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11 エピローグ
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「こんにちは」
わたしはいつもと通り、ギルドのお姉さんに話しかける。
「こんにちは。あら、かわいいですね。冒険者さんですか?」
「そうです。この子と2人で旅をしてて」
「キー!」
お姉さんは少し珍しそうに首を傾げたけど、「あぁ!」と何かに気付いたみたいだった。
「もしかして、あなた、スズネさん?」
「えと、そうです。新しく来てくれた職員さんですか?」
白玉の森のギルドの人とは、ほとんど顔見知りだ。
わたしは設立当初から関わっているので、みんなの顔を知っている。
けどこのお姉さんのことは知らなかった。
わたしが不在の間に、配属されたのだろう。
「ええ、そうなんです。コムギ村から異動になりました。よろしくお願いします」
にこっ、とお姉さんは柔和に笑う。
わたしは、「こちらこそです」と言って握手した。
白玉の森のギルドはまだ小さい。
けど窓は広く天井は開き、明るい森の日差しが燦燦と降り注いでいる。
わたしの転生後、跡形もなく粉々に砕け散った白い部屋の跡地に、このギルドは建っている。
「わたしのこと、知ってくれてたんですね」
「もちろんです。今、一番話題のAランク冒険者ですから。鉱山のダンジョンを踏破して、街を救った英雄。私財を投じて新たなギルド支部を設立して下さるなんて、そんなにお若いのに、立派です!」
「え、英雄って……」
大げさだなぁ、とかわたしは苦笑いした。
「すみません、気が付かなくて。白玉の森の支部がホームだって聞いてたけど、遠出しているとお聞きしていまして。会えるとは思わなくて」
「えへへ……最近は、ちょっと雪山の方に、滝を見に行ってて……」
精霊族さんたちは元気にしていた。
中でも女の子さんは、わたしを通じて人の暮らしに興味を持ったとかで、「ボチボチ人間と関わってみるかのう」とか言っていた。
シカツノさんの方がすっごい嫌がってたから、多分しばらくは実現しないだろうけど。
「この辺りは、最近どうですか?」
「何も変わりありませんよ。魔獣も少ないですし、元々森に住んでいた人々の住居の再建も進んでいますし」
「それは良かったです」
エナさんたちのおかげで、魔獣も魔物も全滅してしまった白玉の森には、新たにギルド支部が建設され、そこには新たな街が築かれつつあった。
Aランクの冒険者となったわたしは、ゆかりあるこの場所をホームとして、相変わらず気ままに旅をしている。
「アリスメードさんたちって、まだいますか? この前、来てくれたって聞いたんですけど」
「ワンダーランドの皆さんですか? 実はつい2日前に、鉱山へ出発してしまって」
「そうだったんですか……」
会えなくて残念だけど、別に約束してたわけでもないし仕方ない。
「あ、でも知り合いの方はいたはずです」
「えっ、知り合いですか? ……ビーさんとか?」
いや、それはないか。
ビーさんたちは、未だ砂漠のダンジョンの攻略に尽力している。
置いてある機械はもちろん止めたみたいだけど、彼らの武器と技術をもってしても、砂漠のダンジョンは手強いらしい。
誰もいなくなってしまった世界樹の都市は、エネルギーこそ尽きないけど、今や朽ちていくのを待つばかりだ。
でもその記憶は、確実に受け継がれている。
噂によると、もうダンジョンに用はないから攻略をやめたいんだけど、どこかの冒険者パーティに絡まれてずっと一緒に行動してるとか、なんとか。
