上 下
138 / 143
10 最終章

31階——竜

しおりを挟む
「しっかりするのよロイド!」
「ど、どうしよう! あたし、やってみようか!?」
「やめてくれ……殺す気か……」


 何やら周囲が騒がしい。
 なんか、ロイドさんが倒れている。

「どうしたんですか!? う……」

 わたしは足の痛みに、蹲った。
 太ももの辺りに、鋭い傷痕がある。すごく痛い。


「……はぁ……スズネを、治療してやれ、スードル……」

 ロイドさんは、死にかけてるような声をしていた。
 周囲に人がいて、よく見えないけど、すごい量の血が見える。

「えっ、ろ、ロイドさんどうして……」
「スズネ、足を出して」

 スードルがポーションをかけてくれると、たちまち傷が完治した。
 痛みもすっかり引いてしまったので、たぶん強いのを使ってくれたのだと思う。


「ロイドさん、どうしたんですか!?」
「スズネ、来ちゃ駄目だ。見ない方がいい」

 アリスメードさんが不吉なことを言う。
 わたしは思わず足を止めた。

「エーテルを使うか? もしかしたら効くかもしれない」
「無駄なことを……どうせ、効かない。しばらくは……もつ、ハァ……薬を、薬草があれば……すぐに治る……」


「ロイドさん……?」


 何が起こっているのか、わたしにはよく理解できなかった。

 とにかく、何か想定外のことが起きて、それでロイドさんが大きな傷を負ったのだろうけど。

 何故そうなったのかは、さっぱり分からない。


「大丈夫だよ、命に別状はないみたいだから。ただ、しばらく動けないかもしれないって」

「え……ど、どうして? わたし、よく分かんなくて……敵を見落としてたの?」
「えっと……」
「スードル」

 ロイドさんが強い口調で、スードルを止める。


「今……俺のことは、いい……この階層を、抜けることを、考えろ。……いいな、アリス。俺はお前に……お前に言ってんだよアリス」

「……」

 アリスメードさんは、わたしに背を向けて立っているので、その表情は分からない。

「アリス! 返事をしろ!」
「……分かってる」


 何がどうなってこんな状況になっているのか、わたしには分からない。
 ただ、ロイドさんの調子はすこぶる悪いらしい。

 アリスメードさんはかなり動揺していた。

 動揺していたけど、それを隠している感じだった。
 

「シアトル、俺はロイドの側にいる。安全な場所を探して、それから……合流する。それまでみんなに、指示をしてくれ」

「分かったわ。それでいいわね、ロイド」
「……あぁ、そうしてくれ」

 本当にどうなってるんだろうか。
 わたしもなんか足が痛いし、やっぱり魔物に襲われたんだと思うけど。


 けれど詳しく聞こうとしたとき、セーフティールームが溶け始めた。

「オーケー、みんな、集中しましょう! フェンネル、前を頼むわよ! スズネは上空へ。様子を見ながら、加勢してほしいわ。レイス、アリスが来るまでは防御に徹して頂戴。テウォン、あなたはロイドと一緒に隠れてるのよ。決して出て来ないで。みんな、行くわよ!」


 結局、ロイドさんの容体は教えてもらえなかった。

 けど、チラッと横目で盗み見た限りでは、その肩が鋭く抉れていて、ボタボタと血が垂れていた。


「キー!」

 ロイドさんはポーションが効かないのに、本当に大丈夫なのだろうかと不安になったけど、でもたぶん、わたしが心配しても仕方のないことなのだろう。

 今わたしができることは、とにかく早くここの魔物を倒すことだ。
 

 31階。ここが最後の階層のはず。

 
 目に入ったのは空。高い。久しぶりの日光だ。
 偽物だけど眩しくて、わたしは目を細める。

 高いところに細い雲が浮かんでいるけれど、概ね快晴。晴れ渡っている。

 しかし一方で冬の寒さを感じた。凍えるような風が吹いている。
 
 地面は氷だった。
 ところどころに海が見える。……いや、逆だ。


 ここは流氷の上。

 魔物は頭上にいる。


「リリリリリリ……」

 ネコが喉を鳴らすような……いや、どちらかというとサイレンというか鈴の音に似た音が聞こえた。

 それはわたしのよく知る竜に見えた。
 大空を覆う、大きくて長い体を持つ、雲と同じ色の銀色の竜。


 不思議と、こちらを襲って来るような様子はない。
 わたしたちなど気にも留めないで、遥か上空をゆっくりと旋回している。

 全身は、雪に被ったように白く、鱗は硬く蛇のように滑らかだ。

 胸元に青く輝く宝石が埋まっていて、鈍く輝いていた。
 

 その姿は、どこか優雅さすら感じるくらいに神々しい。

 魔物というより幻獣に近く、精霊さんたちの住む里にいてもおかしくないような風貌だ。
 

「キー!」

 キースは、竜に向かって飛び立った。
 
 いくら幻獣っぽくても、アレを倒さなければ、わたしたちはここから出られない。


「キース、行くよ!」

 気温が低いところにいる魔物だし、きっと炎に弱いはず。
 と思ったわたしは、やりすぎないレベルで力を込め、剣に炎を纏わせて叩き斬った。
 

「わ、わわわー!」

 しかし手応えが全然なくて、剣先がウロコで滑ったような感覚だけが手に残る。
 

 竜はというと、わたしのことを認識したらしく、くるくる回って魔術を撃ち出してきた。

 空中に現れた魔方陣から、無数の水晶が色んな方向から飛び出して来る。


「キー!!」

 キースはそれを避けながら、急降下。
 激しく揺れるもふもふの上で、背中にしがみつく。

「こっち、こっち来てー!」

 レイスさんが呼んでいる。キースも気づいたみたいで、方向を変えた。


「僕が散らすよ! 真っ直ぐ飛んできて!」
「キー!」

 レイスさんの近くにはスードルがいる。スードルに近づくにつれて、魔術の追撃は減っていく。


 わたしが後ろを振り返ると、竜が後ろから追いかけて来ていた。

 このままじゃ、突撃されてレイスさん諸共地面の流氷が粉々になってしまう。
 何か考えがあるんだろうか?


