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04 行商人と目的地
走馬灯候補
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醤油さんと相談した結果、わたしは『言わないこと』と『伝えること』を決めた。
世界の滅亡は、とりあえず伝えた方がいい。
今はその予兆はないけれど、いずれ始まる崩壊だ。
わたしはそうでなくても、世界の存続のために努力したい人々はいると思う。
この世界には、ただの幼女のわたしなんかよりずっとすごい人がたくさんいる。
そういう人にとっては、情報は早い方がいい。
もしかしたら、異世界の勇者さんを召喚すれば、救える世界かもしれないし。
醤油さんが言うには、エナーシャさんのことは言わない方がいいらしい。
「彼は変な呪いを持っていましてね。森羅万象に本能的に嫌われるんですよ。姿を見れば顔を歪ませ、名前を聞けば舌打ちされる、そういう人なんです。彼の名前を出すと余計な争いが生じます」
実際に、街行く少女に「エナーシャって人知ってる?」と聞いたところ、怪訝な顔をされ、「どうしてそんなもの探してるの?」と言われた。
何かも分かってない状態から、『そんなもの』呼ばわりとは。確かにダメそうだ。
「どうしてわたしは大丈夫なんですか?」
「たまに効かない人もいますからね。あ、それと彼について1つ言い忘れていました。彼は結構な確率で、一部または全部の記憶を失っています。私のことはたぶん忘れてますね」
「え?」
それに、エナーシャさんを探すということは、同時に世界樹の都市を探すことでもある。
世界樹の都市は幻の近未来都市。
わたしの旅の目的地だ。
醤油さんはまだ海底を探すつもりだそうだけど、わたしは王都へ移ることにした。
王都には、人も情報もたくさんある。
人混みは好きではないけど、だいぶ慣れたし。
水中は嫌いじゃなかったけど、キースがずっとお留守番なので可哀想だし。
王都へは、ミノルさんが同行してくれるそうだ。
正確にはミノルさんの所属する騎士団、ということだけど。
わたしの護衛という名目で同行させてくれるらしい。
そうやって王都行きの準備を進めていたある日のこと。
わたしは丸一日くらいかけて間に翻訳を間に挟み、キースと話し合っていた。
「キー」
「巨大化は最近できるようになったヨ!」
「……わたし、空を飛んでみたいんだけど、できる?」
「キ、キキー」
「スーちゃんは小さいからちょっとだけなら乗せたげるヨ!」
「わたしのことスーちゃんって呼んでるの?」
「それは私のオリジナルです。お気になさらず」
余計なオリジナルなど挿入されるので、全然話が進まない。
この行商人はずっと愉快犯だ。
「キー」
「スズネさんに謝りたいことがあるそうです」
「えっ、はい」
「……キー、キー」
「あ、言うんですかそれ。言っていいんですか?」
「何?」
「こっちの話です」
「集中してください」
分かってますよ、とヘラヘラする醤油さん。
「えー……ボクはスーちゃんを食べてたんだ! って言ってますね」
「キー!? キーキー!」
「えぇ? 同じようなものですよ。……はいはい、ええ……正確には、スーちゃんの魔力を、勝手に食べていたと」
「キー!」
「うるさいネズミですね、食べますよ」
「醤油さん、翻訳に集中してください。お願いです」
「分かってます分かってます、たはは」
「キー」
「魔力を吸収して大きくなるノダヨ!」
「無理しなくていいので、普通に教えてください」
「あ、ええはい。ある程度の魔力が溜まると、それを使って成体になれるそうです。必要な魔力量としては、船の辺りで溜まっていたそうですが、大きくなるのは控えていたそうです。抱っこしてもらうのが嬉しかったと」
「キー、キー……」
「幼体で群れを追われ高原を彷徨っていたこの子にとっては、スズネさんは降って沸いた蜜壺だったようですね。最初はただの食事としか見ていなかったようですが、悪いことをしているという気持ちはあったようです。しかし一緒にいればいるほど、離れ難くなった」
「キー」
「一緒にいたいそうです」
ただのキーにそんなに重々しい意味が込められているとは。醤油さんがいてよかった。
「キー、キー」
キースはわたしを見上げて、クリクリの目で見つめてきた。
耳がヒコヒコ動いていて、すごく可愛い。
「あ、可愛く鳴いて媚を売っています」
「キー!!」
「余計なことを言うなと言っていますね」
「キー! キー!」
「ダマレ、コロスゾ! と言っています」
「……」
ああ、こういうときはいらなかったな……醤油さん、空気読まないからな……
「大丈夫だよ。わたし、キースと一緒がいいもん」
「キー……?」
「一緒に旅しよ! 約束したでしょ?」
「キー!」
キースは嬉しそうに鳴いた。
わたしはキースを高い高いする。
「スズ! スキ!」
「え?」
「スズ! スキ! ズット、イッショ!」
わたしは静かにキースを膝の上に降ろした。
そして醤油さんの方を見る。
醤油さんは真顔だった。
「喋れるなら、最初からそう言ってくれませんか?」
「オマエ、オモシロイ。デモ、キライ」
「なんで嫌われてるんですか?」
「わたしは醤油さん、好きですよ」
「ありがとうございます。いやでも、はってなんですか?」
「キー!」
「キーじゃないですよ。何の意味もない鳴き声で誤魔化さないでくださいよ」
「……ふふっ、あははは!」
