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#4 家族
28 成長を感じる
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ジャックは、決して楽しそうな風を見せなかったが、それでも私と一緒に居ようとしているように見えた。
「……私を観察していて楽しいか?」
「観察してるわけじゃねーけど、楽しいよ。俺の夢にまで見た生活だ」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃねーよ。本当に夢に見るくらいに、俺はお前に会いたかった」
そう言って、ジャックは私の体に腕を回し、抱きしめる。
不思議と気持ち悪さはない。下心を感じない。私が気づいていないだけかもしれなかったが。
「……夢みたいなんだよ。こうしてまた、生きたお前を抱きしめられるなんて。最高の夢さ。俺は一生目覚めなくていい」
「……お前、そんなに私を探していたのか?」
「おー、探してたぜ。めちゃくちゃ探した。どこいたの?」
「……結界の境界にあった島に、流れ着いて。そこで生活していた。そんなに探させたとは、知らなかった。もう忘れていると思った。悪かったな」
「はは、忘れるわけねーだろ? 俺の一人っきりの弟だぜ。いいんだよ、見つかったんだから。おにーちゃんはお前が無事に生きててくれただけで、じゅーぶん幸せなの」
「……そうか」
私の記憶と少し様子が違うのは、四年という歳月を経たからかもしれない。
私がそうであるように、ジャックも変わったのだろう。
「ジャックさん、ただいま。……あ、ごめん。お取込み中だった? ごめんホント。俺、見なかったことにする。誰にも言わない。ホントごめん」
不意に扉が開いた。
私はジャックに抱きしめられたままそれを振り返る。
そこにはブロウが、何か紙袋を持って立っていた。
「おーブロウ。お帰り」
ジャックは私を開放し、片手を上げてそれに応えて、その手で私の背中をパンパンと甘く叩く。
「じゃあなレビィ。俺、もうそろそろ行かないと」
そう言って立ち上がり、ジャックは去って行った。
「……ブロウ、ジャックはいつもあんな感じか?」
「え? あ、ああ……」
ブロウは、少なくとも傍目には少し変わっていた。
以前より、身なりに気を遣っているし、心なしか大人びた。
尤も、中身は変わっていないようだったが。
「まあ、ジャックさんは基本レビィのことを溺愛してるよ。今さら気づいたの? マジでちゃんとしないと貞操とか持ってかれるよ?」
「は?」
「ごめんなさい」
このブロウは昔から私のことをいたく恐れていて、腹が立つくらいに怯えている。
私の死を最も喜んだのは彼だろう。
「……ブロウ、今何時だ」
「今? えっと……十一時だよ」
「時計を見せろ」
病室に時計はない。私はブロウの腕を掴み、腕時計を見た。
なるほど、十一時四分十二秒。
それなりに、良質な品だった。
持ち物に無頓着なブロウにしては珍しい。
「……お前が買ったのか?」
「えっ? あ、いや、これはブライドが初任給で買ってくれたんだ」
「そうか。実験体5924は働いているのか」
「値段は教えてくれなかったんだけどさ、結構良い奴だよな、これ?」
「お前にはもったいない品だな」
「えっ」
実験体5924の初任給が一般研究員と同じだとしたら、この時計はその初任給を九割程度つぎ込まないと手に入らない。
存外、ブロウは愛されているのかもしれないと私は思った。
「なんだよレビィ、俺の顔になんか付いてるか?」
「……お前、実験体5924とずっと付き合っているのか」
「えっ? あ、うん、まあ……おかげさまで」
「精神の方は安定しているのか。お前はいつも異性と交際すると調子が悪いだろう」
