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09 交流の成果

本気の鬼ごっこ

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 スードルが言うには、エーチさんもアイさんも、魔術を使うのは難しいらしい。

 簡単なもの、例えばエレメントのバブルを、わずかに膨らませることくらいならできるみたいだけど、維持はできないし、大きくすることもできないし。
 
 飲み水の確保が多少簡単になるだけで、実戦には使えなさそうだ。

 練習すればできるようになるかもしれないけど、とスードルは言ってたけど、少なくとも数日程度では無理みたいだ。

 アイさんは大層ガッカリしていたのだけど、できないものは仕方がないと、すぐに切り替えた。
 切り替えが早いのは、アイさんのいいところだ。
 
 何故かボーナスタイムが長引いているエーチさんも、能力を使うことにならなくて安心したみたいだ。
 

「さーん、にー、いーち! スタート!」

 待ちくたびれたわたしたちは、やがて魔術の勉強会とは程遠い鬼ごっこを始めた。

 宮廷騎士団の人たちも、最初は遠慮していたけど、結局一緒に遊んでいる。


「スズ! スズー!」

 キースは飛べるとずるいので、人の姿で参加しているのだけど、人の姿で動くのはあんまり得意ではないらしく、すぐに捕まる。
 それは別にいいんだけど、捕まってからわたしのことしか追いかけて来ない。

 この鳥頭、さてはルールを理解してないな?

「だから! わたしを捕まえるゲームじゃないんだってば!」
「スズー、捕らえるー!」
「やめてー!」

 わたしは魔力戦術に肉体強化まで使って逃げ回るのだけど、ずっと粘着されるとさすがに辛い。
 休耕中の畑をめいいっぱい使い、地面を蹴る。
 地面は運動場とは違って柔らかいので踏ん張りがきかず、かなり走りにくい。

「あ、見つけた!」
「捕まえるー!」
「やめてー!」

 しかも、スードルまで面白がって追いかけてくる。
 ルールを理解してるのに無視しているようだ。

「天地の御霊、我祈る去り給え」
「わー!」

 急に魔力を取り上げられたわたしは肉体強化をキャンセルされ、バランスを崩した。

「キース、チャンスだよ!」
「バブル・エレメント・アクア!」
「キー!?」

 キースは突然現れた水の球に突っ込み、人型らしからぬ悲鳴を上げてずぶ濡れになった。
 ことあるごとにずぶ濡れになってるし、そろそろ水がトラウマになってそう。

「天地の御霊、我祈る去り給え!」
「それずるいじゃん! 絶対ずるいって!」

「おー、頑張れー!」
「スズネちゃん、ファイト!」
「負けるなスードル~!」

 気づいたら、なんか他の人たちは全員遠くの方で応援していた。参加してたんじゃなかったの?


「シュート・エレメント・ウィンド!」
「うわっ!」

 風を使ってスードルを転ばせ、さらに距離を取る。
 スードルは魔力を操作し、わたしの魔術を強制キャンセルさせようとするけど、詠唱も短いし動き回っているので、全然当たっていない。

 複雑な魔力操作や魔術の発動には、それだけ時間がかかる。
 素早く動き続けていれば当たらない。

「待てー!」

 懲りずにキースが走ってきた。濡れたら飛べないけど、走れないわけではないらしい。

「なんでわたしたちだけになってるの!?」
「捕まえろー!」
「スズー!」
「やめてー!」

 泥だらけのスードル、水浸しのキース。
 追いかけられるわたしも、走り回って汗だくだ。

「ワウォオオン!」

 その時、オオカミの鳴き声が聞こえた。
 いつの間にか、ホーンウルフが走ってきて、畑の中に飛び込んできたみたいだ。

「ウォンッ!」


「楽しそうなことをしてるな」
「あ、ロイドだ。何してたの?」
「獣舎で、こいつらの世話をしてた。何してるんだ?」
「今、スードルとキースがスズネと対戦してるの。追いかけっこで」

 乱入してきたホーンウルフたちと一緒に、ロイドさんもやってきた。
 ロイドさんはレイスさんの隣に座り、観戦を始める。

「アリスたちは?」
「まだ話してるみたい。もう夕方なのに、長話だねー」
「我々とは文化も環境も違いすぎるからな。積もる話でもあるのだろう!」


 乱入ホーンウルフは4匹いたけど、ホーンウルフ同士で戯れあってるだけなのであんまり関係ない。わたしは無視して走り回る。

「キース、そっちから行ってくれる?」
「分かった! キー!」

 わたしを畑の端っこに追い詰めてから、左右から挟み撃ちで猛ダッシュしてくる。

「コート・エレメント・クレイ!」

 わたしは剣を抜き地面に刺して魔力を伝え、硬化の逆の軟化をかける。
 地面が柔らかくなり、表層だけが泥沼化する。

「わっ!」
「キー!」

 ぬかるんだ地面に足を取られた隙に、わたしは走って距離を取る。

 今は関係ないけど、人の姿でキーって鳴くのはやめてくれないかな。


「ワウッ!」
「えあっ!?」

 急に目の前に出てきたホーンウルフがわたしに向かって吠えてきたので、わたしはびっくりして足を止めた。
 
 めっちゃ尻尾振ってるから敵意はなさそうだけど、進行方向を塞がれてしまった。

「隙ありっ!」
「わー!」

 背後から思いっきりタックルされ、わたしはそのまま地面に転がり倒れる。

「捕まえた! 捕まえた!」
「やったー!」

 水が混ざった土は泥となり、わたしの体は沈んでいく。
 キースの白い毛皮も泥だらけだ。


「もー! 重いよキース!」
「キー! キー!」

 わたしはキースを跳ね除ける。
 キースはコウモリの姿に戻って、バタバタ翼を動かしたけど、泥のせいで全然飛べず、無様に地面でのたうち回るだけの結果になった。

「あはは! みんな、泥だらけだねー!」

 レイスさんは、パンパンと二度手を叩き、その両手を空に掲げた。

 頭上から降り注いだ雨粒が、わたしたちの体に吸い付き、泥と共に落ちていく。
 
 濡れてるはずなのに乾いていく。不思議な感覚だ。
 ただの雨じゃないんだろうけど、どういう魔術なんだろう。

 夕暮れの赤い太陽の光を受けながら落ちる雨粒は、うっすらと小さな虹をかけた。

「キー!」

 濡れたら飛べなくなるくせに、この雨は平気らしい。
 
 ハムスターくらいのサイズになったキースは飛翔し、その虹の中でバタバタもがいて鳴いていた。
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