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#1 幼い子供
04 暇つぶし
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僕が完全に問題なく体を起こせるようになるのに、またかなりの時間がかかった。
アインは、たまに家を空ける以外は、ほとんどずっと僕と同じ部屋にいた。
元からそうやって家の中にいることが多いのか、それとも僕のせいでそれを強いられているのか、それは分からない。
「ねえ、アイン」
「何」
「僕、眠りたい。薬が欲しい」
起きていると、不安になる。
僕は既に「何も考えたくない」という現実逃避的な考えを抱いていた。
目の見えないアインは、本の一冊も所持していない。
だから暇で仕方がない。
そして不本意に暇な人間は、大抵後ろ向きになる。
退屈な時、人は誰だって落ち込むものだ。
「眠気がないなら、起きてれば」
「嫌だ」
「なんで? 夢の中に恋人でもいるの?」
アインは、たまに僕を茶化すようなことを言う。
淡々としていて感情がないように聞こえるけど、実はそうでもないことを、僕は既に知っていた。
だからその冗談に、いつもみたいに笑っても良かったけど、今日はそういう気分にはなれなかった。
「……夢の中に、恋人がいるんじゃないよ。僕の頭の中に、悪魔がいるんだ。眠らないと、色々考えちゃう。良くないことを。それが辛いから、眠りたいんだ」
「考えないようにすればいいよ」
「それができるなら、僕だってこんなこと頼まないよ!」
大きい声を上げたら、傷が痛んだ。
僕は自分の気持ちが分かってもらえないのとその痛みとに挟まれて、泣きそうになった。
「悪かった、ごめん」
アインはそう言って、僕に近寄ってきて、僕の頭を撫でてくれた。
彼女はよくこうやって、僕の頭を撫でる。子供にするみたいに。
「アンタの体を考えると、睡眠薬はあまり使わない方がいい。アンタはこれ以上眠るべきじゃない」
「どうして? 僕はじゃあ、どうすればいいの? 何も考えたくないんだ、僕……苦しいよ」
「何を考えるの?」
「……色々だよ」
「それなら、それを聞かせて」
「話したって無駄だよ。解決できることじゃない」
「少しは気が紛れるでしょ。ただの暇潰し。一人で悶々としてるよりは、いくらかマシでしょ」
アインはそう言って、僕の頭の横あたりに椅子を持って来て座った。
僕はそんな彼女を横目で見てから、もう一度天井を見た。
「僕はどこから来たのか、どこで生まれたのか、どうしてここにいるのか。答えのない、疑問だよ。僕はここにいていいのかとか、そもそも僕ってどうして生きてるんだろうとか、大体、僕って生きてる意味あるのかな、とか……」
それは、本当にどうしようもない問いだった。
答えなんてない。考えるだけ時間の無駄……けどそんな時間が、今の僕にはたっぷりあった。不本意にも。
「だって僕は、ずっとこうしてただベッドの上でずっと寝そべってるだけで、傷は深すぎて治るかどうかも分からないよ 。欠かさずに痛み止めを飲まなきゃ、息もできない。それにもし傷が治っても、僕が何の役に立つって言うの。だって僕、何もできないよ。自分の名前の一つも思い出せないのに……」
僕はようやく上手にできるようになった寝返りを打って、膝を丸め込んだ。
若干の痛みが走るが、少し自傷的な快感を抱くくらいには、症状は回復していて、悪化していた。
「アンタはそれが辛いの?」
「……アインには分からないと思うよ」
「そうだね、アタシはアンタじゃないし」
アインはそう言って、また僕の頭を撫でた。安心させるように。
「でも、アンタに寄り添ってあげたいとは思うよ」
「どうして? 僕は何の役にも立たないのに?」
「アンタの価値は、役に立つことじゃないよ」
アインはそう言って、立ち上がった。
僕は体を反転させて、彼女の方を見た。
アインは部屋の棚を弄って、何かを取り出して来た。
彼女はまたこちらに歩いてきて、それを僕に見せた。
「アンタはこれと同じ」
僕が見る限り、それは木製の短剣のようだった。
キラキラした宝石で、綺麗な装飾が施されていて、刃のところには何か文字のようなものが刻んであった。
「短剣?」
「そうだよ。昔、アタシの父さんからの、母さんへのプレゼント」
アインはそれを指の腹で撫でて、刻まれた文字に触れた。
そして少し顔を歪ませてから、その剣を再び棚の上に戻す。
「木製の短剣なんて、何も切れない。何の意味もないものだよ。アンタの言葉を借りるなら、『何の役にも立たない』。それでもアタシはこの剣を大切にしてる。こうやって失くさないように、棚に置いてる」
「……僕は、この短剣と同じってこと?」
「アタシにとってはね。アンタは役に立っても立たなくても、アタシにとっては大切だし、価値がある。失くしたら二度と手に入らない。まあ別に、アタシはアンタを所有してるつもりはないけど」
アインはそう言って、再び僕を振り返った。
「どう、少しは気が紛れた?」
「……うん。ありがとう」
「どういたしまして」
アインはまた同じように椅子に座って、また僕のことを見守る。
僕は彼女を見つめ返す。
