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#1 実験体
10 どんな会話でも楽しい
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さすがにココアばかりではどうかと思い、俺はレモネードを作った。
たまにはあっさりしたのもいいと思う。ココアはたしかに美味しいけど、水分補給には不向きだ。
中途半端に時間があったので、俺は手早く肉を焼いてパンに挟み、ハンバーガーを作って朝と同じように紙袋の中に入れた。
「半……ばーがー……あ、ハンバーガー。知っていますよ」
と、少し考えた後に彼女はそう言った。
「バンズと呼ばれるパンに、肉などの具材を挟んだものですね。サンドウィッチと似たようなものと認識しています」
「ごめんな、お腹空いてただろ?」
「ココアを飲んでいました。空腹ではありません」
彼女は、空になった水筒を俺に差し出した。
「お返しします」
俺はそれを手を伸ばし、受け取った。
否応なしに彼女の肌に指先が触れて、たぶん彼女はなんとも思わなかったんだろうけど、俺はドキドキする内心を隠すのに必死にならなければならなかった。
「……ところで、貴方は食べないんですか?」
「え? ああ……俺は別で食ってるから」
「そうですか」
彼女はつれなくそう言うが、俺は自分に興味を持たれてすごく嬉しかった。
心配とかしてくれたんだろうか?
いや、さすがにちょっと浮かれすぎか。
「……なんですか、にやにやして」
少し不審そうに言われたので、俺は慌てて口元を隠す。
にやついてたか?
俺、ポーカーフェイスは上手い方なはずなんだけど。
「いや……なんでもねーよ。気に入ってくれたなら良かった」
そう返すと、彼女は俺を一瞥してから少し視線を落とした。
それから少し迷うような沈黙があって、いつもとは違い俺を見ないようにしながら、独り言のように彼女は口を開く。
「私は、何人かの職員が私のことを幽霊だと思っていると聞いたことがあります。私はもう死んでいるんですか?」
「え? いや、そういうことはないはずだけど……それがどうかしたのか?」
「……貴方がそうしなくとも、私には近々処分が下されるだろうということです」
はぁと小さな嘆息が聞こえた。
「私はこの部屋より外の出来事には何ら興味関心がありませんでしたが、近頃は違いました。私は、部屋の外にあるスイッチの起動音を恐れて止みません」
口調は淡々としていて、言い終わってすぐに音を立てながら彼女はレタスを噛みちぎる。
何の感情も持たないみたいに言うけれど、どうやら死ぬのが怖いらしいと俺は思った。
「なあ、俺と一緒に暮らさないか?」
「既に申し上げましたが、私にはメリットがありません」
「俺はお前に料理を作るし、お前は柔らかいベッドで寝られる。それはメリットじゃないのか?」
「寝床には満足していますし、貴方は私にこうして食事を持って来て下さるじゃありませんか」
「それに、お前は俺以外に殺されない」
「……ええ」
「それはメリットだろ? お前は俺以外には殺されない。俺と一緒にいれば。そうだろ?」
「……そうですね。ええ。確かに、そう思いますよ。そして貴方は、私を殺すことはないでしょう」
ブライドは意外にも素直にそう肯定する。
しかし、彼女は最後の一口を胃の中に収めてから、嘲るように微笑んだ。
「しかし、貴方は私を捨てると思いますよ」
「……俺には、お前の言ってることがよく分からないんだけど」
その憫笑は俺に向けてというより、自分を嘲るような自嘲の笑みだった。
彼女の、自らを憎む一面を見たような気がした。
「この場所から出て貴方に身を任せれば、私は安全です。身体の安らぎを得るでしょう。その引き換えに、何を失うと思いますか? 精神の安らぎです」
彼女の言葉はとうとうと流れる雲のようだった。
絶えず変化し、指先は届かず空をきるばかりで、それなのにその本質は水だなんて、嘯いて見せる。
「お前は、俺がお前に何か強制すると思ってるのか? お前の思想とか、思考とか、そういうものを? 俺は別に、そんなつもりはないのに……俺はお前を自由にしてやりたいんだよ」
俺は天井を見ながら、スイッチ一つで容易く溶けるであろう彼女のことを思う。
マジでしんどいんだけど……
「毎日食べたいもの好きなだけ食べさせてやるよ? 閉じ込めたりもしないし、俺のことは気にしないで生活してくれればいいし」
「貴方は檻の扉を開けてくれるでしょう、ですが私に鍵を預けることを許しません。私は扉を施錠する権利を、失いたくないんです」
「俺は別にお前をどうこうしようとか思ってないからな?」
「嘘でしょう」
「……俺は嘘をつくのが下手なんだよ、そう言ったろ?」
それから、俺とブライドは同じような調子で小一時間言い合った。
ブライドは頑なだった。
俺は苦笑して時計を見ては、まあいいかと話を続ける。
たぶん彼女はそういうつもりじゃないんだろうけど、俺は彼女とこうして言葉を交わせるだけで楽しかった。
たまにはあっさりしたのもいいと思う。ココアはたしかに美味しいけど、水分補給には不向きだ。
中途半端に時間があったので、俺は手早く肉を焼いてパンに挟み、ハンバーガーを作って朝と同じように紙袋の中に入れた。
「半……ばーがー……あ、ハンバーガー。知っていますよ」
と、少し考えた後に彼女はそう言った。
「バンズと呼ばれるパンに、肉などの具材を挟んだものですね。サンドウィッチと似たようなものと認識しています」
「ごめんな、お腹空いてただろ?」
「ココアを飲んでいました。空腹ではありません」
彼女は、空になった水筒を俺に差し出した。
「お返しします」
俺はそれを手を伸ばし、受け取った。
否応なしに彼女の肌に指先が触れて、たぶん彼女はなんとも思わなかったんだろうけど、俺はドキドキする内心を隠すのに必死にならなければならなかった。
「……ところで、貴方は食べないんですか?」
「え? ああ……俺は別で食ってるから」
「そうですか」
彼女はつれなくそう言うが、俺は自分に興味を持たれてすごく嬉しかった。
心配とかしてくれたんだろうか?
