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07 人智及ばぬ授けもの

異文化交流

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「狂気の里に、そうと知って迷い込んだ人の子……全く、愉快じゃのう。これじゃからヒトというのは興味深い」


 精霊さんは、人の住処を真似て作った、小さな小屋に住んでいるらしい。

 外は極寒なのに、小屋の中は不自然なまでに快適だった。
 きっと何か魔法を使っているのだと思う。


 転がっている家財道具は普通に人間用のものが多く、彼女は思ったより人に近い種族のようだ。

 さっき見た精霊族さんは、全然違ったけど……


「さあ、飲むがよい。深淵の水じゃ、人の世では味わえぬじゃろう?」


 女の子精霊さんは、わたしにグラスに入った水を差し出してそう言った。

 そして自分はわたしの向かい側に座り、同じくその水を飲む。
 

 わたしは、深淵の水ってなんだろう、と思いながら口に含んだ。見た目には透明だ。

 甘いような辛いような、中途半端な味がする。
 すっごい美味しい海水というのが一番近いけど、それとは違う形容し難い固体めいた旨味を感じた。


「その……さっきの方も、精霊さんなんですよね? 何も、言ってなかったけど……」

「いかにも。そなたのような可愛らしい女子を見て恥ずかしくなったのじゃろう。くく、存分に可愛がってやるとするかの」

「——————」

 
 わたしが瞬きした次の瞬間、そこにはもうさっきのシカツノの精霊さんがいた。
 わたしが驚く間もなく、彼は頭をゆっくりと振りながら、女の子精霊さんを背後からつついている。

「おや、来たかの」

 やはり、彼はわたしを導いてくれたのだろう。わたしはシカツノさんと目を合わせ、「ありがとうございました」と言った。


「ふふ、なんと肝の据わった幼子よ。人は己と乖離したものを恐るというに、やはり数奇な子じゃの。そうじゃろう、深淵よ」

「————」

「なんじゃ、相手は人の子じゃぞ? せっかく来たのじゃから、挨拶くらいせぬか」


 シカツノさんはわたしの方を見て、首を傾げる。そして長い指の関節を緩めてわたしに触れた。

「……ニンげん、……はじめ……マシテ」

「ほぅ、上手くなったもんじゃのう」


 女の子さんは嬉しそうに目を細めた。

「我々精霊族は言葉を持たぬ。言語によるコミュニケーションは下等種の仕草と嘲る者も少なくないが、やはり言葉とはよいものじゃのう。人の子と話すのは実に愉快じゃ」

「そうだったんですね……」

「これは深淵の精霊での。なかなか見込みのある子よ。妾が言葉を教えておるのじゃ」

 女の子さんは自慢げだ。
 シカツノさんはわたしの隣に立って、その硬くて長い指でわたしの頭や頬を突いたり、撫でたりする。

 人間、というものが珍しいのだろうか。


「ふむ、あまり乱暴に扱うでないぞ。人間は壊れやすいのじゃ」

「……分かって……イル」


 指が触れ合う度に、カチカチと音がする。
 本当に乾いたサンゴみたいだ。

 どこか痛々しさすら覚える。わたしよりずっと脆そうに見える。


「して、人の子よ。ただ闇雲に歩いて来たとは言うまい? 何故この地へ赴き、精霊の言を望む?」

 女の子さんは、机に頬杖をついてそう言った。
 その様は本当にただの普通の女の子に見えたけど、その首筋の切れ目は確かに動いていて、細めを開ける。
 

「世界が、滅びそうだって話はご存じですか?」

「ふむ?」

 聞き覚えがない、というように彼女は首を傾げる。
 

「なんじゃ、魔王でも出たか?」

「いえ、そうじゃないんですけど……」

「妾はついぞ耳にしておらぬな、おぬしはどうじゃ?」

「……バランスが、崩れテいる」

 シカツノさんは、わたしからスッと離れてそう言った。
 
 不思議なことに、足音もしない。ひゅうという風切り音が時折聞こえる。
 

「ほう。なんじゃ、人が滅ぶほどかの?」

「……失楽園、追放さレタ者の……末路」

「現世は危機に?」

「ワカらない」

「なるほど、では少し見てみるかの」


 女の子さんはそう言うと、おもむろに目を閉じ、上半身に纏っていた衣服を脱ぎ捨てる。

 わたしは思わずその体を凝視してしまった。

 滑らかな肌には乳首とかヘソとかそういうものが全くなく、代わりに、全身に無数の切れ込みみたいな線が走っていた。

 それは一種の呪いのようでもあり、魚の鱗のようでもあった。

 そしてそれは、めりめりと音を立てて


 グチュッ、グチュッ。

 現れたのは眼球。
 それはギョロギョロと周囲を見渡しながら、体の全部を這い回るように移動する。

 大きいのも小さいのも、細いのも長いのも、色とりどりの蟲みたいに。
 

 女の子さんは片腕を前に伸ばした。
 その指先へ導かれるように一つの線が走り、手の平で開眼する。

 一際大きなその眼は、綺麗な翠色をしていた。
 本来黒眼があるはずのところには宝石があって、魔法陣みたいな複雑な模様が刻まれている。

 キラキラと輝いて、まるで全ての光を反射しているみたいに。


「……なるほど、よう見えた」

 女の子は、再び全ての目を閉じた。

 彼女もまた人ではないのだと、わたしは改めてそう知った。
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