上 下
136 / 143
10 最終章

30階——前編

しおりを挟む
 29階を彷徨い歩いたせいで、体力が少なめのレイスさんとスードルのダメージが無視できないところまで来てしまった。

 なんとかポーションで持たせているけど、今度また面倒な階層が来たら全員ダウンしそう。

 宿屋の弟、テウォンが平気な顔をしてついてくるのが冷静に考えるとたまに怖い。

 あと、無言で荷物を背負っているロイドさんもちょっと怖い。


 スードルのおかげで、残念ながらどうやら次の階層が最後ではないということは分かっている。

 つまり、このダンジョンは31階建てだったってことだ。キリが悪いなぁ。


 次の階がまた水に満たされている可能性を考え、今回はちゃんとみんな息を止めたまま転送された。

 案の定水の穴だったけど、先に転送されたレイスさんのおかげで呼吸は確保されている。


「レイスのおかげで、呼吸はできるけど……これは、困ったわね」

 水中洞窟。
 ぼんやりと光る水晶で視界は確保できるものの、全体は薄暗い。

 ぞの絶望的な広さ。
 大空洞と呼ぶに相応しい。

 しかも分岐がすごく多い。

 さっきの部屋は、あっても分岐はせいぜい3か所。
 今回はそんなものじゃない。見える限りで6、7か所。

 下、横、上、あらゆる方向に通路は伸びている。


「うわー! 無理無理無理、絶対無理だよ! ポーション飲んでも無理だって! あたし待ってる! ここで待機してるから、行って来て!」

 体力が厳しいレイスさんは、魔道具を使って泡を作り、自分は魔術を解いて泡を消した。

 かなり広い範囲が空気で満たされたけど、それでも空洞全部を満たすには至らない。


「厳しいわね……ここに来て、しかも水中……軽く調べるだけでも、数日はかかるわ」
「タワーもかなり遠いです……直線距離でも近くない」

 悲鳴を上げるレイスさん、溜め息をつくシアトルさんとスードル。


「でも、ここは洞窟だよキース。地形、分からないの?」
「キー、スコシダケ! ミズ、キライ」

 水のせいでできないようだ。
 今だけでいいから、イルカにジョブチェンジしてほしい。

「……テウォン、クドに頼んでみてくれない?」
「クー」
「無理だってさ」

 だろうなぁ、苦手そう。


「……待って、来る」

 フェンネルさんが剣を抜いた。
 上の方の通路から、スルスルと蛇のようなものがこちらに向かって来ている。

「俺が撃ってみる。水の中だけど……」

 アリスメードさんは、全力で弓を引き絞り、放った。

 矢はかなりの勢いで飛んだけど、威力は減衰し速度は遅い。
 軽々と避けられる。

「水中戦には弱いな……」


 魔物は迫って来るが、フェンネルさんは、レイスさんが作った泡の中から出ることなく、そのまま剣を振った。

 さすがはフェンネルさんで、そのまま魔物は真っ二つ。
 消えてなくなる。


「……これ、まだいる?」
「はい、全体的に配置されています」
「……水中戦」

 フェンネルさんが、シアトルさんの方を見る。

「少し経験はあるけど、誇れるほどじゃないわ。フェンネルは?」
「……それなり。でも呼吸ができない」

「あたしは無理だよ! 同時に魔術を使うことはできるけど、全員分の呼吸は維持できない!」

 どうやら、このパーティは水中の戦闘はできないらしい。
 どんな強いパーティにも、弱点ってあるんだな。


「あの、アリスメードさん。わたし、海で少し教えてもらったから、水中の戦いはできると思います。フェンネルさんには皆さんを守ってもらって、わたしとシアトルさんで行ってみます」

