追放勇者はヒューマノイドと空で生きたい

白夢

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血の勇者

EP01 警戒、目を視て心を覗く術。

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 リソーサーは、中性的な容姿と、百パーセントを生体に由来したボディが特徴的なヒューマノイドだ。
 採用担当であり、人事的な評価を行うことを目的に設計された。

 比較的初期の段階でプロジェクトはスタートしたが、開発は極めて難航した。

 生物的なボディパーツの影響で、人格のインストールが安定せず、旧バージョンのプロトタイプの中には、研究員を殺害した個体もあった。


「フォロワー、これは反逆か?」
「ち、違うのリソーサー、わ、わたし、本当に知らなくて……っ」

 涙を浮かべて謝るフォロワーに、リソーサーは憎しみにも似た怒りを募らせ、その体を突き飛ばす。
 フォロワーはそのまましりもちをついて、震えながら泣き出した。

「ごめんなさい、ごめんなさいでも、だって、ガーディナーを助けてくれたから……いい人だと思って……」
「どうしてお前はいつも間違えるんだ、フォロワー? なんでお前はそんなに無能なんだ?」
「ごめんなさい、リソーサー、わたし……」

 フォロワーは地面に座って、ぽろぽろと泣き始めた。
 その様子に、リソーサーはさらに苛立ちを募らせて手に持った杖を振り上げる。


「待って」

 その杖を、いつの間にか近づいてきていたアイトが掴んで止めた。
 ガーディナーを背負っているせいで、やや猫背になっている。

「フォロワーは悪くないよ、やめてあげて」
「……何様のつもりだ、『血の勇者』。俺達を皆殺しにしておきながら、どの面下げて!」

 リソーサーは叫ぶようにそう言って、アイトを鋭く睨みつけた。

「僕は、あの時とは服装も違うし、雰囲気がだいぶ変わったから。悪趣味なアクセサリーもしてないし、フォロワーが気が付かなくても無理はないよ。名乗らなかった僕が悪いんだ」
「そう思うなら、どうして自分から名乗らなかったんだ? フォロワーを騙して、隠れ家を見つければ、討伐の報奨金でももらえるのか?」

 リソーサーは、アイトを挑発するようにそう言ったが、アイトは静かな口調を変えることはなかった。
 
「……僕はもう、勇者じゃないんだ。名乗る身分を失った」
「でも勇者だっただろ。紛れもなく、この国を滅ぼした、『血の勇者』だ」
「そうだね。それは……否定しないよ」

 その飄々とした態度が気に入らない。
 リソーサーは、さらに鋭くアイトを睨みつける。

「それで、どうしてこちらにお出ましに? 元勇者様。どうしても俺達を皆殺しにしないと、気が済まないんですか?」
「僕の過去は消えないけど、今と未来なら変えられる。僕は……僕はみんなを、この国の人達を、帝国から守りたくてここに来た」

 アイトはリソーサーを、真っすぐに見返したままそう言った。


「守り……たくて?」

 人を見抜くように作られたリソーサーには、人の心を読む機能が備えられている。
 アイトはリソーサーから、決して目を逸らさなかった。

 その深すぎる絶望をもって、彼はリソーサーのことを真っすぐに見返した。
 それはリソーサーが、彼のその発言の真意と、その感情を知るために、十分すぎる時間だった。


「色々あって、僕は、帝国の人達の、信頼を失った。そしてあの国を、追放された」

 そして彼は、贖罪のためにこの場所を目指した。
 帝都から遠く離れたこの場所まで、たった一人の孤独な旅を続けた。

(ここに来るまでに、何を失ったんだ? 仮にも、帝国の英雄が、こんな目をするか?)


