上 下
139 / 143
10 最終章

31階——ドラゴン

しおりを挟む
 青い炎の方が、赤い炎よりも温度が高いとどこかで習った。
 ドラゴンさんは、見た目によらず炎属性だったらしい。炎より、水の方が効くのかな。

「キー!」

 キースは威嚇しながら飛び回り、注意を逸らす。

 翼はあるけどさっきよりも重くなったらしいドラゴンさんは、軽々と宙を舞うようなことはできないらしく、首だけ回してうるさそうに「リリリリリリ」と鳴いている。


「気をつけて、ブレスを吐くから!」

 フェンネルさんは走って近づき、その前脚に狙いを定めて斬撃を放つ。

 しかしドラゴンは狙われた前脚を振り下ろして反撃した。
 フェンネルさんは素早く避けて、距離を取る。

「リリリリリリリリリリ……」


 ヒュゥ、とどこからともなく飛んだ矢が、正確に胸元の宝石を射た。
 しかしそれは軽い音を立てて表面をわずかに削っただけで、そのまま虚しく地面に落ちる。

「……」

 アリスメードさんは、やはりショックを受けた様子もなく平常心で、再び矢を弓につがえた。


 ドラゴンはアリスメードさんなんか気にしていないという風に体を反転させる。
 そして、長い尾をしならせて地面に叩きつけた。

 バキバキ、と嫌な音と共に、氷に亀裂が入る。まだ割れてはいないみたいだ。
 
 フェンネルさんはその尻尾の攻撃を軽々と避け、亀裂を跳び越える。
 ドラゴンはよっぽどフェンネルさんのことが気に入ったらしく、ずっと目で追っている。
 

 その隙にドラゴンの横から、シアトルさんが静かに近づき、体に小さな魔道具を投げつけて退避した。
 
 魔道具はドラゴンの体に張り付く。
 小さいから気づかれてはいないようだ。
 

「レイス、いいわよ!」

「オッケー、準備できてる! スードル、いっくよー!!」


「キースも狙って!」
「キー!」

 わたしは空中に水球を作り、そこに入ることで一旦キースから降りた。
 キースはパタパタ翼を羽ばたかせている。


 わたしが剣を通した方が純粋な魔術の威力は高いけど、今回はキースの方が都合がいい。

「今だよ!」
「キー!」

 キースとレイスさんは、同時に魔術を撃った。


 キースからは電撃が、レイスさんからは氷混じりの水が。
 
 それらは互いに吸収され、威力を増す。
 同じ『ノルエレメント』の魔術だからできる方法らしい。
 
 そしてそれはシアトルさんが設置した魔道具に吸収され、一瞬後、爆発した。


「フェンネル!」
「分かってる……!」

「キース、お願い!」
「キー!」

 フェンネルさんは腹に潜り込み下から、わたしは首を狙い上空から、爆炎の音と光に紛れて突っ込む。
 

「リリリリリリ!」

 ドラゴンは大きな鳴き声を上げ、地面を蹴って跳び上がった。
 
 フェンネルさんの刃は避けられ、わたしの刃は鱗を滑る。
 でも一応剣先が鱗を抉ったから、少しはダメージを与えたと思う。
 
 飛翔はしなかったけど、翼の力を借りてかなり高くまで跳べるらしい。


 再び地面に尻尾を叩きつけたので、流氷は粉々に叩き割れた。

 フェンネルさんは素早く別の流氷に跳び移る。


「わー!」

 レイスさんとスードルは別の氷にいたから足場は無事だったけど、それでも水面はかなり揺れる。

 一緒に氷の地面も揺れて、二人は尻餅をついていた。


「……リリリリ……」

 ドラゴンは首をもたげ、レイスさんたちの方を見る。

「こっち……向け!」

 フェンネルさんが前脚に斬りつけ、再び注意を引いた。
 ドラゴンはフェンネルさんに気を取られる。


 その瞬間、ドラゴンの胸元に、3本目の矢が命中し、ついに貫いた。
 鈍く輝いていた青い宝石は無惨にズタズタになり、粉々に割れた。

「リリリリリリ、リリリリ……!」

 ドラゴンの瞳は急激に力を失い、そのまま全身から力が抜けた。
 するとそのまま流氷の上を滑り落ちていき、全身が水の中に落ちる。


 水面が揺れ、氷が震えた。

 空間に、静寂が満ちる。


「……終わりか?」

