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04 行商人と目的地

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 船旅は、本当に穏やかに進んだ。

 少々穏やかすぎて風がなく、3日も余計にかかったことを除けば、景色もいいしクルーさんたちはみんな優しい、完璧な旅。
 

 港は広く、早朝の漁を終えた漁船は静かに眠っている。

 着いたのは真昼。
 雲一つない、真っ青な空と海が視界いっぱいに広がっていた。


「綺麗……」

 暗い波間にキラッと輝く鱗とか、甲高い鳥の鳴き声は、わたしのよく知る海のそれだ。

 わたしは海が大好きだ。


「醤油さん……」
「はい、なんでしょうか?」
「ツナマヨ、あるかなぁ……」
「……はい?」

 こんなに大きな漁港なのだ、マグロが揚がらない道理はない。
 ツナマヨおにぎりはわたしの生命線、ぜひ食べたい。

「マグロ、いくらなのかなぁ」
「マグロってなんですか?」

「わたしはマヨに甘えるツナマヨが許せないんですよ。だってツナマヨは、マヨじゃなくてツナだから……」

「キース君、君のご主人が何を言っているのか分かりますか?」
「キー……」


 10日ぶりくらいに降り立った地面はちょっと硬い。足の裏に違和感がある。

 でも同時に安心感もある。陸に帰ってきたなぁって。
 いや確かに途中休憩はあったから、10日全部が完全に船の上っていうわけではなかったけども。
 

「それで、醤油さん。どこに行くんですか?」
「さぁ、どうしましょうかねぇ。ギルドにでも行きましょうか」

 わたしは、醤油さんに誘われて、一緒に行動する約束をしていた。
 醤油さんはこの街で、探し人のエナーシャさんを探したいらしい。


 船で一緒にいて分かったことだけど、この醤油さんという人はかなりのマイペース。
 常識知らずとは言わないけど、人をからかって楽しむようなところがある。

 いつも微笑んでいるせいか底が知れない部分があって、確かに信用ならないところもあるけれど、いざというときには頼りになる、お姉さんという感じ。
 

「あっ、そうですね。わたしも移動したって言っておかないと」

 わたしと醤油さんは、一緒にギルドに向かった。
 

 街はとても明るく綺麗だった。

 道は広く、石のタイルで舗装されていた。馬車がガラガラと音を立てながら通り過ぎていく。

 家々の窓はステンドグラスを思わせる色とりどりの色ガラスになっていて、眺めているだけでも楽しい。


「素敵な街ですね! これでツナマヨさえあれば……」

「ツナマヨが何か分かりませんが、もしかしたらあるかもしれませんよ。ここはグルメの街でもありますし」

「えっ!?」


 道行く人もなんだか浮かれて楽しそうだ。
 
 馬車が頻繁に通るので、歩道と車道が区別されており、その光景は、どこか前世を思わせる、ような。
 もちろん信号や横断歩道なんかないんだけど、なんとなく既視感があるのは確か。


「こちらです、スズネさん」

 ……観光案内所かな?

 色ガラスや鮮やかなタイルで、これでもかと飾られたそのギルドには、でかでかと『ようこそ!』なんて書かれている。

 色々な人で賑わっているし。

 今のわたしは、だいぶ人にも慣れてきたので平気なのだけど、コムギ村からここに来たらひっくり返ってただろうな。


「私は向こうに行っていますね。ロビーで待ち合わせましょう」
「分かりました」

 他のギルドとは違って、入り口すぐにはロビーがあった。受付は別の場所にあるのだろう。


 わたしは人混みを掻き分けて、インフォメーションセンターみたいなところのお姉さんに接触した。

「こ、こんにちは。わたし、冒険者なんですけど、どの受付に行けばいいですか?」

「移動登録ですね。あちらの階段から2階へ上がっていただき、その後正面のカウンターにお申し付けください。掲示板は3階にございます。依頼の受注も3階で承りますので、ご利用ください」

「ありがとうございます」


 わたしは踏み潰されないように気をつけながら階段へ向かった。

 キースは、頭の上でヒラヒラ飛んで混雑を回避している。暑くないのか、あの毛皮?



