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第二十六話:後輩、帰る。そして……
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――朝か……。
意識が浮上する。
眠気が身体の芯にこびりついていて重怠い。
おそらく眠っていたのはほんの二、三時間ほどだろう。
脳が一種の興奮状態になっているらしく、また寝ようとしてもうまく寝付けそうにない。
仕方がないので大きく欠伸を一つもらし、身体を起こす。
そのまま右を向くと、そこには気の抜けた顔で眠る藍那がいた。
仰向けに寝ているので、おそらく明け方のどこかのタイミングで俺の拘束を解いたらしい。
――すやすや寝やがって。
どうやら吠え面をかいたのは俺の方らしい。
苦笑しつつ、ぐいと一伸びして戻ると、多少はすっきりとした。
そのまま藍那を起こさないようにベッドを抜け出す。
朝飯買いに行こ。
△▼△▼△
「起きたか」
「んー?」
コンビニから帰って来てスマホを触りつつ起きるのを待っていると、三〇分もしないうちに藍那がもぞもぞと動き出した。
身を起こしてきょろきょろとしたので、声をかけると、こちらを見た。
するとぼーっとしていた視線が次第に焦点を結んできた。
ハッと目を見開き、藍那の顔に意識が戻ってきた。
「お――」
「お?」
「……はよ……ございま……す……」
「ああ。おはよ」
藍那は布団を引っ張り、鼻の当たりまで顔を隠した。
目だけ出してこちらをじっと見ている。
「……先輩――じゃなかった。智樹くんがいる……」
「そりゃいるだろ。俺の家なんだから」
「ですよねー。あはは……」
沈黙が訪れた――と思ったら
「――私……っ、顔洗ってきますね! 洗面所貸してくださいっ!」
と忙しなく行ってしまった。
藍那はほどなくして戻ってきた。
目もすっかり覚めたようで、先ほどよりもどこかすっきりして見える。
「ほい、朝食用にパン買ってきた」
「ありがとうございます。あ、これ……」
「昔よく食ってただろ」
「もう……これ食べてたの部活してた頃ですよ? こんなの食べたら太っちゃいます」
「そうか? 気にすることないと思うけど。まあそれなら俺が食べるから、こっち食べろよ」
「いえ、これでいいです。――ふふ。久しぶりだなぁ」
「いいのか?」
「いいんです、これで。なんだか昔を思い出しました。よくこうして食べてましたよね」
藍那はそう言って、一口頬張った。甘い大きな菓子パンだ。
多少以上に外見は変わったが、こうしているとなんだか昔に戻ったみたいだ。
「智樹くん、今日はどうします?」
「特に予定はないけど……」
「――ん? ちょっとこっち向いてください」
言って、藍那は俺の顔を両手で挟むと、ぐいと自分の方へと向けた。
そのままじっと顔を見られる。
「ど、どうした?」
「――隈、ひどいです。寝不足なんですね。寝た方がいいですよ」
「いや、大丈夫だけど……」
「ダメですよ、無理しちゃ。風邪でも引いたら大変じゃないですか! ……って寝られなかったの私のせいですね。ごめんなさい。狭かったですか?」
「狭いことは狭かったけどそういうわけじゃ……」
「ま、とにかく。今日のところは帰りますんで、智樹くんはしっかり寝ること。いいですね?」
「――わかった」
△▼△▼△
「一晩、お世話になりましたーっ!」
「おう」
「しっかり寝てくださいね。体調崩したら大変ですし」
「……おう。サンキューな」
「いい返事です。ほら、よしよし」
言って、藍那は一歩近づくと俺の髪をゆっくりと撫でた。
「……おい。いきなり子供扱いしてんじゃねえよ」
俺の文句を聞いた藍那は一歩後ろに下がり、可笑しそうに笑う。
「ふふ。冗談ですよっ。じゃあ――またね、智樹くん」
「またな」
