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06 常闇の同士
叶わぬ伝言
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朝日という存在のない国だけど、太陽が全く昇らないというわけではない。
正午周辺のごくごく短い間だけは、日の光が見える。
その時にお城の城壁に登って街を見下ろすと、黒い金属みたいなもので造られた、大小様々な建物が立ち並ぶ街が見える。
直線的で幾何学的な、六角形とか五角形とか、そんな大小様々に色々な形の建物が立ち並んでいる様は、異星人のおもちゃ箱のようだ。
「もし、光の民の方ではございませんか?」
不意に話しかけられて振り返ると、傘をさした女の子が立っていた。
女の子の肌は、牛みたいな斑模様だったけど、白と黒の位置がちょうど反対だ。
「えと、わたしはスズネです」
「スズネ、とおっしゃいますのね。わたくしは、セネグアオディアと申します」
女の子は優雅にお辞儀して、クスクス笑った。
「うふふ。やはり、光の民は名を教えるのですね。こういうのを、自己紹介というのでしょう?」
「えと……たぶん。セネグァド……ディアさんは、どうしてここに?」
どうにも、この国の人の名前は難しいのが多いような気がする。
舌を噛みそうだ。
「お話したいと思っておりましたの。わたくしの兄が、いつもお世話になっております」
「兄……もしかして、王子様?」
「そうですわ。兄は友人があまりいないのですけれど、スズネさんとはよくお話しているみたいで」
つまりこのセネ……ナントカさんは、王子様の妹さん。
いわゆる王女様ということだろうか。
「王女様だったんですね」
「ええ、そうですわよ。名ばかり立派で、困りますわ。お兄様なしでは、この足で立つことすらできないのに」
王女様はそう言って、わたしの隣に立って街を見た。
白い瞳に、日差しが反射する。
長くてサラサラな黒い髪が、腰まで伸びている。わずかに風に揺れていた。
「どうかお兄様を誤解なさらないでくださいまし、スズネさん。兄は冷酷で非情かと思われがちですが、それは偏に民のためなのです」
「どういうことですか?」
「父は……つまり先代の王ですが、保守的な性格でございましたの。兄は光の民の惨状を知り、心を痛めた兄は父に神具を貸し出すよう進言したのですが、父は頑として首を縦に振らず」
王女様は悲しそうに言った。
「兄は反逆の道を選んだのです。時間がありませんでした。魔獣は火山地帯にまでも迫り、峡谷内にすらその災禍は及んでおりました。この国の民も、傷ついておりました」
「そうなんですか」
「ええ。本当は優しい兄なのですよ」
「でも、お父さんもお兄さんもみんな殺しちゃったんじゃないんですか? 憎くないんですか」
「……それについては、わたくしも疑問です。そこまでする必要があったのか、と。話し合いの余地は全くなかったのか、追放するだけで良かったのに、なぜ死なせてしまったのか……でも、兄はわたくしの命の恩人、恨むことなどできません」
「命の恩人なんですか」
「ええ。私の体には、白い痣がございますでしょう? 本当なら、成人まで生きられぬ運命でございました。兄は光の下で生きておりましたが、母を失った後、この国へ。父は兄を王族として受け入れる条件として……わたしの病を受けさせたのです」
日は既に陰りつつあった。
街は闇に呑まれていく。
「兄は……脚が不自由でしょう? それはわたくしの病を移したせいなのです。わたくしの病は治まりましたが、兄は片脚を失いました」
「あれ、クーデターのせいじゃなかったんですか?」
王女様は目を細めて微笑みながら、首を振った。
「とても優しい兄なのです。本当に自慢の、大好きなお兄様ですわ」
いつの間にか日は落ちて、町は再び暗闇に包まれた。
城壁には灯りが灯り、その緑色を帯びた光が王女様の肌を照らす。
「キー」
細い声が聞こえた。
振り返ると、白い毛玉が滑空を織り交ぜながら滑るように飛んでくる。