 アリスメードさんは、水面を見下ろしながら言った。

 そして氷の上に降り立ち、弓を下ろす。

「でも、階層の移動が起こらないわね」
「水の中で、生きてるんじゃないのー?」

「キー……」

 水の中と聞き、キースが嫌そうに呻く。
 本当に濡れるのが嫌いなんだなぁ。


「わたし、行きますよ。様子を見てきます」
「水の中は冷たいし、火を吐いてたじゃない。水は苦手だと思うわよ。そうでしょロイド?」
「普通ならな」

 声が聞こえて振り向くと、ロイドさんがいた。氷山の裏にいたらしい。

 肩には包帯が巻いてある。
 血は止まってるみたいだった。良かった。


「ロイド、怪我は?」

「言ったはずだ、薬草があればすぐ治ると」


 ロイドさんは、ジャンプしてこちらの流氷の上に飛び移る。

 本当に元気そうだ。
 

「……水は『記憶』……炎は『再生』……」

 フェンネルさんはロイドさんのことを気にもとめず、何かブツブツと呟いている。


「そう簡単には、いかないらしいな」

 アリスメードさんは弓を握る手に力を込める。


 足下の氷が大きく揺れた。

「キー!」

 わたしはキースに乗り、大空へ飛び上がる。

 レイスさんとスードル、ロイドさんは走って逃げて、アリスメードさんはジャンプ。


 シアトルさんとフェンネルさんはそれぞれ別の方向へと走って避けた。

 氷の下から、地響きみたいに聴こえてくる。


「リリリリリ、リリリリリ……」


 共振となる振動は、やがて全部の氷を震わせる。

 現れた竜は、また最初に見た白蛇みたいな姿をしていた。
 それはわたしたちを追い越して天へと昇り、くるくる弧を描く。

「……まずい、散らせスードル!」
「ダメ、伏せて!」

 
 頭上に巨大な魔法陣が展開される。

 チラチラと雪が降り始めた……


 そのときだった。
 
「うわああああああ、スズネーーー! 助けてーー!」

 叫び声が聞こえた。
 テウォンだ。


「キィーーー!!」

 わたしが反応するより先に、キースが反応した。

 そして地面へと、急降下する。


「テウォン、どうしたの!? だいじょ……」

 わたしは、氷山の裏に隠れているはずのテウォンに駆け寄る。


 しかしそのとき、突然手首を掴まれ、引っ張られた。

 びっくりしてそのまま地面に転んだわたしは、キースもろとも氷に叩きつけられる。


「いっ……たぁ、ちょっとテウォン、どうしたの?」

 助けを求めていたはずのテウォンは、無傷でそこに座っていた。
 クドがその頭のてっぺんに乗っかっている。

『セイゼイ、ゴシュジンサマニ、カンシャシロヨ。テメーガ、ゴシュジンサマノ、ジャナケリャァ、ミゴロシニ、シテヤッタ』

 頭の中に声が聞こえた。

 その意味を考える間も無く、視界が白く染まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ
ファンタジー
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」 探索者ギルドで満面の笑みを浮かべ、元気よく魔法のリンゴを売る幼い少女チハル。 探索者たちから可愛がられ、魔法のリンゴは毎日完売御礼! 単に彼女が愛らしいから売り切れているわけではなく、魔法のリンゴはなかなかのものなのだ。 そんな彼女には「夜」の仕事もあった。それは、迷宮で迷子になった探索者をこっそり助け出すこと。 小さな彼女には秘密があった。 彼女の奏でる「魔曲」を聞いたモンスターは借りてきた猫のように大人しくなる。 魔曲の力で彼女は安全に探索者を救い出すことができるのだ。 そんな彼女の夢は「魔晶石」を集め、幻獣を喚び一緒に暮らすこと。 たくさんのもふもふ幻獣と暮らすことを夢見て今日もチハルは「魔法のリンゴ」を売りに行く。 実は彼女は人間ではなく――その正体は。 チハルを中心としたほのぼの、柔らかなおはなしをどうぞお楽しみください。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...