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10 最終章
進展なし
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混んでいたけど、宿の部屋は空いていた。
テウォンの家が悪いわけじゃないけど、やっぱりキースと二人で寝るのが一番しっくり来るような気がする。
「おはよー」
「キー」
わたしは、朝起きると、そのまま服を着替えて、荷物を整理し、今日持ち出す分を決める。
残りはキャビネットに入れて、しっかり鍵をかけた。
この中に入れておかないと、ゴミと間違われて捨てられちゃうらしい。
鉱山に着いてから10日が経った。
アリスメードさんの帰還予定は過ぎているけど、未だ帰還の連絡がない。
でも、予定期間なんてただの目安だから、2、3日くらいは大抵延びるし、気長に待っててくれと言われたし、そんなに心配はしていない、つもりだ。
「スズネ、おはよう」
「あ、おはようテウォン。ギルド本部に行こうと思ってたの」
わたしの出発時間を何故か把握し、常に待ち伏せているテウォンのことももう慣れた。
彼はすごく神出鬼没で、何の前触れもなく唐突に現れる。暗殺者とかになったら大成しそう。
「そうなんだ、じゃあ途中まで一緒に行こうぜ」
どうやら、テウォンのストーカー能力は、クドが関係しているらしい。
クドは未来を見ることができる。
例えば、今日わたしが何時に宿を出ようとするか、とか。
クドとテウォンの言語能力の限界で、細かいところは分からないらしいけど、ある程度の意思疎通は取れているようで、テウォンはクドの言うようにわたしを待ち伏せる。
この意思疎通っていうのは、言葉が通じるとかではなく、クドが直接テウォンの頭の中にぼんやりしたイメージを送り込むという、テレパシーみたいな方法で行われるようだ。
もしかしてクドってとんでもなく恐ろしいカメなんじゃないだろうか、という疑惑が生じたけど、今のところの用途はわたしのストーカーなので、取り敢えず平和だ。
「で、そのエナーシャ? とかいう奴に殺されかけたってこと?」
「うん。でも今は仲良しだよ」
「へー……エナーシャ……なんか嫌な名前だな」
エナーシャさんの、人に嫌われるという呪いはテウォンに対しても有効みたいだ。
名前だけで嫌って言われるとか、本当に苦労するんだろうな。
「本当、オマエってすごいよ。敵対してた別の世界の人とも仲良くなれちゃうんだな」
「仲良く……なのかなぁ」
仲良くなれた、という感じはあんまりない。
エフさんやディーさんは、確かに仲良しだったけど、最初からわたしに対して好意的だった。
実際、あんまり好意的じゃなかったビーさんとは、打ち解けられた感じはしないし、ジーさんやエルさんとは、ほとんど会話もないまま別れてしまった。
エナさんに至っては、ただ役に立つか否かということしか考えてない感じだった。
「運が良かったんだと思うよ」
「そうか? オマエがいい奴だから、協力してくれたんだと思うけどな。オマエ、もうちょっと自分に自信持てよ」
「自信?」
「オマエはすごく強いしさ、誰とでも上手くやれるし、ほら、そいつもいるし」
「特に自信がないつもりはないけどなぁ」
「パーティとか、誰かと作れば? 冒険者のことはよく分かんねーけど、パーティ作れば、ダンジョンにも行けるし、オマエならAランクも目指せるんだろ。んで、このダンジョン攻略しろよ」
「ダンジョン、かぁ……わたしにできるかな」
「よゆーだよ。スズネは、オレの知ってるどんな大人より、最強だし」
テウォンはさも当然のように言い切った。
「キー!」
「ほら、こいつも同意してる。……だよな?」
「キー、キー!」
同意しているらしい。キースは頭の上でヒラヒラ飛び回っている。