「あら、可愛らしい」
「キースっていうんです」
「キー、キー」
わたしは小さく頷いて、「失礼します」と王女様に頭を下げた。
「もう行ってしまいますの?」
「はい、行かなきゃいけないところがあるので」
わたしはキースを抱っこして、歩き出した。
静かな城壁に、足音が響く。
「あ、あの、王女様。王子様に伝えといてくれませんか?」
「ええ、何かございましたか?」
「わたしが英雄になって戻ってきたら、一緒に旅しようね! って」
王女様は少し首を傾げ、不思議そうにしたけれど、「分かりましたわ」とニコッと笑った。
「そのときまでに、わたくしが兄から国を預かれるよう、精進いたします」
闇を波打たせるような、凛とした声が聞こえた。
「キー?」
「王女様なんだって」
周囲には誰もいない。
粛清されたせいで、お城は人手不足だそうだ。
「オウジョ、テキ?」
「ううん、いい人だよ。たぶんね」
キースはパタパタとわたしを先導して飛んでいる。
「デモ、オウジ、テキ」
「そんなことないよ。いい人だよ」
「ユルサナイ」
キースはどうしても許せないらしく、まだキーキー文句を言っている。
「エリオットさんたちも無事なんでしょ?」
「キー」
「それならいいじゃん、ねー?」
わたしはキースをなだめつつ、キースの後をついていく。
お城は大きい。
どこまで歩いても人がいない。
まるでRPGの魔王城みたいだ。
木造の魔王城なんておかしいけど。
階段を降り、地下へ入る。
地下室が薄暗いのはお決まりだけど、地上も中庭も薄暗いので大して気にならなかった。
地下もガラ空きで誰もいない。
いくらなんでもこのお城、人がいなさすぎる。セキュリティ大丈夫なのかなぁ。
キースはさらに飛んでいって、左奥の部屋に体当たりした。ガン、と鈍い音が鳴る。
「ちょっと、誰かいたらどうするの?」
「キー」
わたしは扉に向けて、小さく呟いた。
「デュオ・コッド」
カチ、という音が鳴る。わたしはドアノブに手をかけ、捻った。
「お待たせしました」
やっぱり、王子様はいい人だ。
何もかも終わったら、わたしはきっとまた、この国を訪れるだろうと思う。
正午周辺のごくごく短い間だけは、日の光が見える。
その時にお城の城壁に登って街を見下ろすと、黒い金属みたいなもので造られた、大小様々な建物が立ち並ぶ街が見える。
直線的で幾何学的な、六角形とか五角形とか、そんな大小様々に色々な形の建物が立ち並んでいる様は、異星人のおもちゃ箱のようだ。
「もし、光の民の方ではございませんか?」
不意に話しかけられて振り返ると、傘をさした女の子が立っていた。
女の子の肌は、牛みたいな斑模様だったけど、白と黒の位置がちょうど反対だ。
「えと、わたしはスズネです」
「スズネ、とおっしゃいますのね。わたくしは、セネグアオディアと申します」
女の子は優雅にお辞儀して、クスクス笑った。
「うふふ。やはり、光の民は名を教えるのですね。こういうのを、自己紹介というのでしょう?」
「えと……たぶん。セネグァド……ディアさんは、どうしてここに?」
どうにも、この国の人の名前は難しいのが多いような気がする。
舌を噛みそうだ。
「お話したいと思っておりましたの。わたくしの兄が、いつもお世話になっております」
「兄……もしかして、王子様?」
「そうですわ。兄は友人があまりいないのですけれど、スズネさんとはよくお話しているみたいで」
つまりこのセネ……ナントカさんは、王子様の妹さん。
いわゆる王女様ということだろうか。
「王女様だったんですね」
「ええ、そうですわよ。名ばかり立派で、困りますわ。お兄様なしでは、この足で立つことすらできないのに」
王女様はそう言って、わたしの隣に立って街を見た。
白い瞳に、日差しが反射する。
長くてサラサラな黒い髪が、腰まで伸びている。わずかに風に揺れていた。
「どうかお兄様を誤解なさらないでくださいまし、スズネさん。兄は冷酷で非情かと思われがちですが、それは偏に民のためなのです」
