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第三十三話:後輩は驚く
しおりを挟む紗香と話してから一週間ほど経った。
今日、俺の家には藍那が来ている。
とはいえ、何か目的が合って集まったというわけではない。
むしろそれは反対で、お互いに予定がなかったから集まった、という方が正しい。
「デートしようぜ」
「――――…………ふぇ!?」
突然の俺の提案に、藍那は沈黙を挟んでから変な声をあげた。
ソファにならんで座って、特に会話もせずに各自だらだらとしていたところに、前触れもなく唐突に言ったせいか相当驚いたらしい。
スマホに落としていた視線をガバッと起こして、目を丸くしてこちらを見ている。
「び……っくりしたぁ。嬉しい……けど、智樹くん、どういう風の吹き回しですか?」
「おいおい、すげえ疑われようだな」
「だって、智樹くんから誘ってくれるなんて思わなかったから……」
藍那の衝撃はまだ引いていないようだ。
俺、そんなふうに見えてたのか?
確かにものぐさなところがあるのは認めるけど。
「まあ、まだ付き合ってからデートらしいデートはしてなかったからな。――あんまり乗り気じゃなかったか?」
藍那とはこの一か月、主に俺の部屋で過ごしつつ、その他にも遊びに行ったりご飯を食べに行ったりすることももちろんあったが、あくまでも日常の延長線上という感じだった。
つまり俺からこういうふうに誘ったことは今まで一度もなかったのだ。
「――行きたいです! デートしましょう! いつにしますか!?」
溌剌とした笑顔を向けてくる藍那は、純粋に喜んでいるように見える。
「じゃあ次の週末でどうだ? 俺も少しはプランとか考えたいし」
「いいですね、週末! ……というか、プランも考えてくれるんですか?」
「まあデートだからな」
「やったぁ! 楽しみにしてますねっ」
△▼△▼△
――というわけで、すぐに約束の週末がやってきた。
現在午前十一時。
別に家まで迎えに行ってもよかったのだが、今日はあえて待ち合わせにした。
藍那曰く、その方が『雰囲気が出る』のだそうだ。
なるほど、確かに。
とはいえ出かけるのには車を使うし、そもそも俺と藍那の家は近く、わざわざ遠くに待ち合わせ場所を設定する意味はない。
なのでゴールデンウィークと同じく、もはや恒例となったコンビニに集合となった。
「おはようございます! 待たせちゃいました?」
先に集合場所に着いて待っていると、到着したらしい藍那が駆け寄ってきた。
今日の服装はきれいめなワンピースにカーディガンを重ねたシンプルなもの。
だけどそれが却って、いつもよりも品のあるような雰囲気を醸し出していた。
「おはよ。今来たところだよ。――というか、家を出る前に連絡したんだから当たり前だろ」
「あー! それは言わないお約束ですよ! こういう会話、憧れてたんだからっ」
そう言ってむくれる藍那を見ていると、なんとなく微笑ましい気分になって、つい頭に手を伸ばしてしまった。
撫でようとしたところで、セットされていることに気が付いて、ぽん、ぽんと軽く叩くにとどめておいた。
藍那は「もう……」とか言いながらも、気持ちよさそうに目を細めていた。
「――さ。そろそろ行こうぜ。予約の時間が来ちまう」
「結局、どこに行くか全然聞いてないんですけど、どこに行くんですか?」
「ん。とりあえず飯。ちょうどいい時間だしな。その後は……まあ、お楽しみだ」
「……わかりましたっ。楽しみにしておきますね!」
わくわくした表情を顔いっぱいに貼り付けた藍那とともに、車に乗り込んだ。
ギアをパーキングからドライブに切替えようと、シフトレバーに手をかけたところで、ふと思い出す。
「そういえば――」
「ん?」
きょとんとした顔を見せる藍那の、服の方を指差した。
「今日の服装、似合ってるぞ。いつもより大人っぽい感じできれいだな」
「えへへ。――ありがとうございます! 智樹くんもかっこいいですよっ」
「そうか? でも、サンキュ」
ちなみに俺はそこそこきれいにまとめてはあるものの、無難の極みといった服装だ。一応、俺の持っている服の中では比較的高価ものにはしておいた。そもそも男の服って、凝ったら凝ったでセンスがないと逆にダサくなるし、よくわからない。
まあでも、悪印象は持たれなかったようでよかった。藍那には今日、楽しんでもらわないといけないから。
内心で密かにほっとしつつ、今度こそ目的地に向かって車を走らせた。
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