「リソーサーが僕を許せない気持ちは、よく分かるよ。僕を殺して、少しでも気持ちが軽くなるのなら」

 その言葉は重かった。
 その深い絶望の色をした黒い瞳は、積み重なった死体のそれによく似ていた。

「僕は他の人より死ににくいけど、あの子達みたいにみんなで僕を嬲り殺しにしてもいいんだよ。リソーサー」

 アイトは、どこまでも優しく、そして真剣に、深刻に、そう言った。

 リソーサーは、自分でもほとんど無意識のうちに、まるで底の見えない沼のようなその暗闇に、魅せられていた。

「……俺は、殺しはしない」

 リソーサーは小さく呟いたが、アイトの感情に揺らぎはなかった。そこにあるのは深い絶望と、病的なまでの諦観だけだ。自分の生死にすらも、全く心が動かないようだった。

「あ……あぅ、っと、ええと、そ、その……あ、あのね、アイトさんは、すっごく優しいし、その……リソーサー、あの、『視て』くれたら、分かると思う……」
「黙れ」

 リソーサーは吐き捨てるようにフォロワーに言い放ち、強く握った杖を、そのままアイトに押し付けるようにして渡した。

「ガーディナーは俺が背負う。お前が護衛しろ、俺は武器を持たない、その方が適任だ」
「……ありがとう」

 アイトはそう言って微笑み、杖を受け取った。


 リソーサーはアイトから目を背けて、座ったフォロワーの腕を掴んで引っ張り上げた。

「いつまでもメソメソするな、フォロワー」
「う、うん……ご、ごめんなさい」

 フォロワーの体は、リソーサーの体よりもずっと小さい。
 少女、幼い子供のサイズだ。

 成長途中というわけではない。これでフォロワーはだ。
 設計者はどうしてこんなボディを用意したのか、未だに分からない。


「……二人に聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいいかな」

 アイトはガーディナーの体を、リソーサーに受け渡しながらそう言った。

「リソーサーは、フォロワーのお兄さんか何かなのかな。それで、ガーディナーは……二人の……護衛、なのかな。僕、三人の関係がよく分かってなくて」
「ただの仕事仲間だよ」
「仕事仲間?」
「わたし達は、人を模して作られた人工生命体で、ヒューマノイドって呼ばれてます。わたしも、リソーサーも、ガーディナーもそうです。ユーザーの最高のパフォーマンスをサポートするために、設計された存在なんです」

 とフォロワーが言う。

「俺は人事部で仕事をしてた。採用とか評定とかが仕事だった」
「異世界にもそういうの、あるんだ。確かにリソーサーって、人事部って感じだよね」
「え、あ、そうか?」

 そう言われるのは、決して悪い気分ではない。リソーサーは自分の職務に誇りを持っていた。

「共感性が高いっていうのかな。優秀そうだし、人を見抜くのが上手そう」

(俺のは共感性が高いっていうか、ただの精神盗聴だけど……)

 それでも、そんな風に褒められることは滅多にないので、リソーサーは不覚にも少し嬉しく感じた。

 相手が誰であれ、評価されるのは嬉しかった。

 忠実に、そして親切に。
 全てのヒューマノイドは、貢献することに喜びを感じ、積極的に手助けする。そのように設計されている。


「三人は、一緒の場所で暮らしてるの?」
「一緒にいるの、私達だけじゃないですよ。この前、マネージャーの通信部分が破損しちゃって、だからその修理ための部品を探しに来たんです」
「マネージャー、って人もいるんだね。その人もみんなみたいに、作られた存在なの?」
「みんなそうですよ。ヒューマノイドです」
「ヒューマノイド、か。フォロワーに、リソーサーに、ガーディナーに、マネージャー」

 と、アイトは口の中で繰り返した。
 彼はリソーサーに合わせて、ゆっくりとすぐ隣を歩いている。

「それってやっぱり、役職の名前じゃなくて、本人の名前なんだよね」
「役割の名前だ。個体識別記号はあるが、俺達の中に同じ役割の奴はいないし、区別する必要がないから、そう呼び合ってる」
「役割、があるんだね。みんなにも」


 そう。それこそがヒューマノイドの存在意義だった。

 ユーザに仕え、その働きをサポートすること。
 危険すぎたり、煩雑でつまらない業務を引き受け、代替すること。

「もしかして、みんなの住んでる場所に、みんなを作った人もいるの?」

 しかしそれは、今となっては、既に失われてしまった存在意義だ。


 リソーサーは、仕方なく口を開いた。

「……あの放棄された研究所跡を見ただろ。もう、あの場所には誰もいない。俺達のユーザーは、一人残らず殺されたよ。帝国軍おまえらに」
「そう、なんだ。そうだよね。僕が……殺したんだし」

 アイトは、少し悲しそうに言った。
 リソーサーは、その感情を読み取ろうかと思ったが、声を聞いているだけで、その暗すぎる感情に自分が引きずり込まれそうになって、中止した。


「でっ、でも、その、一人残らずっていうのは言い過ぎだよ、リソーサー。確かに、今は誰もいないけど、研究所には秘密の抜け道がたくさんあったし、全員が死んじゃったわけじゃないよ! きっと……」
「そうかもな。でももうここには戻って来ない」
「それは、そうだけど……でも」

 フォロワーは何とかして言葉を紡ごうとしていたが、上手くできないようだった。

「……」
「……」

 重い沈黙が流れる。
 それを破ったのはアイトだった。

「……ごめんね、嫌なことを考えさせちゃって。でも、フォロワーやリソーサーが生きていてくれただけでも良かったよ。本当に……ごめん、みんなに怖い思いをさせて」

 リソーサーは、横目で彼の目を見る。
 アイトは深く後悔しているようだった。何故そんなにも悔やんでいるのか、リソーサーには分からなかった。

(アイトも、望んで戦ったわけじゃないのか? ……それとも、どこかで心変わりしたのか)


「あ、アイトさんが謝ることじゃないですよ! 研究所では、その、軍事兵器も開発してたから、戦争で破壊行為の標的になるのは、し、仕方ない……よね? リソーサー」
「……そうだな」

 リソーサーには、どうして擁護する必要があるのかは分からなかったが、わざわざ波風を立てる必要性も感じなかったので、端的に同意した。


「……あっ、ほら、見てください! 船が見えましたよ!」
「船?」

 リソーサーの背後にいたフォロワーが、タタタッと軽快に駆け出して大声を出し、目の前を指差す。
 言われたアイトは、首を傾げて木の向こうを覗き込もうとした。


「おい、そんな大声を出したら……」

 思わず呻いたリソーサーが言うが早いか、黒いデッキブラシを持ったクリーナーが、飛び出して来るのが見えた。
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