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第十七話:元カノ、悩む
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――どうしよう。
泊めること自体に抵抗はない。
だけど、そこの線引きはどうなのだろうか。
この前なんて温泉に行ったくらいなのだから、気にするのもおかしな話なのかもしれない。
そもそも俺はなにをこんなに悩んでいるのか。
何を恐れているというのか。
紗香との関係が一般的な視点からは少し外れたところにあることなど、とうに承知している。
大学生の男女の元恋人同士がお互いの家に頻繁に行きあっていることに、あまりいい目を向けられないであろうこともわかっている。
変な関係を邪推されたって仕方がない。
……いや、仕方がないどころか、そういうふうに思われていると考えた方がいいくらいだ。
だから泊まっていくことなど、本当に今さらなのだ。
むしろ修平あたりに話したら、「別れてから泊めてないとは思わなかった」と笑われるかもしれない。
あまり親しくない連中の中には、俺と紗香がまだ付き合っていると思っている者もいるだろう。
そのくらい、俺と紗香は以前と変わらず行動を共にしている。
であれば。
迷うことなど、何もない……はずだ。
決心し、「いいよ、わかった。泊って行けよ」。そんなふうに言うつもりで口を開きかけたときだった。
「――なんてね。うそうそ。帰るよ。だから車で送ってってもらってもいい?」
答えるのに間があったためだろうか。それとも最初から冗談だったのだろうか。
それはわからないが、話自体がなくなってしまった。
拍子抜けしながらも、どこか安心してしまった。
「当たり前だろ。こんな時間に一人で歩かせねえよ」
「ありがと。助かる」
「そうと決まれば早いとこ行くか」
「うん、お願い。――あ、そうだ、智樹」
「なに?」
「今日買った小説だけどさ、何冊かここに置いてってもいい? 来たときに読みたくて」
「ああ。そのくらい全然いいよ」
△▼△▼△
智樹の車のテールランプが見えなくなるまで見送った後、ドアを開く。
玄関ドアの閉じる音が私以外誰もいない部屋に寂しく広がっていく。
パンプスを揃えて脱ぎ置き、部屋に入った。
そして照明をつけ、朝から空きっぱなしだったカーテンを閉じたところで、ふぅとため息が漏れた。
なんだかどっと疲れちゃったな。
今日はお風呂を入れよう。
こんな日はゆっくりとお湯に浸りたい。
蛇口を捻ると、だくだくとお湯が流れ出てきた。
溜まるのを待つのが億劫だ。
すぐにでも入りたいのに。
途中で我慢なくなって服を脱ぎ、風呂場へと入った。
まだ湯の溜まりきっていない浴槽の横――洗い場で、オイルを手に取る。
丁寧にクレンジングをし、次に洗顔料を泡立てていく。
面倒でも、ここだけは絶対に手を抜けない。
洗顔を終えたあたりで、ちょうどお湯が溜まっていた。
簡単に身体を流してから、湯舟に浸かる。
――あったかくて気持ちいー……。
全身から力が抜け、ぼんやりと白い天井を見つめる。
そして今日のことを思い浮かべた。
――智樹は何か私に隠している。
ううん、何かじゃない。女の子だ。
ほぼ間違いなく、女の子と何かしらの繋がりが出来た。
それがどういう繋がりなのか、いつからなのかはさっぱりわからないけど。
気がついたのは今日、車に乗ったときだ。
旅行へ行ったときと少しシートの角度が違った。
それだけなら気にしなかったかもしれない。
けれど微かに、車内には普段と違う匂いが混じっていた。
なんというか、ムスクのような甘い香りがほのかに感じられるような気がしたのだ。
どうしても気になって、部屋に行って確認してみた。
予想通り、その痕跡はいたるところにあった。
水切りラックに乾かしてあった二人分の食器。
らしくない減り方をした冷蔵庫の中身。
極め付けにベッドからは車で感じたのと同じ匂いがした。
おそらく智樹は誰かを車に乗せ、その誰かを家に入れた。
そして多分泊めた。私が先ほど泊めてと言ったときはひどく躊ったのに。
何か言ってやりたい気持ちになったけれど、ぐっと堪えた。
だって私にはその権利がない。
私はもう元カノで――ただの友達なのだから。
智樹が女の子を連れ込もうが付き合おうが、何も言うつもりはない。言うことも出来ない。そんなことはわかっている。だけど、それと私が納得できるかは話が別なのだ。
失敗したかなぁ……。
――ううん、かなぁ、じゃない。明らかな失敗だ。
智樹を甘く見過ぎていた。
たとえ別れても私がずっとそばにいることで、ちゃんとこれまで通りのような関係でいられると根拠もなく信じていた。
今はその気はなさそうだけれど、またいずれ、何かの拍子にきっと元の関係に戻れる。
そんなふうに思っていた。
だけどそれは間違いだと今日、はっきりとわかった。
相手の子がどんな子なのかはわからない。
これまでにまるで気が付かなかったところを見ると、知り合って間もないのかもしれない。
だけどもしそうなら、すぐにこんなに距離を詰めてしまったってことなの?
わからない。
わからないけれど、もう……うかうかしてはいられない。
大好きだった恋人と別れて友達になることを選んだのは私なんだから、ここからは私自身で頑張らないといけない。
智樹の優しさに甘えてはいられない。
だけど、どうすればいいんだろう?
