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不機嫌な猫と掃除屋ロボット
ep20 おぼろ月夜
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「アイト、まだ起きてるか」
と、リソーサーが僕を尋ねて来たのは、深夜だった。
「うん。どうしたの?」
僕は机に向かって、杖の手入れをしていた。
最近はあまり落ち着いてこうして作業する暇がなかったから、つい熱が入ってしまった。
「明かりがついてたからな。暇ならクリーナーを手伝ってくれないかと思って」
リソーサーはいつもの服装に、髪も綺麗に編んである。今日はお風呂には入らないのだろうか。
「もちろん手伝うよ。掃除をするの?」
「掃除は掃除だけど、お前の思ってるのとは違う」
リソーサーは、杖を見ながら言った。
「それ、今使えるか?」
「使えるよ。え? 何、掃除って魔法が必要なの?」
「ああ。展望デッキでクリーナーを待機させてる」
そう言ってリソーサーは踵を返し、部屋を出て行った。
なんだろう、なんか嫌な予感がする。
僕は杖を持って、足早に部屋を出た。
展望デッキに行くと、そこにはクリーナーが佇んでいた。
そしてリソーサーは、壁にもたれかかってそんなクリーナーを見ていた。
「ちょうどいい時間だ」
「何か始まるの?」
「見てれば分かる」
空は降るほどに美しい星空で、やはり落ちそうなほどに大きな月が見える。
当然月明かりもすごくて、昼間ほどとは言わないまでも、明かりがなくてもそこそこ明るい。
そんな月をバックに佇むクリーナーは、まるでかぐや姫みたいに美しい。
白い髪が夜風にそよぎ、まるで一枚の絵みたいだ。
しかしそんなクリーナーは、姫らしからぬ得物を構え、殺気を出しながら空を睨みつけていた。
「ねぇ、どうしてクリーナーはあんなに殺気立ってるの?」
「決まってるだろ。『掃除』の時間だからだよ」
「いや掃除って……」
と、言いかけて僕は気が付いた。
複数の魔力生命体が、こちらに近づいてきている。
「……随分、高いところを飛んでる鳥だね」
「鳥なわけないだろ」
「分かってるよ」
僕は杖を構えて、臨戦態勢に入った。
「あれ、『天使の子』でしょ?」
それは、異世界から現れる異形の化け物。
召喚士が呼び出す存在、言ってしまえば僕の親戚だ。
彼らは天の意思によってこの世界に生を受け、邪悪なものを排除し、神の子たる帝国の民を守っている。
と、言われている。
が、その見た目は、どうひいき目に見ても魔獣に劣る異形の化物。
ずぶずぶに溶けた皮膚、浮き出た目玉。
千切れてぶら下がった足、不格好な翼。
天使に手を引かれて世界を渡ったものの、最早容貌すら定かではなく、そもそも元が人間なのかどうかも分からない。
理性を持たず、言葉すら失い、ただ亡霊のようにさ迷い歩く。
それがこの世界における、一般的な『転生者』の末路だ。
僕だって、もし適合する器が見つからなければ、ああなっていただろう。
「創造せよ・炎」
僕は、空中に炎を呼び出し、天使に杖を向けた。
「襲え」
夜空を塗り開き、炎は天使に直撃して燃え盛る。
天使は痛みを覚えている様子はなく、そのままふらふらと近づいてきた。
「……切り裂け」
天使の首が切り裂かれ、頭が落ちた。
天使は動きを止め、ゆっくりと溶け落ちていった。
「……」
ぼと、ぼと、と、火の着いたオイルみたいな黒い物体が落ちていく。
それはあまりにも不気味で、おどろおどろしい光景だった。
「クリーナー、他に敵は?」
「……」
クリーナーはこちらを振り返る。そして綺麗な青い目で、二度瞬きした。
「もういないらしい」
クリーナーは武器を仕舞って、ゆっくりとこちらに歩いて来た。
リソーサーは「お疲れ」とクリーナーに軽く声をかけて手を上げる。
「毎晩襲ってくるの?」
「毎晩じゃない。たまに流れてくるだけだ。マネージャーがレーダーで見つけて、昼ならガーディナーが、夜ならクリーナーが対応することになってる。見ての通り木偶だから、それほど脅威じゃない。ただ船には遠距離持ちがいないから、面倒なんだ」
「銃はないの?」
「汎用光線銃はあるが、使えるのは俺とフォロワーだけだ。フォロワーの体格じゃ難しいし、俺は武器は持たない」
「それじゃあ、船の砲台とかないの?」
「戦艦じゃないからな」
