65 / 143
07 人智及ばぬ授けもの
精霊の好奇心
しおりを挟む女の子さんは、無数の眼球を覗かせた自分に対して怯えを見せなかったわたしを、いたく気に入ったらしい。
「なんと胆力のある子よ! そなたは大成するであろう」
「いや、びっくりして怖がるどころじゃなかっただけですけど……」
女の子さんは「愉快愉快」と言って笑っている。もしかしてこの水、お酒だったりするのか……?
「ことに、人の子よ。世界樹の都市に行きたいと言っておったの。それは何故じゃ?」
「えっ?」
「世界は滅亡の危機に瀕しておる。そなたはそれを知り、それを食い止めようとしておる。して、何故世界樹の都市へ向かう?」
それは確かに当然の疑問ではあった。
わたしは、醤油さんのことを説明した。
「その行商人さんが、世界樹の都市にいる人が鍵になるかもしれないと言っていたんです。その人なら、世界を救えるかもしれないって」
「行商人、のう……探し人というのは、もしやエナーシャのことではあるまいな?」
「え……そ、そうです、どうして知ってるんですか?」
「なんと。ほう、そうか。ほうほう、あやつはあちらにおるのか。ほうほう」
「……エナーシャ?」
シカツノさんは知らないようで、首を傾げている。
「精霊より人に近い者じゃ。おぬしが知らぬのも無理はあるまい。下手に名を口にするでないぞ、老いぼれの逆鱗に触れては面倒じゃからのう」
「……どの口が……」
女の子さんに、シカツノさんは小さく呟く。
「あやつは世界のために一肌脱いでやるような者ではないが、何より己の命を惜しむ者じゃ。であれば、協力するやもしれぬ。……ほれ、おぬしも飲むがよい」
シカツノさんは差し出されたグラスに指先を浸した。
グラスの水がゆっくり減る。
「……エナーシャさんって、人間じゃないんですか?」
「人ではない、が、精霊でもない。呪われた……なんと言ったかの、ふむ……鳥、そう、不死鳥じゃったか。愚かにも永遠の輪廻に囚われた、哀れな狂人よ。ま、見てて面白いから、妾は好きなんじゃがの」
「……わたし、その人に会った方がいいと思いますか?」
「ふむ、エナーシャに会うというのはあながち間違いでもない。あやつが記憶を取り戻しており、そなたに協力するなら、あやつはこちらでどのような問題も解決するに違いあるまい。また、早い方が良かろう。妾が目を塞いでおる間に、ずいぶん傷んでおったようじゃ」
「……えと……もし、よければ、精霊さんにお願いすることはできませんか? エナーシャさんは協力してくれないかもしれないんですよね? 精霊さんは、すごい力があるんじゃないんですか?」
「ククク、恐れを知らぬ幼子よ。妾を買い被りすぎじゃ。妾はただの観察者ぞ。里にはどうにかできる者もいるやもしれぬが、協力は望めまい」
シカツノさんも同意し、ゆっくり頷いた。
「幼子よ。人が滅びようと、魔獣は生きるであろう。魔獣が滅びようと、草木は生きるであろう。草木が滅びようと、土や岩が消えるわけではない。土と岩が消えれば……無が残る。時は揺り戻され、再び世界は生まれる。滅びとは新たな始まりに過ぎぬ」
「でも、人にとっては終わりなんです。わたしたちにとっては、取り返しのつかないものです」
「ふむ……なるほど。取り返しのつかない……ものとな? ふむふむ」
女の子さんは椅子を引いて前のめりになりながらそう言った。
首筋の眼が開いて、3つの視線がわたしを見ている。
「取り返しのつかないもの。どうじゃ、おぬし。分かるかのう?」
「……深淵ノ水が、尽きるヨウナものダ」
「ほうほう、なるほど、それが終わり、そして死であるというと。すなわち、深淵の水が湧き出すというのが、生誕というわけじゃな?」
「……ソウ、感じタ」
シカツノさんはそう言って、長い指を器用に操り水差しを傾け、自分のグラスに水を注いだ。
「世界の滅びとはそなたらにとって死を意味する、故に回避する。そういうことじゃな?」
「そう……です」
「……ダガ、人はいずれシぬ」
「確かにそうですけど、でも、今すぐ死ぬのは、イヤじゃないですか。友達とか、きれいな景色とか、全部なくなっちゃうの、イヤですよ。わたし、世界中を旅して、この世界のきれいなものをたくさん見たいんです」
「キー」
か細い声でキースが鳴いた。
キースは精霊さんに怯えるように、わたしの方を向いて腕の中で震えている。
「その子は、谷の子かの?」
「違います、高原で会ったんです。迷子だったのかな? 精霊さんが、管理、してるんですよね。図書館で読みました」
「キー、キー」
キースはうさぎみたいな耳を折り畳んで、ふわふわの体をめいいっぱい小さくしている。
どうしちゃったんだろう。
「ふむ。竜の子よ、そなたを罰することはせぬ故、恐れずともよい。そなたが人と共に過ごすというのなら、そうせよ」
「キー、キー」
キースは耳をピコッと立てる。
「アリガトウ」
「なんと、人の言葉を話すとは驚いたのう。竜の子よ、人と共に生きるのは楽しいかの?」
「スズ、ズット、イッショ!」
「そうかそうか」
目を細め、女の子さんはニコニコしてうんうんと頷いた。
「絆、というものはやはり美しいものじゃのう。そう思わんか?」
「……——に聞いテルのか?」
「そうじゃ。妾も可愛いおぬしがいなくなったらそれはそれは悲しい」
「……かなしい?」
