役立たずの雑用係は、用済みの実験体に恋をする。――神域結界の余り者

#2 部屋の中

18 濃霧に溺れている

　記憶は途切れ途切れで、霧の中で生活しているみたいな、雲の上を泳いでいるような、そんな浮遊感の中に俺はいた。

　傍目には完全に日常を取り戻していた。
　レビィの穴を埋めるように、ジャックさんは軍と研究所、両方の指揮を執るようになった。
　とはいえレビィの分業制はかなり上手くいっていて、ジャックさんは忙しすぎることもなく、概ね日常を取り戻したようだった。

　今思えば、レビィは自分が消えた後の準備をしていたのだと思う。
　立つ鳥跡を濁さず、レビィはどこまでも用意周到で、優秀で、とても……

　いや、レビィのことを考えるのはやめよう。

　ルシーのことは、よく知らない。
　自分でも意外なほどに俺は平静そのもので、いつもよりむしろ仕事の効率は上がったくらいだ。
　何しろもう監督者がいない故に残業もやりたい放題で、あんなに厳しかった納期があっさりと守れるようになった。
　作業量が増え、給料も増額された。

　朝はブライドの朝食と昼食を作ってから出勤し、夕方に一度帰って夕飯を摂り、再び出勤して仕事をこなす。
　日々の忙しさに救われながらも、俺は忘れることができなかった。
　いつもいつも、実体のない霧となって俺の頭の中をかき乱す。

　たまに気が狂いそうになる。
　ふと霧が全て水になって、俺は溺れそうになってしまう。
　でも水で濡れた頭は過剰に冷静で、俺はその狂気を深いところに放り込んで殺すことができた。