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05 試練と挑戦

約束の再会

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 王都への道のりは険しいわけではなかったはずなのだけど、やたらと疲れた。

 砂漠を旅する間、日中は強烈な日差し、夜は放射冷却で死ぬほど寒くて眠れない。

 地平線まで遮るもののない星空は、怖いくらいに明るくて美しかったけど、何しろ寒暖差が激しすぎて大変だった。


 加えて、わたしはミノルさん所属する宮廷騎士団さんたちと共に移動した。

 何しろ、彼らは移動スピードが凄まじい。
 しかも騎士というより武士みたいにストイックだ。
 

 しかし楽しいこともあった。

 砂の上はダイオウグソクムシみたいな魔獣に乗って移動するのだけど、この子が本当に可愛い。

 初見こそ、ダンゴムシの体の下から無数の触手がはみ出してシュルシュル言ってる様が怖すぎて悲鳴を上げたのだけど、滑るような水平移動は極めて快適だし、夜になると甲羅?が光るのも素敵。

 触手はトカゲの尻尾みたいにザラザラしていて、握手してくれたりする。

 大人しくて人懐っこく、しかも後ろにメロンくらいの大きさのがゾロゾロと列をなしてついてくる。

 この子たちがもう本当に可愛くて、どんだけ戯れていても飽きない。

 ちょっと持って行こうかと思ったのだけど、この子たちは砂漠以外では活躍できないようだったので泣く泣く諦めてお別れした。



「……広っ……えぇ。広ぉ……」

 さすが王都というだけあって、そのギルドはとんでもなく広かった。

 とにかく広い。人が多い。

 さすがに豪華絢爛とまではいかないものの、今までのギルドで一番すごい。
 天井は高く、隅々まで清掃されていて、すごいしか言えないけど、とにかくすごい。

 その迫力に人通りの多さも相まって、わたしは圧倒されてしまった。


 ただその広さがすごくて、海の街より密集度は低いような気がする。呆けてばかりもいられない。

 ちなみに、ミノルさんたちとはギルドで別れた。彼らは急いで王城に向かうそうだ。

「うん、とりあえず宿を決めるか」
「スズ、タテモノ! キレイ、ステキ!」

「喋らないで目立つから」
「キー!?」

 海の街と同じく、入り口すぐにはロビーがある。

 わたしはインフォメーションのお姉さんに接触した。


「こんにちは。えっと……移動登録と、宿を探したいんですけど。どこに行けばいいですか?」

「……あら、その白い子……もしかしてスズネさんじゃありませんか?」
「あ、スズネはわたしです」

「え? あ、ふふっ。そうですね。やっぱりスズネちゃんでしたか。少々こちらでお待ちくださいね」

 垂れ目のお姉さんはそう言い残し、裏に行ってしまった。
 わたしは受付の場所を聞きたかっただけなのに。


「お待たせしました、どうぞこちらへ」

 お姉さんは別の人を連れてきて、自分の代わりにそこに立たせた。

 わたしを案内してくれるようだ。
 忙しいだろうに、親切な人だなあ。

「どこに行くんですか?」
「スズネさんを連れてきてほしい、と言われているのですよ」
「えっ?」


 王都、ギルド、連れて行く。

 人、都会、大人、コウモリ、幼女。


「ゆう……かい?」
「キー?」

「こちらへどうぞ、少々お待ちくださいね」


 わたしは若干の怪しさを感じながらも、その部屋のソファに座った。

 めっちゃふわふわだ……

 たぶんちょっと今疲れてて頭がバカになってるな……


「ねえキース、眠いからちょっと寝てもいい? 後で起こしてくれればいいからさ」

「イヤ。ネル」

「キースはいつも寝てるじゃん! ネコじゃないんだから起きてよ!」


 抵抗虚しく、キースはわたしの隣にぺちゃんこになって寝始めた。

 わたしが仕方なくその頭をなでなですると、キースは気持ちよさそうに寝息を立て始めた。呑気だなぁ。


 部屋には王都の地図が飾られていて、わたしはそれを眺める。

 ギルドも大きいが、都市はもっと大きい。


 王都の西にはお城があり、周囲には貴族のお屋敷が広がっている。
 南にギルド、北には学園がある。
 西東はホテルとかお店とか、普通の街が広がっているらしい。

「大きい街だなぁ」

 地図には周辺の街の大体の位置と方向も記されている。
 
 わたしが未だ訪れたことのない場所もあった。
 南の砂漠の街、そして南西の火山と北西の雪山。

 そこに世界樹の都市なんて場所はないみたいだ。
 

 そんな風に感心しながら色々眺めていると、部屋の扉がノックされた。

 ノックに気づいたキースは起き上がり、飛んで寄ってきてからわたしの頭の上に鎮座する。

「はーい」


 応接間の扉が開いた。

「スズネ!」

 聞き覚えのある声が聞こえた。
 

 そして、部屋に飛び込んできたその人は、わたしの知っている人だった。

「アリスメードさん!」


 アリスメードさんは、パーティ「ワンダーランド」のリーダーだ。

 わたしをあの白い部屋から連れ出してくれた張本人。


 彼は嬉しそうに走ってきて、わたしにハグした。

「ああよかった……元気そうだな、怪我とかしなかったか? ああ、俺はもう心配で心配で……」

 相変わらずだな、アリスメードさん。
 
 彼は生き別れた子供に再会した父親の如く肩を震わせ、わたしを抱きしめている。


「……アリス、みっともない。やめて」

 背後から現れたのはフェンネルさん。
 表情に乏しく、抑揚のない話し方。長剣を背負った剣士。
 
 彼女も変わっていない。

「ふぇ、フェンネルさんもいたんですね」

 わたしはなんとかアリスメードさんから離れて、フェンネルさんにそう言う。
 

「うん。レイスもいるよ。あとシアトル」

 フェンネルさんの背後から、レイスさんが顔を出した。
 

「あー! スズネだー! かっわいー!」

「レイスさん! レイスさんも変わって……な……」

 獣人の魔術師、レイスさんは全然変わっていた。様変わりしていた。
 
 頭髪はグレーに近く、そして尻尾もグレーになっている。
 普通の人にしか見えなかった顔も、その目の色が変わり、嬉しそうに笑った口元から、牙が覗いている。

「あ……ぁ……レイス……さん?」

 正直言って、少し怖い。
 本当にレイスさんなのだろうか。家族とかじゃなくて?


