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11 エピローグ

知り合いの天使

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 なんか、気づいたら見覚えのある場所にいた。


  白い部屋。めちゃくちゃ白い部屋。

 家具とかもないみたいで、部屋の中だというのに霧が出ていた。
 その霧のせいで、自分の体すら見えない。


「何ですか、ここ……また誘拐?」

 聞こえる自分の声が、なんだか反響して聞こえる。

 別に拘束されているわけではなくて、自由に動き回れたけども、とにかく霧が濃くて足下も見えないので、走り回る気にはなれなかった。


「ふむ、やっと目覚めたようだな」

 どこからか声が聞こえた。
 多分上の方からだと思うけど。
 
「誰?」
「強いて言うなら……そうじゃの、天使じゃよ」

 やっぱりそうなんだ、と、わたしは小さく呟く。
 
「知ってますよ」
「それなら、何故聞いたのじゃ?」
「確認です」
「そうかそうか、確認か」

 自称天使は、「ホッホッホ」などとのんきに笑っている。


「てか、ここはどこなんですか?」

「ここはアレじゃ、転生前の……」
「お約束。聞きました」


 一年くらい前のはずだけど、ここでの出来事は不思議と記憶に残っている。

 逆に、転生してからの記憶は朦朧としていた。不思議な感覚だ。
 

「……ってことは、わたしは死んだんですか?」

「ふむ、そうなのかのう?」
「なんで私に聞いてるんですか?」

「いや、正直よく分からん」
「それは正直すぎでは?」


 周囲を見渡す。やはりこの場所には、霧しか見えない。

 まあ、あんな高いところから落ちたから死んだんだろう。多分だけど。
 

「まあいいや。せっかく来たんですから、今度こそ神様に会わせて下さいよ。前は忙しいとか言ってましたけど、今はどうなんですか?」

「えっ? あ、あー……ちょっとそれは……ほら、神様は基本、忙しいんじゃよ。分かるじゃろ。アレじゃよアレ……」

「やっぱりですか」


 とにかく神様は多忙らしい。
 で、その理由を喋る気はないらしい。

 わたしは、別に期待もしていなかったので適当に言った。


「それで、どうしてわたしはここに来たんですか? また新しい世界に、転生して来いってことですか?」

「いや、そうではないのじゃ。これはなんというか……自動的に発生したもので」
「自動的に?」

「つまり、そうじゃの……、ここに来たのじゃ。こちらから呼んだのではない」

「世界の運命?」
「うむ。どうやら忘れておったようじゃの。滅亡の危機に瀕した異世界に転生したというに」


 ああ、確かにすっかり忘れていた。

 わたしの当初の目的は、滅びゆく異世界でただ何もせず、その最後の日を迎えることだったはずなのだった。


「……ってことは、わたし、ヤバイのでは?」
「何がじゃ?」

「いや、わたしめっちゃ逆らってたじゃないですか。どうせ神様とかもう二度と会わないからいいかなって適当にしてたけど。……神様、怒ってました?」
「心配するくらいなら、逆らわんでくれんかの?」

 と、天使さんが頭上で溜め息を吐く。

「だって、思い通りにされるのってなんか腹立つじゃないですか?」
「そんな感じの性格じゃったかの? もっと無気力じゃったのに」
「はー、そうですか?」

「ふむ、見る目がなかったのかのう……耄碌してしまったようじゃ」

 と、天使さんはやや落ち込んでいるみたいだった。


「たまには、そういうこともありますよ。どんな人間でも、異世界に転生したら多少は活動的になりますって」

 わたしはそう言って慰める。
 ……なんで慰めてるんだ?


「……っていうか、転生で思い出したんですけど、天使さんって結局、わたしに何をさせたかったんですか? あの世界を、異世界を……滅ぼしたかったんですよね」

「実のところはよく知らぬ。ただ、何もしなさそうなヤツを転生させろと言われただけじゃ。転生してからの様子は見ておったが、関与はしておらぬ」

「じゃあ、あの声は天使さんじゃなかったんですか?」
「分からんのう……ただ、上の方で揉め事があったようじゃが」

「その揉め事の詳細って、分かんないんですか?」
「分からんのう……」

 なんでこの天使さんってこんな無能なんだろう。
 もしかして、ここって窓際部署?


「……で、もののついでに聞くんですけど、エナーシャさんって知ってますか?」

「ヒエッ」

 ガタガタッ、と音がして、「アイタッ」とまた声が聞こえる。


「なんじゃなんじゃ、急に変なことを言うな」

 天使さんは怯えているようだった。

「知ってるんですか?」
「知らん! 知らんわ、そんな恐ろしいもの!」
「えぇ……そんな言わなくても……なんでそんなに恐れられてるんですか?」

 エホンエホン、と咳払いが聞こえた。


「頭がおかしいからじゃ」

 なぜか、天使さんは囁き声で言う。
 多分小声なんだけど、天から降ってきてるせいで全然声の大きさに差が出ない。
 
「頭がおかしい?」
「おかしいじゃろ、どう考えても。天使長様をわざわざ召喚して、難癖つけてボッコボコにしたんじゃぞ。マジでヤバいヤツなんじゃ」

 天使さんは怯えているような様子だった。
 恐ろしい人なんだなー。
 

「ってことは、天使さんは、わたしの行動とかほとんど把握してる感じですか?」
「さすがに全部把握はしておらぬ。そこまで暇ではない」
「でも、わたしがエナさんとか、醤油さんとかと会ったことは知ってるんですよね?」

