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04 行商人と目的地
言語の道断
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すごい勢いで宿に戻ってきた醤油さんは、わたしをベッドに座らせて、自分は向かい側のベッドに座った。
「頭痛はまだ治りませんか?」
なんかやっぱり、醤油さんはやたらと頭痛のことを気にしているらしい。
キースはまだわたしに抱っこされて、目を閉じている。
いつもは、宿に戻ると天井に飛んでいって逆さまになって休むのだけど、今日はその元気もないみたいだ。
「治る……っていうか、たまに痛くなる感じなので。別にずっと痛いわけではないですよ」
「でも完治はしていないんですね?」
「そうですけど……」
どうしても大事にしたいようだ。
鎮痛剤飲んだらすぐ治ると思うんですけど……前世なら。
「よければ、私が解決したいのですが」
「え?」
「キー!」
キースが突然目覚めた。さっきまで爆睡だったのに。
どうやらわたしの危機だと思ったようで、毛を逆立てて醤油さんを威嚇する。
いや、君はそういう生き物じゃないんだからそれはおかしい。
わたしはその毛を撫でて寝かせる。
「どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。その頭痛の原因はなんとなく分かっています」
「……疑ってるじゃないんですけど、原因ごと吹き飛ばすとかじゃないですよね?」
「たはははは、そんなことしませんよ。私も、スズネさんには長生きしてほしいですからね」
「キー!」
キースは飛び上がり、止める間もなく小さな鉤爪を立てて醤油さんに飛びかかった。
「キー! キーキーキー!」
「ちょ、キース!?」
ジタバタしながら醤油さんを攻撃するキースを、わたしは捕まえて止めようとする。
しかしその前に醤油さんが、華麗に防御した。
と、思ったのだけど、その腕には鉤爪がしっかりと突き刺さっていた。猛禽類じゃなくてよかった。
「醤油さん!?」
醤油さんは涼しい顔をしているけど、すっごい痛そうだ。
醤油さんは、いつもと変わらない微笑を浮かべているものの、心なしかちょっと引き攣ってるような気がしなくもない。
もしかして、痩せ我慢なのか……?
「君のご飯……いえ、ご主人様を害そうというのではありませ……ん。責任を持って……お助けします」
声が震えている。
絶対痩せ我慢の醤油さんは、真っ直ぐにキースを見つめてそう言った。
「君の、彼女に対する想いはよく理解しています。私に彼女を見捨てさせないでください。誓って、君の邪魔はしません。彼女を害することもしません」
「キー!!」
キースは獰猛な猛禽類みたいな形相で醤油さんを睨みつけている。
本当に猛禽類ほどクチバシや鉤爪が発達していなくてよかった。
醤油さんは笑みを消した。
そして声を低くして、囁くように言う。
「このままでは、彼女は操り人形のままです。それでいいんですか? 君のご主人様が、ご主人様自身の意志で生きること、君はそれを望まないのですか?」
「キー!」
「君はただ気軽におやつを食べられなくなることだけを心配してるのではない。ええ、私は理解しているつもりです。だからこそ君にも理解してほしいのです」
「キー、キーキー!」
「ですから、そもそも私は彼女を害そうというのではありません。君の考えているような恐ろしいことは起こりません」
「……キー」
「私が信用に足る人間でないというのはこの際否定しませんが、彼女を救えるのは私だけですよ、キース。君にその名を与えてくれたご主人様を、君は害そうというのですか?」
行商人とキーキー鳴く白コウモリが話し合いをしている様は、申し訳ないけどすごく面白いが、何を話しているのかは最後までよく分からなかった。
でも結局最後には、キースは飛び上がって、天井に逆さ吊りになった。
醤油さんに説得されたようだ。醤油さんは再び微笑を浮かべる。
「全く、ご主人様想いの幻獣ですね」
「そう……ですね。仲良しなんですよ」
「微笑ましい限りです」
