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第五話:元カノと温泉旅行 part2
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サービスエリアを出発した俺たちはそのまま何事もなく走り続け、午後三時ほぼちょうどに目的の温泉旅館に到着した。
チェックインを済ませると、部屋番号の書かれたキーホルダー付きの鍵を渡された。五一六号室らしい。
エレベーターを使って三階まで昇る。
降りたところの壁に書かれていた案内に従って廊下を歩くと、五一六の客室表札を見つけた。
「結構いい部屋だねー」
「思ってたより広いな」
一歩踏み入れ、そんな感想が出た。
旅館ホームページに載っていた写真から想像していたよりも幾分か広い。
それに少々古いが、丁寧に整備されているのがよくわかり、好印象だ。
「ほら見て! いい眺めだよ!」
荷物を置いた紗香が障子戸を開け、窓の方へと寄って行った。
俺も「本当だな」と同意しつつ、そちらへと向かった。
窓から覗く外には河原が広がっていた。川はそれほど広くなく、透明度の高い水がさらさらと流れていて、いかにも涼しげだ。
その先はそそり立つように険峻な崖があり、灰白色の岩肌と新緑をつけた木々のコントラストが美しい。
少し遠くの方に目をやれば、真っ赤な橋が谷を渡していて、それがなんだかいい味を出していた。
「うーん、風流風流」
「智樹、なんかおじさんくさい」
えー。
けど、そう言ってくすくす笑われても悪い気はしなかった。
悪意がないのがわかるからかな。
景色を楽しむのは一旦そのくらいにしておき、備え付けのケトルでお湯を沸かした。
お茶を淹れ、お着き菓子と一緒に食べる。
レモン風味の白餡が入った小さな焼き饅頭だ。
白餡の甘味をレモンの酸味がいい具合に和らげていて、見た目のわりに軽い味わいだ。
「美味いな、これ」
この辺の銘菓なのかな。
紗香も「これ美味しいね」と目を丸くしながら舌鼓を打っていた。
「はー……なんかやっとついたーって感じ」
足を投げ出して座椅子の背にもたれつつ、ぐでーっとしている紗香が言う。
わかるわかる。
温泉についてお茶とお菓子を食べるとそんな感じになるよな。
けど、そんな紗香を見てほんの少し悪戯心が芽生えた。
「紗香、年寄りくさい」
「――えーっ……ひどい……」
がーん、とショックを受けたように紗香はいそいそと居住まいを正した。
想像通りの反応だ。思わず笑みが浮かぶ。
「さっきのお返しだよ」
「ん?」
俺の言葉に紗香はきょとんしたものの、すぐに先ほどのやりとりを思い出したらしい。
一瞬むっと頬を膨らませたものの、ふっと表情を緩めた。
「一服したら夕飯まで時間あるし、少し散策しようぜ。街の雰囲気だけでも見ておきたいし」
「いいね。行こっか」
部屋を出て、エレベーターホールへ行く。
スイッチを押してエレベーターを待っていると、ちょいちょいと服の裾を引っ張られているのに気がついた。
「外見る前に館内見ておかない? お風呂の場所とか、明日の朝食会場とか確認しておきたいし」
「ああ、いいよ」
程なくして来たエレベーターで二階まで降りる。
この階には大浴場とゲームコーナーがある。
エレベーターから見て女湯が手前、男湯が奥だ。
迷わないようにするためか、廊下にはデカデカと案内表示がしてあり、すぐに場所がわかるようになっていた。
ゲームコーナーはいい感じに寂れており、いつから置かれているのかわからない古そうな筐体にかえってわくわくした。
ちょうど男湯と女湯の中間くらいの場所に貸切風呂を見つけた。
チェックインの時に説明されたが、予約はなく、入口に掛けられている札の「空き」と「使用中」で区別する方式らしい。当然のことながら中から鍵もかかるようだけど。
「すげえ、三種類もあるんだ」
「へぇ、本当だね」
思わず呟くと、紗香もそちらの方を見て感心したように頷いていた。
そして――
「――あとで一緒に入ってみる?」
「…………え」
なんでもなさそうな口調で発した紗香の言葉に、思わず動きを止めた。
――冗談だよな?
