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#3 試練

23 分かんない

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 予定通り、夕暮れには目を覚ますことができた。
 少し興味が湧いて、私は慎重に別荘に近づいた。

「あはははは、んだよブライド、お前……」
「声が大きいです!」

 楽しそうな笑い声が聞こえる。

 そうか、そういえばブロウは実験体5924にブライドと名付けて呼んでいた。
 思ったより上手くいっているらしい。

 私が大陸を去ってからずっと付き合っているのか、交際していない期間があるのか、それは分からないが、それなりの時間二人は付き合っているのだろう。


「……」

 夕闇に紛れて、私は街に降りた。
 夜が始まる時間だ、男が酒屋で騒いでいる。

 私は、持って来たものをいくつか売ってから、その金を使って酒場に入った。
 もちろん、情報収集のためだ。


「……少し話さないか?」

 一人で飲んでいた男に近づき、私はその顔を覗き込む。
 私は努めてその顔を正面から見つめて考えたが、やはり表情が読めなかった。

 アインに対してはそんなことはなかったから、彼女と一緒に居るうちに読めるようになったのかもしれないと少し期待したのだが、そういう訳ではないらしい。

 人の表情が読めない。私の欠点だ。


「よお、旅の人か?」
「ああ。人を探してるんだ」

 正直、人と話すのは苦手だ。

 人の感情が読めないので、いつも相手を逆撫でしてしまう。
 立場が下の人間に対しては委縮させてしまう。

 しかし、アインを探すためだ。私は相手の男の顔を見る。


「なんだ、女か?」
「ああ、そうだな。女だ」
「そうかそうか。アンタ、色男だもんなぁ」

 男は大きく頷き、そう言った。

 色男、私が? どうだろう。あまりそういう風には思わないが。
 というか私の容姿と、私がアインを探していることに何の関係があるんだ?

 いや、そうか。色男というのは、容姿が優れているという他に色恋を好むという意味もあった。

 その意味を内包するということであれば、私がアインという女性を探していることは、色恋を好む男だという点において自然な行動だと言いたいのだろう。

 ……余計なことを考えすぎた。


「そういうことなら俺より、そこの子供らの方が詳しいんじゃねーか」

 そういうことをグルグル考えていると、男がそう言った。

 人と会話するときに深いことを考えていてはいけない、もっと表面で会話しないと。


「……子供ら?」
「そこで給仕をやってるだろ? おい、旅人さんがお前らと話したがってるぜ」

 私が振り返ると、そこには三人の子供達がいた。

 子供とはいえ、給仕を手伝っているだけあって一番幼い子でもルシファーより年上に見えた。


「お客さん、旅人さんなのかよ!」
「すごいね!」

 兄とみられる子供が私の右に、そしてその妹とみられる子供が私の左に、ひたりと張り付く。
 私は思わず身を引きそうになった。

 子供と話すのは人と話す中でもさらに苦手だ。絶対に泣かせる。
 子供でもないブロウがいつも号泣しているので間違いない。

「お客さん、どこから来たの?」
「……遠く、だな」

 私はなるべく慎重に、注意深くそう言った。

「すごいなあ、俺たちこの街から出たことないんだ、だから外のことを教えてくれよ!」
「もちろん、聖都には行ったことあるんだよねっ? あのお方に会ったことある?」
「ああ、そうだな……」
「俺さ、大きくなったら聖都に行って護衛軍に入るんだ!」

 私はそこで初めて、その少年に興味を持った。

 彼は笑って私を見つめ、キラキラとした目をしていた。
 ように思った。


「護衛軍に入りたいのか」
「そーだよ! 俺、毎日トックンしてんだ!」
「あぁ、そうか……」
「どんな感じ? やっぱりすげー強いの?」
「強いな。しかしそれ以上に頭が切れる。使徒に仕える軍人は、いつも志高く居なければならない……理想を貫き、現実を生きるのが軍人だ。ましてや聖都勤務ともなれば、腕っぷしだけではやっていけない。よく学び、努力しなければな」

「げ……兄さんって、姉さんみたいなことを言うんだな……俺は剣の方が好きなんだけど」
「使徒直属の護衛隊は、みな聖典を諳んじる。恐ろしく頭が切れるぞ」
「ひえっ! あの分厚い聖典を?」

「そうだな、まあ、それは聖都勤務の軍人に限らんが。読んでみたか?」
「うーん……途中までは……」
「嘘つき! お兄ちゃん、誕生日にもらった聖典、一回も開いてないんだよ!」
「おいこら、言うんじゃねえ!」
「ねえ、ねえ、旅人さん! アタシは読んだよ! 偉いでしょ!」
「ああ、そうだな……今いくつだ?」
「アタシ? 五歳だよ!」
「……そうか。偉いな」

 その年で聖典に興味を持つとは、なかなか将来有望な子だ。
 言葉も早い。

「ねえ、ねえ、アタシたちとお話したいってホント?」

 その有望な子は、私の服を小さな手で掴んでそう言った。

「……ああ」

 私は答えてから、少し考えた。


「人を探していてな。その人のことを聞きたい」
「人探し?」
「ならアタシが教えてあげる!」
「……」

 少女の明朗な声を聞きながら、私は曖昧にああと頷く。

 傭兵団に連れ去られたアインが、こんな酒場で呑気に酒を飲んでいるとは到底思えなかったが。


「……私が彼女を探していることを内緒にできるか?」
「うん、分かった!」
「分かった!」

 いまいち信用できないが、私は別に、見つかるなら見つかってもいいと思っていた。

 ジャックに捕まるのは最悪だが、私に接触して来るのであれば、向こうの差し出した刃先を掴んで奈落に引きずり落とすくらいのことはできるだろう。


「……茶髪の女だ。髪は長い。年齢は私と同じくらいで、猫のような目をしている。かなりの美人だが、不愛想な性格だ」

「うーん、美人さん、うーん、うーん」
「……恐らくここには来ていないと思う」

 頭を捻らせて、右へ左へ首を傾ける少女に、私は助け舟を出した。

 やはりそう簡単に、情報は得られないだろう。
 無闇に人に色々尋ねることに、意味があるのかどうか分からない。


「……それより、お前は興味はないのか」
「なぁに?」
「聖都で働こうとは思わないのか。兄のように軍に入るのは難しくとも、司祭には憧れないか」
「どうして?」
「どうして、って……あの方の役に立ちたくはないか?」

 少女は首を傾げ、笑顔を浮かべた。

「分かんない!」

 私にも分からなかった。

 何故少女にそう尋ねたのか。
 何故私が強迫的なまでにそう思っていたのか。


「……そうか、分からないか」

 六十一日目。既に手遅れなのではないかと、私は感じていた。
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