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10 最終章

31階————

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 スードルが言うには、それは帰還用のタワーに反応が似ているらしい。

 アリスメードさんと、それに付き添うロイドさん、そして待機を命じられたテウォンを除いてわたしたちは、スードルに促されるまま、氷と草原を交互に歩いていた。

「変な場所ですね」

「ダンジョンなんて、こんな感じじゃないのかな? 僕はあんまり分からないけど」
「そうかなぁ」

 と、わたしは言う。
 

「キー」


「テウォンは怪我ないの?」
「あるわけねーだろー。ずっと隠れてたんだし」

 と、テウォンは草を蹴りながら言う。


「ここです」

 スードルは、ある一つの氷山の前で唐突に立ち止まった。
  
 それはすごく大きな氷山で、中は空洞になっている。
 ちょうどみたいな感じだ。雪じゃなくて氷だけど。


「この中なの?」
「そのはずです。魔力の流れからして、間違いないかと」

 入口はちょっと小さくて、大人のシアトルさんは前屈みにならないと中に入れそうにもない。

「わたし、覗いてきます」

 わたしは入口の穴の穴の中を覗き込む。


 中は明るい。どこか既視感のある、真四角で真っ白の部屋。

「……何もないみたいです」

 わたしは部屋に入り、辺りを見回す。
 何もない部屋だ。


「……そうみたいね」
「ねえ、壊すのはどこー? どこにもないよね?」
「ここに、間違いないんですけど……」

 そこは、わたしが転生してきた部屋に酷似している。
 
 白い立方体なんていくらでもあるだろうし、それ自体は別に変なことじゃない。
 実際、ダンジョンの中にも何個かあったし。
 
 しかしその部屋の床には、変な模様が書いてあった。
 魔法陣みたいな、そうじゃないような。
 
 こう、何かを封印してるような感じだ。


「キー、キー」

 キースは部屋の中を飛び回ってから、わたしの頭の上に乗っかる。

 わたしはそれを取って胸に抱き抱えながら、その模様を軽く蹴った。

「これ、なんだと思いますか?」


 白い床に黒いインクで直接印刷されたような平坦な模様は、魔法陣っぽくもあったけど、それよりもシンプルだ。ロゴマークに近いと思う。

 わたしはそれを指で触ったりしてみたけど、特にベタベタしてるとかはない。

「んっ」

 フェンネルさんが、おもむろに剣を取り出し、突き刺した。
 
 剣はサクッと音を立てて簡単に突き刺さったけど、何の反応もない。


「……どうする?」

「……」

 わたしは自分の剣を刺してみる。
 サクッ、と刺さった剣は、そのままスーッと動かせるくらい柔らかい。

 けど全然手応えがなくて、床に切れ込みが入ってる様子もない。
 泥に刺さってるみたいだ。


「……えっと。わたし、なんか察したんですけど」
「察した? 何を?」
「えっと……」

 こういう謎の模様が書いてあるときには、覚えた呪文を唱えればいい。

 呪文はたくさんあるけど、それっぽいのは一つだけだ。


 わたしは小さく息を吸って、小さく呟いた。

「デュオ・コッド」

 メリメリと、何かが裂けていく音がした。


「……待って、おかしい」

 狭い部屋は徐々に歪み始める。平面の床が沈み、溶けていく。


「……外に出なきゃ」

 フェンネルさんは出口へと向かった。スードルとレイスもそれに続く。

 わたしが後を追いかけようと思ったとき、ふと、床が沈んだ。
 ぼよーんって、トランポリンみたいに。


「……」

 その床は、跳ね返ることなくずんずん沈む。
 沈んで、沈んで、周囲の空気は引き延ばされる。

 止める間もなく剣は吸い込まれていく。
 
 わたしはそれを見ていることしかできない。

 
「スズネ、離れろ!」

 わたしは誰かに手を引かれた。けど、足が動かない。目が離せない。


 メリメリ、みたいな、何かが裂けるような音がずっと聞こえ続けている。

「スズネ、何してるの!」
「早く、こっち……!」

「キー!」

 わたしは、なんとか首だけ後ろに回して、振り向いた。

 キースが人の姿になって、わたしに手を伸ばしている。


 おかしいな、なんか、全部がゆっくりに見える……


「キーーーーーー!!」

 凄まじい振動と共に、足下が崩れた。


 わたしは仰向けに落ちている。

 真っ暗闇の中だ。
 

「……」

 何でだろう、音が聞こえない。
 目の前に、凄まじい量の水が見える。

 わたしは滝壺にいたのかっていうくらいに、大量の水だ。


 瞬く間に水に全身が包まれる。
 叩きつけられると言った方がいいかもしれない。

 わたしの体は、粉々になって砕け散ってしまいそうだった。


 水はわたしを下へ下へと押し流す。

 息はできないはずだけど、それが気にならないくらいの衝撃が続く。


 落ちる、落ちる、落ちる。

 このまま落ちれば、地球の反対側に飛び出しちゃったりして。


 これ、もしかしてわたし、死ぬのかな?

 不思議と恐怖はなかったけど、わたしは漠然とそう思った。 


 空を飛べるアリスメードさんは重傷で、キースがこの水の中を泳いで来られるとは思えない。

 クドだって起きてしまったことを取り消すことはできないだろう。

 そもそもこの量の水に押し下げられているのだから、逆らって泳ぐのも一苦労。
 

 ひたすら真っ暗闇の中を落ちていくだけで、果たして床があるのかどうかも分からない。
 
 けど、その速度は感じる。
 床があったら、全身が粉々に砕け散ってしまうだろう。


 そのときわたしは、周囲がだんだん明るくなっていることに気がついた。

 頭と体を順番に捻って体を反転させると、視界に空が映った。


 ……空?

 わたしは思い出した。
 この地では、どんなに落ちたって、世界の反対側なんかに出るはずがない。

 だって地下には、世界樹の都市が広がっているのだから。
 

 落ちていく。黄昏の空に。


 思い出した。空に浮かんだ海。足下に広がる空。

 エナさんは、なんて言ってたっけ?


「海が……」


 海は崩壊していた。粉々になって、空へと降り注いでいた。

 わたしと海は雨粒になって、地上の空へと降り注ぐ。


 あっという間に地面は近づき、そのまま遠ざかっていく。わたしはなおも落ち続ける。

 地面が自分の上にある。変な感覚だ。


 海には海底があるけど、空には底なんてあるんだろうか?

 もしかして今度こそ、世界の裏側に到達しそう。


 水はだんだん枯れていく。
 落ちていくうちに、だんだん乾いていっているのだ。

 海の全部が落ちたのに、どんどん乾いていく。水は少なくなる。
 

 空の黄昏は暮れに近づき、やがて星が瞬き始めた。

 わたしはそれでも落ち続けていた。もはや遠すぎる地上は、闇に紛れて何も見えない。



 あぁ、なんか。

 すごく嫌な、懐かしさを感じる。
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