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23- きっと恐らくラッキーボーイ
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「リディア、ワタシはある噂を知っている」
と、シエルは言った。
「噂?」
「ああ。冒険者ギルドではなく、傭兵クランの中でのことだ。彼は一部の亜人たちにとってはカリスマ的存在で、その存在は一種の伝説となっている。亜人解放の英雄だと」
「あぁ……」
(一部の亜人っていうのは、亜人至上主義派のことなのね……)
「つまり、それがテドかもしれないって言いたいの?」
「テドの超人的な強さ。あれだけの才能を持つにも関わらず、冒険者登録すらされていない。耳や尻尾を切り落とした亜人かもしれないぞ」
「……どうかしらね」
リスペディアはシエルの言葉に思い当たる節がいくつかあった。
テドは純粋で、単純だ。その上自分や仲間の生死に関心がない。それらは亜人の性格だ。
「でも私、テドは人間だと思う」
しかし、リスペディアはそう言った。
「テドは確かに馬鹿正直だし、無邪気で残酷なところもあるけど、それでも人間よ。ただ、亜人のように育てられた可能性はあると思うわ。人間は育てられた環境で変わるものだから。私は、テドの兄って奴と、その仲間が、亜人なんじゃないかと思う」
「あぁ、それはワタシも感じていた」
シエルは、死んだまま放置されている男に手を伸ばし、その帽子を掴んだ。
やや嫌な匂いを放ち始めている男は、死後硬直の解けた体で、くたりとそのまま倒れてしまった。
その頭には、髪と同じ色の獣の耳があった。ウサギの耳だ。
無理矢理帽子の中に折りたたまれていたせいで、変な跡がついている。
「……案の定ね」
「そうだな。頭は亜人の特徴が出やすい、それを隠すために帽子を被っているのだろう」
「シエルは耳に特徴はないし、下半身が丸ごと人間じゃないけどね」
「うむ。私は野生だからな。これはサシャと同じだ。頭部と尻尾以外には特徴が出ていない。愛玩動物にありがちな出方だ」
現在、亜人に最も多い種類だ。
レベルは上がりにくく、種族値は低く、頭も悪い。能力値は人間の完全な下位互換。
しかし、だからこそ他の亜人種よりも優遇され、存続した。
「サシャって愛想もないしちょっと鈍臭いし、誰かに捨てられたのかしら」
「あの類の亜人は、例え捨てられても主人以外に忠誠を誓うことはないぞ。テドにあれだけ懐いてるし、飼われた経験がなさそうだ」
「まあ、そもそも忠誠心は高くない種族だし、男だし、生まれた途端に捨てられてても不思議はないか」
実際、傭兵団の亜人の出自はほとんど貰い手のいない亜人ばかりだ。
他に生きていく方法がないので、仕方なく傭兵をしている。
全ての亜人にとって最も幸福な人生は、親切で裕福な人間に仕える人生。
そして最も不幸な人生は、仕えるべき人のいない人生。
だから彼らは傭兵を辞めたがるが、傭兵をすると、傷を負い、必然的に貰い手が減る。
よって傭兵を辞められない。
「だが、亜人の身で傭兵をやりながらあの歳まで生きているなんて、かなり優秀だぞ。レベルもたった22だ。その上リディアに消される前は、五体満足だったようだし」
「そういえば、そうね。普通、早死にするのに」
「よっぽど臆病な性格なのか、とてつもない強運なのか」
「多分、後者かしらね。片足失って、生き残ってたし」
(……そういえば、テドはどうやって助けたのかしら? 何か便利な魔法を使えるとも思えないし、シエルも魔法は不得手だし……ポーションか何かを使ったとか? まあいいか)
「やたらと、テドも気に入ってるのよね……亜人なんて飼って、何が面白いのかしら」
「リリーという相棒がいるし、動物が好きなんじゃないか?」
「そうね。あの二人はいいコンビだし、サシャとも上手くやるのかも」
シエルは、脱がせた帽子を再び死体に被せ、その体を地面に仰向けに横たえた。
「でも、彼らが亜人なら教会とは関係ないわよね? どうして私を襲うのかしら」
