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#5 海と島人
42 静寂、砕け散る
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八月七日。
この地でもう三週間近く過ごす中で、私と彼は珍しく別行動を取っていた。
私は別荘にいて、彼は料理の材料をまだ暗いうちに朝市に買いに出かけたのだ。
何故わざわざ、作ってくれる方がいるのに買いに行くのだろう。
料理が余程好きなんだと思うけれど、おかげでいつも食事を作ってくださる方の機嫌が悪い。
いや、機嫌はいつも悪いけど……
「失礼します、警備の者ですが」
「どうかなさったんですか?」
私はリビングでミサンガを編んでいた。
コツを掴んでリズムに乗って編んでいて、長さが首飾りみたいになってしまい、どうやって誤魔化そうかと考えていたところ。
「先ほど総長様から言伝の方が届きまして、『ブロウは貰っていく。後ほど迎えを寄越すから基地に来い』とのことです」
「分かりました、ありがとうございます」
「では行きましょう」
「今からですか?」
「はい。言伝と一緒にご到着されたみたいで……」
来ると言ったら何が何でも来るのが軍人さんの良いところでもあり、悪いところでもある。
報告と連絡は来るのに相談が来ない。
仕方ないのかもしれないけど、なるべくなら欲しいところだ。
そして彼はどうやら泣いていた。
色々あって彼と会えたのは結局夕刻近くで、そしてそのまま連れて来られたのはなんと基地内にある病院。
もしかして彼に何かあったのかと思ったら、どうやら彼は看護に駆り出されただけだったらしい。
私は待合室で彼と再会した。
「ジャック様がお怪我をなさったんですか?」
「うぐっ、うぇええ、よが、よがっだぁ、ああああ……」
「落ち着いてくださいブロウ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃなブロウの顔を湿らせたタオルで拭くと、真っ赤に腫れた目が見えた。
ちょっと可愛い。
「どうなさったんですか?」
「れびぃが、れびぃがいきてっ、いぎでだぁ……」
「えっと……」
「レビィがな、レビィが、レビィが生きてたんだ……怪我してるけど、無事だって……俺、嬉しくて……」
「レビィさん……所長様ですか?」
「うん、うん、俺ね、俺……俺本当に嬉しくて……」
彼はぐずぐず泣きながら、私の腹部と胸部の間辺りに顔を埋める。
私は彼の頭を撫でながら、こくこくと何度か頷いた。
「とても気にかけておられましたからね」
「うん……」
彼から所長様のお話はそれほど聞いたことがあるわけでもない。
失った家族のことをわざわざ掘り返して聞くのも悪いと思ったし、それを彼に忘れさせるのも私の役割だと思ったから。
実際彼もそんなに話さなかったのだけど、実のところどうやら彼は所長様のことを相当好いていたらしい。
「俺さ、子供の時からさ、レビィは俺の憧れで、もう本当に好きで、色々酷いこともされたけど、初めて褒められたときは嬉しくて。今の俺があるのはレビィのおかげなんだ」
ブロウは嬉しそうに顔を綻ばせて、私にそう言う。
彼の幸せそうな顔を見ていると、私も自然に笑顔になった。
そんな時、待合室のスライドドアがすごい勢いで開いた。
その勢いで、ドアのガラス窓は粉々に砕け散って床に散らばる。すごい音だ。
「ブロウ! レビィが目を覚ましたぞ!」
「総長! ガラスが顔に!」
「うるさい退け! ほらブロウ、早く来い!」
隣で止める軍人さんも押しのけて、ジャック様はブロウに掴みかかり、ぐわんぐわんと揺らした。
「うっぷ、じゃ、ジャックさん、ブライドもいるんだから……」
多分衝撃で酔っているらしいブロウは、弱弱しくジャック様の手首を掴む。
「私のことはお気になさらず、行って差し上げて下さい。私はここでお待ちしています」
「ああ、う、うん……そっか。ありがとブライド、行ってくるよ」