どうすればまた、振り向いてくれるんだろう?
泊めること自体に抵抗はない。
だけど、そこの線引きはどうなのだろうか。
この前なんて温泉に行ったくらいなのだから、気にするのもおかしな話なのかもしれない。
そもそも俺はなにをこんなに悩んでいるのか。
何を恐れているというのか。
紗香との関係が一般的な視点からは少し外れたところにあることなど、とうに承知している。
大学生の男女の元恋人同士がお互いの家に頻繁に行きあっていることに、あまりいい目を向けられないであろうこともわかっている。
変な関係を邪推されたって仕方がない。
……いや、仕方がないどころか、そういうふうに思われていると考えた方がいいくらいだ。
だから泊まっていくことなど、本当に今さらなのだ。
むしろ修平あたりに話したら、「別れてから泊めてないとは思わなかった」と笑われるかもしれない。
あまり親しくない連中の中には、俺と紗香がまだ付き合っていると思っている者もいるだろう。
そのくらい、俺と紗香は以前と変わらず行動を共にしている。
であれば。
迷うことなど、何もない……はずだ。
決心し、「いいよ、わかった。泊って行けよ」。そんなふうに言うつもりで口を開きかけたときだった。
「――なんてね。うそうそ。帰るよ。だから車で送ってってもらってもいい?」
答えるのに間があったためだろうか。それとも最初から冗談だったのだろうか。
それはわからないが、話自体がなくなってしまった。
拍子抜けしながらも、どこか安心してしまった。
「当たり前だろ。こんな時間に一人で歩かせねえよ」
「ありがと。助かる」
「そうと決まれば早いとこ行くか」
「うん、お願い。――あ、そうだ、智樹」
「なに?」
「今日買った小説だけどさ、何冊かここに置いてってもいい? 来たときに読みたくて」
「ああ。そのくらい全然いいよ」
△▼△▼△
智樹の車のテールランプが見えなくなるまで見送った後、ドアを開く。
玄関ドアの閉じる音が私以外誰もいない部屋に寂しく広がっていく。
パンプスを揃えて脱ぎ置き、部屋に入った。
そして照明をつけ、朝から空きっぱなしだったカーテンを閉じたところで、ふぅとため息が漏れた。
なんだかどっと疲れちゃったな。
今日はお風呂を入れよう。
こんな日はゆっくりとお湯に浸りたい。
蛇口を捻ると、だくだくとお湯が流れ出てきた。
溜まるのを待つのが億劫だ。
すぐにでも入りたいのに。
途中で我慢なくなって服を脱ぎ、風呂場へと入った。
まだ湯の溜まりきっていない浴槽の横――洗い場で、オイルを手に取る。
丁寧にクレンジングをし、次に洗顔料を泡立てていく。
面倒でも、ここだけは絶対に手を抜けない。
洗顔を終えたあたりで、ちょうどお湯が溜まっていた。
簡単に身体を流してから、湯舟に浸かる。
――あったかくて気持ちいー……。
全身から力が抜け、ぼんやりと白い天井を見つめる。
そして今日のことを思い浮かべた。
――智樹は何か私に隠している。
ううん、何かじゃない。女の子だ。
ほぼ間違いなく、女の子と何かしらの繋がりが出来た。
それがどういう繋がりなのか、いつからなのかはさっぱりわからないけど。
気がついたのは今日、車に乗ったときだ。
旅行へ行ったときと少しシートの角度が違った。
それだけなら気にしなかったかもしれない。
けれど微かに、車内には普段と違う匂いが混じっていた。
なんというか、ムスクのような甘い香りがほのかに感じられるような気がしたのだ。
どうしても気になって、部屋に行って確認してみた。
予想通り、その痕跡はいたるところにあった。
水切りラックに乾かしてあった二人分の食器。
らしくない減り方をした冷蔵庫の中身。
極め付けにベッドからは車で感じたのと同じ匂いがした。
おそらく智樹は誰かを車に乗せ、その誰かを家に入れた。
そして多分泊めた。私が先ほど泊めてと言ったときはひどく躊ったのに。
何か言ってやりたい気持ちになったけれど、ぐっと堪えた。
だって私にはその権利がない。
私はもう元カノで――ただの友達なのだから。
智樹が女の子を連れ込もうが付き合おうが、何も言うつもりはない。言うことも出来ない。そんなことはわかっている。だけど、それと私が納得できるかは話が別なのだ。
失敗したかなぁ……。
――ううん、かなぁ、じゃない。明らかな失敗だ。
智樹を甘く見過ぎていた。
たとえ別れても私がずっとそばにいることで、ちゃんとこれまで通りのような関係でいられると根拠もなく信じていた。
今はその気はなさそうだけれど、またいずれ、何かの拍子にきっと元の関係に戻れる。
そんなふうに思っていた。
だけどそれは間違いだと今日、はっきりとわかった。
相手の子がどんな子なのかはわからない。
これまでにまるで気が付かなかったところを見ると、知り合って間もないのかもしれない。
だけどもしそうなら、すぐにこんなに距離を詰めてしまったってことなの?
わからない。
わからないけれど、もう……うかうかしてはいられない。
大好きだった恋人と別れて友達になることを選んだのは私なんだから、ここからは私自身で頑張らないといけない。
智樹の優しさに甘えてはいられない。
だけど、どうすればいいんだろう?
どうすればまた、振り向いてくれるんだろう?
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