いや、さすがにちょっと浮かれすぎか。
「……なんですか、にやにやして」
少し不審そうに言われたので、俺は慌てて口元を隠す。
にやついてたか?
俺、ポーカーフェイスは上手い方なはずなんだけど。
「いや……なんでもねーよ。気に入ってくれたなら良かった」
そう返すと、彼女は俺を一瞥してから少し視線を落とした。
それから少し迷うような沈黙があって、いつもとは違い俺を見ないようにしながら、独り言のように彼女は口を開く。
「私は、何人かの職員が私のことを幽霊だと思っていると聞いたことがあります。私はもう死んでいるんですか?」
「え? いや、そういうことはないはずだけど……それがどうかしたのか?」
「……貴方がそうしなくとも、私には近々処分が下されるだろうということです」
はぁと小さな嘆息が聞こえた。
「私はこの部屋より外の出来事には何ら興味関心がありませんでしたが、近頃は違いました。私は、部屋の外にあるスイッチの起動音を恐れて止みません」
口調は淡々としていて、言い終わってすぐに音を立てながら彼女はレタスを噛みちぎる。
何の感情も持たないみたいに言うけれど、どうやら死ぬのが怖いらしいと俺は思った。
「なあ、俺と一緒に暮らさないか?」
「既に申し上げましたが、私にはメリットがありません」
「俺はお前に料理を作るし、お前は柔らかいベッドで寝られる。それはメリットじゃないのか?」
「寝床には満足していますし、貴方は私にこうして食事を持って来て下さるじゃありませんか」
「それに、お前は俺以外に殺されない」
「……ええ」
「それはメリットだろ? お前は俺以外には殺されない。俺と一緒にいれば。そうだろ?」
「……そうですね。ええ。確かに、そう思いますよ。そして貴方は、私を殺すことはないでしょう」
ブライドは意外にも素直にそう肯定する。
しかし、彼女は最後の一口を胃の中に収めてから、嘲るように微笑んだ。
「しかし、貴方は私を捨てると思いますよ」
「……俺には、お前の言ってることがよく分からないんだけど」
その憫笑は俺に向けてというより、自分を嘲るような自嘲の笑みだった。
彼女の、自らを憎む一面を見たような気がした。
「この場所から出て貴方に身を任せれば、私は安全です。身体の安らぎを得るでしょう。その引き換えに、何を失うと思いますか? 精神の安らぎです」
彼女の言葉はとうとうと流れる雲のようだった。
絶えず変化し、指先は届かず空をきるばかりで、それなのにその本質は水だなんて、嘯いて見せる。
「お前は、俺がお前に何か強制すると思ってるのか? お前の思想とか、思考とか、そういうものを? 俺は別に、そんなつもりはないのに……俺はお前を自由にしてやりたいんだよ」
俺は天井を見ながら、スイッチ一つで容易く溶けるであろう彼女のことを思う。
マジでしんどいんだけど……
「毎日食べたいもの好きなだけ食べさせてやるよ? 閉じ込めたりもしないし、俺のことは気にしないで生活してくれればいいし」
「貴方は檻の扉を開けてくれるでしょう、ですが私に鍵を預けることを許しません。私は扉を施錠する権利を、失いたくないんです」
「俺は別にお前をどうこうしようとか思ってないからな?」
「嘘でしょう」
「……俺は嘘をつくのが下手なんだよ、そう言ったろ?」
それから、俺とブライドは同じような調子で小一時間言い合った。
ブライドは頑なだった。
俺は苦笑して時計を見ては、まあいいかと話を続ける。
たぶん彼女はそういうつもりじゃないんだろうけど、俺は彼女とこうして言葉を交わせるだけで楽しかった。
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