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07 人智及ばぬ授けもの

精霊の好奇心

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 女の子さんは、無数の眼球を覗かせた自分に対して怯えを見せなかったわたしを、いたく気に入ったらしい。

「なんと胆力のある子よ! そなたは大成するであろう」
「いや、びっくりして怖がるどころじゃなかっただけですけど……」

 女の子さんは「愉快愉快」と言って笑っている。もしかしてこの水、お酒だったりするのか……?


「ことに、人の子よ。世界樹の都市に行きたいと言っておったの。それは何故じゃ?」

「えっ?」

「世界は滅亡の危機に瀕しておる。そなたはそれを知り、それを食い止めようとしておる。して、何故世界樹の都市へ向かう?」


 それは確かに当然の疑問ではあった。

 わたしは、醤油さんのことを説明した。


「その行商人さんが、世界樹の都市にいる人が鍵になるかもしれないと言っていたんです。その人なら、世界を救えるかもしれないって」

「行商人、のう……探し人というのは、もしやエナーシャのことではあるまいな?」

「え……そ、そうです、どうして知ってるんですか?」

「なんと。ほう、そうか。ほうほう、あやつはあちらにおるのか。ほうほう」

「……エナーシャ?」


 シカツノさんは知らないようで、首を傾げている。

「精霊より人に近い者じゃ。おぬしが知らぬのも無理はあるまい。下手に名を口にするでないぞ、老いぼれの逆鱗に触れては面倒じゃからのう」
「……どの口が……」

 女の子さんに、シカツノさんは小さく呟く。
 

「あやつは世界のために一肌脱いでやるような者ではないが、何より己の命を惜しむ者じゃ。であれば、協力するやもしれぬ。……ほれ、おぬしも飲むがよい」

 シカツノさんは差し出されたグラスに指先を浸した。
 
 グラスの水がゆっくり減る。


「……エナーシャさんって、人間じゃないんですか?」

「人ではない、が、精霊でもない。呪われた……なんと言ったかの、ふむ……鳥、そう、不死鳥じゃったか。愚かにも永遠の輪廻に囚われた、哀れな狂人よ。ま、見てて面白いから、妾は好きなんじゃがの」


「……わたし、その人に会った方がいいと思いますか?」

「ふむ、エナーシャに会うというのはあながち間違いでもない。あやつが記憶を取り戻しており、そなたに協力するなら、あやつはでどのような問題も解決するに違いあるまい。また、早い方が良かろう。妾が目を塞いでおる間に、ずいぶん傷んでおったようじゃ」


「……えと……もし、よければ、精霊さんにお願いすることはできませんか? エナーシャさんは協力してくれないかもしれないんですよね? 精霊さんは、すごい力があるんじゃないんですか?」

「ククク、恐れを知らぬ幼子よ。妾を買い被りすぎじゃ。妾はただの観察者ぞ。里にはどうにかできる者もいるやもしれぬが、協力は望めまい」

 シカツノさんも同意し、ゆっくり頷いた。


「幼子よ。人が滅びようと、魔獣は生きるであろう。魔獣が滅びようと、草木は生きるであろう。草木が滅びようと、土や岩が消えるわけではない。土と岩が消えれば……無が残る。時は揺り戻され、再び世界は生まれる。滅びとは新たな始まりに過ぎぬ」

「でも、人にとっては終わりなんです。わたしたちにとっては、取り返しのつかないものです」

「ふむ……なるほど。取り返しのつかない……ものとな? ふむふむ」


 女の子さんは椅子を引いて前のめりになりながらそう言った。

 首筋の眼が開いて、3つの視線がわたしを見ている。
 

「取り返しのつかないもの。どうじゃ、おぬし。分かるかのう?」
「……深淵ノ水が、尽きるヨウナものダ」

「ほうほう、なるほど、それが、そしてであるというと。すなわち、深淵の水が湧き出すというのが、というわけじゃな?」

「……ソウ、感じタ」

 シカツノさんはそう言って、長い指を器用に操り水差しを傾け、自分のグラスに水を注いだ。


「世界の滅びとはそなたらにとってを意味する、故に回避する。そういうことじゃな?」

「そう……です」

「……ダガ、人はいずれシぬ」

「確かにそうですけど、でも、今すぐ死ぬのは、イヤじゃないですか。友達とか、きれいな景色とか、全部なくなっちゃうの、イヤですよ。わたし、世界中を旅して、この世界のきれいなものをたくさん見たいんです」
「キー」

