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終わりと始まり
魂の光(2)
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「そうだな。リーシャがそう簡単に死ぬわけがない。きっとこの氷の中で俺たちに再び会える時を待っているはずだ」
ノアは愛しい人が眠る氷を、壊れ物を触るようにそっと触れた。
その言葉と姿に触発されたようで、ひどい苦痛を味わっているように歪められていたルシアの顔も、生気を取り戻した。
「そう、だよな。何もかもが規格外だったんだ。そう簡単に逝っちまうわけがねえ。クリスティナ。頼んだぞ」
「ええ。お任せくださいですわ。では、ルシアさん。例の物を出してくださいます?」
「わかった」
ルシアは、昔リーシャが旅の道具を入れていた袋から、黒い卵を取り出した。大きさはルシアが両腕で抱えられるほど。竜の国で貰い受けた、このままでは産まれ出る事のない黒竜の卵だ。
この計画のカギとなる物に直面し、ノアの中に打ち合わせを重ね払拭した憂いが舞い戻っていた。今のノアの頭の中は、本当にこの卵で大丈夫なのかという疑念に支配されている。
「それに、リーシャの魂を入れるのか?」
「ええ、そうですわ。お兄様がこの卵が1番適していると選んでくださったので、問題はないはずですわよ」
「適して? 向き不向きがあるのか」
「あら、そういえば選定についてまではお話していませんでしたっけ。えーとですね、お兄様曰く、これまで転生に関わってきた経験上、卵の種が番と同じ種の方が経過は良かった、とのことです。残念な結果に終わってはいますけど、そのような傾向があるのなら、それに賭けた方がいいだろうとの事で、比較的に新しい黒竜の卵をお選びになったのですよ。それに、お姉様はシャノウさんの力を受け継いでいますしね。それがこの卵を選ばれた理由ですわ。これで少しは安心できましたか?」
クリスティナはノアの心情を見透かしていたらしく、優しい笑みを浮かべていた。リーシャ以外に見せるには珍しい表情だ。
相手が数百年を生きる年長者とはいえ、どれほど子供に見られているのだろうと、ノアは苦々しく笑った。
「ああ。大丈夫だ」
「でしたらよかったですわ。それでは、準備を始めましょうか」
クリスティナは受けとった卵を愛しむ手つきで足元へそっと置いた。
「ルシアさん、お姉様を卵の横に寝かせてください。いいですか、そっとですよ」
「言われなくてもわかってるよ」
「それならいいですわ。それと、エリアルさん」
未だ半泣きべそ状態でしゃがみ込んでいたエリアルは、おずおずと顔を上げた。
「なっ、何?」
「私が今ですって言ったら、素早く氷を解いてくださいね。急ぎ過ぎてお姉様が焼かれてしまうのは問題ですけど、遅すぎるのもダメですからね」
「えっ、そっそれ加減が難しいよ……僕にできるかな……」
「できるかじゃなくて、やらないといけないんですの! ほら、シャキッとしてください! 生まれてからの100年で大きくなったのは体だけじゃないでしょう!」
「えっ、あわっ、う、うん!」
クリスティナに背中を叩かれたエリアルは、涙をぬぐいながら、自分の足でしっかりと立ち上がった。
「その意気ですわ。それでは、始めますわよ」
クリスティナは両手の掌を天に向け、突き出した。
身体から魔力が流れ出すと、周囲の床から白く淡い光の粒子が、水面に登る泡のように天井に向かって上りだした。時間差で、粒子と同じ光り方をした薄い膜が卵を包み込む。それらの光は温かく、これまで目にしたどんな光景よりも、神秘的で美しいものだった。
「キレー……」
「見とれている場合ではありませんわよ。エリアルさん、お願いしますわ」
「うん、わかった。闇の炎よ」
エリアルが凍ったリーシャの体に向けて魔力を集めた片腕を掲げると、氷の表面に揺らめく黒い炎が纏わりついた。そして溶けるはずのない氷がじわじわと溶け始める。
氷は順調に薄くなっていった。けれど、もう少しで手で叩けば割れそうという厚みにまで減ったところで、炎がまるで燃料を切らしてしまったかのように火力を失い、消えてしまった。
炎を操っていた本人が1番顔を引きつらせていた。手も震えている。
ノアはそっと、その肩に手を乗せた。
「エリアル? 大丈夫か?」
「うっ、うん……あれ? おかしいな。僕、ちゃんと……」
