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28- 優先は先約だなんて当然で

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ーーー

 その日の早朝、たまたま目が覚めたリスペディアは、久しぶりにテドと話したような気がした。

「あっ……おはよー」

 にこ、と笑ったテドは、何故か片手にフライパンを持って笑っている。

「……おはよう。何してるの?」
「あー、僕? お腹空いたんだよね。だから何か食べようかと思って」

 フライパンの上には、雑に根っこから引き抜かれた草が乱雑に乗せられている。

(これ、食べるつもりなのかしら)

「……私が作ってあげるわよ」

 見かねたリスペディアはそう言って、ストレージから食料を取り出して言う。

「ありがとう」

 テドは目を細めて笑って言った。


「アンタ、一人?」
「そうだよ」
「リリーは?」
「向こうで寝てる。サシャの尻尾にくるまってるよ。もう本当、なんであんなに可愛いんだろうね、リリーって」
「……アイメイクアゥイシュ・トザ・スピリト・ァヴファイァ。ァカーランス」

 リスペディアはフライパンに直接熱を与え、料理を始める。

「あぁねぇ、リスペディア。僕、リスペディアに聞きたいんだけどさ」
「何よ」
「リスペディアって、どうしてそんなに慎重なの? 僕、シエルに聞いたよ。リスペディアはすごく強いんだって」

 遺跡の壁に体をもたせかけながら、テドは尋ねた。
 早朝すぎて、まだ日は昇りきっていない。空は薄暗い。

「ここの魔物を全部倒せるくらいに強いんでしょ? じゃあ僕やシエルが戦わなくても、一人で戦えばいいのに。雪山にだって、一人で行けるんじゃないの?」
「行ったわ。一人で。でも誰も現れなかったのよ」

「現れなかったって、精霊さんが?」
「そうよ。何年も前のことだけど。私の存在に気が付かなかったのか、それとも、わざわざ応えるまでもない存在だと思われたのか。彼らの興味を引くのは、簡単じゃないわ。そのためにリリーとテドの存在が必要なの」

「何年も前? リスペディアは何歳なの?」
「……アンタと同じくらいよ。年齢なんてどうでもいいでしょ」


 リスペディアはフライパンを適当に地面に置き、テドにフォークを渡した。作ったのはスクランブルエッグだ。
 テドはフライパンを片手に持って、それを食べ始める。

「それより、私も質問していい?」
「何?」
「アンタ、自分の感覚が周囲とズレてることは、気づいてる?」
「周囲って何? リスペディアのこと?」
「……そうね。私でもいいし、ギルドの職員でもいいわ。アンタのお兄様やお兄さんじゃない、そしてシエルやリリーでもない……人間よ」
「感覚なんて人それぞれじゃない? うん、これ、美味しいよ」

 テドは、なんでもないようにそう言って卵を食べ続ける。


「ねぇ、聞いてテド」

 リスペディアはその正面に座り、テドの顔を覗き込む。
 その感情はよく読めない。

「人間は、人間を殺すことを躊躇うわ。ほとんどの人間が」
「へぇ、そうなんだ」
「あなたは、なんとも思わないの? 人を……仲間を手にかけることを」

 テドは、フォークを持つ手を降ろして、リスペディアのことを見つめた。
 その顔にいつもの笑顔はなく、無表情というか、真剣というか、とにかくいつもとは違う顔だった。

「魔物や亜人を殺すのと、人間を殺すのって、何が違うの?」
「少なくとも、私にとっては違うわ。魔物を殺すように、人は殺せない。私は、亜人も、そして人間も、できることなら誰も殺したくない。でも、襲われたら殺さざるを得ない。だから目立ちたくないの。狙われたくもない」

「そうなんだぁ……僕からすれば、一緒だけどな」

 とテドは言い、再び卵を一口食べた。
 しかし、一口だけ食べて、フォークを置いた。

「でも、リスペディアのことは殺したくないよ」

 テドは呟くように言って、リスペディアのことを見つめた。

「……」
「……何?」
「……んー……」

 テドは首を傾げる。

「……リスペディアの力って、よっぽど色んな人がほしいんだろうなぁって」

 テドはいつものように笑って言った。

「約束したしね。リスペディアが僕にレベルを上げてくれるなら、その代わりに僕はリスペディアを守るよ。何があっても」

「……それは、信じてもいいのかしら」
「僕が嘘を言うのは、人を殺すときだけだよ」
「嘘とは言ってないけど。アンタ、すぐ約束とは忘れそうだし」
「他のことは忘れても、依頼と約束は忘れないよ。僕らにとって、信頼と契約は何よりも重要なんだ」