 か細い声でキースが鳴いた。

 キースは精霊さんに怯えるように、わたしの方を向いて腕の中で震えている。


「その子は、谷の子かの?」

「違います、高原で会ったんです。迷子だったのかな? 精霊さんが、管理、してるんですよね。図書館で読みました」

「キー、キー」

 キースはうさぎみたいな耳を折り畳んで、ふわふわの体をめいいっぱい小さくしている。

 どうしちゃったんだろう。


「ふむ。竜の子よ、そなたを罰することはせぬ故、恐れずともよい。そなたが人と共に過ごすというのなら、そうせよ」

「キー、キー」

 キースは耳をピコッと立てる。
 

「アリガトウ」

「なんと、人の言葉を話すとは驚いたのう。竜の子よ、人と共に生きるのは楽しいかの?」

「スズ、ズット、イッショ!」

「そうかそうか」

 目を細め、女の子さんはニコニコしてうんうんと頷いた。
 

「絆、というものはやはり美しいものじゃのう。そう思わんか?」

「……——に聞いテルのか?」

「そうじゃ。妾も可愛いおぬしがいなくなったらそれはそれは悲しい」
「……かなしい?」

「ふむ、未だは理解できぬか。生まれながらにして情を持つとは、人というのはやはり、興味深いのう……」


 女の子さんはわたしのグラスに水を注いで、ふんふんと頷く。

「お喋りの礼じゃ、そなたの手助けをしよう。知りたいことがあれば、なんでも聞くがよい」

「ほ、本当ですか! じゃあどうすれば世界樹の都市に行けますか? 場所とか、分かるんですよね?」


「ふむ。もちろん分かる。闇妖精にでも聞いたのかの? 世界樹の都市は、地下にあるのじゃ」

「地下? どこの地下ですか?」

「どこというなら、この辺り一帯と言うべきかの? 世界樹の都市とは、世界の中心である『母なる大樹』を中心として作られた原始の都市じゃ。混沌と化した地上を憂い、楽園を作らんとした天の使いによって、この地は大樹のに作られた」


 頬杖をついた女の子さんはうんうんと頷く。

「しかし、どこを掘っても行けるというわけではない。大樹の幹を降りねばならぬ。世界樹は巨大故、その幹の一部が地上に出ている。そこから入るがよい。内部は螺旋状になっておる、地を這い、歩いて降りられるじゃろう」

「それは、どこに?」

「ふむ、森じゃよ。白き輝く実の実る木々の森がある。たしか、王都とやらにほど近かったはずじゃが。その木ならばどの木でもよい、穴が空けば中は空洞じゃ」

「————」

「その竜の子が背に乗せてくれよう。であれば、すぐに到着するはずじゃ。空を飛べばここから1日とかからぬ」


 白い実の実る木。

 わたしには覚えがあった。わたしが目覚めた場所、あの白い部屋から最初に見た植物。

「白玉の森?」


 間違いない。
 そういえばあの木、変な形だったし。

 あれは木じゃなくて、地中にある大樹から突き出していた枝だったのだ。


「ふむ、しかし問題があるのう。あの木にいかにして傷をつけようぞ?」

「えっ?」

「確か、火や魔法は通じなかったはずじゃ。妾がこんなにプリティなボディでなければ、ぶっ壊してやったんじゃがの。おぬしはどうじゃ?」

「————」

「ふむ、じゃがアレは協力せんじゃろう。人間嫌いじゃ。その上、妾もたいそう嫌われておる。ハハハ」


 女の子さんは楽しそうに笑う。多分、彼女は楽しんでいる。
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