「……じゃあ、アリスメードさんたちと合流できたら、ダンジョンに行くよ」
「アリスメード、って、オマエの友達?」
「友達っていうか……うん、友達、かな。わたしのこと、助けてくれた人だよ」
「ふーん……あ、オマエは本部の方に行くんだよな。オレはこっちだから」
「あっ、そっか。またね」
「またな」
テウォンはあっさりと手を振って、瞬く間に雑踏の中に消えていった。
やっぱり、暗殺者とかスパイとかに向いてる。
わたしはキャンプを抜け、船着場へと向かった。
この巨大な水溜まりの周囲に作られたキャンプへの移動手段、ギルド本部への移動手段として、船着場は各地に設けられている。
「おじさん、ギルド本部までお願いします」
「嬢ちゃん、1人か?」
「この子も一緒なので。はい、2人分です」
「キー」
わたしはキースと2人分の子供料金を支払い、船に乗った。
漕ぎ手のおじさんは「可愛いお客だねぇ」と微笑んで、船を出す。
「ギルドにはどんな用があるんだ?」
「わたし、冒険者なんです。依頼を受けに行きます」
おじさんは、漕ぐ手を止めることはなかったけど、ちょっと驚いていた。
「そうなのか……見た目によらねぇもんだな。そいつは相棒か?」
「キー!」
キースはわたしの腕の中で元気よく鳴いた。
「そうですよ。キースって言うんです」
他愛のない話をしながら、船は進む。
本当に綺麗な湖面だ。不謹慎だけど。
すぐに短い船旅は終わった。
「どうもですー」
「おう、気をつけてなー」
手を振ってギルドに入ると、そこには既に先客がいた。
見慣れた後ろ姿だ。
「スードル!」
「えっ、あ、スズネ!」
カウンターにいたのは、スードルだった。
スードルは振り返ってわたしを見つけ、嬉しそうに手を振った。
「ちょうどスズネを探しに来たんだよ。ダンジョン前支部で、伝言を聞いたから。アリスさんは後でいいって言ってたんだけど、僕、早くスズネに会いたかったんだよね」
「何か用があったの?」
「うーん、まあ、そうだなー、なんだと思う?」
スードルは変にもったいぶりながら、クスクス笑っている。
なんだろう……スードルがわたしに用事って。あ、まさか。
「スードル、ダンジョンで変なカメとか見つけたの?」
「えっ、何のこと? カメ?」
「あ、違うならいいんだ。えーっと、で、用事、何? わたし、分かんないんだけど」
「んー、どーしよっかなー、教えちゃおっかなー? ほら、見てみてよ、僕のこと。よく見て!」
なんかスードルがおかしい。
わたしはちょっと心配になりながら、言われた通り、一歩下がってスードルを観察した。
「うーん……髪……切ったとか?」
「違う違う! ほら、ほらっ!」
「ふくっ!」
受付にいたお姉さんが噴き出した。
わたしたちのやりとりが面白かったみたいだ。笑ってくれたならよかった。
「えー、分かんないよ。靴変えた?」
「違うってば! もう、わざと言ってる?」
「えぇ……」
全然分からない。でも、当てるまで終わらなさそう。
わたしが助けを求めてキースの方を見ると、キースが「キー」と鳴いて、わたしの腕から飛び立った。
トスン、と体当たりした先には、スードルの手。
「あー……その……手?」
「正解!」
言われてみれば、スードルはその手にブレスレットをしていた。
どうやらそれを、わたしに自慢したいみたいだ。
「……か、かっこいいね」
「そうでしょ? レイスさんからの、プレゼント!」
「あ、うん……そうなんだ、良かったね……」
そんなこと言われたって、見た目ではプレゼントかどうかなんて分からない。
でもレイスさんのことが好きらしいスードルにとっては、特別なものみたいだ。
「レイスさんが買ってくれたの?」
「そうそう、2人でマーケットに行って買った!」
「あ、デートってこと?」
「デートじゃないかもだけど」