 ということで、色々手続きを済ませてからわたしは3階に向かった。

 今回は宿は探さなくても大丈夫。醤油さんが一緒に泊めてくれるらしい。

 3階には、お姉さんの言った通り依頼の掲示板があって、かなり混雑していた。


 海で目撃された魔獣の討伐とか、素材の納品とか、そういうクエストが多い。

 また、近くに小さな島があるらしく、そこの探検とか。
 

「スズネさん」

 呼ばれたので振り返ると、醤油さんがいた。

「あ、醤油さんもいたんですか。何か依頼を受けたんですか?」

「逆ですよ、依頼したんです。情報提供ですよ。ロクなものがありませんが、しないよりはマシでしょう」

 醤油さんは掲示板の上の方を指差した。確かに情報提供って書いてある。
 

「エナーシャさんのですか?」

「それもありますが、今は世界樹の都市を探しているんですよ」
「世界樹の都市?」

「ええ。興味がおありですか?」

「ああ、う……」

「大丈夫ですか?」
「大丈夫です、なんかちょっと頭痛がして……人が多いからかな」


 わたしと醤油さんはギルドを出て、近くのレストランに入った。

 レストランなんて初めてだ。何が食べられるんだろう。
 

「お客様、当店は鳥類のお持ち込みはご遠慮いただいております」
「キー?」

 中に入ろうとしたところ、わたしは止められてしまった。
 
 まあ、確かにこんなコウモリ嫌だよね。食材ならともかく……いや、食材でも嫌か。

 
「この子は幻獣ですから、フンはしませんよ?」
「キー!」
「幻獣……? いえ、とにかく困ります。せめてバッグに入れていただかないと」

 醤油さんは微笑みながらフォローしてくれるけど、店員さんは困っている。
 
「ネズミみたいなものじゃないですか。ほら、見てください。毛玉ですよ毛玉」
「キー!?」

 ……フォローしてるのか、けなしてるのか分かんないな。

「キース、ほら、バッグに入って。すぐ出してあげるから」
「キー」

 キースは、意外にも抵抗することなくわたしのショルダーバッグの中に収まった。
 カンガルーの子供みたいに、頭だけ外に出して様子を伺っている。

「……店内では飛ばさないようにお願いします。ではどうぞ」


 窓側の席に案内された。
 明るい光がテーブルの上に差し込んで、影を落とす。

 すごくオシャレで、素敵なお店だ。

「ご注文はお決まりですか?」
「いえ、まだ。メニューをお願いします」

「こちらになります。お決まりになりましたら、お呼びください」


 醤油さんはしばらくメニューを眺めてから、わたしに「どうぞ」と渡した。
 
「アイススノウズがおすすめですよ。今日のような暑い日には」


 当然といえば当然だけど、メニューには写真なんてものが一切ない。文字情報しかない。
 
 しかも内容は「蒸したミモザのアイススノウズ」とか、「茹でスカルのスノウズ」とか。

 聞いたことない食材が聞いたことない食材と組み合わされているので、全く全体像が見えない。
 

「……醤油さんと同じものでいいです」

 わたしは諦めてそう言って、醤油さんにメニューを返した。

「そうですか。すみません! こちらを2人分お願いします」


 わたしはこっそりバッグの蓋を開けてキースの頭を撫でる。
 どんなものが出てくるのかなぁ。

「何かしたいことはありますか、スズネさん」
「えっ?」

「私の探し物を手伝ってくださると、仰ってましたけれど」

 醤油さんは優しく笑って、首を傾げた。

 彼女の顔の火傷は酷すぎるけれど、前髪が長いので半分くらいは隠せている。
 

「いえ、特にないですけど……綺麗な景色がみたいです」

「景色ですか。それなら灯台に行きましょう。少し歩きますが」

「灯台があるんですか?」

「ええ、立派な灯台ですよ」


 そうこうしているうちに、料理が運ばれてきた。

 わたしはスノウが小麦を指していることを思い出したと同時に、スノウズがパスタのことだと知った。
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