そのどこかの冒険者パーティのリーダーさんの名前は、エリオットさん。
わたしを火山へ導いてくれた彼女たちは、今はダンジョンの攻略者として、元気に活動しているようだ。
「いえ、冒険者の方じゃなくて。行商人……とか、言ってたかな」
「行商人?」
わたしと知り合いの行商人、といえば、一人しか思い浮かばない。
「たはは、お久しぶりですねぇ」
後ろから肩を叩かれ、わたしは振り返る。
「醤油さん!?」
そう、それは高原で出会い、海で別れた不思議な行商人、醤油さんだった。
醤油さんは最後に会ったときと変わらない態度で、ゆっくり歩いてくる。
「ええ、醤油ですよ。スズネさん」
「醤油さん、どこにいたんですか? やっぱり、海?」
「えぇ、そうですね。海底の調査を進めていましたよ、子猫さんと一緒に」
「それなら、リンさんも元気なんですね」
「元気ですよ。少々煩いくらいに」
海でわたしに泳ぎを教えてくれた、ネコ科獣人のリンさん。
彼女にはまだ会いに行けていない。また今度、挨拶に行かなきゃな。
「そういえば醤油さん、エナさんとは会えたんですか?」
「はい、おかげさまで」
と、醤油さんはニコニコしている。
「良かったです。それじゃあ、エナさんも白玉の森にいるんですね。ビーさんたちと全然合流したって話を聞かなくて、心配してたんですよ」
「ご期待に沿えず心苦しい限りですが、私は一緒にいるわけではありませんよ。色々ありまして、今は喧嘩中で、家出してるんです」
「え?」
「たはは、冗談ですよ、冗談。喧嘩して家出というのは事実ですが」
わたしが聞いた限り、冗談の部分が全くない。
相変わらず、掴み所がない人だな……
「そういうスズネさんは、今何を? 大活躍とお聞きしましたが」
「大活躍ってほどじゃ、ないと思うんですけど……今は色んなところを、マイペースに旅してる感じです」
「はぁ、そうですか。そう言えばスズネさんは、旅をしたいと望んでましたからねぇ」
ブレませんねぇ、と醤油さんはクスクス笑う。
「ところで、これはエナーシャから言われたので、嫌々ご提案するんですがね」
「あ、はい。なんですか?」
「我々の協力者になる、というのはどうでしょうか?」
嫌々とは口では言いながら、全然嫌々という態度ではなく、やっぱり醤油さんはずっと笑っている。
本当に読めない人だな……
「協力者って、何をするんですか?」
「一緒に神様を殺しましょう」
「えっ……そんなフランクに……」
「スズネさんに、直接戦えとは言いません。ただあなたには、ええ、ご存じの通り、色々特別な性質がありましてね。あなたが協力して下されば、エナーシャの刃は、辛うじて神の表皮を削るくらいは、できるかもしれません」
と、醤油さんは言う。
「もちろん、メリットはありますよ。エナーシャは物知りですし、狡猾ですからね。あなたは、人の身で得られる最高の名誉を得るでしょう。この世界の王の座すら、夢ではありません。全てを手に入れることも容易い。……どうですか?」
醤油さんは小さく首を傾げて、わたしを見た。
彼女の眼は黒く、そしてその顔の大きな火傷が、その笑顔のせいで引き攣って歪んで見える。
「えっと……やめときます」
「おや、そうですか。残念です」
全然残念じゃなさそうに、醤油さんはニコニコしている。
「一応、理由をお聞きしても?」
「別にわたし、英雄とか……そういうのに、あんまり興味ないですし」
「おやおや、自己顕示欲とは無縁ですか? まだお若いのに」
わたしは苦笑いして、首を振った。