「さぁ、何故だろうな。いずれにしても、目的はリディアの呪いだろう。解呪できれば問題ない」
「それもそうね。考え過ぎない方が……」
リスペディアは顔をしかめ、振り返った。
「どうした?」
「……誰か近づいて来てるわ。結界に引っかかった」
「敵か?」
「私の味方は、全員ここにいるわ」
リスペディアは言って、意識を集中させる。
速度として、どうやら馬に乗っている。教会の使いだ。
「……教会ね。馬に乗ってるわ」
「教会なら、殺すのはまずいな」
「クゥ!!」
急に大きな声がしたので、リスペディアはびっくりして振り返る。
そこにはリリーがいた。リリーは、リスペディアの方を見て首を傾げている。
『ケケッ。ナンダ、キンキュウジタイ カ?』
「えっ? 急にどうしたのよリリー、テドは?」
『ズットイタゾ。オマエヲ、マモレト イワレテル』
「なんだ、どうしたんだ小さいの。テドに何かあったのか?」
『デケェノニハ オマエカラ セツメイシロ』
リリーは蛇のようにスルスルと地面を這い、反応の方へと一瞬で姿を消した。
「リリーはどうしたんだ? テドと喧嘩でもしたのか?」
「なんか……ずっと側にいたみたいよ。私のことを守ってくれてたみたい」
「リリー、テドなしでも大丈夫なのか? ワタシは、てっきりただのペットだと思ってたんだが……単体でも動けるのか?」
「クゥ」『オイ、テキハ イイノカ?』
リリーが関心を引くように鳴いた。
『キョウカイ ッテトコノ ヤツラ、テキ ジャナイノカ?』
「……敵だけど、話の分かる敵なのよ。心配しないで頂戴」
『ワカッタ』
分かったとは言いながらも、リリーはリスペディアの帽子の中に入り込んだ。
これでは見張っているのか、守っているのか分からない。だが、姿を見せないのなら邪魔にはならないだろう。
リスペディアは帽子を深く被りなおして言った。
「気をつけてね、リリー。姿を見せないように。教会の人間は魔物に慣れてないから、見つけ次第殲滅されるかもしれないわ」
『オモシロイ ヤツラ ダナ』
どうやら、魔物も皮肉めいた冗談を言うらしい。
リスペディアは少し笑ったが、「気をつけてね」と念を押した。
と、シエルは言った。
「噂?」
「ああ。冒険者ギルドではなく、傭兵クランの中でのことだ。彼は一部の亜人たちにとってはカリスマ的存在で、その存在は一種の伝説となっている。亜人解放の英雄だと」
「あぁ……」
(一部の亜人っていうのは、亜人至上主義派のことなのね……)
「つまり、それがテドかもしれないって言いたいの?」
「テドの超人的な強さ。あれだけの才能を持つにも関わらず、冒険者登録すらされていない。耳や尻尾を切り落とした亜人かもしれないぞ」
「……どうかしらね」
リスペディアはシエルの言葉に思い当たる節がいくつかあった。
テドは純粋で、単純だ。その上自分や仲間の生死に関心がない。それらは亜人の性格だ。
「でも私、テドは人間だと思う」
しかし、リスペディアはそう言った。
「テドは確かに馬鹿正直だし、無邪気で残酷なところもあるけど、それでも人間よ。ただ、亜人のように育てられた可能性はあると思うわ。人間は育てられた環境で変わるものだから。私は、テドの兄って奴と、その仲間が、亜人なんじゃないかと思う」
「あぁ、それはワタシも感じていた」
シエルは、死んだまま放置されている男に手を伸ばし、その帽子を掴んだ。
やや嫌な匂いを放ち始めている男は、死後硬直の解けた体で、くたりとそのまま倒れてしまった。
その頭には、髪と同じ色の獣の耳があった。ウサギの耳だ。
無理矢理帽子の中に折りたたまれていたせいで、変な跡がついている。
「……案の定ね」
「そうだな。頭は亜人の特徴が出やすい、それを隠すために帽子を被っているのだろう」
「シエルは耳に特徴はないし、下半身が丸ごと人間じゃないけどね」
「うむ。私は野生だからな。これはサシャと同じだ。頭部と尻尾以外には特徴が出ていない。愛玩動物にありがちな出方だ」
現在、亜人に最も多い種類だ。
レベルは上がりにくく、種族値は低く、頭も悪い。能力値は人間の完全な下位互換。
