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10 最終章

19階

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 19階は、わたしたちにはあんまり仕事がない。
 頑張るのはアリスメードさん一人だけだ。


 環境はかなりの強風が吹く山の上。
 足下には霧だか雲だか分からない、白いもやが広がっている。
 
 足場は悪くないものの、とにかく風が強いので、バランスを崩すとそのまま落ちていきそうだ。


 なんだか久々に感じる偽物日光。
 雲に遮られているせいで、いやに寒く感じてしまう。

 天候はいつもこんな感じだそうで、風は全然止まないらしい。

 ダンジョン内だから日も沈まないし、魔物は出てこないから、安全ではあるのだけど、実は突破が難しい。


 タワーは目測300mは先にある。
 こちらと同じく崖上で、残念ながら繋がってはいない。
 当然ジャンプしても届かないし、遠距離攻撃が必須。

 実は近距離だけのパーティでも、この山を降りて霧の中を何キロも降りて行き、再び切り立った崖を登れば辿り着くらしいのだけど、あんまり現実的ではない。


 ちなみに、地形を変形させて橋をかけることはできない。

 階層も深くなってくると、ダンジョン自体の魔力構造が強固になってきて、その形を変えることはどんどん難しくなっていってしまう。
 4階みたいに穴を空けたりするのもできない。

 エレメントを駆使して橋をかけることはできるみたいだけど、何しろ距離が遠いので、途中で魔力か集中力が切れると、全員落下死だ。


 レイスさんもわたしもいるから、魔術を撃って壊してもいいのだけど、ここは人外代表もとい、弓の名手のアリスメードさんにお願いすることになっている。

 わたしの魔術は強いし、魔力はほぼ無尽蔵だからいいんだけど、さすがに的が遠すぎるので、到達した頃には威力も弱まってそうだし。

 レイスさんなら正確に撃てるだろうけど、魔力の容量に限りがある。


「……」

 と、アリスメードさんは弓を引き絞り、何かの機を待っている。

 確かに的は大きいから、当てるのは簡単そうだけど、この強風の中、細い矢を何百メートルも先に飛ばすなんてすごすぎる。
 しかもこの風は、常に弱くなったり強くなったり、止んだと思えば突風が吹いたり、その強さも方向も、どんどん変わっている。

 雨こそ降ってないけど、嵐の中にいるみたいだ。


 しかしアリスメードさんは、無理とは言わない。

 機を伺い、ずっと弓を構えている。なんかめっちゃ格好いい。


「キー」
「駄目だよ、邪魔したら」

 キースが不思議そうにしていたけど、邪魔しないように抱きしめてガード。


「ねー何してるのー?」

 なのにレイスさんが、アリスメードさんに話しかけ始めた。

「風を読んでるんだよ」
「前と一緒でしょー? 適当に撃てば当たらないのー?」
「当たるけど、ダメージにはならないからな。真っ直ぐに当てないと」

 アリスメードさんも無視すればいいのに、人がいいから返事をしている。


「おいレイス」

 ロイドさんが堪らずにレイスさんを止めた。

「アリスは集中してるんだ。今は話しかけるな」
「えー、だって気になるんだもん。あたしの魔術でボーンってやっちゃえば、すぐなのになー」

「明日は酷使するんだから、初日は休ませるって話だっただろ」
「そーだけど」


 すごく集中を削がれそうな会話を間近で繰り広げられていても、アリスメードさんはピクリともしないで集中している。

 すごいけど、確かに、何に集中してるのかよく分からないような気もする。


「フェンネルさん」

 さすがに直接聞くのは良くないと思ったので、フェンネルさんに聞いてみることにした。

「ん……何?」
「あの、アリスメードさんって、何に集中してるんですか? 風?」
「……そう。アリスは弓の名手。風と会話する」


「風と、会話……?」

 風って、喋るの?
 エルフのシアトルさんが森や木と喋るならまだしも、人間のアリスメードさんが風と会話?


 知れば知るほど、アリスメードさんが本格的に人間離れしていく。

 それともわたしが知らないだけで、この世界の狙撃手ってこういうことなのだろうか。


「アリスメードさんって、やっぱり特殊なんですか? それとも、弓使いの人って、こういう感じの人が多いとか?」
「知らない。あたし、弓は使わないし」
「そう、ですよね……」

 誰だって専門外のことはわからない。
 フェンネルさんだって十分強いし、アリスメードさんのことまで把握していなくても仕方ない。


「でも、アリスは強い」

 と、フェンネルさんは確信を持ってそう言った。

「そうですね」

 それは確かに、間違いない。
 強いし、信頼できる人だ。


 バシンッ、みたいな音がした。
 振り返ると、アリスメードさんの弓が力を失い、だらんと揺れていた。

「ごめんな、待たせたか?」

 遠くの方で、光の柱が砕け散った。
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