スードルは、ブレスレットを取って見せてくれた。
よく見ると呪文なんだか魔法陣なんだか、よく分からないものがびっしり書いてある。
デザインとしては悪くない。
ただ、なんか呪いのアイテム感があって、身につけるのはちょっと躊躇しちゃうけれど。
「ところで、スードルってレイスさんとはどのくらい進展してるの? 告白した?」
「そんなのできないよ。迷惑になるし。一方的に好きなだけでいいんだ」
と、スードルは奥手なことを言い出す。
「もしかしたら、他の人に取られちゃうかもしれないよ? ほら、アリスメードさんとか」
「取られるっていうか、そもそも僕のものじゃないし……嫌だとは思わないかなぁ」
「先に好きになったのに?」
「順番の問題じゃないと思うよ」
うーん。
それはそれでいいのかもしれないけど、わたしとしては釈然としないというか。
でも、スードルがそれでいいなら、いいのかなぁ……
「スズネはいないの? 好きな人」
と、急にスードルがわたしに尋ねた。
「スズ、キース、スキ!」
聞かれてもいないのに、キースが主張する。
「あはは、そっかぁ。キースはスズネのこと大好きなんだね」
「スキ、スキ!」
キースはキーキー騒ぎながら飛び回る。
「わたしも、好きな人って言われたらキースかなー。人かどうか分かんないけど」
「キー!! キーキー! キーーー!!!」
「よっぽど嬉しいみたいだね」
キーキー騒いで飛び回るキースのせいで、天井近くの埃が舞っている。
わたしは口元を抑えながら、小さくくしゃみをして、「そうだねー」とか言って笑った。
「ところで、アリスメードさんたちはどこに泊まってるの? わたし、今から依頼を受けるつもりだったから……晩御飯を食べたら、会いに行くよ」
「依頼って、ここの? そっか、仕事があるなら仕方ないね。せっかくなら、夕食も一緒に食べようよ」
「晩御飯は別の人のところでお世話になってるの。急に行かなくなったら、心配かけちゃう」
夕食は、相変わらずテウォンと未だに一緒だった。
お姉さんの料理も美味しいし、テウォンはわたしの話が聞きたいみたいだし。
お姉さんはいいって言うけど、一応ご飯代としてお金も払っている。これも助け合いだ。
「別の人って……もしかして、あの、異世界の人たち?」
「あ、ううん。違うよ。みんなは、砂漠のダンジョンに行ったから。わたしは一人で来たんだ。……あ、キースと一緒にね」
わたしは、キースに何か言われる前に、付け加えた。
スードルは「そうなんだ」と頷いたけど、やっぱり誰か気になるみたいだった。
「それ、僕らの知ってる人? 別の冒険者パーティじゃないんだよね」
「知らない人かな……前、お世話になった宿屋の人なの。仲良くしてるんだ」
わたしはスードルに事情を説明した。
スードルは「気の毒だね」と言って首を振る。
「ごめんね、ダンジョンの攻略が遅れちゃってて。そうだよね、この街の人たちにとっては、死活問題なんだ……忘れそうになってた」
「冒険者さんたちは、頑張ってくれてるんでしょ?」
「うん、そうだよ。でも、やっぱりダンジョンが突然発生するなんておかしいから、調査したいって人も多いんだ。他のところでも、同じことが起きるかもしれないから。けど、一刻も早く攻略してほしいって人も、たくさんいるんだよね……」
スードルは、見ているわたしまで悲しくなるくらいにしょんぼりしてしまった。
「落ち込まないで」
わたしは元気づけようとして、ちょっと背伸びをしてスードルの頭を撫でる。
ただちょっと身長が違いすぎて、ほぼジャンプみたいになったけど。
「……ふ、ふふっ」
スードルは、くすくす小さな声を漏らして笑った。
「……そうだね、ありがとう。僕、アリスさんのところに戻る。これ、宿の場所だよ。書いておいたんだ。また会おうね。僕、スズネのためにお菓子を作って待ってるよ」
「うん」