天使の子も、飛行能力がある種類は多くないけど、飛ぶ種類は厄介だ。頭は悪いけどリーチがあるから、遠くから狙撃されかねない。
「ところで、クリーナーって戦闘要員なの?」
「ああ。『掃除屋』だからな」
リソーサーは頷き、クリーナーを呼ぶ。
「行くぞクリーナー。ジムの掃除だ」
「……」
クリーナーは、リソーサーを見つめて、一度瞬きした。
「アイト、協力してくれて助かったよ。おやすみ」
「掃除するなら手伝うよ。目も覚めちゃったし」
「寝なくていいのか?」
「昨日、たくさん寝たから」
「お前がそう言うなら……」
「クリーナー、僕も手伝っていい?」
「……」
クリーナーは僕の方を見て、ゆっくりと一度瞬きした。
「じゃあ、俺は明かりを点けて待ってる。アイト、クリーナーを連れて来てくれ」
「うん、一緒に行くよ」
「……」
リソーサーは足早に船内に戻っていった。
「……」
クリーナーは、僕の方を見て一度瞬きした。
「どうしたの?」
「……」
僕は再びクリーナーの手を握る。
『ありがとう』
「さっきと第一声が一緒だね」
僕は少し可笑しくなって笑った。
「何か言いたいことがあるの?」
『リソーサーは 変です』
「そうかな……そんな感じはしなかったけど」
『ユーザーを 頼りました』
「リソーサーは、あまり人を頼らないの?」
『はい』
クリーナーは、しばらく何も言わなかったが、僕から離れようとはしなかった。
僕が彼女の言葉を待っていると、彼女は慎重に話し始めた。
『……りそーさーは ゆーざーを しんらい している』
……聞き取りにくい。やはり長文は苦手なようで、急に解像度が落ちる。
「そうかな? 別に特別信頼されてるつもりはないんだけど。頼るって言ったら、クリーナーのことも頼ってるし」
『くりーなーは ろぼっとと おなじ と りそーさーは おもう』
「……そう? 仲がいいのかと思ってたけど」
確かに、リソーサーはクリーナーをあんまり人間扱いしてないような感じはする。クリーナーに意思を確認することもしないし。
でも、マネージャーに対してもそれは同じだ。システム相手には、冷たいのかもしれない。
「……そうだね。辛いよね」
『くりーなーは ざんねんと おもわない とうぜん』
「そう? 僕は、クリーナーにも心があると思うけどな」
『認める 不要』
「……そっか」
それは、クリーナーがそう言うなら、僕が言うことではないのかな。僕は「そうなんだね」と呟いた。
『くりーなー しごと くりーん すること。りそーさーは くりーなーを ほじょする かんりしゃ』
「……そっか」
『リソーサー 大切』
(クリーナーはリソーサーのこと、好きなんだな……マネージャーも、いつも一緒だって言ってたし)
『リソーサー、きっと、ユーザーを……』
何かそこまで言うと、クリーナーは急に視線を逸らし僕から手を離した。
「どうしたの?」
その視線を追いかけて、僕が振り向くと、そこには、リソーサーがいた。
どうしてこの子、いつも音もなく現れるんだろう。リソーサーってより、サイレンサーなんだけど。
「あ、リソーサー。ごめんね、呼びに来てくれたの?」
クリーナーと話していたせいで、遅くなってしまったのだろう。ジムから引き返して、呼びに来てくれたようだ。僕はそう思ってリソーサーに声をかけたが、リソーサーは動かない。
「リソーサー?」
船内の光のせいで逆光になっているせいで、表情は分からない。
ただリソーサーは何も言わずに立ちすくんでいる。
「どうしちゃったんだろ。リソーサー?」
僕は首を傾げて、リソーサーに歩み寄った。
「っ……!」
しかし、リソーサーは僕に背を向けて駆け出し、あっという間にはしごを駆け下りて行った。ダンダンダンダン、という激しい足音が聞こえる。
急に逃げ出された僕は、呆気にとられてただ呆然と立ちすくんだ。
「……え、どうしちゃったの。僕、何かしたっけ……っいってぇええ!!」
突如、後頭部に走る鈍痛。
僕は悲鳴を上げて杖を構え振り返った。
『おいかけろ』
そして振り返ると、無表情のクリーナーが、僕にブラシを向け、その手で僕の首を掴んでいた。
なんでだろう、表情は変わってないはずだけど、どことなく憮然としているような気がする。
「ど、どうしたのクリーナー」
『おいかけろ』
クリーナーは再びブラシを振り上げる。
とんでもなくヴァイオレンスだ。冗談じゃない。僕は慌ててクリーナーを突き飛ばして二歩下がる。
「お、おいかけろって、リソーサーを?」
クリーナーは青い瞳で僕を見つめた。