「オマエ、海で戦ってたのかよ? チェッ、海の話も聞いとくんだったな」

 テウォンがちょっと悔しがっている。

 海の話は他の人からも聞けるからいいや、と言ったことを悔いているらしい。
 別にそんなに悔しがらなくても、後で好きなだけ話してあげるんだけどな。


「スズネ、俺も一緒に行く」

 と、名乗り出たのは意外というべきか、ロイドさんだった。

「えっ」
「この中では、俺が一番泳げるからな。昔のことだが、呼吸もできる」

「でも、戦えるんですか? 魔獣倒すの、あんまし好きじゃないとか言ってませんでしたか?」

「水中の獣を、俺は獣と認めない」
「あ、そうですか……」


 独特な価値観に突っ込み所がないわけではないけれど、そこを突っ込んだところでいいことなんて一つもないので、わたしは何も言わずに頷いた。

「でもわたし、どうやってロイドさんと戦えばいいのか分からないんですけど……」
「俺の指示通りに動けばいい」

 さすがロイドさん。迷いがない。何がさすがなのかは私にも分からない。

 実際、水中は死角が少なくないし、そういう戦術は間違ってないと思うし、頼りになることは間違いない。
 ロイドさんの言う通りに戦ってみようかな。


「キー、キー!」
「駄目だよキース、キースはお留守番してて。クドと一緒にいれば、寂しくないでしょ?」

 キースは水が苦手。絶対に死んでしまう。
 わたしはそう言ってキースをテウォンの方にやったのだけど、キースは嫌みたいで、わたしの方に飛んで来ようとしている。

「連れて行けスズネ。仕事がある」
「えっ、でもロイドさん、キース死んじゃいますよ」

「幻獣は、魔力さえあれば生存に呼吸は必要ない。実力は発揮できないかもしれないが、死ぬことはないはずだ」

「キー?」

 当然のように、ロイドさんは幻獣にも詳しいみたいだ。

 キース自身が「えっそうなの?」みたいな顔をしていることを除けば、説得力がある。


「でも、キースの仕事ってなんですか?」

「洞窟内の地形を探らせる。お前なら、超広範囲に泡を広げて空気を満たせるはずだ。1階で撃ってただろ。あれを空気に変えろ」
「そ、それはできますけど……」

 クルルさんが作ってくれた剣をフルに使えば、かなりの広範囲を空気で満たせる。
 満たせるけど、あの勢いで魔力を吸い上げられたらわたしが死んじゃう。


「一瞬でいい。キースに地形を探らせ、進んで、また一瞬満たす。これを繰り返せばいい。シアトルはマッピングに集中しろ」

「ふふっ。分かったわ」

 シアトルさんが、心なしがちょっと嬉しそう。
 消極的なロイドさんが、積極的になってるからかもしれない。


「どのくらい動ける? モアリーイルは殺せるか?」
「モアリーイル?」

「さっきの魔物だ。水中で素早く動くが、短時間なら陸上でも活動できる。鋭い牙を持ち、強い縄張り意識を持つから、自然界なら互いを食い合うこともある、獰猛な魔獣だ。別種どころか同族すらも殺すから、囲まれることは考えなくてもいいが、縄張りに入ったらすぐに突撃してくるから気をつけた方がいい」

 獣と認めてない割に、ロイドさんが詳しい。
 どうやら、嫌いなのは人間だけみたいだ。


「体を覆うウロコは硬く、並みの剣では刃が欠ける。魔力を通しにくく、魔術に強い。一方で、水の凍結に弱く、氷漬けにされると何もできない」

「氷かぁ……エレメントで、氷ってありますか?」
「エレメントでは、無理かな。ウェザー系統になりそうだよー」

 暖めるのはエレメントだけど、冷やすのはそういうわけにいかないらしい。

 ウェザーは、キースの使う雷とかも含まれる中上級魔術で、わたしにはまだ使えない。

「あたしも疲れちゃったんだよねー」
「レイス、お前は体力を回復させろ。残りのポーションは好きなだけ使え」


 ロイドさんは、テキパキと指示を始めた。

「スードル、方向を教えろ」
「あっ、はい。えっと……こっちの方向です」

「分かった。キース、こっちを探れ。準備はいいな?」
「キー!」

「スズネ、一瞬でいい。なるべく広範囲に泡を広げろ」
「は、はい!」

 不思議と他人を従わせてしまう力が、ロイドさんにはあるのかもしれない。


 わたしはロイドさんの言う通り、剣を通して魔力強度を最大まで広げる。

 凄まじい勢いで、魔力が吸われていく。

 魔道具を起動させたときとは違う、背中から巨大な空気砲が貫通していくような、大きな衝撃。驚いて思わず魔術を解除した。

「キー!」

 でも、その一瞬でキースには十分だったらしい。
 大きく羽ばたいている。

「えっ、全部分かったの?」
「キー、キー」

 全部はダメだったみたいだけど、だいたい分かったらしい。


 ロイドさんは頷いて、「よくやった」と言った。

「来い、シアトル、スズネ、キース。行くぞ」
「まぁ、素敵じゃない。期待してるわ」
「……」

 シアトルさんが茶化したら、ロイドさんが無表情になった。

 相性、悪そうだなぁ……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

異世界転生 勝手やらせていただきます

仏白目
ファンタジー
天使の様な顔をしたアンジェラ  前世私は40歳の日本人主婦だった、そんな記憶がある 3歳の時 高熱を出して3日間寝込んだ時 夢うつつの中 物語をみるように思いだした。 熱が冷めて現実の世界が魔法ありのファンタジーな世界だとわかり ワクワクした。 よっしゃ!人生勝ったも同然! と思ってたら・・・公爵家の次女ってポジションを舐めていたわ、行儀作法だけでも息が詰まるほどなのに、英才教育?ギフテッド?えっ? 公爵家は出来て当たり前なの?・・・ なーんだ、じゃあ 落ちこぼれでいいやー この国は16歳で成人らしい それまでは親の庇護の下に置かれる。  じゃ16歳で家を出る為には魔法の腕と、世の中生きるには金だよねーって事で、勝手やらせていただきます! * R18表現の時 *マーク付けてます *ジャンル恋愛からファンタジーに変更しています 

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)
ファンタジー
陸奥さわこ 3*才独身 父が経営していた居酒屋「酒話(さけばなし)」を父の他界とともに引き継いで5年 折からの不況の煽りによってこの度閉店することに…… 家賃の安い郊外へ引っ越したさわこだったが不動産屋の手違いで入居予定だったアパートはすでに入居済 途方にくれてバス停でたたずんでいたさわこは、そこで 「薬草を採りにきていた」 という不思議な女子に出会う。 意気投合したその女性の自宅へお邪魔することになったさわこだが…… このお話は ひょんなことから世界を行き来する能力をもつ酒好きな魔法使いバテアの家に居候することになったさわこが、バテアの魔法道具のお店の裏で居酒屋さわこさんを開店し、異世界でがんばるお話です

めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜

ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました 誠に申し訳ございません。 —————————————————   前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。 名前は山梨 花。 他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。 動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、 転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、 休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。 それは物心ついた時から生涯を終えるまで。 このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。 ————————————————— 最後まで読んでくださりありがとうございました!!  

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

処理中です...