「どういうことですか?」
「父は……つまり先代の王ですが、保守的な性格でございましたの。兄は光の民の惨状を知り、心を痛めた兄は父に神具を貸し出すよう進言したのですが、父は頑として首を縦に振らず」
王女様は悲しそうに言った。
「兄は反逆の道を選んだのです。時間がありませんでした。魔獣は火山地帯にまでも迫り、峡谷内にすらその災禍は及んでおりました。この国の民も、傷ついておりました」
「そうなんですか」
「ええ。本当は優しい兄なのですよ」
「でも、お父さんもお兄さんもみんな殺しちゃったんじゃないんですか? 憎くないんですか」
「……それについては、わたくしも疑問です。そこまでする必要があったのか、と。話し合いの余地は全くなかったのか、追放するだけで良かったのに、なぜ死なせてしまったのか……でも、兄はわたくしの命の恩人、恨むことなどできません」
「命の恩人なんですか」
「ええ。私の体には、白い痣がございますでしょう? 本当なら、成人まで生きられぬ運命でございました。兄は光の下で生きておりましたが、母を失った後、この国へ。父は兄を王族として受け入れる条件として……わたしの病を受けさせたのです」
日は既に陰りつつあった。
街は闇に呑まれていく。
「兄は……脚が不自由でしょう? それはわたくしの病を移したせいなのです。わたくしの病は治まりましたが、兄は片脚を失いました」
「あれ、クーデターのせいじゃなかったんですか?」
王女様は目を細めて微笑みながら、首を振った。
「とても優しい兄なのです。本当に自慢の、大好きなお兄様ですわ」
いつの間にか日は落ちて、町は再び暗闇に包まれた。
城壁には灯りが灯り、その緑色を帯びた光が王女様の肌を照らす。
「キー」
細い声が聞こえた。
振り返ると、白い毛玉が滑空を織り交ぜながら滑るように飛んでくる。
「あら、可愛らしい」
「キースっていうんです」
「キー、キー」
わたしは小さく頷いて、「失礼します」と王女様に頭を下げた。
「もう行ってしまいますの?」
「はい、行かなきゃいけないところがあるので」
わたしはキースを抱っこして、歩き出した。
静かな城壁に、足音が響く。
「あ、あの、王女様。王子様に伝えといてくれませんか?」
「ええ、何かございましたか?」
「わたしが英雄になって戻ってきたら、一緒に旅しようね! って」
王女様は少し首を傾げ、不思議そうにしたけれど、「分かりましたわ」とニコッと笑った。
「そのときまでに、わたくしが兄から国を預かれるよう、精進いたします」
闇を波打たせるような、凛とした声が聞こえた。
「キー?」
「王女様なんだって」
周囲には誰もいない。
粛清されたせいで、お城は人手不足だそうだ。
「オウジョ、テキ?」
「ううん、いい人だよ。たぶんね」
キースはパタパタとわたしを先導して飛んでいる。
「デモ、オウジ、テキ」
「そんなことないよ。いい人だよ」
「ユルサナイ」
キースはどうしても許せないらしく、まだキーキー文句を言っている。
「エリオットさんたちも無事なんでしょ?」
「キー」
「それならいいじゃん、ねー?」
わたしはキースをなだめつつ、キースの後をついていく。
お城は大きい。
どこまで歩いても人がいない。
まるでRPGの魔王城みたいだ。
木造の魔王城なんておかしいけど。
階段を降り、地下へ入る。
地下室が薄暗いのはお決まりだけど、地上も中庭も薄暗いので大して気にならなかった。
地下もガラ空きで誰もいない。
いくらなんでもこのお城、人がいなさすぎる。セキュリティ大丈夫なのかなぁ。
キースはさらに飛んでいって、左奥の部屋に体当たりした。ガン、と鈍い音が鳴る。
「ちょっと、誰かいたらどうするの?」
「キー」
わたしは扉に向けて、小さく呟いた。
「デュオ・コッド」
カチ、という音が鳴る。わたしはドアノブに手をかけ、捻った。
「お待たせしました」
やっぱり、王子様はいい人だ。
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