「あやつのことは、常に監視しておるでの。そのついでじゃ」
「それで、わたしのことを呼び出して……今度は、世界のためにエナさんを暗殺しろとか言うんですか?」
「滅多なことを申すでない!」

 軽い冗談のつもりだったのだけど、天使さんは悲鳴を上げた。
 すっごい怖がってるなぁ。あんまり揶揄わないでおいたほうがいいかもしれない。


「それで、結局わたしはどうしてここに来たんですか? さっき、なんて言ってましたっけ……」

「『世界の運命が確定した』んじゃよ。ここからはどうあっても、何も変わらぬ」

「それって、滅びるってことですか?」
「いや、逆じゃ。滅びないということになった」

「あ、そうなんですか。残念でしたね」
「ニヤニヤしながら言わんでほしいもんじゃのう」

 天使さんは、機嫌悪そうに言う。
 ちょっと怒らせたみたいだ。でも、嬉しいのには変わらない。
 

「でも、まだ何かのきっかけで、世界が滅びることもあるんじゃないですか? 結局今回も、世界が滅ぶ理由は分かんなかったですし……」

「それは……」


 ——混ざり合った湯と水は、最早再び分かれることはない。
 

 突然、声が聞こえた。

 それはどこかで聞いたような、聞いてないような、機械的な声。


 ——故に我々は、悪魔を滅す手段を失った。

 ——大それたことをしたものだな、人間。


 怒っているのかもしれなかったけど、その声にはとにかく抑揚がなく機械的で淡々としているので、全然感情が分からない。

 だから全然怖くもなかった。

「わたしは、自分がしたいようにしただけです。世界中を旅したいなーって思ったから、旅したんです。一年なんかじゃ足りなさそうだったから、滅びるのは嫌だなーって思ったから、世界を助けることにしたんです。神様の思い通りにならなくて、ごめんなさいです」


 ——やはり人間は、傲慢だ。

 ——神より出でし身でありながら、神の意思に逆らうとは。


「神様から生まれたって、その言う通りにしなきゃいけないわけじゃないじゃないですか。ましてや、わたしは頼んで生まれたわけじゃないし。そっちの都合で生まれたんだから、生まれたあとはわたしの自由にします」

 と、わたしは言った。


 ——いずれにせよ、世界はいずれ揺り戻る。

 ——人の身である以上、永遠の命ではないのだ。


「誰だって永遠には生きられないですけど、それでもみんな頑張るんですよ。みんなが頑張ってるから、わたしも頑張るんです」


 ——……スズネ、と言ったな。

 ——結果はどうあれ、役目は終わった。

 ——ソレに頼んで、望みを叶えるがいい。


「望み?」

「そうじゃったそうじゃった。すっかり忘れておったわい。確か、『そっとしておいてくれ』と、言っておったじゃろう」

「そうでしたっけ?」

「そうじゃよ。『転生なんかしたくない』と言っておったではないか」

「えっ。あ、選べるんですか? 色々あって、わたし、今空に向かって真っ逆さまに落ちてますよ。転生したくても、もう転生できないような状態ですけど……」

「それはどうにかできるに決まっておろう」
「どうにかできるんだ……」


 大方、また転生リスポーンさせてくれるってところだろう。

 転生先は、またあの白い部屋かな。


「じゃ、元に戻してください。わたしが旅をした異世界に」

 と、わたしは天使さんに向かって言った。


「ふむ……良いのか?」
「良いのかって?」
「転生などしたくない、と言っておったではないか」
「気が変わったんです。人間にはよくあることですよ」

 わたしはそう言って、立ち上がった。


「この世界には、まだまだ旅したい場所がいっぱいあるんですよ。死んでる場合じゃないんです」


 よく見ると、わたしの見知った小さな手足が見える。

 指先の感覚が戻ってきた。


「……ふむ。それが望みなら、それでもいいのじゃが……もうここには戻れぬぞ?」
「別にいいです。知ってます」

 分かっている。
 なんかそれは、なんとなく知っている。


 ——人間、問おう。

 ——前世の記憶が、欲しくはないのか?
 
 
 前世の記憶。

 それはなんか、なんていうか、思ったよりもどうでもよかった。

 いや、ずっとどうでも良かったんだけど。

「要りません。取り戻したって、どうせロクなものじゃないし。私の脳みそじゃ、異世界で無双するのは無理だと思います。……実は、ほとんど思い出してたんですよ。世界樹の都市に行ったときから」


 それでもどうでも良かった。
 思い出すに足らない、灰色すぎる記憶だった。
 
 永遠の停滞と平凡な終わり。
 せめてトラックにでも轢かれていれば、絵にもなったかもしれないけど。


 わたしは苦笑して、自分の体を自覚した。

 はっきりと分かる。小さな手の平の中に、見知った剣が握られている。

 これがわたしだ。
 もふもふで不思議な相棒、キースと旅する幼女のスズネ。
 
 
 天使はしばらく沈黙した。
 そして沈黙してから、こう答えた。

「では、達者での。お嬢ちゃん」


 白かった霧が、急激に黒くなった。
 周囲は何も見えないが、何故か意識ははっきりして、体の中から何かが湧き出すような感覚を覚える。

 たぶんわたしは、そのままはっきりと覚醒した。



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