リーシャの体を傷つけたくなくて、反射的に魔法を使うのを止めてしまったのだろう。もう1度魔法の発動を試みたようだけれど、うまくコントロールできない様子。周りが思う以上に、内面が未だ幼さの残るエリアルには負担だったようだ。
ノアは愛しい人が眠る氷を、壊れ物を触るようにそっと触れた。
その言葉と姿に触発されたようで、ひどい苦痛を味わっているように歪められていたルシアの顔も、生気を取り戻した。
「そう、だよな。何もかもが規格外だったんだ。そう簡単に逝っちまうわけがねえ。クリスティナ。頼んだぞ」
「ええ。お任せくださいですわ。では、ルシアさん。例の物を出してくださいます?」
「わかった」
ルシアは、昔リーシャが旅の道具を入れていた袋から、黒い卵を取り出した。大きさはルシアが両腕で抱えられるほど。竜の国で貰い受けた、このままでは産まれ出る事のない黒竜の卵だ。
この計画のカギとなる物に直面し、ノアの中に打ち合わせを重ね払拭した憂いが舞い戻っていた。今のノアの頭の中は、本当にこの卵で大丈夫なのかという疑念に支配されている。
「それに、リーシャの魂を入れるのか?」
「ええ、そうですわ。お兄様がこの卵が1番適していると選んでくださったので、問題はないはずですわよ」
「適して? 向き不向きがあるのか」
「あら、そういえば選定についてまではお話していませんでしたっけ。えーとですね、お兄様曰く、これまで転生に関わってきた経験上、卵の種が番と同じ種の方が経過は良かった、とのことです。残念な結果に終わってはいますけど、そのような傾向があるのなら、それに賭けた方がいいだろうとの事で、比較的に新しい黒竜の卵をお選びになったのですよ。それに、お姉様はシャノウさんの力を受け継いでいますしね。それがこの卵を選ばれた理由ですわ。これで少しは安心できましたか?」
クリスティナはノアの心情を見透かしていたらしく、優しい笑みを浮かべていた。リーシャ以外に見せるには珍しい表情だ。
相手が数百年を生きる年長者とはいえ、どれほど子供に見られているのだろうと、ノアは苦々しく笑った。
「ああ。大丈夫だ」
「でしたらよかったですわ。それでは、準備を始めましょうか」
クリスティナは受けとった卵を愛しむ手つきで足元へそっと置いた。
「ルシアさん、お姉様を卵の横に寝かせてください。いいですか、そっとですよ」
「言われなくてもわかってるよ」
「それならいいですわ。それと、エリアルさん」
未だ半泣きべそ状態でしゃがみ込んでいたエリアルは、おずおずと顔を上げた。
「なっ、何?」
「私が今ですって言ったら、素早く氷を解いてくださいね。急ぎ過ぎてお姉様が焼かれてしまうのは問題ですけど、遅すぎるのもダメですからね」
「えっ、そっそれ加減が難しいよ……僕にできるかな……」
「できるかじゃなくて、やらないといけないんですの! ほら、シャキッとしてください! 生まれてからの100年で大きくなったのは体だけじゃないでしょう!」
「えっ、あわっ、う、うん!」
クリスティナに背中を叩かれたエリアルは、涙をぬぐいながら、自分の足でしっかりと立ち上がった。
「その意気ですわ。それでは、始めますわよ」
クリスティナは両手の掌を天に向け、突き出した。
身体から魔力が流れ出すと、周囲の床から白く淡い光の粒子が、水面に登る泡のように天井に向かって上りだした。時間差で、粒子と同じ光り方をした薄い膜が卵を包み込む。それらの光は温かく、これまで目にしたどんな光景よりも、神秘的で美しいものだった。
「キレー……」
「見とれている場合ではありませんわよ。エリアルさん、お願いしますわ」
「うん、わかった。闇の炎よ」
エリアルが凍ったリーシャの体に向けて魔力を集めた片腕を掲げると、氷の表面に揺らめく黒い炎が纏わりついた。そして溶けるはずのない氷がじわじわと溶け始める。
氷は順調に薄くなっていった。けれど、もう少しで手で叩けば割れそうという厚みにまで減ったところで、炎がまるで燃料を切らしてしまったかのように火力を失い、消えてしまった。
炎を操っていた本人が1番顔を引きつらせていた。手も震えている。
ノアはそっと、その肩に手を乗せた。
「エリアル? 大丈夫か?」
「うっ、うん……あれ? おかしいな。僕、ちゃんと……」
リーシャの体を傷つけたくなくて、反射的に魔法を使うのを止めてしまったのだろう。もう1度魔法の発動を試みたようだけれど、うまくコントロールできない様子。周りが思う以上に、内面が未だ幼さの残るエリアルには負担だったようだ。
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