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竜の国

近づく影(1)

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 アクアディナという魔物は神出鬼没だけれど、一番目撃例が多いのは水辺だ。そのため、リーシャ、ノア、エリアルはシャレット大森林にある池や沼を中心にアクアディナの捜索を行った。
 森林の奥にある池の畔で、リーシャたちは周囲にアクアディナの痕跡がないか探していた。
 しばらく手分けして探していると、エリアルがあきたような声で叫んだ。

「ねぇー、こっち何にもないよー」

 その時リーシャは草叢をかき分け、痕跡を探していた。手を止め、草叢から顔を出した。

「私の方も。ノア―、そっちどう? 何か見つかった?」
「いや、何も。どうやらこの池周囲は寝床にはしていないようだな」
「ここもハズレかぁ。あーあ、もう別の場所に渡っちゃったのかなぁ」
「その可能性もあるだろうが、この広い森にたった1匹だ。1日で手掛かりが見つかる方が奇跡だろう」
「そっか。それもそうだよね。よし、引き続き捜索頑張ろう! 滅多に会える魔物じゃないし、せっかくのチャンス。逃すわけにはいかないもんね!」
「チャンス……?」

 次に何を言いだそうとしているのか察したようで、ノアはじとっとした目をリーシャに向けた。
 それもそのはず。こういう時に言う事と言えば、普通の人間が口に出さないような事でしかない。
 リーシャはノアの表情の意味など気にする素振りなどなく、意気揚々と答えた。

「うん! せっかくのチャンス! なんとしてでも手合わせしてみせる! そしてあわよくば面白そうな魔法を見て盗むの!」

 気合いを入れてそう言うと、エリアルが尊敬の眼差しを向け、手を叩き始めた。

「おおぉ! さすがねぇちゃ、さん! できるようになったら、僕にも教えてね!」
「もちろん! よしっ、じゃあ頑張って探すぞ、おおー!」
「おおー‼」

 リーシャに続けてエリアルは手を空に向けて突きあげ、意気込みを宣言した。
 2人と少し距離を置いた場所でノアはその様子を見ていた。

「……お前の動力源はやはりそこなのか……」

 溜め息をついたノアは額を押さえ、呆れたようにぼそりと呟いたのだった。

「よし、じゃあこの辺りにはいなさそうだし、他の水辺がないか探してみよ」
「……そうだな。そういえば、以前この森にガルマイドが出た事があっただろう」
「うん」
「ヤツの行動範囲は基本的に水辺。という事はあの辺りにも水辺があるという事ではないのか?」
「たしかに! あの時の場所はここよりもっと南寄りだったはず……まだ行ってない範囲の場所だし、行ってみよ。そこで今日の捜索は最後にしようね。見つからなかったら、エリアル、ちょっと手合わせしてくれる? 探してばっかりだったし、もうちょっと体動かしたくて」

 リーシャのお願いに、エリアルは顔をキラキラと輝かせた。

「いいよ! ねぇちゃ、さんのためなら僕、頑張るよ!」

 頼られる事がかなり嬉しかったようで、満面の笑みを浮かべている。
 体が大きくなっても、エリアルの少年らしさは相変わらず。けれど、その中に現れた違和感のある言葉にリーシャの意識は向いた。

「ねぇねぇ、さっきも気になったんだけど、“ちゃさん”って? どうしたの?」

 すると、エリアルが照れくさそうに頬を薄く染めた。

「うーんとね、ノアにぃちゃんに、ねぇちゃんじゃなくてねぇさんって呼べって言われたんだ。けど、どうしても癖でねぇちゃんって言っちゃって」
「そっか。それで言い直そうとして変なことになっちゃってたのね。でも、無理してわざわざ変える必要なんてないんじゃない? 私、エリアルにねぇちゃんって呼ばれるの、可愛いから好きだよ?」

 リーシャが顔を覗き込むと、エリアルの瞳が一瞬揺らいだ。甘い誘惑に負けそうになったのだろう。けれどそんな誘惑に負けまいとエリアルはぶんぶんと頭を横に振った。

「可愛いじゃダメなんだよ。それって、ねぇちゃんの中では弟みたいって事なんでしょ? 僕はねぇちゃんにかっこいいオスだって思ってもらえるようになりたいんだ!!」

 やる気溢れるきりっとした顔が、一生懸命背伸びをしているようで、やはり可愛らしいと思ってしまった。けれどリーシャはそれを口にはせず、ニコっと笑った。

「じゃあ、そう思うなら頑張らないとね。けどね、残念なことに既にねぇちゃんって、さっきから何回か言っちゃってるんだよねぇ」
「アッ‼」

 からかうように言うと、エリアルは慌てて両手で口を塞いだ。
 そんな可愛い仕草も、気を抜くと出てくる“ねぇちゃん“という可愛い呼び方もいずれなくなってしまうのかと思い、リーシャは少し寂しく感じた。

「それじゃあ、あっちの方に行ってみよっか」

 そうして3人は南の方へ足を進めた。
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