その魔力は微弱すぎて、その激しい意志すらも、直接触れないことには僕にすらも読み取れない。
と、リソーサーが僕を尋ねて来たのは、深夜だった。
「うん。どうしたの?」
僕は机に向かって、杖の手入れをしていた。
最近はあまり落ち着いてこうして作業する暇がなかったから、つい熱が入ってしまった。
「明かりがついてたからな。暇ならクリーナーを手伝ってくれないかと思って」
リソーサーはいつもの服装に、髪も綺麗に編んである。今日はお風呂には入らないのだろうか。
「もちろん手伝うよ。掃除をするの?」
「掃除は掃除だけど、お前の思ってるのとは違う」
リソーサーは、杖を見ながら言った。
「それ、今使えるか?」
「使えるよ。え? 何、掃除って魔法が必要なの?」
「ああ。展望デッキでクリーナーを待機させてる」
そう言ってリソーサーは踵を返し、部屋を出て行った。
なんだろう、なんか嫌な予感がする。
僕は杖を持って、足早に部屋を出た。
展望デッキに行くと、そこにはクリーナーが佇んでいた。
そしてリソーサーは、壁にもたれかかってそんなクリーナーを見ていた。
「ちょうどいい時間だ」
「何か始まるの?」
「見てれば分かる」
空は降るほどに美しい星空で、やはり落ちそうなほどに大きな月が見える。
当然月明かりもすごくて、昼間ほどとは言わないまでも、明かりがなくてもそこそこ明るい。
そんな月をバックに佇むクリーナーは、まるでかぐや姫みたいに美しい。
白い髪が夜風にそよぎ、まるで一枚の絵みたいだ。
しかしそんなクリーナーは、姫らしからぬ得物を構え、殺気を出しながら空を睨みつけていた。
「ねぇ、どうしてクリーナーはあんなに殺気立ってるの?」
「決まってるだろ。『掃除』の時間だからだよ」
「いや掃除って……」
と、言いかけて僕は気が付いた。
複数の魔力生命体が、こちらに近づいてきている。
「……随分、高いところを飛んでる鳥だね」
「鳥なわけないだろ」
「分かってるよ」
僕は杖を構えて、臨戦態勢に入った。
「あれ、『天使の子』でしょ?」
それは、異世界から現れる異形の化け物。
召喚士が呼び出す存在、言ってしまえば僕の親戚だ。
彼らは天の意思によってこの世界に生を受け、邪悪なものを排除し、神の子たる帝国の民を守っている。
と、言われている。
が、その見た目は、どうひいき目に見ても魔獣に劣る異形の化物。
ずぶずぶに溶けた皮膚、浮き出た目玉。
千切れてぶら下がった足、不格好な翼。
天使に手を引かれて世界を渡ったものの、最早容貌すら定かではなく、そもそも元が人間なのかどうかも分からない。
理性を持たず、言葉すら失い、ただ亡霊のようにさ迷い歩く。
それがこの世界における、一般的な『転生者』の末路だ。
僕だって、もし適合する器が見つからなければ、ああなっていただろう。
「創造せよ・炎」
僕は、空中に炎を呼び出し、天使に杖を向けた。
「襲え」
夜空を塗り開き、炎は天使に直撃して燃え盛る。
天使は痛みを覚えている様子はなく、そのままふらふらと近づいてきた。
「……切り裂け」
天使の首が切り裂かれ、頭が落ちた。
天使は動きを止め、ゆっくりと溶け落ちていった。
「……」
ぼと、ぼと、と、火の着いたオイルみたいな黒い物体が落ちていく。
それはあまりにも不気味で、おどろおどろしい光景だった。
「クリーナー、他に敵は?」
「……」
クリーナーはこちらを振り返る。そして綺麗な青い目で、二度瞬きした。
「もういないらしい」
クリーナーは武器を仕舞って、ゆっくりとこちらに歩いて来た。
リソーサーは「お疲れ」とクリーナーに軽く声をかけて手を上げる。
「毎晩襲ってくるの?」
「毎晩じゃない。たまに流れてくるだけだ。マネージャーがレーダーで見つけて、昼ならガーディナーが、夜ならクリーナーが対応することになってる。見ての通り木偶だから、それほど脅威じゃない。ただ船には遠距離持ちがいないから、面倒なんだ」
「銃はないの?」
「汎用光線銃はあるが、使えるのは俺とフォロワーだけだ。フォロワーの体格じゃ難しいし、俺は武器は持たない」
「それじゃあ、船の砲台とかないの?」
「戦艦じゃないからな」
天使の子も、飛行能力がある種類は多くないけど、飛ぶ種類は厄介だ。頭は悪いけどリーチがあるから、遠くから狙撃されかねない。
「ところで、クリーナーって戦闘要員なの?」
「ああ。『掃除屋』だからな」
リソーサーは頷き、クリーナーを呼ぶ。
「行くぞクリーナー。ジムの掃除だ」