とりあえず、スードルが元気になってくれて良かった。
わたしはスードルにバイバイって手を振る。
さてと、仕事の時間だ。
テウォンの家が悪いわけじゃないけど、やっぱりキースと二人で寝るのが一番しっくり来るような気がする。
「おはよー」
「キー」
わたしは、朝起きると、そのまま服を着替えて、荷物を整理し、今日持ち出す分を決める。
残りはキャビネットに入れて、しっかり鍵をかけた。
この中に入れておかないと、ゴミと間違われて捨てられちゃうらしい。
鉱山に着いてから10日が経った。
アリスメードさんの帰還予定は過ぎているけど、未だ帰還の連絡がない。
でも、予定期間なんてただの目安だから、2、3日くらいは大抵延びるし、気長に待っててくれと言われたし、そんなに心配はしていない、つもりだ。
「スズネ、おはよう」
「あ、おはようテウォン。ギルド本部に行こうと思ってたの」
わたしの出発時間を何故か把握し、常に待ち伏せているテウォンのことももう慣れた。
彼はすごく神出鬼没で、何の前触れもなく唐突に現れる。暗殺者とかになったら大成しそう。
「そうなんだ、じゃあ途中まで一緒に行こうぜ」
どうやら、テウォンのストーカー能力は、クドが関係しているらしい。
クドは未来を見ることができる。
例えば、今日わたしが何時に宿を出ようとするか、とか。
クドとテウォンの言語能力の限界で、細かいところは分からないらしいけど、ある程度の意思疎通は取れているようで、テウォンはクドの言うようにわたしを待ち伏せる。
この意思疎通っていうのは、言葉が通じるとかではなく、クドが直接テウォンの頭の中にぼんやりしたイメージを送り込むという、テレパシーみたいな方法で行われるようだ。
もしかしてクドってとんでもなく恐ろしいカメなんじゃないだろうか、という疑惑が生じたけど、今のところの用途はわたしのストーカーなので、取り敢えず平和だ。
「で、そのエナーシャ? とかいう奴に殺されかけたってこと?」
「うん。でも今は仲良しだよ」
「へー……エナーシャ……なんか嫌な名前だな」
エナーシャさんの、人に嫌われるという呪いはテウォンに対しても有効みたいだ。
名前だけで嫌って言われるとか、本当に苦労するんだろうな。
「本当、オマエってすごいよ。敵対してた別の世界の人とも仲良くなれちゃうんだな」
「仲良く……なのかなぁ」
仲良くなれた、という感じはあんまりない。
エフさんやディーさんは、確かに仲良しだったけど、最初からわたしに対して好意的だった。
実際、あんまり好意的じゃなかったビーさんとは、打ち解けられた感じはしないし、ジーさんやエルさんとは、ほとんど会話もないまま別れてしまった。
エナさんに至っては、ただ役に立つか否かということしか考えてない感じだった。
「運が良かったんだと思うよ」
「そうか? オマエがいい奴だから、協力してくれたんだと思うけどな。オマエ、もうちょっと自分に自信持てよ」
「自信?」
「オマエはすごく強いしさ、誰とでも上手くやれるし、ほら、そいつもいるし」
「特に自信がないつもりはないけどなぁ」
「パーティとか、誰かと作れば? 冒険者のことはよく分かんねーけど、パーティ作れば、ダンジョンにも行けるし、オマエならAランクも目指せるんだろ。んで、このダンジョン攻略しろよ」
「ダンジョン、かぁ……わたしにできるかな」
「よゆーだよ。スズネは、オレの知ってるどんな大人より、最強だし」
テウォンはさも当然のように言い切った。
「キー!」
「ほら、こいつも同意してる。……だよな?」
「キー、キー!」
同意しているらしい。キースは頭の上でヒラヒラ飛び回っている。
「……じゃあ、アリスメードさんたちと合流できたら、ダンジョンに行くよ」
「アリスメード、って、オマエの友達?」
「友達っていうか……うん、友達、かな。わたしのこと、助けてくれた人だよ」