「ふむ、未だ情は理解できぬか。生まれながらにして情を持つとは、人というのはやはり、興味深いのう……」
女の子さんはわたしのグラスに水を注いで、ふんふんと頷く。
「お喋りの礼じゃ、そなたの手助けをしよう。知りたいことがあれば、なんでも聞くがよい」
「ほ、本当ですか! じゃあどうすれば世界樹の都市に行けますか? 場所とか、分かるんですよね?」
「ふむ。もちろん分かる。闇妖精にでも聞いたのかの? 世界樹の都市は、地下にあるのじゃ」
「地下? どこの地下ですか?」
「どこというなら、この辺り一帯と言うべきかの? 世界樹の都市とは、世界の中心である『母なる大樹』を中心として作られた原始の都市じゃ。混沌と化した地上を憂い、楽園を作らんとした天の使いによって、この地は大樹の上に作られた」
頬杖をついた女の子さんはうんうんと頷く。
「しかし、どこを掘っても行けるというわけではない。大樹の幹を降りねばならぬ。世界樹は巨大故、その幹の一部が地上に出ている。そこから入るがよい。内部は螺旋状になっておる、地を這い、歩いて降りられるじゃろう」
「それは、どこに?」
「ふむ、森じゃよ。白き輝く実の実る木々の森がある。たしか、王都とやらにほど近かったはずじゃが。その木ならばどの木でもよい、穴が空けば中は空洞じゃ」
「————」
「その竜の子が背に乗せてくれよう。であれば、すぐに到着するはずじゃ。空を飛べばここから1日とかからぬ」
白い実の実る木。
わたしには覚えがあった。わたしが目覚めた場所、あの白い部屋から最初に見た植物。
「白玉の森?」
間違いない。
そういえばあの木、変な形だったし。
あれは木じゃなくて、地中にある大樹から突き出していた枝だったのだ。
「ふむ、しかし問題があるのう。あの木にいかにして傷をつけようぞ?」
「えっ?」
「確か、火や魔法は通じなかったはずじゃ。妾がこんなにプリティなボディでなければ、ぶっ壊してやったんじゃがの。おぬしはどうじゃ?」
「————」
「ふむ、じゃがアレは協力せんじゃろう。人間嫌いじゃ。その上、妾もたいそう嫌われておる。ハハハ」
女の子さんは楽しそうに笑う。多分、彼女は楽しんでいる。
16
お気に入りに追加
666
あなたにおすすめの小説
異世界転生 勝手やらせていただきます
仏白目
ファンタジー
天使の様な顔をしたアンジェラ
前世私は40歳の日本人主婦だった、そんな記憶がある
3歳の時 高熱を出して3日間寝込んだ時
夢うつつの中 物語をみるように思いだした。
熱が冷めて現実の世界が魔法ありのファンタジーな世界だとわかり ワクワクした。
よっしゃ!人生勝ったも同然!
と思ってたら・・・公爵家の次女ってポジションを舐めていたわ、行儀作法だけでも息が詰まるほどなのに、英才教育?ギフテッド?えっ?
公爵家は出来て当たり前なの?・・・
なーんだ、じゃあ 落ちこぼれでいいやー
この国は16歳で成人らしい それまでは親の庇護の下に置かれる。
じゃ16歳で家を出る為には魔法の腕と、世の中生きるには金だよねーって事で、勝手やらせていただきます!
* R18表現の時 *マーク付けてます
*ジャンル恋愛からファンタジーに変更しています
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~
柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。
想像と、違ったんだけど?神様!
寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。
神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗
もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。
とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗
いくぞ、「【【オー❗】】」
誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。
「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。
コメントをくれた方にはお返事します。
こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。
2日に1回更新しています。(予定によって変更あり)
小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。
少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
異世界でゆるゆる生活を満喫す
葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。
もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。
家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。
ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる