上 下
399 / 419
竜の国

後日談(8)

しおりを挟む
 フェンリルの考えはわかった。ただ、国王とフェンリルがそれでいいのだと周知させたとしても、竜を恐怖し、憎む人間にとっては、何も対抗できる手段がなく、押さえつけられた内心のくすぶりが強まるだけだ。自分たちよりも強者の、とくに未知に近い存在の動向を気にしていない振りはできないだろう。

「けどさ、国王様が理解を示してくださってるとはいっても、他の人がそれで納得してくれるわけではないでしょ? 竜を嫌っている隊長さんとか、とくに。本当の本当に聞き出さなくていいの?」
「いいって言ってんだろ。つか、そんなに念を押されると逆に、聞き出されたがってんのかって感じなんだが」
「そういうわけじゃないけど……」
「ならいいだろ、それで。納得しねぇ連中には情報を漏らせば、リーシャ自身が危ねぇし、下手したら襲撃がひどくなる可能性があるとでも言っとけば口閉じるだろう」
「ん……? ひどくなる?」
「あ? どうかしたのか?」

 フェンリルとの認識のズレに、リーシャは首を傾げた。
 けれどすぐに気がついた。いきなり場所の事を聞かれ、自分が話してしまっては竜たちの平穏が崩されるのではというリスクにばかりに囚われ、肝心な部分を話せていなかった。

「あの、フェンリル。その事なんだけど」
「その事って、竜の襲撃の事か?」
「うん、そう。あのね、あの竜たちは、もう襲ってこないはずだよ。中心になって人間を襲ってた竜と約束したから」
「約束って……そう簡単に約束してくれるようなやつらじゃねぇだろ」
「うん。でもね、竜王様立会いの元で、襲撃の指揮を執っていた竜と決闘をして、私が勝てたらもう襲わないって約束してもらったの。提案してきたのは竜王様だけど。でも、竜王様はちゃんと約束は守ってくれる竜だから。これからはもう大丈夫だと思う」

 フェンリルは信じられないと目を見開いた。
 竜王の庇護の元、せめて襲撃を止めるための何らか手掛かりを、とは期待していたかもしれないけれど、ここまでの功績など全く期待していなかったのだろう。
 リーシャですら、未だにあの日の出来事は現実だったのだろうかと不安に思うくらいの実績だ。

「決闘って……またそんな無茶を……よく勝てたな」
「ほんとにね。かなり危なかったんだよ。シャノウさんに力を貸してもらえてやっとって感じだったんだ。それに相手の竜がね、竜の中でも強い個体で。ほら、私がネクロノーム家に攫われる直前にシャノウさんに守ってもらわなかったら、消し炭になってた攻撃してきた竜いるじゃない? あの竜だったの」
「なっ⁉ お前、あの竜に勝ったのか⁉」
「一応ね。空中戦のためにシャノウさんに背中借りて、囮役までやってもらって。じゃなかったら手も足も出なかったけど」

 リーシャは複雑そうな笑みを浮かべた。
 空の王者ともいえるような竜を相手に、人間1人の力で勝てるわけがないとは理解している。
 ただ、決闘という名目で戦っていたにもかかわらず、リーシャの召喚獣だったという理由しかない、自身の意志を持ったシャノウと共に2対1で挑んだ結果の勝利となってしまった事に、引っ掛かりを感じていた。決闘ならば1対1で挑みたかったというのが本音だ。
 かといって、人類のこれからがかかった戦いとしては、それが間違いではなかっただけに複雑なのだ。
 リーシャが悶々としていると、フェンリルがぐったりと椅子の背にもたれかかり、天井を仰いだ。

「はぁぁ……わかっちゃいたけど、お前は1人で竜1匹倒せちまうくらい強いんだよなぁ。今後の竜への対応より、リーシャへの対応を考えた方がいいんじゃねぇのか、これ……」
「いや、だからシャノウさんの力借りてるから。1人で勝てたわけじゃないからね?」
「と、こいつは言ってるが、ルシア。お前から見てどうだったんだ?」

 フェンリルが尋ねると、ルシアは腕を組んで考え出した。

「そうだなぁ。シャノウのおっさんは攻撃避けてただけで攻撃は一切してねぇし、囮もリーシャが作戦立てたみたいだし、実質リーシャ1人で勝ったようなもんだろ」
「いや、けどそれは……」
「それにシャノウのおっさんも、リーシャの魔力使って外出てたわけだしさ。なっ?」

 ルシアはどうしてもリーシャの手柄としたいらしく、譲る気は無いと気合いの入った、甘い微笑みを向けた。笑顔がまぶしい。
 リーシャがひるんだすきに、フェンリルは悪だくみをしているような顔をして口を開いた。

「だとよ。お前は自己評価低すぎんだよ。もっと堂々と威張っとけ」
「えっ、えぇー……」

 ルシアも首を縦に振って、フェンリルの言い分を肯定している。
 リーシャには2人の評価が高すぎるだけではと感じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...