「ふーん……あ、オマエは本部の方に行くんだよな。オレはこっちだから」
「あっ、そっか。またね」
「またな」
テウォンはあっさりと手を振って、瞬く間に雑踏の中に消えていった。
やっぱり、暗殺者とかスパイとかに向いてる。
わたしはキャンプを抜け、船着場へと向かった。
この巨大な水溜まりの周囲に作られたキャンプへの移動手段、ギルド本部への移動手段として、船着場は各地に設けられている。
「おじさん、ギルド本部までお願いします」
「嬢ちゃん、1人か?」
「この子も一緒なので。はい、2人分です」
「キー」
わたしはキースと2人分の子供料金を支払い、船に乗った。
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「わたし、冒険者なんです。依頼を受けに行きます」
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「そうなのか……見た目によらねぇもんだな。そいつは相棒か?」
「キー!」
キースはわたしの腕の中で元気よく鳴いた。
「そうですよ。キースって言うんです」
他愛のない話をしながら、船は進む。
本当に綺麗な湖面だ。不謹慎だけど。
すぐに短い船旅は終わった。
「どうもですー」
「おう、気をつけてなー」
手を振ってギルドに入ると、そこには既に先客がいた。
見慣れた後ろ姿だ。
「スードル!」
「えっ、あ、スズネ!」
カウンターにいたのは、スードルだった。
スードルは振り返ってわたしを見つけ、嬉しそうに手を振った。
「ちょうどスズネを探しに来たんだよ。ダンジョン前支部で、伝言を聞いたから。アリスさんは後でいいって言ってたんだけど、僕、早くスズネに会いたかったんだよね」
「何か用があったの?」
「うーん、まあ、そうだなー、なんだと思う?」
スードルは変にもったいぶりながら、クスクス笑っている。
なんだろう……スードルがわたしに用事って。あ、まさか。
「スードル、ダンジョンで変なカメとか見つけたの?」
「えっ、何のこと? カメ?」
「あ、違うならいいんだ。えーっと、で、用事、何? わたし、分かんないんだけど」
「んー、どーしよっかなー、教えちゃおっかなー? ほら、見てみてよ、僕のこと。よく見て!」
なんかスードルがおかしい。
わたしはちょっと心配になりながら、言われた通り、一歩下がってスードルを観察した。
「うーん……髪……切ったとか?」
「違う違う! ほら、ほらっ!」
「ふくっ!」
受付にいたお姉さんが噴き出した。
わたしたちのやりとりが面白かったみたいだ。笑ってくれたならよかった。
「えー、分かんないよ。靴変えた?」
「違うってば! もう、わざと言ってる?」
「えぇ……」
全然分からない。でも、当てるまで終わらなさそう。
わたしが助けを求めてキースの方を見ると、キースが「キー」と鳴いて、わたしの腕から飛び立った。
トスン、と体当たりした先には、スードルの手。
「あー……その……手?」
「正解!」
言われてみれば、スードルはその手にブレスレットをしていた。
どうやらそれを、わたしに自慢したいみたいだ。
「……か、かっこいいね」
「そうでしょ? レイスさんからの、プレゼント!」
「あ、うん……そうなんだ、良かったね……」
そんなこと言われたって、見た目ではプレゼントかどうかなんて分からない。
でもレイスさんのことが好きらしいスードルにとっては、特別なものみたいだ。
「レイスさんが買ってくれたの?」
「そうそう、2人でマーケットに行って買った!」
「あ、デートってこと?」
「デートじゃないかもだけど」
スードルは、ブレスレットを取って見せてくれた。
よく見ると呪文なんだか魔法陣なんだか、よく分からないものがびっしり書いてある。
