上 下
48 / 51
#5 海と島人

47 役目、その程度なのか

しおりを挟む
 ルシファー様の仰った通り、彼の周りにはちらちらと女性の影がチラつくようになった。
 彼はそれに全く興味を示さないのだけれど、お見合い案内は頻繁に送られてくるらしい。

「貴族なんだってさ、お前と同じ名前の奴がいたぜ」

 彼は彼女らの姿見をカードコレクションか何かと勘違いしているらしく、たまにその写真を私に見せて来る。
 それだけその気がないということなのだろう。

「ゼノ・ブライドだって。どことなく顔つきもお前に似てるよな」
「私はこんなに鋭い目をしていますか?」

「初めて会ったときはこんな感じだったよ? この世の全てを憎んでるみたいな」

 つまり貴方は、この世の全てを憎んでるみたいな顔の私に惚れたということですよねと思いつつ、私はその写真を彼に返した。

「いい方がいらしたら、ご結婚なさるんですか?」
「いい方なんていねーよ。ルシーに頼まれたらって感じだな。その時はするよ。ルシーの役に立つのは、俺の役目だからな」

 どうせすぐ破談になるだろうけど、と彼はなんでもないことのように言う。
 離婚が認められないこの国で、彼の伴侶は何度か書類上で殺されているらしい。

「それに縁談が来たとしてもお前のことはちゃんとするからさ、安心しろよ。まあ、お前はしっかりしてるから、俺が手助けする必要もないだろうけどさ」

 私はあくまで彼の手伝いではあるけれど、確かに独り立ちできる程度には仕事に慣れていた。

 それでも私は首を振る。

「貴方のココアが飲めなくなるのは嫌です」

 静かに呟いて、タイプライターをかたかたと打ち込む。

 彼は笑った。

「ココアくらい、今のお前の稼ぎならハウスメイドとか雇って淹れてもらえばいいだろ?」
「貴方でなければ意味がありません」
「あはは、可愛い」

 彼は嬉しそうにして、また私のことを抱きしめた。
 私は不可抗力でキーを打つ手を止めて、彼を見上げた。

 出会った頃に比べると、彼は健康的に安定して、一層魅力的になったような気がする。

 きっと次の伴侶は、書類上で不審死を遂げるようなことにはならない。

「ルシファー様は、貴方の意思を尊重されると仰います。貴方はどうされたいんですか、もしルシファー様が好きにしていいと仰るなら」
「そりゃ俺は、お前とずっとこうしてたいさ。朝起きて、お前がいて、一緒に仕事場行って、一緒に飯食って、また仕事して、帰ってきて夕飯食って、イチャイチャして寝る」
「……」

 彼は現状に満足しているのだと思う。
 これ未満を望まないのと同じくらいに、これ以上も望んでいない。

 私は、「私も同じですよ」と言って再びタイプライターに視線を戻した。

 彼は至極嬉しそうにしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...