「はい! でもメッセージは送りますね。起きたらちゃんと返してくださいよ?」
「わかってるよ」
藍那は何度も振り返って手を振りながら帰って行った。
完全に姿が見えなくなったことを確認して、家の中に入る。
ねむ……。
怠い身体を引きずるようにして、ベッドに倒れ込んだ。
なんとなく、いつもよりもあたたかい気がした。
――楽しかったな。
楽しかった。藍那と恋人として過ごしてみて、間違いなく楽しかった。
もし藍那とこのまま何事もなく上手くいけば、いつか正式に付き合うことになるんじゃないかという予感がする。
藍那もこの関係を『幸せ』と表現してくれたし、俺のことを好きでないにしても、いい感情を持ってくれていると思う。
きっとこれが正しい。正しいんだと思う。正しいと思うんだけれど……。
――まあいいや。それよりも……。
「紗香に……言わないとな……」
さすがにお試しとはいえ、藍那と付き合った状態で紗香を家に入れるわけにはいかない。
そのくらいの分別はあるつもりだ。
同じ学部だし、そもそも今は友達なのだから、もう会わないという選択まで取る必要はないだろう。
しかしこれまでよりも、より〝友達〟としての線引きを強く引かなければならないのは間違いない。
少なくとも、カップルと周囲に誤解されるような関係になってはいけない。
それに……これはもしかしたらチャンスかもしれない。
紗香と何の憂いもなく、今度こそちゃんとした友達になるための。
今までももちろん楽しかったんだけど、どこか心に大きなもやもやしたものを抱えていた。
俺としてはいろいろ頑張っていたつもりだったんだけど、なかなか解消することが出来なかった。
というよりも、そもそも頑張っているという状況自体がダメだったのかもしれない。
友達相手に普通は頑張らない。
頑張る相手は友達じゃない。
だから何かを変える必要がある。
そうすれば、きっとこれからはもっと向き合えるようになるはずだ。
――これでよかったんだよな? ……なあ、紗香?
意識が浮上する。
眠気が身体の芯にこびりついていて重怠い。
おそらく眠っていたのはほんの二、三時間ほどだろう。
脳が一種の興奮状態になっているらしく、また寝ようとしてもうまく寝付けそうにない。
仕方がないので大きく欠伸を一つもらし、身体を起こす。
そのまま右を向くと、そこには気の抜けた顔で眠る藍那がいた。
仰向けに寝ているので、おそらく明け方のどこかのタイミングで俺の拘束を解いたらしい。
――すやすや寝やがって。
どうやら吠え面をかいたのは俺の方らしい。
苦笑しつつ、ぐいと一伸びして戻ると、多少はすっきりとした。
そのまま藍那を起こさないようにベッドを抜け出す。
朝飯買いに行こ。
△▼△▼△
「起きたか」
「んー?」
コンビニから帰って来てスマホを触りつつ起きるのを待っていると、三〇分もしないうちに藍那がもぞもぞと動き出した。
身を起こしてきょろきょろとしたので、声をかけると、こちらを見た。
するとぼーっとしていた視線が次第に焦点を結んできた。
ハッと目を見開き、藍那の顔に意識が戻ってきた。
「お――」
「お?」
「……はよ……ございま……す……」
「ああ。おはよ」
藍那は布団を引っ張り、鼻の当たりまで顔を隠した。
目だけ出してこちらをじっと見ている。
「……先輩――じゃなかった。智樹くんがいる……」
「そりゃいるだろ。俺の家なんだから」
「ですよねー。あはは……」
沈黙が訪れた――と思ったら
「――私……っ、顔洗ってきますね! 洗面所貸してくださいっ!」
と忙しなく行ってしまった。
藍那はほどなくして戻ってきた。
目もすっかり覚めたようで、先ほどよりもどこかすっきりして見える。
「ほい、朝食用にパン買ってきた」
「ありがとうございます。あ、これ……」
「昔よく食ってただろ」
