弱々しい声を上げる。
 今にも死にそうだ。

「まだ声が出るんだな」
「は、ぃ……」

 そして、にへら、と力なく笑い、力尽きたように、再び俯く。

 
「……」

 反抗的ならまだしも、大人しい子供がボロボロにされているのは、お世辞にも見ていて気分のいいものではない。


 俺は部屋のマジックミラーを通常の鏡に戻すことで、部屋の中を外から見えないように切り替え、扉をしっかりと施錠して、少年に近づいた。

 ブーツの裏のゴムが、鏡面に反射する。

 その、小さな体を見下ろした。
 視線は合わない。動かない。

 小さな頭が、その体に不釣り合いなほどに大きく感じるほどにやせ細っている。

 というかそもそも、その体格は成長期の少年にしては小さすぎる。幼いと言っていい。
 少なくとも身長は明らかに低く、六歳や七歳くらいと言われても違和感がない。

 しかも完全に弱りきって、俯いていた。
 片目は酷く腫れていて、額からは血が流れている。閉じた瞼に血が乾き、見るからに誰かに殴られたように見える。

「俺はお前の担当看守だ。お前の世話を任された」
「……」

 427は不自由な体で会釈した。また鎖が揺れる。


 俺はその場に跪いて、持ってきた鍵で、まず片足の拘束を解いた。

 カチッ、という開錠の音がする。
 だが427は動かず、俺はわざわざ自分の手でそれを外してやらなければならなかった。

「ぁ、ありがとう、ご、ざいます」
「……ああ」

 皮膚の火傷は、思ったよりもさらに酷かった。

 正確には、悪なる存在が聖なる銀に触れたことによる火傷なので、炎や熱湯によるものとは違うはずだが、あまりにも惨く焼け爛れた皮膚は、まるで油で揚げた死刑囚の死体のようだ。


 俺はもう片方の枷も外した。
 そちらも同じくらい傷は酷い。

 痒かったのか、それとも痛みを誤魔化すためか、何度も鎖に擦ったらしく、枷に触れていなかった足首すらも、軽度の火傷を負っていた。


 枷を外す度、427は小さな声で「ありがと、ございます」という。

 しかし、逃げ出そうとか蹴ってやろうとか、そういう身動きを取ろうとはしない。
 たまに喋るのがなかったら、死んでるんじゃないかと不安になりそうなくらいに大人しい。

 両足を解放した俺は、次に手首の枷に鍵を差した。

 すると初めて、427が動いた。
 カチャカチャ、軽い音が鳴り、鍵穴がズレる。鍵が外れ、地面に落ちた。

「慌てなくても外してやる」

 俺は鍵を拾ってそう言ったが、427は一層強く手首を動かして、逃れようとした。

「おい動くな」
「……」

 強い口調でそう言うと、一旦は動きを止めるものの、鍵を入れようとすると身を捩る。

「動くな427、聞こえないのか」
「いいえ」
「動くな、これは命令だ」
「……はい」

 観念したのか、427は動くのをやめた。
 俺はそのまま手首の枷を外した。

 だがその瞬間、427はその手を握った。

「ッグェッ」

 と、427は小さく悲鳴を上げた。

 銀の手枷が、その手に握られていた。
 ジュウ、と真新しい皮膚が溶ける音と匂いがした。

 俺は軽く鎖を引っ張る。抵抗と呼べないくらいに弱い握力は、あっさりと負けてするりと枷は鎖と重力に従い、そのまま揺れて壁際にぶら下がった。

「……ありがとうございます」

 427は感情のない声で言った。

 俺は何も言わず、もう片方の手首の枷を外した。
 427は抵抗を見せ、それはさっきのよりも少しだけ力強かった。
 しかし所詮弱々しい子供のものなので、俺は別に苦労することもなく全ての枷を外した。

 しかし、彼は虚ろな目をしてその場に立ったままだった。

「座れ」
「ありがとうございます」

 427は床に正座した。俺は唯一残ったその首輪に手を伸ばした。

 彼は身を引いた。
 バランスを崩した体は後ろに倒れ、俺は427を押し倒す格好になった。

「……」


 427は何も言わない。
 何も言わないが、何か言いたげな目をしている。

 その細い手が首輪に伸びる。
 指先が触れる前に1つにまとめて片手で床に押さえつけ、鍵束を咥えて目的の鍵を探し、鍵穴に差し込む。


 ヒュ、と息を吸い込む音。


 427は明らかに抵抗した。
 両手に力が入る。

 俺はその体に馬乗りになって、動きを封じた。
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