「わたしは普通に、ただの旅人でいたいんです。ダンジョンの攻略とかも、楽しかったけど……エナーシャさんみたいに、何かの目的に向かって一心不乱に努力するとか、そういうの、ちょっと苦手なので」
「野心は持つべきですよ。特に若いうちは。あなたには、その才能があると思うんですがねぇ」
醤油さんは、まるで唆すみたいに怪しく笑ってそう言った。
わたしはそれでも、迷うことなく首を振る。
「わたしは、今のままで十分です。それに、自分でやりたいこともあるし」
「やりたいこと?」
「はい。わたし、この世界の全部を旅したいんです」
雪山を越えた先とか、この広大な海を越えた先の大陸とか。
綺麗な景色を見て、色んな人と会って、話して、友達になって。
もしできるなら、その人達の力になれたら嬉しい。
「そうですか」
醤油さんは、少し寂しそうに、しかしそれ以上に嬉しそうに笑って言った。
「では、私はこれで。仕方がないので、エナーシャと仲直りをしてきます」
仲直りをしてくれるなら、それに越したことはない。
醤油さんはふらっと消えた。
「スズ! スズ!」
「どうしたの、キース」
そのとき、だんだんわたしから離れて活動し始めたキースが、トコトコ走ってギルドの中に入って来た。
どうやら扉を開けるために、人の姿になったみたいだ。
「クド、クド!」
「どうしたのキース、頭おかしくなっちゃったの?」
「チガウ!」
キースは飛び上がってコウモリの姿に戻り、わたしの頭に乗っかった。
「クド、キタ! カイヌシ、イッショ!」
「来たって……テウォンと一緒にってこと? えっ、なんで?」
テウォンは勝手にダンジョンについて来たことですっごい怒られた後、お姉さんと一緒に宿屋をやっているはずだ。
まさか、また息を殺して無賃乗車的なことをして来てしまったとか?
「おー、スズネー!」
と、ギルドに入って来たのは、確かにテウォンだった。
頭の上にはクドが乗っかっている。
「えっ、どうしてテウォンが……」
「きしし! ククルもいるの~!」
その後ろから、クルルさんが出てきて手を振る。
「ど、どうして? またこっそりついて来たの?」
「ちげーよ。姉さんと一緒に来たの」
「クルルもついて来たの!」
テウォンは「さすがにそんな無茶しねーよ」とか言っていたけど、ダンジョンについて来る方が無茶だと思う。
「確かに街の水は抜けたけどさ。どっちにしろ、建物も家具も、ほとんどダメになっちまっただろ? 白玉の森は貿易の拠点にも便利だし、今、移住が勧められてるし。ギルドもできたしさ、思い切って、こっちに引っ越すことになったんだよ」
「ククルもそうなの。新しい街には、何もかもが足りないの! 剣を作れないのは残念だけど、ククルは最高の職人。道具も建材も、全部お任せなの!」
クルルさんは胸を張る。
新しい街での新たな活躍を、確信してるみたいだ。
「クゥ、クゥ」
「キー!」
キースは、クドの周辺をくるくると飛び回っている。
再会できて嬉しいのかな。
「スズ!」
「何、どうしたのキース」
「クド、クド!」
何を言ってるんだ、とわたしは一瞬思ったけど、いやそういえばそうだった。クドには渡さなきゃいけないものがあったんだ。
「クド、あのね。プレゼントがあるんだ」
「……クゥ?」
わたしは、精霊族さんから、クドへとあるものを預かっていた。
それはちょっと持ち歩くには微妙なものだったので、さっさと渡してしまいたい。
「はい、これ」
わたしは床に置いてもらったクドの前に、小さな小箱を置いた。
クドは首を使って、器用に箱の蓋を開ける。
中に入っているのは、そう、魔眼だ。
「うげ」