しかし、だからこそ他の亜人種よりも優遇され、存続した。
「サシャって愛想もないしちょっと鈍臭いし、誰かに捨てられたのかしら」
「あの類の亜人は、例え捨てられても主人以外に忠誠を誓うことはないぞ。テドにあれだけ懐いてるし、飼われた経験がなさそうだ」
「まあ、そもそも忠誠心は高くない種族だし、男だし、生まれた途端に捨てられてても不思議はないか」
実際、傭兵団の亜人の出自はほとんど貰い手のいない亜人ばかりだ。
他に生きていく方法がないので、仕方なく傭兵をしている。
全ての亜人にとって最も幸福な人生は、親切で裕福な人間に仕える人生。
そして最も不幸な人生は、仕えるべき人のいない人生。
だから彼らは傭兵を辞めたがるが、傭兵をすると、傷を負い、必然的に貰い手が減る。
よって傭兵を辞められない。
「だが、亜人の身で傭兵をやりながらあの歳まで生きているなんて、かなり優秀だぞ。レベルもたった22だ。その上リディアに消される前は、五体満足だったようだし」
「そういえば、そうね。普通、早死にするのに」
「よっぽど臆病な性格なのか、とてつもない強運なのか」
「多分、後者かしらね。片足失って、生き残ってたし」
(……そういえば、テドはどうやって助けたのかしら? 何か便利な魔法を使えるとも思えないし、シエルも魔法は不得手だし……ポーションか何かを使ったとか? まあいいか)
「やたらと、テドも気に入ってるのよね……亜人なんて飼って、何が面白いのかしら」
「リリーという相棒がいるし、動物が好きなんじゃないか?」
「そうね。あの二人はいいコンビだし、サシャとも上手くやるのかも」
シエルは、脱がせた帽子を再び死体に被せ、その体を地面に仰向けに横たえた。
「でも、彼らが亜人なら教会とは関係ないわよね? どうして私を襲うのかしら」
「さぁ、何故だろうな。いずれにしても、目的はリディアの呪いだろう。解呪できれば問題ない」
「それもそうね。考え過ぎない方が……」
リスペディアは顔をしかめ、振り返った。
「どうした?」
「……誰か近づいて来てるわ。結界に引っかかった」
「敵か?」
「私の味方は、全員ここにいるわ」
リスペディアは言って、意識を集中させる。
速度として、どうやら馬に乗っている。教会の使いだ。
「……教会ね。馬に乗ってるわ」
「教会なら、殺すのはまずいな」
「クゥ!!」
急に大きな声がしたので、リスペディアはびっくりして振り返る。
そこにはリリーがいた。リリーは、リスペディアの方を見て首を傾げている。
『ケケッ。ナンダ、キンキュウジタイ カ?』
「えっ? 急にどうしたのよリリー、テドは?」
『ズットイタゾ。オマエヲ、マモレト イワレテル』
「なんだ、どうしたんだ小さいの。テドに何かあったのか?」
『デケェノニハ オマエカラ セツメイシロ』
リリーは蛇のようにスルスルと地面を這い、反応の方へと一瞬で姿を消した。
「リリーはどうしたんだ? テドと喧嘩でもしたのか?」
「なんか……ずっと側にいたみたいよ。私のことを守ってくれてたみたい」
「リリー、テドなしでも大丈夫なのか? ワタシは、てっきりただのペットだと思ってたんだが……単体でも動けるのか?」
「クゥ」『オイ、テキハ イイノカ?』
リリーが関心を引くように鳴いた。
『キョウカイ ッテトコノ ヤツラ、テキ ジャナイノカ?』
「……敵だけど、話の分かる敵なのよ。心配しないで頂戴」
『ワカッタ』
分かったとは言いながらも、リリーはリスペディアの帽子の中に入り込んだ。
これでは見張っているのか、守っているのか分からない。だが、姿を見せないのなら邪魔にはならないだろう。
リスペディアは帽子を深く被りなおして言った。
「気をつけてね、リリー。姿を見せないように。教会の人間は魔物に慣れてないから、見つけ次第殲滅されるかもしれないわ」
『オモシロイ ヤツラ ダナ』
どうやら、魔物も皮肉めいた冗談を言うらしい。
リスペディアは少し笑ったが、「気をつけてね」と念を押した。
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