「それがさ、元気なんだよ俺。ブライドがすっごい支えてくれてさ、めちゃくちゃ優しくて可愛くて、俺本当、出会えて良かったって心から思ってるんだ」
「お前が言うと、どうにも不吉な予感がしてならんな」
「どうしてそんなこと言うの? レビィって俺のことそんなに嫌いなの?」
「いや、嫌いというわけではない。ただ、生理的に嫌悪感があるだけで」
「それを嫌いって言うんじゃ?」
「ああ……その喋り方とかちょっと、嫌いかもしれない」
「そんなふわっとした理由で蛇蝎の如く嫌われてんの?」
俺がレビィに何したって言うんだよ、とブロウはブツブツ言っている。
雪のように白い肌、同じように白い髪、細く長い指、スラッとした足、女と見紛うような華奢な体。
ブロウはかなりの美青年だ。良くも悪くも。
「……お前のその、妖婦みたいな容姿はどうにかならないのか。お前は存在が性的だから好きになれないんだと思う」
「言わせてもらうけど、レビィって、少なくとも見た目は比較的俺と似てんだからな?」
「何と比較して似ていると言っている? 魚か?」
「あのさ、レビィってやっぱすっげー美青年なんだよ。なんか雰囲気変わったけど、今の方が俺、好きだよ。なんか前は病的な感じだったけど、ちょっと健康的になったっていうかさ。失踪人公告写真もかっこよかったけど、なんか顔色悪かったし」
「お前は私の指名手配書を見てそんなことを考えていたのか」
「手配書って……そんなんじゃねーよ。だってジャックさんもルシーも、すごい一生懸命探してたんだぜ。特にジャックさんなんて、本当にさ。一年で国中を回って、二年でもう一周して、それでも見つからなくて半年悩んで、懸賞金をかけて。でも、そのせいでレビィが殺されかけたって、ジャックさんは落ち込んでたよ」
ジャックは、私が殺されかけたくらいで落ち込んだりしないと思うのだが。
それこそ、幼い頃はいつも殺されかけていたのだし。
「私は殺されかけてなどいない。殺されかけたのは、アインの方だ」
「ああ、あの女の人な。レビィが恋人を連れて帰って来るなんて意外だったよ」
「アインは私の恋人ではない」
ブロウは何でもかんでも、恋愛ごとに結び付ける癖がある。
私が訂正すると、ブロウは意外そうな声を上げた。
「え、恋人じゃないんだ」
ブロウは首を傾げ、私に言った。
「そんな感じの関係だと思ってたんだけどな」
「何故そう思う?」
「ドライでクールなレビィが執着してたら、普通そう思うだろ」
「私はドライでクールなのか」
「だってさ、レビィって人に何か相談したりしないだろ?」
確かに、私が誰かに何かを尋ねることはほとんどない。
こうして会話をするときは別だが、わざわざ尋ねに赴いたりはしない。
「相談することはなくとも、相談は聞いていた。特に、お前の愚痴は聞いてやっただろう。お前が失恋するたびに、何時間も」
「うん、まあ、えっと、その節はその、非常にお世話になりました……いや、でもさ、慰めてはくれなかったじゃん。めっちゃ冷たかったじゃん」
「どう言えば良かったと? お前はいつもいつも同じパターンで失恋し、同じようなパターンで落ち込み、同じようなパターンで回復する。私の反応も同じようなものになるに決まっているだろう」
「ぐうの音も出ねぇ……」
ブロウはそう言って笑った。
やはりブロウは、四年の時を経て少し変わったように見える。
それは時間の経過による成長及び老化というよりは、実験体5924と共に過ごした時間によるものなのかもしれない。
私がアインと過ごして変わったのと同じように。
そしてブロウは、以前よりは怯えていないように見えた。
これが成長というものなのだろうか。
「……ブロウ、私はお前にも悪いことをしたと思っている」