さすがにテウォンもびっくりして、そんな呻き声を上げたけど、クドは怯む様子を見せない。
そして迷いなく、それに鼻先で触れた。
魔眼はまるで、そうするのが正しかったみたいに、光となってクドの中に吸い込まれる。
クドはキラキラ輝く宝石のような目を瞬いて、口を開いてわたしを見た。
「ニンゲンにしては、気が利くナァ」
その姿は光に包まれ、次の瞬間には、そこにはわたしと同じくらいの年齢の、女の子が立っていた。
「気に入ったゼ」
クドはにっこり不敵に笑う。
「え……ま、マジで」
「すごいの! 人の姿になったの!」
テウォンとクルルさんが驚いている。
「フン……ナカナカの容姿ダ。悪くなイ」
クドはというと余裕綽々で、チラッと声を聞いた通り、結構個性的な性格をしているらしい。
まだ喋るのには慣れてないみたいだけど、確かに無茶苦茶可愛い。
キースも可愛いし、幻獣はみんな美少女なのかな……
「かわいい!」
と、誰よりもストレートに感情を表現したのはキースだった。
キースは人の姿になるとほぼ同時に、自分の体に触れて確認しているクドに突撃し、抱き着く。
まだ二足歩行にそんなに慣れていないクドは、為す術なくそのまま後ろに倒れてジタバタと暴れた。
「オイ、ヤメロ!」
「かわいい、すき!」
「ふざけるナ! い、イマはヤメロ! く、クソ……」
クドはカメの姿になり、キースから逃れようと甲羅の中に閉じこもる。
手出しできなくなったキースは、「キー」と鳴いて天井へと向かった。
チャンスがあれば、また突きまわすつもりだろう。やめてあげなさいって。
「オマエ、やっぱりすごいな」
テウォンはクドを持ち上げ、また頭の上に乗せて言った。
「しばらくは白玉の森にいるんだろ?」
「うん、そうしようかな。キースは、クドと一緒にいたいだろうし」
「クゥ!」
「キー!」
クドの悲鳴と、キースの歓声が響く。
滅びるはずだったけど、滅びなかった異世界。
旅に出る前に、街づくりのお手伝いでもしようかな。
白玉の森に、透明な風が走っていく。
世界樹から、鈴の音が絶えず響いている。
わたしはいつもと通り、ギルドのお姉さんに話しかける。
「こんにちは。あら、かわいいですね。冒険者さんですか?」
「そうです。この子と2人で旅をしてて」
「キー!」
お姉さんは少し珍しそうに首を傾げたけど、「あぁ!」と何かに気付いたみたいだった。
「もしかして、あなた、スズネさん?」
「えと、そうです。新しく来てくれた職員さんですか?」
白玉の森のギルドの人とは、ほとんど顔見知りだ。
わたしは設立当初から関わっているので、みんなの顔を知っている。
けどこのお姉さんのことは知らなかった。
わたしが不在の間に、配属されたのだろう。
「ええ、そうなんです。コムギ村から異動になりました。よろしくお願いします」
にこっ、とお姉さんは柔和に笑う。
わたしは、「こちらこそです」と言って握手した。
白玉の森のギルドはまだ小さい。
けど窓は広く天井は開き、明るい森の日差しが燦燦と降り注いでいる。
わたしの転生後、跡形もなく粉々に砕け散った白い部屋の跡地に、このギルドは建っている。
「わたしのこと、知ってくれてたんですね」
「もちろんです。今、一番話題のAランク冒険者ですから。鉱山のダンジョンを踏破して、街を救った英雄。私財を投じて新たなギルド支部を設立して下さるなんて、そんなにお若いのに、立派です!」
「え、英雄って……」
大げさだなぁ、とかわたしは苦笑いした。
「すみません、気が付かなくて。白玉の森の支部がホームだって聞いてたけど、遠出しているとお聞きしていまして。会えるとは思わなくて」