「あぁ、スズネは知らなかったな。間違いなくレイスだよ」
「そうだよー! かっこいいでしょ?」

 中身は元のレイスさんのままみたいだ。
 わたしは「何があったんですか?」と聞いてみる。

「いろいろあったんだよ~! でもロイドの方がもっと……」


「まあまあ、積もる話はまた後よ。ここかどこかお忘れかしら?」

 シアトルさんは、誰よりも変わっていなかった。

 だから、受け取るわたしの方が変わったのだと思う。
 
 シアトルさんは、最後に会ったときと同じように笑っていた。

 その笑顔はどこか醤油さんを思わせるような、そんな含みがあるような裏があるような、それでいて醤油さんにはある無邪気さみたいなものがない。

 代わりにちょっと妖しいような妖艶さがあった。


「もちろんだ。スズネ、座ってくれ。今日は大事な話があるんだ」

「えっ……と」
「着いたばかりで疲れてるだろうけど、大事な話なのよ。ごめんなさいね」

 フェンネルさん以外は全員ソファに座って、フェンネルさんはアリスメードさんの隣に立った。
 
 席が足りないわけではないのだけど、剣士さんだし、常に戦闘体制でありたいのだろうか。


「どんな話題か、想像はついてるか?」
「えと……いえ、あんまり」

「そうか。じゃあ単刀直入に聞くよ。先日、海の方から早馬が届いたんだ。宮廷騎士団、第3団からだった。この世界が危機にあると、そういう内容だった」

 ああ、そうだった。
 すっかり忘れていたけれど、わたしは世界の危機を打ち明けたのだった。


「え、そんな大事になってるんですか?」

「宮廷騎士が持ち帰ってきた情報だったから、ある程度の信憑性はあったみたいね。加えてここ最近の魔獣と魔物の増加に、危機感を覚えていたところよ。このまま増え続ければ、いずれは大きな被害が出る」

「一部にしか知らされてないんだ。情報源がスズネだってことは、もっと知られてない」

 だから安心してくれ、とアリスメードさんは言った。
 いい人たちだなぁ。
 

「俺たちは信じてるよ。スズネは一人っきりで、あの白玉の森にいた。そういう力があっても不思議じゃないと思ってる。だから、詳しい話を聞かせてほしいんだ」

 そうか、アリスメードさんは主人公。

 モンスターハウスで徹夜するくらいだし、世界の危機に何もしないなどという選択肢は彼にはないのだろう。
 

「でも、わたしも全然分からないんです。その……実は、わたし、この世界の人じゃなくて」

 何を言ってるんだと言われるかとも思ったのだけど、誰もそうは言わず、あっさりと受け入れてくれた。

「転生、っていうか。前のことは全然覚えてないんですけど。その時、神様だか天使様だかに聞いたお話なんです。『この世界はあと1年と少しで滅びる』って」


「曖昧ね。正確な日付は分からないのかしら」

「スズネと出会ったのが約半年前だ。時間制限はあと半年……」

「その原因は分かるのかしら?」

「分からないです。ただ、魔力を持つ世界は崩れやすいとか言ってたから、たぶん魔力が原因なんだと思います」


 わたしに質問するのはアリスメードさんとシアトルさんばかりで、フェンネルさんは黙って聞いているし、レイスさんはキースと戯れている。

 わたしは、エナーシャさんのことを除いては分かっていることを全て話した。
 世界樹の都市は、ただ行ってみたいっていうことにしておいく。
 
 アリスメードさんとシアトルさんは興味深そうに聞いてくれた。


「つまり、スズネは今その、世界樹の都市を探してる……行商人と一緒に?」

「そうです」
「なるほどね」

 シアトルさんが頷いた。


「……どうする?」

 初めて、黙って聞いていたフェンネルさんが喋った。

 アリスメードさんは考えることなく、「もちろん、世界の存続を目指す」と言う。


「それ以外の選択肢はない。このときのために戦ってきたんだ」

「スズネは?」

「スズネが決めることだ。スズネには俺たちに協力する義務なんかないし、俺たちにそれを強制する権利もない」


 ふふっ、とシアトルさんが小さく笑う。

「それじゃあアリス、あなたはこの世界を救う救世主になるってこと?」

「もちろん。なれるものなら、救世主になる」


「何の犠牲もなく?」

「……どういう意味でそう言ってるんだ?」


「もし世界を救うために、仲間やスズネちゃんの犠牲が必要なのだとしたら、それを払う覚悟はあるの?」

「……」


 アリスメードさんが、一瞬シアトルさんを睨んだ気がした。
 でも彼はすぐに目を逸らす。


「あり得ない。仲間の一人も守れない救世主なんて、俺は望まない」
「あたしはアリスと一緒」

 アリスメードさんは変わっていない。
 そしてフェンネルさんも、それは同じなのだと思う。


「かわいくなったねー! 食べがいがありそう!」
「キー!? キキー!!」

 ……レイスさんも、変わってないなぁ。
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