「え? 何、いいよ別に、レビィが俺に対して塩対応なのは今に始まったことじゃないし」
「違う。お前は、失望しただろうと思った」
「失望?」
「ああ。お前は私が消えることを一番喜んだだろう。生きて帰ってきて、さぞかし失望したことだろう。……遺書は読んだか?」
「あ、えっと? 遺書? ああ、うん、読んだよ」
ルシファーとジャックには、直接直筆の手紙を送ったのだが、ブロウに対してだけは、神に捧げるべく全身を滅多刺しにしたその血で、ついでに書いた。
やってる途中で思い出したのだ。
ああ、そういえばこの子供は絶対に自分だけ忘れられたことを根に持つに違いない、と。
いや、別に完全に忘れていたわけではない。
ただ没交渉だったルシファーとジャックとは違い、ブロウとは日常的に顔を合わせる関係だったし、それに何より、何を書けばいいのかなかなか思いつかず、後回しにしていたという節もある。
確かに生理的に嫌いだが、ずっと家族として育って来た。
弟のような存在だ。私なりに可愛がっていた。
意識が朦朧としていたのもあって何を書いたのかいまいち覚えていないが、私を最も恨んでいたブロウのこと、血で染まった手紙をさぞかし喜んでくれただろう。
「嬉しかったか」
「えっ? 何が?」
「嬉しかったか、手紙を見て。お前はああいうのが好きだろう」
「えっと、遺書のこと? ああ、まあそりゃ、一応俺のこと覚えててくれたんだなって、それは嬉しかったよ。でもレビィが死んだのは、俺、それなりに衝撃受けたっていうか……結構落ち込んだよ」
「嘘を言うな。殺してやろうか」
「嘘じゃねーよ、殺さないで。俺、嘘つくの苦手なんだって、知ってるだろ?」
ああ、そういえばそうだったと私は思い出す。
異常に挙動不審になるんだった。
ただでさえ不審人物だというのに。
「……お前、私が死んで悲しかったのか?」
「そんな信じられないようなものを見る目で俺を見ないでよレビィ。なんでそんな顔されなきゃいけないの? 俺、レビィのこと好きだよ。死んだら悲しいに決まってるだろ」
「お前は年中死にたいと喚いているのにか? その原因の半分くらいは私にあるだろう」
「えっ、いや、そんなことねーよ。だって俺、レビィのことは本当に好きなんだよ。そりゃ、メンタルに悪影響を与えることもあるけどさ、それでもレビィは俺の面倒見てくれてたじゃん。それなりに俺、レビィと喋るのも楽しいし……俺もごめんね、レビィ」
「いい。謝るな。許せない」
「許さなくてもいいから聞いて。俺さ、あのね、レビィ……俺、ごめん、レビィが苦しんでるのに、気づけなくて」
私はブロウの顔を見る。
急にどうしたのだろうか、この子は。何かあったのか。
「私は苦しんでいたことはない」
「苦しんでただろ、だって、死を選ぶくらい」
「私は苦痛から逃避するために死を選んだのではない。ルシファーの役に立つ、その手段として死を選んだんだ。結局、それは叶わなかったが」
「苦しんでたんだよ、そんなの当たり前だろ。自分から死を選ぶような精神状態は、本人がどう言おうと『苦しんでた』ってことなんだよ」
ブロウはらしくないことを言って、それから私の手首を掴み、首を傾げた。
「なあ、俺、その、あんまり頼りないかもしれないけど、話くらいは、聞くよ?」
「……」
ブロウにすら気を遣われているらしいことで、私はようやく事態の異常性を理解した。
一体、私をなんだと思っているのか。
私は犯罪者だ、糾弾されこそすれ、こんな風に腫れ物に触るような扱いをされる覚えはない。
「……何をそんなに恐れてる?」
「えっ?」
「何を恐れているんだ。私がルシファーに害を為すようなことをすると思うか」
「レビィはどうして全部の物事をルシー基準で考えるんだよ」
「この国の民であるなら、そうであるべきだろう」
「えー、ルシーはあんま喜ばねーよ? ルシーはレビィのこと大事に思ってんのに」