醤油さんはそう言って笑って、わたしの手を取った。
「では、悪いのを取るおまじないを差し上げましょう」
周囲に霧が満ちた。
「……え?」
自分の鼻先も見えないくらいの霧。
すぐ隣にいるはずの、醤油さんの姿も見えない。
近くにいたはずのキースも見えない。
ただ確実に感じるのは、醤油さんのヒヤリとした手。
「な、何ですかこれ?」
「さあ、どうでしょう。頭は痛みますか?」
「痛くないですけど……何も見えなくて」
「声は聞こえますか?」
——信じてはいけない。
——その女は悪だ。決して信じてはいけない。
「……聞こえます。なんか……なんていうか」
「分かりますよ。私を非難しているでしょう?」
——信じるな。
——その女は、神に仇なす悪魔の手先だ。
「……えっと、何かの手先だ? とか」
「不死の悪魔、とでも言っていますか?」
——信じるな。
——その女の手を離せ。
「私の手を決して離さないでくださいね。その声は、あなたを惑わせる邪神の声です。わたしに悟られないよう、姿を隠しているようですが」
「え、邪神?」
——信じてはならぬ。
——早く手を離せ。
「ええ。信じ難いですか?」
「えっと……取り憑かれてる、ってことですか?」
「少し違いますが、そういうことです。詳細は追って。いずれにしろ、このままでいることはそれほど賢明ではありません。この道を切るのは……、確かに少々残念ではありますが、子供を犠牲にしてまで遂げる信念でもありませんからね。エナに知られれば叱られるでしょうが、後悔するよりマシですね」
「……」
「あなたは何もする必要はありません。ただ私の手を離さないでいてください。それだけでいいのです」
——今すぐに離れよ。
——その女は邪悪、信じてはならぬ。
——離れろ。
聞こえるのは、聞き覚えのない声だ。
機械音よりも淡々としている。抑揚もないし感情もない。
——その女に従ってはならぬ。
——その女は偽っている。
——その女は悪魔の手先。
——悪魔は理を破壊し、神を害せんとする、純然たる悪……
「終わりましたよ」
気づけば、霧は晴れていた。
あっさりと手を離した醤油さんは、わたしを微笑んで見つめていた。
「頭痛はまだ治りませんか?」
なんかやっぱり、醤油さんはやたらと頭痛のことを気にしているらしい。
キースはまだわたしに抱っこされて、目を閉じている。
いつもは、宿に戻ると天井に飛んでいって逆さまになって休むのだけど、今日はその元気もないみたいだ。
「治る……っていうか、たまに痛くなる感じなので。別にずっと痛いわけではないですよ」
「でも完治はしていないんですね?」
「そうですけど……」
どうしても大事にしたいようだ。
鎮痛剤飲んだらすぐ治ると思うんですけど……前世なら。
「よければ、私が解決したいのですが」
「え?」
「キー!」
キースが突然目覚めた。さっきまで爆睡だったのに。
どうやらわたしの危機だと思ったようで、毛を逆立てて醤油さんを威嚇する。
いや、君はそういう生き物じゃないんだからそれはおかしい。
わたしはその毛を撫でて寝かせる。
「どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。その頭痛の原因はなんとなく分かっています」
「……疑ってるじゃないんですけど、原因ごと吹き飛ばすとかじゃないですよね?」
「たはははは、そんなことしませんよ。私も、スズネさんには長生きしてほしいですからね」
「キー!」
キースは飛び上がり、止める間もなく小さな鉤爪を立てて醤油さんに飛びかかった。
「キー! キーキーキー!」
「ちょ、キース!?」
ジタバタしながら醤油さんを攻撃するキースを、わたしは捕まえて止めようとする。
しかしその前に醤油さんが、華麗に防御した。
と、思ったのだけど、その腕には鉤爪がしっかりと突き刺さっていた。猛禽類じゃなくてよかった。
「醤油さん!?」
醤油さんは涼しい顔をしているけど、すっごい痛そうだ。
醤油さんは、いつもと変わらない微笑を浮かべているものの、心なしかちょっと引き攣ってるような気がしなくもない。
もしかして、痩せ我慢なのか……?