喋る白いコウモリと行商人が揉めている様は、申し訳ないけどめちゃくちゃ面白い。
わたしは涙が出るほど笑い転げた。
こんな楽しい思い出、世界が終わっても忘れなさそう。
世界の滅亡は、とりあえず伝えた方がいい。
今はその予兆はないけれど、いずれ始まる崩壊だ。
わたしはそうでなくても、世界の存続のために努力したい人々はいると思う。
この世界には、ただの幼女のわたしなんかよりずっとすごい人がたくさんいる。
そういう人にとっては、情報は早い方がいい。
もしかしたら、異世界の勇者さんを召喚すれば、救える世界かもしれないし。
醤油さんが言うには、エナーシャさんのことは言わない方がいいらしい。
「彼は変な呪いを持っていましてね。森羅万象に本能的に嫌われるんですよ。姿を見れば顔を歪ませ、名前を聞けば舌打ちされる、そういう人なんです。彼の名前を出すと余計な争いが生じます」
実際に、街行く少女に「エナーシャって人知ってる?」と聞いたところ、怪訝な顔をされ、「どうしてそんなもの探してるの?」と言われた。
何かも分かってない状態から、『そんなもの』呼ばわりとは。確かにダメそうだ。
「どうしてわたしは大丈夫なんですか?」
「たまに効かない人もいますからね。あ、それと彼について1つ言い忘れていました。彼は結構な確率で、一部または全部の記憶を失っています。私のことはたぶん忘れてますね」
「え?」
それに、エナーシャさんを探すということは、同時に世界樹の都市を探すことでもある。
世界樹の都市は幻の近未来都市。
わたしの旅の目的地だ。
醤油さんはまだ海底を探すつもりだそうだけど、わたしは王都へ移ることにした。
王都には、人も情報もたくさんある。
人混みは好きではないけど、だいぶ慣れたし。
水中は嫌いじゃなかったけど、キースがずっとお留守番なので可哀想だし。
王都へは、ミノルさんが同行してくれるそうだ。
正確にはミノルさんの所属する騎士団、ということだけど。
わたしの護衛という名目で同行させてくれるらしい。
そうやって王都行きの準備を進めていたある日のこと。
わたしは丸一日くらいかけて間に翻訳を間に挟み、キースと話し合っていた。
「キー」
「巨大化は最近できるようになったヨ!」
「……わたし、空を飛んでみたいんだけど、できる?」
「キ、キキー」
「スーちゃんは小さいからちょっとだけなら乗せたげるヨ!」
「わたしのことスーちゃんって呼んでるの?」
「それは私のオリジナルです。お気になさらず」
余計なオリジナルなど挿入されるので、全然話が進まない。
この行商人はずっと愉快犯だ。
「キー」
「スズネさんに謝りたいことがあるそうです」
「えっ、はい」
「……キー、キー」
「あ、言うんですかそれ。言っていいんですか?」
「何?」
「こっちの話です」
「集中してください」
分かってますよ、とヘラヘラする醤油さん。
「えー……ボクはスーちゃんを食べてたんだ! って言ってますね」
「キー!? キーキー!」
「えぇ? 同じようなものですよ。……はいはい、ええ……正確には、スーちゃんの魔力を、勝手に食べていたと」
「キー!」
「うるさいネズミですね、食べますよ」
「醤油さん、翻訳に集中してください。お願いです」
「分かってます分かってます、たはは」
「キー」
「魔力を吸収して大きくなるノダヨ!」
「無理しなくていいので、普通に教えてください」
「あ、ええはい。ある程度の魔力が溜まると、それを使って成体になれるそうです。必要な魔力量としては、船の辺りで溜まっていたそうですが、大きくなるのは控えていたそうです。抱っこしてもらうのが嬉しかったと」
「キー、キー……」
「幼体で群れを追われ高原を彷徨っていたこの子にとっては、スズネさんは降って沸いた蜜壺だったようですね。最初はただの食事としか見ていなかったようですが、悪いことをしているという気持ちはあったようです。しかし一緒にいればいるほど、離れ難くなった」
「キー」
「一緒にいたいそうです」
ただのキーにそんなに重々しい意味が込められているとは。醤油さんがいてよかった。
「キー、キー」
キースはわたしを見上げて、クリクリの目で見つめてきた。
耳がヒコヒコ動いていて、すごく可愛い。
「あ、可愛く鳴いて媚を売っています」
「キー!!」
「余計なことを言うなと言っていますね」
「キー! キー!」
「ダマレ、コロスゾ! と言っています」
「……」
ああ、こういうときはいらなかったな……醤油さん、空気読まないからな……
「大丈夫だよ。わたし、キースと一緒がいいもん」
「キー……?」
「一緒に旅しよ! 約束したでしょ?」
「キー!」
キースは嬉しそうに鳴いた。
わたしはキースを高い高いする。
「スズ! スキ!」
「え?」
「スズ! スキ! ズット、イッショ!」
わたしは静かにキースを膝の上に降ろした。
そして醤油さんの方を見る。
醤油さんは真顔だった。
「喋れるなら、最初からそう言ってくれませんか?」
「オマエ、オモシロイ。デモ、キライ」
「なんで嫌われてるんですか?」
「わたしは醤油さん、好きですよ」
「ありがとうございます。いやでも、はってなんですか?」
「キー!」
「キーじゃないですよ。何の意味もない鳴き声で誤魔化さないでくださいよ」
「……ふふっ、あははは!」
喋る白いコウモリと行商人が揉めている様は、申し訳ないけどめちゃくちゃ面白い。
わたしは涙が出るほど笑い転げた。
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