そうだ、だからこそなのだ。
ルシファーは臣民を深く愛している。
その慈愛は海よりも深く、大きい。
私はその優しさに、その慈悲に報いるべきだ。
「……私を観察していて楽しいか?」
「観察してるわけじゃねーけど、楽しいよ。俺の夢にまで見た生活だ」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃねーよ。本当に夢に見るくらいに、俺はお前に会いたかった」
そう言って、ジャックは私の体に腕を回し、抱きしめる。
不思議と気持ち悪さはない。下心を感じない。私が気づいていないだけかもしれなかったが。
「……夢みたいなんだよ。こうしてまた、生きたお前を抱きしめられるなんて。最高の夢さ。俺は一生目覚めなくていい」
「……お前、そんなに私を探していたのか?」
「おー、探してたぜ。めちゃくちゃ探した。どこいたの?」
「……結界の境界にあった島に、流れ着いて。そこで生活していた。そんなに探させたとは、知らなかった。もう忘れていると思った。悪かったな」
「はは、忘れるわけねーだろ? 俺の一人っきりの弟だぜ。いいんだよ、見つかったんだから。おにーちゃんはお前が無事に生きててくれただけで、じゅーぶん幸せなの」
「……そうか」
私の記憶と少し様子が違うのは、四年という歳月を経たからかもしれない。
私がそうであるように、ジャックも変わったのだろう。
「ジャックさん、ただいま。……あ、ごめん。お取込み中だった? ごめんホント。俺、見なかったことにする。誰にも言わない。ホントごめん」
不意に扉が開いた。
私はジャックに抱きしめられたままそれを振り返る。
そこにはブロウが、何か紙袋を持って立っていた。
「おーブロウ。お帰り」
ジャックは私を開放し、片手を上げてそれに応えて、その手で私の背中をパンパンと甘く叩く。
「じゃあなレビィ。俺、もうそろそろ行かないと」
そう言って立ち上がり、ジャックは去って行った。
「……ブロウ、ジャックはいつもあんな感じか?」
「え? あ、ああ……」
ブロウは、少なくとも傍目には少し変わっていた。
以前より、身なりに気を遣っているし、心なしか大人びた。
尤も、中身は変わっていないようだったが。
「まあ、ジャックさんは基本レビィのことを溺愛してるよ。今さら気づいたの? マジでちゃんとしないと貞操とか持ってかれるよ?」
「は?」
「ごめんなさい」
このブロウは昔から私のことをいたく恐れていて、腹が立つくらいに怯えている。
私の死を最も喜んだのは彼だろう。
「……ブロウ、今何時だ」
「今? えっと……十一時だよ」
「時計を見せろ」
病室に時計はない。私はブロウの腕を掴み、腕時計を見た。
なるほど、十一時四分十二秒。
それなりに、良質な品だった。
持ち物に無頓着なブロウにしては珍しい。
「……お前が買ったのか?」
「えっ? あ、いや、これはブライドが初任給で買ってくれたんだ」
「そうか。実験体5924は働いているのか」
「値段は教えてくれなかったんだけどさ、結構良い奴だよな、これ?」
「お前にはもったいない品だな」
「えっ」
実験体5924の初任給が一般研究員と同じだとしたら、この時計はその初任給を九割程度つぎ込まないと手に入らない。
存外、ブロウは愛されているのかもしれないと私は思った。
「なんだよレビィ、俺の顔になんか付いてるか?」
「……お前、実験体5924とずっと付き合っているのか」
「えっ? あ、うん、まあ……おかげさまで」
「精神の方は安定しているのか。お前はいつも異性と交際すると調子が悪いだろう」
「それがさ、元気なんだよ俺。ブライドがすっごい支えてくれてさ、めちゃくちゃ優しくて可愛くて、俺本当、出会えて良かったって心から思ってるんだ」
