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#5 海と島人
44 落石、相手にしない
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行きは空路だったけれど、帰りは陸路だ。
そしてありがたいことに普通の速度だった。
私とブロウ、そしてアインさんは同じ馬車に乗せられた。
さっきまで所長様もいたはずなんだけど。
「あの、アインさん。所長様はどちらにいらっしゃるんですか?」
「レビィのことなら、なんか兄弟に捕まってた」
「ジャックさん……!」
ブロウは頭を抱えて呻いていた。
何故かは知らない。
割といつものことだ。
アインさんはブロウのことが嫌いらしく、彼女はそんな彼のことを嫌そうに見ていた。
何故かは分からない。
「アインさん、その、私、アインさんとたくさんお話してみたかったんです」
「アタシと?」
「はい。その、アインさんってとてもお綺麗ですよね。私、一目見た時からずっと素敵な方だなって思っていたんです」
「あんまり言われたことないけど」
「私、とてもお綺麗な方だなって、その……お友達になりたいなって思うんですけれど、その……いいですか?」
「いいって?」
「お、お友達に……なってほしいです」
「別にいいよ」
「ほ、本当ですか!」
「うん。ブライドだっけ」
「はい、ブライドです!」
思わず顔が綻び、私は口元を隠した。
彼女はそんな私を無表情に見て、「アンタって可愛い子だね」と言う。
彼女は仏頂面だ。
「いいよ、アンタはアタシの可愛い友達」
「嬉しいです! 私、初めてのお友達がこんなに素敵な方だなんて」
「え? アンタ友達いないの?」
「はい、いません」
アインさんはチラッとブロウを方を見て、それから再び私を見て「苦労してるね」と言う。
何故そうなのかはよく分からない。
「アタシもアンタと友達になれて嬉しい。大陸には知り合いがいない」
「大陸?」
「そう。アタシ、結界の境界にある島にいたから」
「島ですか! 知っていますよ、見たことはありませんが……」
「内陸の人間には縁がない。アタシも内陸に縁ないし」
「でも、私には縁ができました」
私はうきうきしながら、ふふふと笑ってそう言った。
アインさんは長い茶髪で、それが一つの大きな三つ編みに纏められている。
それを肩から前に流していて、どこか妖しいような雰囲気もある。
「ブライド、お前俺といるときよりもテンション高くないか? ちょっと傷つくんだけど」
「因果応報」
「ブロウも思いませんか? アインさんってとっても素敵ですよね!」
「俺はアインさんアインさん言ってはしゃいでるお前が可愛くて仕方ないんだけど」
「アインさん、その島には何があるんですか?」
「……なんでもあるよ。森も、泉も、川も、海も。」
アインさんは、ふと馬車の窓の外を見た。
がらがらと車輪の跳ねる音にかき消されそうなほど声は静かなのに、かき消されることもなく遠く響いた。
「あとはアタシの家と、墓と、廃墟」
「素敵なところですね」
「……遊びに来るくらいならね。別に、アタシは気に入ってたけど」
アインさんは小さく息をつく。
「ところで、アンタはなんでこの男と付き合ってるの?」
「彼はとても素敵な方で、ココアを淹れるのがとても上手なんです」
「ココア?」
「はい! とても美味しいですよ!」
「なあブライド、俺のことも構ってくれない?」
「アインさんはどうしてブロウのことがお嫌いなんですか?」
「ねえブライド、ブライド構ってくれないかな。俺寂しいんだけど」
「こういうところがあるからね」
アインさんは黙り込んで、それから一度天井を向いて、私に抱きついている彼に目をやって、そして私を見た。
「アンタって意外とまともじゃないんだね」
「そうですか?」
「うん。ちょっとこっち来て動かないでね」
「はい」
私は彼女に従い、彼女の隣の、空いた席に座った。
「どうしたんです?」
私がわけを尋ねようとしたとき、さっきまで私がいたところの天井がベコンと音を立てて大きく凹んだ。
そのすぐ隣で、ブロウが悲鳴を上げて蹲る。
「ぎゃああああああああああ! 何だよこれ!」
「落石」
「どうしたんですかブロウ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですかじゃないだろ、なんでそんな冷静なんだよ!」
「実害はないじゃないですか」
「なんでお前は、自分の被害に対してそんなに鈍感なんだよ! 死ぬとこだったぞお前!」
「敏感だったらアンタと一緒に生活するわけないでしょ」