「……」
クリーナーは、リソーサーを見つめて、一度瞬きした。
「アイト、協力してくれて助かったよ。おやすみ」
「掃除するなら手伝うよ。目も覚めちゃったし」
「寝なくていいのか?」
「昨日、たくさん寝たから」
「お前がそう言うなら……」
「クリーナー、僕も手伝っていい?」
「……」
クリーナーは僕の方を見て、ゆっくりと一度瞬きした。
「じゃあ、俺は明かりを点けて待ってる。アイト、クリーナーを連れて来てくれ」
「うん、一緒に行くよ」
「……」
リソーサーは足早に船内に戻っていった。
「……」
クリーナーは、僕の方を見て一度瞬きした。
「どうしたの?」
「……」
僕は再びクリーナーの手を握る。
『ありがとう』
「さっきと第一声が一緒だね」
僕は少し可笑しくなって笑った。
「何か言いたいことがあるの?」
『リソーサーは 変です』
「そうかな……そんな感じはしなかったけど」
『ユーザーを 頼りました』
「リソーサーは、あまり人を頼らないの?」
『はい』
クリーナーは、しばらく何も言わなかったが、僕から離れようとはしなかった。
僕が彼女の言葉を待っていると、彼女は慎重に話し始めた。
『……りそーさーは ゆーざーを しんらい している』
……聞き取りにくい。やはり長文は苦手なようで、急に解像度が落ちる。
「そうかな? 別に特別信頼されてるつもりはないんだけど。頼るって言ったら、クリーナーのことも頼ってるし」
『くりーなーは ろぼっとと おなじ と りそーさーは おもう』
「……そう? 仲がいいのかと思ってたけど」
確かに、リソーサーはクリーナーをあんまり人間扱いしてないような感じはする。クリーナーに意思を確認することもしないし。
でも、マネージャーに対してもそれは同じだ。システム相手には、冷たいのかもしれない。
「……そうだね。辛いよね」
『くりーなーは ざんねんと おもわない とうぜん』
「そう? 僕は、クリーナーにも心があると思うけどな」
『認める 不要』
「……そっか」
それは、クリーナーがそう言うなら、僕が言うことではないのかな。僕は「そうなんだね」と呟いた。
『くりーなー しごと くりーん すること。りそーさーは くりーなーを ほじょする かんりしゃ』
「……そっか」
『リソーサー 大切』
(クリーナーはリソーサーのこと、好きなんだな……マネージャーも、いつも一緒だって言ってたし)
『リソーサー、きっと、ユーザーを……』
何かそこまで言うと、クリーナーは急に視線を逸らし僕から手を離した。
「どうしたの?」
その視線を追いかけて、僕が振り向くと、そこには、リソーサーがいた。
どうしてこの子、いつも音もなく現れるんだろう。リソーサーってより、サイレンサーなんだけど。
「あ、リソーサー。ごめんね、呼びに来てくれたの?」
クリーナーと話していたせいで、遅くなってしまったのだろう。ジムから引き返して、呼びに来てくれたようだ。僕はそう思ってリソーサーに声をかけたが、リソーサーは動かない。
「リソーサー?」
船内の光のせいで逆光になっているせいで、表情は分からない。
ただリソーサーは何も言わずに立ちすくんでいる。
「どうしちゃったんだろ。リソーサー?」
僕は首を傾げて、リソーサーに歩み寄った。
「っ……!」
しかし、リソーサーは僕に背を向けて駆け出し、あっという間にはしごを駆け下りて行った。ダンダンダンダン、という激しい足音が聞こえる。
急に逃げ出された僕は、呆気にとられてただ呆然と立ちすくんだ。
「……え、どうしちゃったの。僕、何かしたっけ……っいってぇええ!!」
突如、後頭部に走る鈍痛。
僕は悲鳴を上げて杖を構え振り返った。
『おいかけろ』
そして振り返ると、無表情のクリーナーが、僕にブラシを向け、その手で僕の首を掴んでいた。
なんでだろう、表情は変わってないはずだけど、どことなく憮然としているような気がする。
「ど、どうしたのクリーナー」
『おいかけろ』
クリーナーは再びブラシを振り上げる。
とんでもなくヴァイオレンスだ。冗談じゃない。僕は慌ててクリーナーを突き飛ばして二歩下がる。
「お、おいかけろって、リソーサーを?」
クリーナーは青い瞳で僕を見つめた。
その魔力は微弱すぎて、その激しい意志すらも、直接触れないことには僕にすらも読み取れない。
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