「君のご飯……いえ、ご主人様を害そうというのではありませ……ん。責任を持って……お助けします」
声が震えている。
絶対痩せ我慢の醤油さんは、真っ直ぐにキースを見つめてそう言った。
「君の、彼女に対する想いはよく理解しています。私に彼女を見捨てさせないでください。誓って、君の邪魔はしません。彼女を害することもしません」
「キー!!」
キースは獰猛な猛禽類みたいな形相で醤油さんを睨みつけている。
本当に猛禽類ほどクチバシや鉤爪が発達していなくてよかった。
醤油さんは笑みを消した。
そして声を低くして、囁くように言う。
「このままでは、彼女は操り人形のままです。それでいいんですか? 君のご主人様が、ご主人様自身の意志で生きること、君はそれを望まないのですか?」
「キー!」
「君はただ気軽におやつを食べられなくなることだけを心配してるのではない。ええ、私は理解しているつもりです。だからこそ君にも理解してほしいのです」
「キー、キーキー!」
「ですから、そもそも私は彼女を害そうというのではありません。君の考えているような恐ろしいことは起こりません」
「……キー」
「私が信用に足る人間でないというのはこの際否定しませんが、彼女を救えるのは私だけですよ、キース。君にその名を与えてくれたご主人様を、君は害そうというのですか?」
行商人とキーキー鳴く白コウモリが話し合いをしている様は、申し訳ないけどすごく面白いが、何を話しているのかは最後までよく分からなかった。
でも結局最後には、キースは飛び上がって、天井に逆さ吊りになった。
醤油さんに説得されたようだ。醤油さんは再び微笑を浮かべる。
「全く、ご主人様想いの幻獣ですね」
「そう……ですね。仲良しなんですよ」
「微笑ましい限りです」
醤油さんはそう言って笑って、わたしの手を取った。
「では、悪いのを取るおまじないを差し上げましょう」
周囲に霧が満ちた。
「……え?」
自分の鼻先も見えないくらいの霧。
すぐ隣にいるはずの、醤油さんの姿も見えない。
近くにいたはずのキースも見えない。
ただ確実に感じるのは、醤油さんのヒヤリとした手。
「な、何ですかこれ?」
「さあ、どうでしょう。頭は痛みますか?」
「痛くないですけど……何も見えなくて」
「声は聞こえますか?」
——信じてはいけない。
——その女は悪だ。決して信じてはいけない。
「……聞こえます。なんか……なんていうか」
「分かりますよ。私を非難しているでしょう?」
——信じるな。
——その女は、神に仇なす悪魔の手先だ。
「……えっと、何かの手先だ? とか」
「不死の悪魔、とでも言っていますか?」
——信じるな。
——その女の手を離せ。
「私の手を決して離さないでくださいね。その声は、あなたを惑わせる邪神の声です。わたしに悟られないよう、姿を隠しているようですが」
「え、邪神?」
——信じてはならぬ。
——早く手を離せ。
「ええ。信じ難いですか?」
「えっと……取り憑かれてる、ってことですか?」
「少し違いますが、そういうことです。詳細は追って。いずれにしろ、このままでいることはそれほど賢明ではありません。この道を切るのは……、確かに少々残念ではありますが、子供を犠牲にしてまで遂げる信念でもありませんからね。エナに知られれば叱られるでしょうが、後悔するよりマシですね」
「……」
「あなたは何もする必要はありません。ただ私の手を離さないでいてください。それだけでいいのです」
——今すぐに離れよ。
——その女は邪悪、信じてはならぬ。
——離れろ。
聞こえるのは、聞き覚えのない声だ。
機械音よりも淡々としている。抑揚もないし感情もない。
——その女に従ってはならぬ。
——その女は偽っている。
——その女は悪魔の手先。
——悪魔は理を破壊し、神を害せんとする、純然たる悪……
「終わりましたよ」
気づけば、霧は晴れていた。
あっさりと手を離した醤油さんは、わたしを微笑んで見つめていた。
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