「お前が言うと、どうにも不吉な予感がしてならんな」
「どうしてそんなこと言うの? レビィって俺のことそんなに嫌いなの?」
「いや、嫌いというわけではない。ただ、生理的に嫌悪感があるだけで」
「それを嫌いって言うんじゃ?」
「ああ……その喋り方とかちょっと、嫌いかもしれない」
「そんなふわっとした理由で蛇蝎の如く嫌われてんの?」
俺がレビィに何したって言うんだよ、とブロウはブツブツ言っている。
雪のように白い肌、同じように白い髪、細く長い指、スラッとした足、女と見紛うような華奢な体。
ブロウはかなりの美青年だ。良くも悪くも。
「……お前のその、妖婦みたいな容姿はどうにかならないのか。お前は存在が性的だから好きになれないんだと思う」
「言わせてもらうけど、レビィって、少なくとも見た目は比較的俺と似てんだからな?」
「何と比較して似ていると言っている? 魚か?」
「あのさ、レビィってやっぱすっげー美青年なんだよ。なんか雰囲気変わったけど、今の方が俺、好きだよ。なんか前は病的な感じだったけど、ちょっと健康的になったっていうかさ。失踪人公告写真もかっこよかったけど、なんか顔色悪かったし」
「お前は私の指名手配書を見てそんなことを考えていたのか」
「手配書って……そんなんじゃねーよ。だってジャックさんもルシーも、すごい一生懸命探してたんだぜ。特にジャックさんなんて、本当にさ。一年で国中を回って、二年でもう一周して、それでも見つからなくて半年悩んで、懸賞金をかけて。でも、そのせいでレビィが殺されかけたって、ジャックさんは落ち込んでたよ」
ジャックは、私が殺されかけたくらいで落ち込んだりしないと思うのだが。
それこそ、幼い頃はいつも殺されかけていたのだし。
「私は殺されかけてなどいない。殺されかけたのは、アインの方だ」
「ああ、あの女の人な。レビィが恋人を連れて帰って来るなんて意外だったよ」
「アインは私の恋人ではない」
ブロウは何でもかんでも、恋愛ごとに結び付ける癖がある。
私が訂正すると、ブロウは意外そうな声を上げた。
「え、恋人じゃないんだ」
ブロウは首を傾げ、私に言った。
「そんな感じの関係だと思ってたんだけどな」
「何故そう思う?」
「ドライでクールなレビィが執着してたら、普通そう思うだろ」
「私はドライでクールなのか」
「だってさ、レビィって人に何か相談したりしないだろ?」
確かに、私が誰かに何かを尋ねることはほとんどない。
こうして会話をするときは別だが、わざわざ尋ねに赴いたりはしない。
「相談することはなくとも、相談は聞いていた。特に、お前の愚痴は聞いてやっただろう。お前が失恋するたびに、何時間も」
「うん、まあ、えっと、その節はその、非常にお世話になりました……いや、でもさ、慰めてはくれなかったじゃん。めっちゃ冷たかったじゃん」
「どう言えば良かったと? お前はいつもいつも同じパターンで失恋し、同じようなパターンで落ち込み、同じようなパターンで回復する。私の反応も同じようなものになるに決まっているだろう」
「ぐうの音も出ねぇ……」
ブロウはそう言って笑った。
やはりブロウは、四年の時を経て少し変わったように見える。
それは時間の経過による成長及び老化というよりは、実験体5924と共に過ごした時間によるものなのかもしれない。
私がアインと過ごして変わったのと同じように。
そしてブロウは、以前よりは怯えていないように見えた。
これが成長というものなのだろうか。
「……ブロウ、私はお前にも悪いことをしたと思っている」
「え? 何、いいよ別に、レビィが俺に対して塩対応なのは今に始まったことじゃないし」
「違う。お前は、失望しただろうと思った」
「失望?」
「ああ。お前は私が消えることを一番喜んだだろう。生きて帰ってきて、さぞかし失望したことだろう。……遺書は読んだか?」
