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18: 毒

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 いつも騒がしいテドだが、隠密行動ができないわけではない。むしろ得意だ。

 しかも今回に至っては、サシャの周りに人だかりができているため、簡単に侵入できた。


「ここのテントでいいんだよね?」
「クゥ、クゥ」

 リリーも小声で鳴いている。
 

 小型のテントなので、倉庫用に使われているものだろう。
 かなり大きなパーティなのか、複数のパーティが一緒にいるのか、テントの数は多い。
 
 テドは見張りの立っている前面を避け、テントの背後の布を切り裂いた。


「おじゃましまーす」

 中にはリスペディアがいた。縛られて、床に横たわっている。
 中は暗くてよく見えないが、どうやら無事みたいだ。
 テドは駆け寄って近づいた。

「リスペディア、リスペディア大丈夫?」

 縄を切り、仰向けにすると、リスペディアはうっすらと目を開いた。

「……アンタ……テド……?」
「うん、テドだよ。リスペディア、大丈夫?」
「……なんとか、ね」

 リスペディアは体を起こす。
 唇が切れていて、額からは血が出ていた。

「リスペディア、殴られたの?」
「……誘拐なんてする奴らが、紳士的だと思う?」
「手当てしなきゃ」
「逃げるのが先よ……うっ……」

 リスペディアは立ち上がろうとしたが、そのまま座り込んだ。
 どうやら足を怪我しているようだ。
 

「リスペディア、僕が背負うよ」
「いいわよ……歩けるから」
「でも、足を怪我してるよ」

 テドは手を貸そうとして手を差し出す。

「やめて! 触らないで!」

 しかし、リスペディアは怯えたように手を引っ込めた。
 テドも驚き、動きを止める。

「えっ……あ、ごめん……」
「誰だ!!」

 入口が開き、テントの中に光がさす。
 どうやらバレてしまったらしい。

「あ……ごめんなさい」

 自分の声のせいでバレたのだと察したリスペディアは、思わず小さな声で謝罪した。
 テドはそれには答えず、ただ「大丈夫だよ」と言うふうににっこり笑う。


「もう、仕方ないな……」

 テドはリスペディアを背にして、一瞬胸元に手をやり、その手で、剣を抜いた。

「早く逃げて、リスペディア」


「侵入者だ! 捕まえろ!」
「うるさいなぁ。無駄に殺したくなかったのに」

(レベルはかなり下がってるか。……けど、ただの人間なら)

 テドのレベルは15前後まで下がっていた。レベル数値だけみれば、サシャよりも下だ。
 相手のレベルは、この辺りの推奨レベルからして低く見積もっても50は下らない。


 しかしテドは怯むことなく、剣を素早く引き、そのまま槍のように投げた。

「!?」

 突然剣を手放したテドに、相手は驚き動きが止まる。その視線は投擲された剣を追う。
 
 テドは虚を突かれた相手に対し、指を曲げて引っ掻くように手の平を押し当て水平に切り裂いた。

「あ、がっ……」

 首筋から鮮血が迸る。


 テドは手を緩く握って軽く振った。
 赤い血がパラパラと散る。
 
 その手の平は暗い光をキラリと反射し輝いた。
 それは鋭い刃がついた薬指と小指につける暗器で、テドはそれを使って相手の首筋を切り裂いたのだった。

(不意を突いてるし、僕のレベルも上がってるから物理防御も突破できてる……毒の必要もない)


「やっぱり、リスペディアってすごいなぁ……」


 テドは投げた剣を拾い、再び腰に戻した。
 
(魔物とはそんなに戦ったことないけど、人間相手なら)