アインさんは一度私を見て、それからくいと首を傾げた。
猫のような瞳は、酷く暗く見えた。
そしてありがたいことに普通の速度だった。
私とブロウ、そしてアインさんは同じ馬車に乗せられた。
さっきまで所長様もいたはずなんだけど。
「あの、アインさん。所長様はどちらにいらっしゃるんですか?」
「レビィのことなら、なんか兄弟に捕まってた」
「ジャックさん……!」
ブロウは頭を抱えて呻いていた。
何故かは知らない。
割といつものことだ。
アインさんはブロウのことが嫌いらしく、彼女はそんな彼のことを嫌そうに見ていた。
何故かは分からない。
「アインさん、その、私、アインさんとたくさんお話してみたかったんです」
「アタシと?」
「はい。その、アインさんってとてもお綺麗ですよね。私、一目見た時からずっと素敵な方だなって思っていたんです」
「あんまり言われたことないけど」
「私、とてもお綺麗な方だなって、その……お友達になりたいなって思うんですけれど、その……いいですか?」
「いいって?」
「お、お友達に……なってほしいです」
「別にいいよ」
「ほ、本当ですか!」
「うん。ブライドだっけ」
「はい、ブライドです!」
思わず顔が綻び、私は口元を隠した。
彼女はそんな私を無表情に見て、「アンタって可愛い子だね」と言う。
彼女は仏頂面だ。
「いいよ、アンタはアタシの可愛い友達」
「嬉しいです! 私、初めてのお友達がこんなに素敵な方だなんて」
「え? アンタ友達いないの?」
「はい、いません」
アインさんはチラッとブロウを方を見て、それから再び私を見て「苦労してるね」と言う。
何故そうなのかはよく分からない。
「アタシもアンタと友達になれて嬉しい。大陸には知り合いがいない」
「大陸?」
「そう。アタシ、結界の境界にある島にいたから」
「島ですか! 知っていますよ、見たことはありませんが……」
「内陸の人間には縁がない。アタシも内陸に縁ないし」
「でも、私には縁ができました」
私はうきうきしながら、ふふふと笑ってそう言った。
アインさんは長い茶髪で、それが一つの大きな三つ編みに纏められている。
それを肩から前に流していて、どこか妖しいような雰囲気もある。
「ブライド、お前俺といるときよりもテンション高くないか? ちょっと傷つくんだけど」
「因果応報」
「ブロウも思いませんか? アインさんってとっても素敵ですよね!」
「俺はアインさんアインさん言ってはしゃいでるお前が可愛くて仕方ないんだけど」
「アインさん、その島には何があるんですか?」
「……なんでもあるよ。森も、泉も、川も、海も。」
アインさんは、ふと馬車の窓の外を見た。
がらがらと車輪の跳ねる音にかき消されそうなほど声は静かなのに、かき消されることもなく遠く響いた。
「あとはアタシの家と、墓と、廃墟」
「素敵なところですね」
「……遊びに来るくらいならね。別に、アタシは気に入ってたけど」
アインさんは小さく息をつく。
「ところで、アンタはなんでこの男と付き合ってるの?」
「彼はとても素敵な方で、ココアを淹れるのがとても上手なんです」
「ココア?」
「はい! とても美味しいですよ!」
「なあブライド、俺のことも構ってくれない?」
「アインさんはどうしてブロウのことがお嫌いなんですか?」
「ねえブライド、ブライド構ってくれないかな。俺寂しいんだけど」
「こういうところがあるからね」
アインさんは黙り込んで、それから一度天井を向いて、私に抱きついている彼に目をやって、そして私を見た。
「アンタって意外とまともじゃないんだね」
「そうですか?」
「うん。ちょっとこっち来て動かないでね」
「はい」
私は彼女に従い、彼女の隣の、空いた席に座った。
「どうしたんです?」
私がわけを尋ねようとしたとき、さっきまで私がいたところの天井がベコンと音を立てて大きく凹んだ。
そのすぐ隣で、ブロウが悲鳴を上げて蹲る。
「ぎゃああああああああああ! 何だよこれ!」
「落石」
「どうしたんですかブロウ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですかじゃないだろ、なんでそんな冷静なんだよ!」
「実害はないじゃないですか」
「なんでお前は、自分の被害に対してそんなに鈍感なんだよ! 死ぬとこだったぞお前!」
「敏感だったらアンタと一緒に生活するわけないでしょ」
アインさんは一度私を見て、それからくいと首を傾げた。
猫のような瞳は、酷く暗く見えた。
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