「あ、えっと? 遺書? ああ、うん、読んだよ」
ルシファーとジャックには、直接直筆の手紙を送ったのだが、ブロウに対してだけは、神に捧げるべく全身を滅多刺しにしたその血で、ついでに書いた。
やってる途中で思い出したのだ。
ああ、そういえばこの子供は絶対に自分だけ忘れられたことを根に持つに違いない、と。
いや、別に完全に忘れていたわけではない。
ただ没交渉だったルシファーとジャックとは違い、ブロウとは日常的に顔を合わせる関係だったし、それに何より、何を書けばいいのかなかなか思いつかず、後回しにしていたという節もある。
確かに生理的に嫌いだが、ずっと家族として育って来た。
弟のような存在だ。私なりに可愛がっていた。
意識が朦朧としていたのもあって何を書いたのかいまいち覚えていないが、私を最も恨んでいたブロウのこと、血で染まった手紙をさぞかし喜んでくれただろう。
「嬉しかったか」
「えっ? 何が?」
「嬉しかったか、手紙を見て。お前はああいうのが好きだろう」
「えっと、遺書のこと? ああ、まあそりゃ、一応俺のこと覚えててくれたんだなって、それは嬉しかったよ。でもレビィが死んだのは、俺、それなりに衝撃受けたっていうか……結構落ち込んだよ」
「嘘を言うな。殺してやろうか」
「嘘じゃねーよ、殺さないで。俺、嘘つくの苦手なんだって、知ってるだろ?」
ああ、そういえばそうだったと私は思い出す。
異常に挙動不審になるんだった。
ただでさえ不審人物だというのに。
「……お前、私が死んで悲しかったのか?」
「そんな信じられないようなものを見る目で俺を見ないでよレビィ。なんでそんな顔されなきゃいけないの? 俺、レビィのこと好きだよ。死んだら悲しいに決まってるだろ」
「お前は年中死にたいと喚いているのにか? その原因の半分くらいは私にあるだろう」
「えっ、いや、そんなことねーよ。だって俺、レビィのことは本当に好きなんだよ。そりゃ、メンタルに悪影響を与えることもあるけどさ、それでもレビィは俺の面倒見てくれてたじゃん。それなりに俺、レビィと喋るのも楽しいし……俺もごめんね、レビィ」
「いい。謝るな。許せない」
「許さなくてもいいから聞いて。俺さ、あのね、レビィ……俺、ごめん、レビィが苦しんでるのに、気づけなくて」
私はブロウの顔を見る。
急にどうしたのだろうか、この子は。何かあったのか。
「私は苦しんでいたことはない」
「苦しんでただろ、だって、死を選ぶくらい」
「私は苦痛から逃避するために死を選んだのではない。ルシファーの役に立つ、その手段として死を選んだんだ。結局、それは叶わなかったが」
「苦しんでたんだよ、そんなの当たり前だろ。自分から死を選ぶような精神状態は、本人がどう言おうと『苦しんでた』ってことなんだよ」
ブロウはらしくないことを言って、それから私の手首を掴み、首を傾げた。
「なあ、俺、その、あんまり頼りないかもしれないけど、話くらいは、聞くよ?」
「……」
ブロウにすら気を遣われているらしいことで、私はようやく事態の異常性を理解した。
一体、私をなんだと思っているのか。
私は犯罪者だ、糾弾されこそすれ、こんな風に腫れ物に触るような扱いをされる覚えはない。
「……何をそんなに恐れてる?」
「えっ?」
「何を恐れているんだ。私がルシファーに害を為すようなことをすると思うか」
「レビィはどうして全部の物事をルシー基準で考えるんだよ」
「この国の民であるなら、そうであるべきだろう」
「えー、ルシーはあんま喜ばねーよ? ルシーはレビィのこと大事に思ってんのに」
そうだ、だからこそなのだ。
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