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08 異世界

知らない人の長話——記憶

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 エナさんの声が一瞬だけ聞こえなくなって、それからまたすぐに聞こえ始める。



「そういうことで、僕は1人だけで生きていくことの難しさを感じていた。

 僕の目的達成のため、そして、僕の記憶を持たせて一緒に死を渡るため、仲間がほしかった。

 僕の能力が覚醒し、記憶が戻るまで僕を守ってくれるような、そんな仲間がね」



 そこは恐らく、激しい戦闘が行われた戦場だった場所なのだと思う。

 大樹の周囲とはまるで違う、荒れ果てた廃墟。
 
 転移装置を格納している建物も、鉄筋らしき柱は残っているのだけど、天井と壁が抜けている。
 即席の天井と壁だけが、やっつけみたいに設置されている。


 外に出ると、果てしなく広がる瓦礫の山が見えた。

 強靭なはずの金属すらも、ぐにゃぐにゃにひしゃげて転がっている。
 
 ましてや脆いガラスやコンクリートは、粉々になってアスファルトに転がっていた。
 地面もところどころ凹んだり、亀裂が入ったりしていて歩きにくい。
 

 当然のように生物の気配はなく、すっかり晴れた空は、その街が既に死んでいることを物語っている。

 そんな街をエナさんは、知った顔で歩いていく。



「そこで僕は醤油を仲間にした。引き入れた。

 つまり僕にとって醤油は、僕の記憶タンクであり、保護者なわけだ。


 ああ、醤油はどうして記憶を失わないのかって?

 実はこれは僕の問題なんだけど、実は今の僕って、もう不死鳥モドキでもないんだよね。

 だってほら、僕は何度もしてる。
 生が転じている。

 要するに、僕の体はもう、かつての僕のものじゃない。

 魂の本能みたいなもので、せめて見た目とかはできるだけ同じような体に入るらしいんだけど、それでももう、この世界に不死鳥はいない。

 僕の求める体はない。
 

 能力は魂に付随するから、能力は使えるんだけど、体が耐えられないってことは多々ある。
 
 記憶も同じだ。

 僕は全てを覚えてるんだけど、その記憶を持つ魂を、上手く肉体が読み取れない。

 だからこそ忘れてる。思い出せない。

 命の危機においてすら、肉体は魂を理解できずに混乱してるんだ。分かるかな?」



 わたしはエナさんに尋ねた。「この街にも、雨は降るんですか?」

 エナさんは「もちろん」と答える。「でなきゃもっと汚れてるよ」


 確かに、破壊の跡には血痕とかは見当たらない。

 わたしは少し思った。死体はどうしたんだろう?
 


「その点、醤油の転生はちょっとばかし色が違う。


 僕は醤油の魂の一部を持ってる。
 転生するとき、その魂は僕から分離し、生誕と共に地上に落ちる。

 でも醤油の魂は僕の魂の一部と融合し、醤油という形を作る。
 

 それは醤油自身の体だ。

 僕が守ってるから、精神が傷つくこともなく、記憶もそのまま。
 
 体は成長することもないし、傷付けば普通に傷つくし、痛い。

 見た目では普通の人間と変わらない。
 機能は色々違うけど。


 材料とか、難しいことは考えないでいいよ。そこは重要なことじゃないし。
 
 そして僕の魂を分け与えてるから、それがなくなるまでは死なないで済むんだ。
 
 もし与えられた命を使い切って死んだとしても、肉体が手に入らないだけで魂はそこに存在してるから、地縛霊みたいになるだけ。
 
 僕が再び魂を分け与えれば復活できる。

 
 そして僕は醤油という避難場所に、自分の記憶のコピーを預けてる。

 つまり醤油にそれをもらえば、僕は全ての記憶と能力を取り戻せるんだ。


 もちろん会う前に死んだり、会ったとしても肉体と相性が悪すぎて上手く読み取れなかったり、使えなかったりはしたんだけど、かなり上手くいってた。

 今までは、ね」
 


 廃墟の中に、わずかに生活の痕跡が見える。

 ひっくり返った鍋やフライパン、電気ケトルなどのキッチン用品、テーブルやソファ、カーテンの残骸。
 集合住宅だったのだろう。
 
 でもそれは、信じられないくらいにバラバラに破壊されていた。
 爆弾で壊れたのか、地震か何かで壊れたのか、それは分からないけれど。



「実は今、僕が死んだらまずい意味はそこにある。

 実は、分離が上手くいかなかったみたいなんだ。
 どうやら前世の僕は、記憶だけじゃなく、能力そのものまで預けちゃったらしい。

 あ、全部じゃないよ。
 全部じゃないんだけど。
 

 記憶も能力も、醤油に預けたトリガーなしでかなり出てきてるのに、どうしても転生の能力だけが見つけらない。
 
 つまり世界を渡るための能力。
 死んでも死なないための能力だね。


 見ての通り僕はよっぽど死ぬことはないんだけど、この世界が滅びちゃったらさすがに死んじゃう。

 そして今回、転生するための能力がない。
 だから正直、かなり困ってる。


 要するに僕は、今この場で殺されるわけにはいかない。

 個人的には世界がどうなろうがどうでもいいんだけど、醤油に会うまでは滅んでもらったら困る。


 だから僕は今、全力で君から醤油の居場所を聞き出そうとしてるんだ。

 つまり、僕は君と取引することもできるよ。

 醤油の居場所を教えてくれるのなら、醤油と会えて僕の能力が戻った後、君のことをこっそり逃してあげる。


 そうすればこの都市はマナの枯渇によって滅ぶけど、君は生きていられる。

 僕を信じてついてきてくれたみんなには申し訳ないし、一応みんなには感謝してるから、確執は残したくない。

 だけどみんなは君を殺したくないみたいだし、結果的に、ここと心中してもいいと思ってるなら、それでいいんじゃないかな?」



 エナさんは、ようやく一息ついた。

「エナさん、この辺で戦ったんですか?」
「そうだよ。じゃなきゃこんなに壊れてないでしょ」

「ここに住んでた人たちは、どこに?」

「さあ、どこだと思う? 正解できないと思うから教えてあげるけど、データバンクの中だよ。肉体は死んでも、意識はコンピュータによって保たれる。その中には空腹も、痛みも、有害で不快な情報も、フィルターバブルによって遮断されるからね。ここシグマ地区は、人格をデジタル・データ化するための取り組みが進んでてね。資源が失われ始めると、人々は競ってデータバンクの中に逃げ込んだ。ほとんどの住民が自らブラックホールに身を投げたんだよね」


 この世界は、わたしが思っているよりも発展していたらしい。
 
 剣と魔法の世界とはまた別のファンタジー世界、SFってやつだ。
 

「それじゃあ、ここの人たちは、今も生き続けてるんですね」


 なんとなくほっとして、わたしはそう言った。
 
 精神をパソコンに送って生き続けるなんて、今は考えられないけど、そういうのが当たり前になる未来も、あったりするんだろうか。
 

「あーえっと。それは違うんだよね」

 エナさんは頬を掻きながら言った。
 

「残念なことに、データベースってすごくエネルギーを使うんだよ。この世界に生きてる人にも行き渡らないんだから、いない人には……あは。ま、やっぱりは必要だよね。そういうこと。もちろんサーバーは解体して、有効活用したよ。コラテラル、コラテラル。じゃ、次行こっか」
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