彼はそう言って、ジャック様に引きずられて行った。
この地でもう三週間近く過ごす中で、私と彼は珍しく別行動を取っていた。
私は別荘にいて、彼は料理の材料をまだ暗いうちに朝市に買いに出かけたのだ。
何故わざわざ、作ってくれる方がいるのに買いに行くのだろう。
料理が余程好きなんだと思うけれど、おかげでいつも食事を作ってくださる方の機嫌が悪い。
いや、機嫌はいつも悪いけど……
「失礼します、警備の者ですが」
「どうかなさったんですか?」
私はリビングでミサンガを編んでいた。
コツを掴んでリズムに乗って編んでいて、長さが首飾りみたいになってしまい、どうやって誤魔化そうかと考えていたところ。
「先ほど総長様から言伝の方が届きまして、『ブロウは貰っていく。後ほど迎えを寄越すから基地に来い』とのことです」
「分かりました、ありがとうございます」
「では行きましょう」
「今からですか?」
「はい。言伝と一緒にご到着されたみたいで……」
来ると言ったら何が何でも来るのが軍人さんの良いところでもあり、悪いところでもある。
報告と連絡は来るのに相談が来ない。
仕方ないのかもしれないけど、なるべくなら欲しいところだ。
そして彼はどうやら泣いていた。
色々あって彼と会えたのは結局夕刻近くで、そしてそのまま連れて来られたのはなんと基地内にある病院。
もしかして彼に何かあったのかと思ったら、どうやら彼は看護に駆り出されただけだったらしい。
私は待合室で彼と再会した。
「ジャック様がお怪我をなさったんですか?」
「うぐっ、うぇええ、よが、よがっだぁ、ああああ……」
「落ち着いてくださいブロウ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃなブロウの顔を湿らせたタオルで拭くと、真っ赤に腫れた目が見えた。
ちょっと可愛い。
「どうなさったんですか?」
「れびぃが、れびぃがいきてっ、いぎでだぁ……」
「えっと……」
「レビィがな、レビィが、レビィが生きてたんだ……怪我してるけど、無事だって……俺、嬉しくて……」
「レビィさん……所長様ですか?」
「うん、うん、俺ね、俺……俺本当に嬉しくて……」
彼はぐずぐず泣きながら、私の腹部と胸部の間辺りに顔を埋める。
私は彼の頭を撫でながら、こくこくと何度か頷いた。
「とても気にかけておられましたからね」
「うん……」
彼から所長様のお話はそれほど聞いたことがあるわけでもない。
失った家族のことをわざわざ掘り返して聞くのも悪いと思ったし、それを彼に忘れさせるのも私の役割だと思ったから。
実際彼もそんなに話さなかったのだけど、実のところどうやら彼は所長様のことを相当好いていたらしい。
「俺さ、子供の時からさ、レビィは俺の憧れで、もう本当に好きで、色々酷いこともされたけど、初めて褒められたときは嬉しくて。今の俺があるのはレビィのおかげなんだ」
ブロウは嬉しそうに顔を綻ばせて、私にそう言う。
彼の幸せそうな顔を見ていると、私も自然に笑顔になった。
そんな時、待合室のスライドドアがすごい勢いで開いた。
その勢いで、ドアのガラス窓は粉々に砕け散って床に散らばる。すごい音だ。
「ブロウ! レビィが目を覚ましたぞ!」
「総長! ガラスが顔に!」
「うるさい退け! ほらブロウ、早く来い!」
隣で止める軍人さんも押しのけて、ジャック様はブロウに掴みかかり、ぐわんぐわんと揺らした。
「うっぷ、じゃ、ジャックさん、ブライドもいるんだから……」
多分衝撃で酔っているらしいブロウは、弱弱しくジャック様の手首を掴む。
「私のことはお気になさらず、行って差し上げて下さい。私はここでお待ちしています」
「ああ、う、うん……そっか。ありがとブライド、行ってくるよ」
彼はそう言って、ジャック様に引きずられて行った。
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