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竜の国

旅立ち(1)

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 フェンリルやスコッチが待つ場へと戻ると、そこには先ほどまではいなかった見覚えのある後姿が増えていた。黒い長髪を一括りにし、全身に黒を纏う男性はフェンリルと何かを話している。

「ノア!」

 名前を呼ぶと男性は振り向いた。整った顔立ちに気だるげな黒い瞳。間違いなくノアだ。
 リーシャを見つけるとノアの瞳に穏やかな光が宿った。

「やっと戻ったのか、リーシャ。ルシアにエリアルも」
「ノアこそ。戻ってくる途中で魔物に襲われたりとかしてな……えっ、ちょっと、何?」

 心配の言葉も途中に、リーシャは突然ノアに体を右に左にと回された。くまなく観察するような視線だ。

「怪我は……無いようだな」
「うん。ノアの方こそ大丈夫だった? 魔物に襲われたりしなかった?」
「ああ。問題ない」

 少し疲れているような気配はあったけれど、ノアの体には戦闘を繰り広げたような跡はない。うまい具合に魔物に遭遇せずに済んだようだ。
 リーシャがノアの無事にほっとしていると、ノアは再び口をひらいた。

「それで、リーシャ。シャノウがそこの赤い竜に話があるという事だったらしいが、何だったんだ?」
「えっとね、例の魔力刻印を作るために、シャノウさんがファイさんに私たちを竜の国に連れて行ってほしいってお願いしてくれたの。それで、私たち竜の国に行くことになった」
「……そうか」

 拒む言葉はなかったけれどあまり乗り気ではないのか、ノアは眉間に皺を寄せていた。その必要性を理解しているからだろう。
 代わりにフェンリルがリーシャの発言に声を荒らげた。

「はあ⁉ まぁたお前は! ったく、なんでそう突拍子のない事を……」
「話聞いてた⁉ 私が言いだしたんじゃないからね⁉ あっ、ただどっちにしても竜王様との約束のためには、会いに行かないといけなくはあったんだけど……」

 リーシャの言い訳する言葉は語尾に向けて自信を無くすように小さくなった。今回はシャノウが提案はしたけれど、ルシアの修行の進捗状況次第では突拍子もなく、「そうだ、竜の国に行けばいいんだ!」と、あてもないのに言い出す可能性は否定できない。
 フェンリルもそれがわかったのか呆れた息を零した。

「はあ……で? いつ出るんだ?」
「今から。スコッチさんを池に連れて帰ったら、すぐに向かおうと思う」
「そうか……俺もついて行きたいところだが、場所が場所だからな。リーシャはその竜王ってのに気に入られてるっぽいから平気でも、俺は一切関わりのない人間だ。無暗に介入するのは控えた方が良いだろう」
「そうだね。他の竜もいるし、下手に人数は増やさない方が良いかも。私も自分の身を守るので精一杯になるかもしれないし」
「……だな。なら、必ず戻ってこいよ」
「うん、わかってる……それじゃあ、もう行くね。私たちがここにいたら皆気が抜けないだろうし。スコッチさんの事も早く広い池に戻してあげたいから」
「ああ、わかった。気をつけてな」
「うん。ルシア、エリアル」

 リーシャが呼びかけると、ルシアは姿を2人ほどが乗れる大きさの竜へと変えた。エリアルは翼だけを生やすとスコッチ入りの水塊を魔法で宙へと持ち上げる。
 リーシャとノアはルシアの背中へと上った。
 リーシャは背の上からフェンリルの事を見下ろすと、もう一度大きな声を出した。

「戻ってきたらすぐに報告に行くから!」
「ああ。それは期待しねぇで待っとく!」
「うん、期待しないで待ってて!」

 その言葉を交わした直後、ルシアとファイドラスは空へ舞い上がった。そしてリーシャの家がある森の奥へと飛び去った。
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