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終わりと始まり

魂の光(3)

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 予定外の出来事に、ノアは眉間に皺を寄せた。

「……クリスティナ」
「はい?」
「少し待たせてもいいか? エリアルがリーシャに炎を向けるのにためらいがあるらしい。少し落ち着かせてから、残りの氷を解かせる」
「あら、そこまでしなくても大丈夫みたいですわよ。ほら、ずいぶんとゆっくりですが、氷はまだ解け続けてますし」
「だが、それではお前の魔力が」
「まだ魔力に余裕はありますから。それに氷が解ける前にエリアルさんが復活できるとも限りませんし。それでしたら万が一の失敗に備えてもう一度凍らせる準備をしていただいていた方がいいですわ」
「そうか。お前がそう言うなら……リーシャの事、たのむぞ」
「ええ、もちろん。任せてくださいな」

 クリスティナは魔力に集中し始めた。真剣な様子なので誰も口を開くことはできなかった。
 時が過ぎ、氷の隙間からリーシャの体が覗き、空気に触れると、また違う幻想的な現象が起こり始めた。
 床から溢れ出す光の粒子や、卵を包み込む白い光の膜とは違い、リーシャの体からはキラキラと輝く光の粒が溢れ出た。その光は天へと上らず、リーシャの周りをフワフワと漂っている。

「皆さん、よいお知らせですわ。私たちが思っていた以上に、お姉様の体に魔力が残っていたみたいで、魂は無事ですわよ。これなら卵へと移すことができそうですわ」
「本当か⁉」
「ええ、このキラキラしている光が体から出てくるのが、その証拠ですの」

 氷が解け、リーシャの肌がより空気に触れるほどに、輝く粒は数を増していく。
 粒子の量が安定した様子になると、クリスティナが宙を手で横に切った。その動きに合わせ、漂うだけだった光が流れ出す。
 光は卵の方へと寄って行き、まるでゆっくりと吸い込まれるように、殻に溶け込んでいった。
 ノアたちがその結果の行方を見守る中、周囲の輝きは数を減らしていく。最後の一粒が卵に溶け込んだところで全ての光がフッと消えた。

「お、終わりましたわ」

 やりきったクリスティナの体がぐらりと揺れた。
 足元から崩れ落ちていく最中、咄嗟にノアは手を伸ばしていた。

「大丈夫か?」
「え、ええ。なんとか」
「……リーシャのベッドを貸してやる。少し休め」

 魔法の成否にばかりに囚われて気がつかずにいたけれど、クリスティナの顔は生気を失っている。
 そんな顔色で苦し気な呼吸をしながらも、クリスティナは気丈に振る舞おうと口元に弧を描いた。

「あら。ノアさんに、そんな言葉を、かけてもらえるとは、思ってませんでしたわ。むしろ、用が済んだのなら、出て行けと言われるかと、思ってましたのに」
「はあ……俺たちの愛しい番を転生させるために必死になってくれた相手に対して、すぐ出て行けなどとはさすがに言わない。俺もそこまで無慈悲ではないつもりだ」
「ふふっ。そういうことに、しておきましょうか」

 ノアはクリスティナの言葉を無視して抱え上げ、先ほどまでリーシャが横になっていたベッドへと寝かせた。

「はぁぁ、お姉様の匂い、ですわぁ……」
「気持ち悪い事を言うな。今すぐ追い出すぞ」
「もう前言、撤回ですの?」
「お前が変な事を言い続けるのなら撤回する」

 そんなふざけ混じりな会話をしていると、エリアルがベッドの端にひょいと顎を乗せた。

「ねえ。ねぇさんの体の方はどうすればいいの?」
「人間が死者を弔うように、土に埋めて差し上げればいいのですわ。必要なのは魂だけですし、お兄様も残った体の方は、番の方に任されて……」

 クリスティナが言い終わる前に、ピキッという音が聞こえた。その音は1度だけではなく、何度も繰り返し聞こえてくる。音はどうやらリーシャの体がある方からだった。

「なんですの、この音?」

 4人が音の方に視線をやると、リーシャの頬にヒビのような線が入っていた。
 ありえない光景に、全員が硬直した。

「皮膚にあんなヒビ、ありえませんわ」
「どういう事だよ! これも魔法の影響じゃないのかよ!」
「わかり、ませんわ! お兄様は、体はそのまま、残るって」

 ルシアとクリスティナが言い合っている間にも、リーシャの体に入ったヒビは全身へと広がっていく。そして全身に回ると、パリンというありえない音を立て、粉々に砕け散った。骨すら残っていない。
 砕けた破片は先ほどの魂の輝きと似ていて、キラキラと輝きながら卵の周りを舞い、消えていった。

「ほんとに、何が起きたんですの?」
「俺たちがわかるわけがない。だが……」

 どうやらエリアルも、そしてルシアも考えている事は同じようだった。

「なんだか、お祝いの時に空から降らせるやつみたいだったね」
「だな」

 その輝きが新たな命として生まれ変わる祝福なのか、はたまた偶然の産物だったのか。
 転生の魔法の全貌を知らない彼らにわかるわけはなかった。
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