「テメェ、よくも仲間を!」

 テドは切り掛かってきた男の刃を剣で受け止めるが、そのレベル差は40を超える。
 辛うじて受け止めるので精一杯で、反撃の隙はない。

「お前……誰だ?」
「……」

 テドは答えず、剣を深く地面に突き刺し、男と距離を取った。
 自然体で突っ立ち、ニコッと笑って両手を頭の横に上げる。

「おじさん、すごく強いね。ほら見てみなよ。僕、【魔法防御】はすごく低いから、見えると思うよ」

 男の視線が揺らいだ。
 テドは自然体で微笑みながら、静かに男に歩み寄る。

「レベル……12?」
「あーあ、そんなに下がっちゃったんだ」


 ゆっくり、ゆっくり、あくまで自然体で。
 人懐っこい無害な少年。

「お前、何者だ?」
「怖いよ、怒らないで」

 テドは頭を抱えてみせる。

 男は訝しげに、テドが手放した剣を地面から引き抜き、テントの端に投げた。

「お前、どうして俺の仲間を殺した?」
「怖いよ、怖いよ。殺さないで」
「お前は仲間を殺してんだよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 テドは震えながら両手を上げて、降伏を示す。

 冒険者の男はやはり疑っていたが、それでも困惑を隠しきれていなかった。
 
 
 目の前にいるのは、たった10レベルと少ししかない少年。
 頭を抱え、震えながら、泣いている少年。

 つい先ほど鮮血を迸らせながら倒れた男の記憶と、目の前にある光景が交差し、矛盾する。


 テドはその一瞬の隙を見逃さず、男の手を掴んだ。
 手を掴み、そして、手首を掴んで内肘までの肉を切り裂いた。

「!!?」

 内肘とはいえ鍛え抜かれた男の腕は硬く、ほとんど刃は入らない。
 しかし男の不意を突くには十分で、首を絞めるように伸ばした手の平でその首を貫く。

「っ……!」

 男は咄嗟にテドを突き飛ばした。テドはそのまま地面に叩きつけられ、蹲る。

「う……お前……!!」
「……」

 男はテドにとどめを刺そうと剣を振り上げた。

 テドは男を見上げて、首を傾げた。

「無駄だよ、おじさん。猛毒だから」
 
 
 毒にレベルは関係ない。
 
 毒は、その耐性だけに左右される定数ダメージ。そこにステータスの介入する余地はない。

 ほとんどの魔物や亜人が耐性を持つため、武器としてはあまり使用されていない毒だが、対人間に対しては絶大な威力を発揮する。

 振り向きざまに一撃、懐に潜り込んで切り裂く。
 剣は重く鈍いため毒には向かない。小型のナイフや爪の方が向いている。


 男は倒れた。
 テドは立ち上がる。

「テド、アンタ……」
「早く逃げてくれない? リスペディア」

 テドは繰り返し、また血に濡れた手を軽く振った。
 パラパラと赤い血が舞う。

「僕、正面から戦うのって慣れてないんだよ。魔物にしろ、人にしろ」

 その頭の横を掠めて、矢が放たれた。
 騒ぎを聞きつけ、多くの冒険者が戻ってきてしまったようだ。


「誰だお前!」
「……だから、見ればいいじゃん。僕のステータスなんて、大したことないんだから」

 テドは明らかにイラついて呟き、振り返った。

(ああ面倒だな。みんな殺さなきゃいけないの?)

「レベル11? おい、ホントにただのガキじゃねーか」
「でもリーダーが……」

『ヨシ、ダナ。ワカッテルゼ』


「僕がそんなに強いわけ、ないでしょ。冒険者さんは、知らない魔物が殺したんだよ。そうだなぁ……おっきなイヌだったな。黒くて大きな……怖かったなぁ」

 この期に及んであっけらかんと言い放ち、テドは血濡れた片手をまた振った。
 
「魔物……?」
「そうだよ、だって僕のレベルを見てよ」

 テドは淡々と繰り返す。

(初期レベルだったら、もっと説得力があったのにね)

 リリーはこっそりと冒険者を見つめながら、認識阻害の魔法をかけている。
 テドは人畜無害な微笑みを浮かべたまま、首を傾げた。


 その横を、鋭い槍が貫いた。
 テドの短い髪が散った。
 
 テドが視線を向けたその先には、大きな帽子を被った男が立っていた。
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