長い茶髪は、大きくて長い、一本の三つ編みの形で肩に流れている。
そんな彼女を、僕は美しいと思った。
アインは、たまに家を空ける以外は、ほとんどずっと僕と同じ部屋にいた。
元からそうやって家の中にいることが多いのか、それとも僕のせいでそれを強いられているのか、それは分からない。
「ねえ、アイン」
「何」
「僕、眠りたい。薬が欲しい」
起きていると、不安になる。
僕は既に「何も考えたくない」という現実逃避的な考えを抱いていた。
目の見えないアインは、本の一冊も所持していない。
だから暇で仕方がない。
そして不本意に暇な人間は、大抵後ろ向きになる。
退屈な時、人は誰だって落ち込むものだ。
「眠気がないなら、起きてれば」
「嫌だ」
「なんで? 夢の中に恋人でもいるの?」
アインは、たまに僕を茶化すようなことを言う。
淡々としていて感情がないように聞こえるけど、実はそうでもないことを、僕は既に知っていた。
だからその冗談に、いつもみたいに笑っても良かったけど、今日はそういう気分にはなれなかった。
「……夢の中に、恋人がいるんじゃないよ。僕の頭の中に、悪魔がいるんだ。眠らないと、色々考えちゃう。良くないことを。それが辛いから、眠りたいんだ」
「考えないようにすればいいよ」
「それができるなら、僕だってこんなこと頼まないよ!」
大きい声を上げたら、傷が痛んだ。
僕は自分の気持ちが分かってもらえないのとその痛みとに挟まれて、泣きそうになった。
「悪かった、ごめん」
アインはそう言って、僕に近寄ってきて、僕の頭を撫でてくれた。
彼女はよくこうやって、僕の頭を撫でる。子供にするみたいに。
「アンタの体を考えると、睡眠薬はあまり使わない方がいい。アンタはこれ以上眠るべきじゃない」
「どうして? 僕はじゃあ、どうすればいいの? 何も考えたくないんだ、僕……苦しいよ」
「何を考えるの?」
「……色々だよ」
「それなら、それを聞かせて」
「話したって無駄だよ。解決できることじゃない」
「少しは気が紛れるでしょ。ただの暇潰し。一人で悶々としてるよりは、いくらかマシでしょ」
アインはそう言って、僕の頭の横あたりに椅子を持って来て座った。
僕はそんな彼女を横目で見てから、もう一度天井を見た。
「僕はどこから来たのか、どこで生まれたのか、どうしてここにいるのか。答えのない、疑問だよ。僕はここにいていいのかとか、そもそも僕ってどうして生きてるんだろうとか、大体、僕って生きてる意味あるのかな、とか……」
それは、本当にどうしようもない問いだった。
答えなんてない。考えるだけ時間の無駄……けどそんな時間が、今の僕にはたっぷりあった。不本意にも。
「だって僕は、ずっとこうしてただベッドの上でずっと寝そべってるだけで、傷は深すぎて治るかどうかも分からないよ 。欠かさずに痛み止めを飲まなきゃ、息もできない。それにもし傷が治っても、僕が何の役に立つって言うの。だって僕、何もできないよ。自分の名前の一つも思い出せないのに……」
僕はようやく上手にできるようになった寝返りを打って、膝を丸め込んだ。
若干の痛みが走るが、少し自傷的な快感を抱くくらいには、症状は回復していて、悪化していた。
「アンタはそれが辛いの?」
「……アインには分からないと思うよ」
「そうだね、アタシはアンタじゃないし」
アインはそう言って、また僕の頭を撫でた。安心させるように。
「でも、アンタに寄り添ってあげたいとは思うよ」
「どうして? 僕は何の役にも立たないのに?」
「アンタの価値は、役に立つことじゃないよ」
アインはそう言って、立ち上がった。
僕は体を反転させて、彼女の方を見た。
アインは部屋の棚を弄って、何かを取り出して来た。
彼女はまたこちらに歩いてきて、それを僕に見せた。
「アンタはこれと同じ」
僕が見る限り、それは木製の短剣のようだった。
キラキラした宝石で、綺麗な装飾が施されていて、刃のところには何か文字のようなものが刻んであった。
「短剣?」
「そうだよ。昔、アタシの父さんからの、母さんへのプレゼント」
アインはそれを指の腹で撫でて、刻まれた文字に触れた。
そして少し顔を歪ませてから、その剣を再び棚の上に戻す。
「木製の短剣なんて、何も切れない。何の意味もないものだよ。アンタの言葉を借りるなら、『何の役にも立たない』。それでもアタシはこの剣を大切にしてる。こうやって失くさないように、棚に置いてる」
「……僕は、この短剣と同じってこと?」
「アタシにとってはね。アンタは役に立っても立たなくても、アタシにとっては大切だし、価値がある。失くしたら二度と手に入らない。まあ別に、アタシはアンタを所有してるつもりはないけど」
アインはそう言って、再び僕を振り返った。
「どう、少しは気が紛れた?」
「……うん。ありがとう」
「どういたしまして」
アインはまた同じように椅子に座って、また僕のことを見守る。
僕は彼女を見つめ返す。
長い茶髪は、大きくて長い、一本の三つ編みの形で肩に流れている。
そんな彼女を、僕は美しいと思った。
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