「もう……これ食べてたの部活してた頃ですよ? こんなの食べたら太っちゃいます」
「そうか? 気にすることないと思うけど。まあそれなら俺が食べるから、こっち食べろよ」
「いえ、これでいいです。――ふふ。久しぶりだなぁ」
「いいのか?」
「いいんです、これで。なんだか昔を思い出しました。よくこうして食べてましたよね」
藍那はそう言って、一口頬張った。甘い大きな菓子パンだ。
多少以上に外見は変わったが、こうしているとなんだか昔に戻ったみたいだ。
「智樹くん、今日はどうします?」
「特に予定はないけど……」
「――ん? ちょっとこっち向いてください」
言って、藍那は俺の顔を両手で挟むと、ぐいと自分の方へと向けた。
そのままじっと顔を見られる。
「ど、どうした?」
「――隈、ひどいです。寝不足なんですね。寝た方がいいですよ」
「いや、大丈夫だけど……」
「ダメですよ、無理しちゃ。風邪でも引いたら大変じゃないですか! ……って寝られなかったの私のせいですね。ごめんなさい。狭かったですか?」
「狭いことは狭かったけどそういうわけじゃ……」
「ま、とにかく。今日のところは帰りますんで、智樹くんはしっかり寝ること。いいですね?」
「――わかった」
△▼△▼△
「一晩、お世話になりましたーっ!」
「おう」
「しっかり寝てくださいね。体調崩したら大変ですし」
「……おう。サンキューな」
「いい返事です。ほら、よしよし」
言って、藍那は一歩近づくと俺の髪をゆっくりと撫でた。
「……おい。いきなり子供扱いしてんじゃねえよ」
俺の文句を聞いた藍那は一歩後ろに下がり、可笑しそうに笑う。
「ふふ。冗談ですよっ。じゃあ――またね、智樹くん」
「またな」
「はい! でもメッセージは送りますね。起きたらちゃんと返してくださいよ?」
「わかってるよ」
藍那は何度も振り返って手を振りながら帰って行った。
完全に姿が見えなくなったことを確認して、家の中に入る。
ねむ……。
怠い身体を引きずるようにして、ベッドに倒れ込んだ。
なんとなく、いつもよりもあたたかい気がした。
――楽しかったな。
楽しかった。藍那と恋人として過ごしてみて、間違いなく楽しかった。
もし藍那とこのまま何事もなく上手くいけば、いつか正式に付き合うことになるんじゃないかという予感がする。
藍那もこの関係を『幸せ』と表現してくれたし、俺のことを好きでないにしても、いい感情を持ってくれていると思う。
きっとこれが正しい。正しいんだと思う。正しいと思うんだけれど……。
――まあいいや。それよりも……。
「紗香に……言わないとな……」
さすがにお試しとはいえ、藍那と付き合った状態で紗香を家に入れるわけにはいかない。
そのくらいの分別はあるつもりだ。
同じ学部だし、そもそも今は友達なのだから、もう会わないという選択まで取る必要はないだろう。
しかしこれまでよりも、より〝友達〟としての線引きを強く引かなければならないのは間違いない。
少なくとも、カップルと周囲に誤解されるような関係になってはいけない。
それに……これはもしかしたらチャンスかもしれない。
紗香と何の憂いもなく、今度こそちゃんとした友達になるための。
今までももちろん楽しかったんだけど、どこか心に大きなもやもやしたものを抱えていた。
俺としてはいろいろ頑張っていたつもりだったんだけど、なかなか解消することが出来なかった。
というよりも、そもそも頑張っているという状況自体がダメだったのかもしれない。
友達相手に普通は頑張らない。
頑張る相手は友達じゃない。
だから何かを変える必要がある。
そうすれば、きっとこれからはもっと向き合えるようになるはずだ。
――これでよかったんだよな? ……なあ、紗香?
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