「えへへ……最近は、ちょっと雪山の方に、滝を見に行ってて……」
精霊族さんたちは元気にしていた。
中でも女の子さんは、わたしを通じて人の暮らしに興味を持ったとかで、「ボチボチ人間と関わってみるかのう」とか言っていた。
シカツノさんの方がすっごい嫌がってたから、多分しばらくは実現しないだろうけど。
「この辺りは、最近どうですか?」
「何も変わりありませんよ。魔獣も少ないですし、元々森に住んでいた人々の住居の再建も進んでいますし」
「それは良かったです」
エナさんたちのおかげで、魔獣も魔物も全滅してしまった白玉の森には、新たにギルド支部が建設され、そこには新たな街が築かれつつあった。
Aランクの冒険者となったわたしは、ゆかりあるこの場所をホームとして、相変わらず気ままに旅をしている。
「アリスメードさんたちって、まだいますか? この前、来てくれたって聞いたんですけど」
「ワンダーランドの皆さんですか? 実はつい2日前に、鉱山へ出発してしまって」
「そうだったんですか……」
会えなくて残念だけど、別に約束してたわけでもないし仕方ない。
「あ、でも知り合いの方はいたはずです」
「えっ、知り合いですか? ……ビーさんとか?」
いや、それはないか。
ビーさんたちは、未だ砂漠のダンジョンの攻略に尽力している。
置いてある機械はもちろん止めたみたいだけど、彼らの武器と技術をもってしても、砂漠のダンジョンは手強いらしい。
誰もいなくなってしまった世界樹の都市は、エネルギーこそ尽きないけど、今や朽ちていくのを待つばかりだ。
でもその記憶は、確実に受け継がれている。
噂によると、もうダンジョンに用はないから攻略をやめたいんだけど、どこかの冒険者パーティに絡まれてずっと一緒に行動してるとか、なんとか。
そのどこかの冒険者パーティのリーダーさんの名前は、エリオットさん。
わたしを火山へ導いてくれた彼女たちは、今はダンジョンの攻略者として、元気に活動しているようだ。
「いえ、冒険者の方じゃなくて。行商人……とか、言ってたかな」
「行商人?」
わたしと知り合いの行商人、といえば、一人しか思い浮かばない。
「たはは、お久しぶりですねぇ」
後ろから肩を叩かれ、わたしは振り返る。
「醤油さん!?」
そう、それは高原で出会い、海で別れた不思議な行商人、醤油さんだった。
醤油さんは最後に会ったときと変わらない態度で、ゆっくり歩いてくる。
「ええ、醤油ですよ。スズネさん」
「醤油さん、どこにいたんですか? やっぱり、海?」
「えぇ、そうですね。海底の調査を進めていましたよ、子猫さんと一緒に」
「それなら、リンさんも元気なんですね」
「元気ですよ。少々煩いくらいに」
海でわたしに泳ぎを教えてくれた、ネコ科獣人のリンさん。
彼女にはまだ会いに行けていない。また今度、挨拶に行かなきゃな。
「そういえば醤油さん、エナさんとは会えたんですか?」
「はい、おかげさまで」
と、醤油さんはニコニコしている。
「良かったです。それじゃあ、エナさんも白玉の森にいるんですね。ビーさんたちと全然合流したって話を聞かなくて、心配してたんですよ」
「ご期待に沿えず心苦しい限りですが、私は一緒にいるわけではありませんよ。色々ありまして、今は喧嘩中で、家出してるんです」
「え?」
「たはは、冗談ですよ、冗談。喧嘩して家出というのは事実ですが」
わたしが聞いた限り、冗談の部分が全くない。
相変わらず、掴み所がない人だな……
「そういうスズネさんは、今何を? 大活躍とお聞きしましたが」