デザインとしては悪くない。
ただ、なんか呪いのアイテム感があって、身につけるのはちょっと躊躇しちゃうけれど。
「ところで、スードルってレイスさんとはどのくらい進展してるの? 告白した?」
「そんなのできないよ。迷惑になるし。一方的に好きなだけでいいんだ」
と、スードルは奥手なことを言い出す。
「もしかしたら、他の人に取られちゃうかもしれないよ? ほら、アリスメードさんとか」
「取られるっていうか、そもそも僕のものじゃないし……嫌だとは思わないかなぁ」
「先に好きになったのに?」
「順番の問題じゃないと思うよ」
うーん。
それはそれでいいのかもしれないけど、わたしとしては釈然としないというか。
でも、スードルがそれでいいなら、いいのかなぁ……
「スズネはいないの? 好きな人」
と、急にスードルがわたしに尋ねた。
「スズ、キース、スキ!」
聞かれてもいないのに、キースが主張する。
「あはは、そっかぁ。キースはスズネのこと大好きなんだね」
「スキ、スキ!」
キースはキーキー騒ぎながら飛び回る。
「わたしも、好きな人って言われたらキースかなー。人かどうか分かんないけど」
「キー!! キーキー! キーーー!!!」
「よっぽど嬉しいみたいだね」
キーキー騒いで飛び回るキースのせいで、天井近くの埃が舞っている。
わたしは口元を抑えながら、小さくくしゃみをして、「そうだねー」とか言って笑った。
「ところで、アリスメードさんたちはどこに泊まってるの? わたし、今から依頼を受けるつもりだったから……晩御飯を食べたら、会いに行くよ」
「依頼って、ここの? そっか、仕事があるなら仕方ないね。せっかくなら、夕食も一緒に食べようよ」
「晩御飯は別の人のところでお世話になってるの。急に行かなくなったら、心配かけちゃう」
夕食は、相変わらずテウォンと未だに一緒だった。
お姉さんの料理も美味しいし、テウォンはわたしの話が聞きたいみたいだし。
お姉さんはいいって言うけど、一応ご飯代としてお金も払っている。これも助け合いだ。
「別の人って……もしかして、あの、異世界の人たち?」
「あ、ううん。違うよ。みんなは、砂漠のダンジョンに行ったから。わたしは一人で来たんだ。……あ、キースと一緒にね」
わたしは、キースに何か言われる前に、付け加えた。
スードルは「そうなんだ」と頷いたけど、やっぱり誰か気になるみたいだった。
「それ、僕らの知ってる人? 別の冒険者パーティじゃないんだよね」
「知らない人かな……前、お世話になった宿屋の人なの。仲良くしてるんだ」
わたしはスードルに事情を説明した。
スードルは「気の毒だね」と言って首を振る。
「ごめんね、ダンジョンの攻略が遅れちゃってて。そうだよね、この街の人たちにとっては、死活問題なんだ……忘れそうになってた」
「冒険者さんたちは、頑張ってくれてるんでしょ?」
「うん、そうだよ。でも、やっぱりダンジョンが突然発生するなんておかしいから、調査したいって人も多いんだ。他のところでも、同じことが起きるかもしれないから。けど、一刻も早く攻略してほしいって人も、たくさんいるんだよね……」
スードルは、見ているわたしまで悲しくなるくらいにしょんぼりしてしまった。
「落ち込まないで」
わたしは元気づけようとして、ちょっと背伸びをしてスードルの頭を撫でる。
ただちょっと身長が違いすぎて、ほぼジャンプみたいになったけど。
「……ふ、ふふっ」
スードルは、くすくす小さな声を漏らして笑った。
「……そうだね、ありがとう。僕、アリスさんのところに戻る。これ、宿の場所だよ。書いておいたんだ。また会おうね。僕、スズネのためにお菓子を作って待ってるよ」
「うん」
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