紗香の方を見ると、ぱっちりと目があった。
視線が交錯する。
――一秒、二秒、三秒。
無言の時間が過ぎ――
そして「ぷっ」と紗香が吹き出した。
「あはは! 冗談だよ! じょーだん! 本当に入るわけないじゃん!」
「……だよな!」
びっくりした。
だけどもし俺が「うん」と頷いていたらどうなっていたんだろうか。
今のように普通に笑い飛ばされるのならそれでいいが。
もしも――。
……やめよ。
考えるだけ無駄なことだ。
俺と紗香はとっくに恋人関係は解消して、友達に戻った。
今の関係は友達としての線引きをきっちりとしているからこそ成り立っているのであって、そこをどちらか片方であっても簡単に飛び越えようとするのなら、続けられない。
俺も紗香もそこの見解は一致している──はずだ。
紗香は既に「あとはお食事処とお土産品コーナー見てこ!」と通常営業だ。
会話を引きずる様子など微塵も感じられない。
かぶりを振って切り替える。
余計なことを考えるのはよそう。
せっかくの旅行だ。
今はただ、楽しまないと。
チェックインを済ませると、部屋番号の書かれたキーホルダー付きの鍵を渡された。五一六号室らしい。
エレベーターを使って三階まで昇る。
降りたところの壁に書かれていた案内に従って廊下を歩くと、五一六の客室表札を見つけた。
「結構いい部屋だねー」
「思ってたより広いな」
一歩踏み入れ、そんな感想が出た。
旅館ホームページに載っていた写真から想像していたよりも幾分か広い。
それに少々古いが、丁寧に整備されているのがよくわかり、好印象だ。
「ほら見て! いい眺めだよ!」
荷物を置いた紗香が障子戸を開け、窓の方へと寄って行った。
俺も「本当だな」と同意しつつ、そちらへと向かった。
窓から覗く外には河原が広がっていた。川はそれほど広くなく、透明度の高い水がさらさらと流れていて、いかにも涼しげだ。
その先はそそり立つように険峻な崖があり、灰白色の岩肌と新緑をつけた木々のコントラストが美しい。
少し遠くの方に目をやれば、真っ赤な橋が谷を渡していて、それがなんだかいい味を出していた。
「うーん、風流風流」
「智樹、なんかおじさんくさい」
えー。
けど、そう言ってくすくす笑われても悪い気はしなかった。
悪意がないのがわかるからかな。
景色を楽しむのは一旦そのくらいにしておき、備え付けのケトルでお湯を沸かした。
お茶を淹れ、お着き菓子と一緒に食べる。
レモン風味の白餡が入った小さな焼き饅頭だ。
白餡の甘味をレモンの酸味がいい具合に和らげていて、見た目のわりに軽い味わいだ。
「美味いな、これ」
この辺の銘菓なのかな。
紗香も「これ美味しいね」と目を丸くしながら舌鼓を打っていた。
「はー……なんかやっとついたーって感じ」
足を投げ出して座椅子の背にもたれつつ、ぐでーっとしている紗香が言う。
わかるわかる。
温泉についてお茶とお菓子を食べるとそんな感じになるよな。
けど、そんな紗香を見てほんの少し悪戯心が芽生えた。
「紗香、年寄りくさい」
「――えーっ……ひどい……」
がーん、とショックを受けたように紗香はいそいそと居住まいを正した。
想像通りの反応だ。思わず笑みが浮かぶ。
「さっきのお返しだよ」
「ん?」
俺の言葉に紗香はきょとんしたものの、すぐに先ほどのやりとりを思い出したらしい。
一瞬むっと頬を膨らませたものの、ふっと表情を緩めた。
「一服したら夕飯まで時間あるし、少し散策しようぜ。街の雰囲気だけでも見ておきたいし」
「いいね。行こっか」
部屋を出て、エレベーターホールへ行く。
スイッチを押してエレベーターを待っていると、ちょいちょいと服の裾を引っ張られているのに気がついた。
「外見る前に館内見ておかない? お風呂の場所とか、明日の朝食会場とか確認しておきたいし」
「ああ、いいよ」
程なくして来たエレベーターで二階まで降りる。
この階には大浴場とゲームコーナーがある。
エレベーターから見て女湯が手前、男湯が奥だ。
迷わないようにするためか、廊下にはデカデカと案内表示がしてあり、すぐに場所がわかるようになっていた。
ゲームコーナーはいい感じに寂れており、いつから置かれているのかわからない古そうな筐体にかえってわくわくした。
ちょうど男湯と女湯の中間くらいの場所に貸切風呂を見つけた。
チェックインの時に説明されたが、予約はなく、入口に掛けられている札の「空き」と「使用中」で区別する方式らしい。当然のことながら中から鍵もかかるようだけど。
「すげえ、三種類もあるんだ」
「へぇ、本当だね」
思わず呟くと、紗香もそちらの方を見て感心したように頷いていた。
そして――
「――あとで一緒に入ってみる?」
「…………え」
なんでもなさそうな口調で発した紗香の言葉に、思わず動きを止めた。
――冗談だよな?
紗香の方を見ると、ぱっちりと目があった。
視線が交錯する。
――一秒、二秒、三秒。
無言の時間が過ぎ――
そして「ぷっ」と紗香が吹き出した。
「あはは! 冗談だよ! じょーだん! 本当に入るわけないじゃん!」
「……だよな!」
びっくりした。
だけどもし俺が「うん」と頷いていたらどうなっていたんだろうか。
今のように普通に笑い飛ばされるのならそれでいいが。
もしも――。
……やめよ。
考えるだけ無駄なことだ。
俺と紗香はとっくに恋人関係は解消して、友達に戻った。
今の関係は友達としての線引きをきっちりとしているからこそ成り立っているのであって、そこをどちらか片方であっても簡単に飛び越えようとするのなら、続けられない。
俺も紗香もそこの見解は一致している──はずだ。
紗香は既に「あとはお食事処とお土産品コーナー見てこ!」と通常営業だ。
会話を引きずる様子など微塵も感じられない。
かぶりを振って切り替える。
余計なことを考えるのはよそう。
せっかくの旅行だ。
今はただ、楽しまないと。
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