「大活躍ってほどじゃ、ないと思うんですけど……今は色んなところを、マイペースに旅してる感じです」
「はぁ、そうですか。そう言えばスズネさんは、旅をしたいと望んでましたからねぇ」
ブレませんねぇ、と醤油さんはクスクス笑う。
「ところで、これはエナーシャから言われたので、嫌々ご提案するんですがね」
「あ、はい。なんですか?」
「我々の協力者になる、というのはどうでしょうか?」
嫌々とは口では言いながら、全然嫌々という態度ではなく、やっぱり醤油さんはずっと笑っている。
本当に読めない人だな……
「協力者って、何をするんですか?」
「一緒に神様を殺しましょう」
「えっ……そんなフランクに……」
「スズネさんに、直接戦えとは言いません。ただあなたには、ええ、ご存じの通り、色々特別な性質がありましてね。あなたが協力して下されば、エナーシャの刃は、辛うじて神の表皮を削るくらいは、できるかもしれません」
と、醤油さんは言う。
「もちろん、メリットはありますよ。エナーシャは物知りですし、狡猾ですからね。あなたは、人の身で得られる最高の名誉を得るでしょう。この世界の王の座すら、夢ではありません。全てを手に入れることも容易い。……どうですか?」
醤油さんは小さく首を傾げて、わたしを見た。
彼女の眼は黒く、そしてその顔の大きな火傷が、その笑顔のせいで引き攣って歪んで見える。
「えっと……やめときます」
「おや、そうですか。残念です」
全然残念じゃなさそうに、醤油さんはニコニコしている。
「一応、理由をお聞きしても?」
「別にわたし、英雄とか……そういうのに、あんまり興味ないですし」
「おやおや、自己顕示欲とは無縁ですか? まだお若いのに」
わたしは苦笑いして、首を振った。
「わたしは普通に、ただの旅人でいたいんです。ダンジョンの攻略とかも、楽しかったけど……エナーシャさんみたいに、何かの目的に向かって一心不乱に努力するとか、そういうの、ちょっと苦手なので」
「野心は持つべきですよ。特に若いうちは。あなたには、その才能があると思うんですがねぇ」
醤油さんは、まるで唆すみたいに怪しく笑ってそう言った。
わたしはそれでも、迷うことなく首を振る。
「わたしは、今のままで十分です。それに、自分でやりたいこともあるし」
「やりたいこと?」
「はい。わたし、この世界の全部を旅したいんです」
雪山を越えた先とか、この広大な海を越えた先の大陸とか。
綺麗な景色を見て、色んな人と会って、話して、友達になって。
もしできるなら、その人達の力になれたら嬉しい。
「そうですか」
醤油さんは、少し寂しそうに、しかしそれ以上に嬉しそうに笑って言った。
「では、私はこれで。仕方がないので、エナーシャと仲直りをしてきます」
仲直りをしてくれるなら、それに越したことはない。
醤油さんはふらっと消えた。
「スズ! スズ!」
「どうしたの、キース」
そのとき、だんだんわたしから離れて活動し始めたキースが、トコトコ走ってギルドの中に入って来た。
どうやら扉を開けるために、人の姿になったみたいだ。
「クド、クド!」
「どうしたのキース、頭おかしくなっちゃったの?」
「チガウ!」
キースは飛び上がってコウモリの姿に戻り、わたしの頭に乗っかった。
「クド、キタ! カイヌシ、イッショ!」
「来たって……テウォンと一緒にってこと? えっ、なんで?」
テウォンは勝手にダンジョンについて来たことですっごい怒られた後、お姉さんと一緒に宿屋をやっているはずだ。
まさか、また息を殺して無賃乗車的なことをして来てしまったとか?
