役立たずの雑用係は、用済みの実験体に恋をする。――神域結界の余り者

白夢

文字の大きさ
上 下
43 / 51
#5 海と島人

42 静寂、砕け散る

しおりを挟む
 八月七日。

 この地でもう三週間近く過ごす中で、私と彼は珍しく別行動を取っていた。

 私は別荘にいて、彼は料理の材料をまだ暗いうちに朝市に買いに出かけたのだ。

 何故わざわざ、作ってくれる方がいるのに買いに行くのだろう。
 料理が余程好きなんだと思うけれど、おかげでいつも食事を作ってくださる方の機嫌が悪い。

 いや、機嫌はいつも悪いけど……

「失礼します、警備の者ですが」
「どうかなさったんですか?」

 私はリビングでミサンガを編んでいた。
 コツを掴んでリズムに乗って編んでいて、長さが首飾りみたいになってしまい、どうやって誤魔化そうかと考えていたところ。

「先ほど総長様から言伝の方が届きまして、『ブロウは貰っていく。後ほど迎えを寄越すから基地に来い』とのことです」
「分かりました、ありがとうございます」

「では行きましょう」
「今からですか?」
「はい。言伝と一緒にご到着されたみたいで……」

 来ると言ったら何が何でも来るのが軍人さんの良いところでもあり、悪いところでもある。
 報告と連絡は来るのに相談が来ない。
 仕方ないのかもしれないけど、なるべくなら欲しいところだ。

 そして彼はどうやら泣いていた。

 色々あって彼と会えたのは結局夕刻近くで、そしてそのまま連れて来られたのはなんと基地内にある病院。
 もしかして彼に何かあったのかと思ったら、どうやら彼は看護に駆り出されただけだったらしい。

 私は待合室で彼と再会した。

「ジャック様がお怪我をなさったんですか?」
「うぐっ、うぇええ、よが、よがっだぁ、ああああ……」
「落ち着いてくださいブロウ」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃなブロウの顔を湿らせたタオルで拭くと、真っ赤に腫れた目が見えた。
 ちょっと可愛い。

「どうなさったんですか?」
「れびぃが、れびぃがいきてっ、いぎでだぁ……」
「えっと……」
「レビィがな、レビィが、レビィが生きてたんだ……怪我してるけど、無事だって……俺、嬉しくて……」

「レビィさん……所長様ですか?」
「うん、うん、俺ね、俺……俺本当に嬉しくて……」

 彼はぐずぐず泣きながら、私の腹部と胸部の間辺りに顔を埋める。
 私は彼の頭を撫でながら、こくこくと何度か頷いた。

「とても気にかけておられましたからね」
「うん……」

 彼から所長様のお話はそれほど聞いたことがあるわけでもない。
 失った家族のことをわざわざ掘り返して聞くのも悪いと思ったし、それを彼に忘れさせるのも私の役割だと思ったから。

 実際彼もそんなに話さなかったのだけど、実のところどうやら彼は所長様のことを相当好いていたらしい。

「俺さ、子供の時からさ、レビィは俺の憧れで、もう本当に好きで、色々酷いこともされたけど、初めて褒められたときは嬉しくて。今の俺があるのはレビィのおかげなんだ」

 ブロウは嬉しそうに顔を綻ばせて、私にそう言う。
 彼の幸せそうな顔を見ていると、私も自然に笑顔になった。

 そんな時、待合室のスライドドアがすごい勢いで開いた。
 その勢いで、ドアのガラス窓は粉々に砕け散って床に散らばる。すごい音だ。

「ブロウ! レビィが目を覚ましたぞ!」
「総長! ガラスが顔に!」
「うるさい退け! ほらブロウ、早く来い!」

 隣で止める軍人さんも押しのけて、ジャック様はブロウに掴みかかり、ぐわんぐわんと揺らした。

「うっぷ、じゃ、ジャックさん、ブライドもいるんだから……」

 多分衝撃で酔っているらしいブロウは、弱弱しくジャック様の手首を掴む。

「私のことはお気になさらず、行って差し上げて下さい。私はここでお待ちしています」
「ああ、う、うん……そっか。ありがとブライド、行ってくるよ」

 彼はそう言って、ジャック様に引きずられて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...