「よーし、いくよスードル! ここも寒いし、きっと熱いのは苦手だよね!」

 わたしと同じような思考回路で、レイスさんは魔術を展開し始める。

「スズネ、こっちに引きつけて! 気をつけてね!」

「キース、引き付けるんだって。分かった?」
「キー!」

 スードルに言われるまま、わたしたちはレイスさんに向かって飛んでいく。


「レイスさん、準備できましたか!?」
「うん、行くよ! ネット・ノルエレメント・フレイム・オブディバス・プリステッド・バム!」

 わたしの背後で、炎が蜘蛛の巣状に開き、一気に視界全体を覆った。
 その熱は凄まじく、キースが悲鳴を上げるくらいだ。
 

 一瞬後にそこへ竜が突っ込み、大急ぎで逃げ出したキースとわたしの背後で、大爆発する。

 耳を裂くような音が響いた後、わたしは流氷の上へ投げ出された。

「キ!」

 キースは小さくなり、着地の衝撃を減らす。
 それをわたしが受け止め、転がってさらに衝撃を逃す。


「完璧だよ! ねっ、スードル!」

 レイスさんは、見たことない魔術書みたいなものを片手に持っていた。
 
 真っ赤な背表紙、黒いページ。
 禍々しすぎてレイスさんには全然似合わない。

 スードルのブレスレットもそうだけど、魔術のアイテムってこういう感じのものが多いのだろうか。


「油断しないのよ、レイス」
「はいはーい、分かってるよー!」

 竜は炎に包まれたまま、流氷の上を滑り落ち、水の中に落ちていった。
 

「……」
「……」

 しばらくの静寂が流れた。

 しかし、竜は再び現れた。
 その姿は、先ほどの優雅な姿から大きく変化していた。

 水を跳ね飛ばしながら大きな流氷の上に現れた竜の体は、頑丈な四つ足と、大きな鉤爪を持っていた。
 その首は太く、背中には翼がある。

 
 わたしがゲームなんかでよく知るドラゴン、いわゆる青竜そのままの姿だったけど、その迫力はVRにすら全く引けを取らない。
 
 キースだったら20匹まとめて丸呑みにできそうな大きな口、水晶に覆われた鋭い眼、鱗の一枚一枚が、わたしの肋骨くらいのサイズ。

 胸元に輝く青い宝石が、鈍く不気味に輝いた。

 思わずヒュウと息を呑んでしまいそうな、巨大な魔物だ。


「リリリリリリ…………」


 その姿に似合わない、涼やかな鳴き声。

 けれど確かな殺意を感じる。
 ダンジョンにおける部外者を、確実に抹殺するための存在としての殺意を。


「本番はここから、ってことかしら?」

「そうみたいですね」
「キー!」
「威嚇はいいから」

「えへへ、そうこなくっちゃねー!」
「僕は、これで終わりが良かったですけど……」


「シアトル! 俺も加わる!」

 アリスメードさんは、相変わらず上空を飛んでいる。

 ロイドさんとテウォンは、安全なところに避難させたみたいだ。


「ここは足場が悪い、氷でできてる。少し衝撃を与えると亀裂が入った」

「下は水かしら?」
「そうみたいだ。さっき触ってみたけど、ものすごく冷えてる」

 流氷が浮いているだけあって、水は冷たいらしい。
 
 やっぱりこのドラゴンさんは、氷属性なのかな……


「リリリリリ!」

 警戒音みたいな音がした。
 ドラゴンは大きく口を開けている。


「避けろ!」

 言われるまでもなく、わたしはキースに飛び乗ってその場を離れる。


 そしてさっきまでいた流氷の上は、一瞬で青い炎に包まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ
ファンタジー
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」 探索者ギルドで満面の笑みを浮かべ、元気よく魔法のリンゴを売る幼い少女チハル。 探索者たちから可愛がられ、魔法のリンゴは毎日完売御礼! 単に彼女が愛らしいから売り切れているわけではなく、魔法のリンゴはなかなかのものなのだ。 そんな彼女には「夜」の仕事もあった。それは、迷宮で迷子になった探索者をこっそり助け出すこと。 小さな彼女には秘密があった。 彼女の奏でる「魔曲」を聞いたモンスターは借りてきた猫のように大人しくなる。 魔曲の力で彼女は安全に探索者を救い出すことができるのだ。 そんな彼女の夢は「魔晶石」を集め、幻獣を喚び一緒に暮らすこと。 たくさんのもふもふ幻獣と暮らすことを夢見て今日もチハルは「魔法のリンゴ」を売りに行く。 実は彼女は人間ではなく――その正体は。 チハルを中心としたほのぼの、柔らかなおはなしをどうぞお楽しみください。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処理中です...