「おー、スズネー!」
と、ギルドに入って来たのは、確かにテウォンだった。
頭の上にはクドが乗っかっている。
「えっ、どうしてテウォンが……」
「きしし! ククルもいるの~!」
その後ろから、クルルさんが出てきて手を振る。
「ど、どうして? またこっそりついて来たの?」
「ちげーよ。姉さんと一緒に来たの」
「クルルもついて来たの!」
テウォンは「さすがにそんな無茶しねーよ」とか言っていたけど、ダンジョンについて来る方が無茶だと思う。
「確かに街の水は抜けたけどさ。どっちにしろ、建物も家具も、ほとんどダメになっちまっただろ? 白玉の森は貿易の拠点にも便利だし、今、移住が勧められてるし。ギルドもできたしさ、思い切って、こっちに引っ越すことになったんだよ」
「ククルもそうなの。新しい街には、何もかもが足りないの! 剣を作れないのは残念だけど、ククルは最高の職人。道具も建材も、全部お任せなの!」
クルルさんは胸を張る。
新しい街での新たな活躍を、確信してるみたいだ。
「クゥ、クゥ」
「キー!」
キースは、クドの周辺をくるくると飛び回っている。
再会できて嬉しいのかな。
「スズ!」
「何、どうしたのキース」
「クド、クド!」
何を言ってるんだ、とわたしは一瞬思ったけど、いやそういえばそうだった。クドには渡さなきゃいけないものがあったんだ。
「クド、あのね。プレゼントがあるんだ」
「……クゥ?」
わたしは、精霊族さんから、クドへとあるものを預かっていた。
それはちょっと持ち歩くには微妙なものだったので、さっさと渡してしまいたい。
「はい、これ」
わたしは床に置いてもらったクドの前に、小さな小箱を置いた。
クドは首を使って、器用に箱の蓋を開ける。
中に入っているのは、そう、魔眼だ。
「うげ」
さすがにテウォンもびっくりして、そんな呻き声を上げたけど、クドは怯む様子を見せない。
そして迷いなく、それに鼻先で触れた。
魔眼はまるで、そうするのが正しかったみたいに、光となってクドの中に吸い込まれる。
クドはキラキラ輝く宝石のような目を瞬いて、口を開いてわたしを見た。
「ニンゲンにしては、気が利くナァ」
その姿は光に包まれ、次の瞬間には、そこにはわたしと同じくらいの年齢の、女の子が立っていた。
「気に入ったゼ」
クドはにっこり不敵に笑う。
「え……ま、マジで」
「すごいの! 人の姿になったの!」
テウォンとクルルさんが驚いている。
「フン……ナカナカの容姿ダ。悪くなイ」
クドはというと余裕綽々で、チラッと声を聞いた通り、結構個性的な性格をしているらしい。
まだ喋るのには慣れてないみたいだけど、確かに無茶苦茶可愛い。
キースも可愛いし、幻獣はみんな美少女なのかな……
「かわいい!」
と、誰よりもストレートに感情を表現したのはキースだった。
キースは人の姿になるとほぼ同時に、自分の体に触れて確認しているクドに突撃し、抱き着く。
まだ二足歩行にそんなに慣れていないクドは、為す術なくそのまま後ろに倒れてジタバタと暴れた。
「オイ、ヤメロ!」
「かわいい、すき!」
「ふざけるナ! い、イマはヤメロ! く、クソ……」
クドはカメの姿になり、キースから逃れようと甲羅の中に閉じこもる。
手出しできなくなったキースは、「キー」と鳴いて天井へと向かった。
チャンスがあれば、また突きまわすつもりだろう。やめてあげなさいって。
「オマエ、やっぱりすごいな」
テウォンはクドを持ち上げ、また頭の上に乗せて言った。
「しばらくは白玉の森にいるんだろ?」
「うん、そうしようかな。キースは、クドと一緒にいたいだろうし」
「クゥ!」
「キー!」
クドの悲鳴と、キースの歓声が響く。
滅びるはずだったけど、滅びなかった異世界。
旅に出る前に、街づくりのお手伝いでもしようかな。
白玉の森に、透明な風が走っていく。
世界樹から、鈴の音が絶えず響いている。
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とても読みやすくて面白かった
白嫁さん、感想ありがとうございます!
楽しんでいただけましたら何よりです!
これからも、読みやすさは意識していきたいと思います
幼女主人公いいですよね!悪役令嬢に続くスマッシュヒットに幼女主人公って来ないですかね~(笑)
和紗かをるさん、感想ありがとうございます!
可愛い幼女主人公は無敵ですねー
幼女の大流行がきたら、なんだか幸せになれそうでいいと思います!笑
個人的に好きな内容です。白夢さん、これからも応援しています。
いちろーさん、ご感想ありがとうございます。すごく嬉しいです!
応援いただき光栄です、すごく力になります!
これからも楽しんでいただけるよう、投稿頑張ります!