 テドは、心底楽しそうに舌を出して笑った。
 その舌は、まるで生き血のように赤かった。

「うわぁ! ご、ご主人様! ご主人様!」
「……ん? なんだろう。サシャが騒いでる」
「敵です! ここから見えます!!」

 遺跡の一階の窓を乗り越え、尻尾を振りながらサシャが大声で捲し立てている。

「一瞬でしたが、同じ帽子が見えました! 間違いありません!」

ーーー


「へぇー、死んじゃったんだ。お兄さん、僕より強かったのに」

(あぁ……分かったわ)

 どうやら、テドが約束を守るというのは本当らしい。
 リスペディアは拳を握った。

「知らないみたいだけど、私、敵が一人なら弱くないのよ」
「そうなの? 人間には弱いんでしょ」
「そうね。さすがに、アンタ相手でも直接心臓を抉るのは無理かしら。でも、手足の自由は奪えるんじゃない?」

 テドはゆっくりと歩いて来る。

「じゃあ、何か魔法をかけてみたら?」
「詠唱を始めた途端、アンタが踏み込んできそうね」
「何もしなければ、何もできずに死ぬだけだよ」

「リディア、ワタシでも時間稼ぎくらいならできるぞ! 早く逃げろ!」
「大丈夫よ、シエル。テドのことはよく知ってるわ」

(リリー。リリー聞こえる?)
『……ナンダ、イノチゴイ ナラ キカネーゾ』
(リリー、あの男はテドを撃つわ。テドを守れる?)
『ムリ。 オレノ 「スキル」ハ テドノ マリョクヲ ツカウ』
(なら、テドの【魔力】が回復すれば問題ないのね?)
『ウン。デモ ソレ オマエニ カンケイナイダロ』

 リリーは不思議そうに言う。

(関係あるのよ。とにかく、テドを守って。いい?)
『ワカッタ。オマエニ イワレナクテモ オレハ ソウスル』


「どうしたの? 急に黙っちゃって」

 テドは足を止めて言った。
 距離は体二つ分くらい。

(ここが限界か)

 リスペディアはゆっくりと、足を踏み出す。

「……話をしましょう。短い間だったけど、一緒に旅した仲よ」
「もう話なんてすることないよ。ねぇシエル、僕に殺気を向けないで。気になるんだけど」

「アンタからは殺気を感じないわね」
「そうでしょ? えへへ、僕は訓練したからねー」

 テドは嬉しそうに顔を綻ばせて言った。

「ターゲットに知られないようにしてるんだ。暗殺術の基本だよー」
「あらそう。てっきり、アンタがこうやって立ってるのはブラフで、リリーが巨大化して襲い掛かって来るのかと思ってたわ」

「昔ならまだしも、今のリリーにそこまでの力はない、かなぁ」

 テドは唐突に走り出す。

 その指先を注視していたリスペディアは、その指先が素早く動き、手の平にあった暗器の刃が外向きに付け替えられたことを知った。


「……分かったわ、好きなだけ持っていきなさい」


 リスペディアが突き出した拳を、テドはその手の平で受け止めた。


 何か固いものが激しくぶつかる音がした。続けて二発。
 その後何かが砕ける音がする。

 リスペディアは反射的に身をかがめた。その頭上を通り抜ける弾丸が見える。

 視界の端で砕けた障壁が、僅かに弾丸の勢いを殺したことを知る。

「クゥ!」『イイゾ、ヤッチマエ!』


「シエル、サシャを連れてこっちに! アイカミャンド・ザ・バウンドリ・スピリト。イツザ・ゥオール・ザト・サラウンズ・メイン。ァカーランス」

 立て続けに撃ち込まれた弾丸が、見えない壁に突き刺さり背後に突き抜けたが、一発は壁を突き抜けた。
 しかしそれはかなり減速していて、シエルの剣に弾かれる。

「困ったな。何が起きているのか全然理解できないぞ」
「後で教えてあげるから、今は私たちを守って」
「よし、了解したぞ!」


 テドのことを言えないくらいに素直なシエルは、飛び降りたサシャを捕まえて、自分の背中にぽいっと放り投げる。


「……聖女様って、意外とご主人様のこと信頼してるんですね」

「アイカミャンド・ザ・スピリト・ァヴィジァビス。イトスプレズ・ヴェーティクリ・フラム・マイフィンガティプス・カネクティング」

 リスペディアはサシャの呟きには答えず、ストレージを開いてロッドを取り出した。


「私はテドを補助するわ。シエル、お願いね」
「信じてもらえて何よりだ!」

 シエルは再び剣を振り、空中の弾丸を叩き落とす。

「……なんで当然のように、弾丸を剣で相手してるんですか?」

 再び呟いたサシャは、体を縮こめて沈黙した。
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