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竜の国
気晴らしに(1)
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誘拐騒動から1カ月ほどたったある日のこと。
リーシャはギルドに向かう王都内のいつもの道を、ノアたち3兄弟と共に歩いていた。
この1カ月の間にも、王都周辺だけで6回の竜の襲撃があった。リーシャはその全てに同行し、見事に撃退に成功した。
しかしながらここ1週間、不思議なことに竜の襲撃の話が一切なかった。平穏なのは良い事だけれど、平穏すぎるのも今まで以上に何か起こる前触れなのではないかという不安感をもたらす。
今日リーシャたちがギルドに向かっているのは、クエストを受けようと思い至ったからだった。1週間ずっと家で待機し続けてろくに体を動かせていなかったため、運動ついでにといったところだ。
ただ、ギルドに向かっているのはリーシャとノア、エリアルの3人で、ルシアの行き先は魔道具工房。この日もルシアは立派な魔道具技師になるためディフェルドの元へ修行しに行くところだった。
「そういえばルシア。あの件、順調にいってる?」
「あの件? 刻印の描きだしの事か? それだったら、まあまあってところだな」
ルシアは図案を頼りに刻印を描き上げる修行ではなく、肌で感じた魔力を元に魔力刻印を自分で描き上げる修行を始めていた。
本当ならばこの修業は、熟練の魔道具技師がさらに上を目指すために行うものらしい。けれど一刻も早くシャノウをカルディスの指輪から解放するため、ルシアはディフェルドに頼み込んで修行をつけてもらっていた。
まだ修行を始めてあまりたっていない中、まあまあというのはどの程度の事なのかリーシャには気になった。
「まあまあって?」
「うーん……この前、火の球の刻印作ったら1回だけ成功した」
「嘘っ⁉ すごいじゃない! なんでその日に教えてくれなかったの⁉」
「ほんとに1回出来たっきりで、偶然感が半端なかったんだ。ぬか喜びさせるのもなぁって思ってさ」
ルシアは何とも言えない表情をしていた。きっと安定して成功するようになるまで黙っておきたかったのだろう。
偶然だとしても1ヶ月で成功するというのはすごい事だと思ったリーシャは、興奮気味だった。
「全然ぬか喜びだなんて思わないよ! 偶然って言っても、魔力を感じてどんな刻印を描けばいいかわかるようになったって事でしょ? 進歩してるって事じゃない。ねぇ?」
リーシャは話が通じそうなノアに同意を求めた。自信なさげなルシアに自信を持たせたいという思いもあった。
ノアはその意図をすぐに察したようで、口元に弧を描いた。
「そうだな。俺には到底まねできない事だ。もっと自信を持て」
「自信って言われてもなぁ。まだぼんやりとしか形がイメージできない状態だし。こんな状態で自信って持っていいもんなのか?」
「当たり前だ。本来それは何年もかけて身につけるのだろう? お前はそれを短期間で身に付けつつあるんだ。普段は無駄に自信を持つくせに、こういうときだけ消極的になるな」
ノアは呆れたように言ったけれど、言われたルシアの方は目から鱗な様子だった。
「そ、そっか……そうだな! おっし、なんかやる気湧いてきた!」
照れくさそうにしていたルシアはリーシャの傍から駆け出した。
「ルシアにぃちゃん、先行っちゃうの?」
「ああ。なんか今、すっげぇ練習したい気分なんだ。ってことで。リーシャ、また帰りにな! 無茶してケガするなよな」
振り返ってそう言ったルシアの笑顔は輝いていた。
道行く女性たちは彼の笑顔に見とれている。それはリーシャも例外ではなかった。ただ、リーシャの事だけを思い、気に掛けてくれる異性の笑顔が愛しくて嬉しいというのは周りとは違っていた。
リーシャが手を振って応えると、ルシアはニカッと笑い、走って行ってしまった。本当は「頑張ってね」と言いたかったのに、なんとなくむず痒くて言葉が出なかった。
「あれ? ねぇちゃん、顔赤いよ? 大丈夫?」
「へっ⁉ だい、大丈夫だよ⁉」
顔を覗き込んできたエリアルに突然そんなことを言われ、上ずった声が出てしまった。
「あっ、もしかしてねぇちゃん、ルシアにぃちゃんにドキドキしちゃったとか?」
ワクワクしているエリアルの顔には、からかいの色など一切ない。
リーシャは恥ずかしくて、思わず否定しそうになってしまった。けれど、もう気持ちを誤魔化さないと心に決めたのだ。出て来そうになった否定の言葉は、どうにか押しとどめた。
「う……うん」
リーシャが伏し目がちに言うと、エリアルは目を大きく見開き輝かせた。
「‼ ノアにぃちゃん! 聞いた⁉ ねぇちゃんがっ‼」
「聞いたさ。ようやく素直になったな」
ノアはリーシャの頭にポンと手をのせた。
見上げるとノアは、穏やかな顔で微笑んでいた。ここでこの表情は卑怯だ。
リーシャは手を払いのけると、思わず照れ隠しにツンとした態度をとってしまった。
「そんなこと、どーだっていいでしょ。今日はそういう気分だったってだけだし。あんまりそんなこと言ってると置いてっちゃうから!」
リーシャは2人を置いてスタスタと行ってしまった。
その後ろでノアとエリアルは目を見合わせた。
「やっぱりねぇちゃん、素直じゃないね」
「そうだな。それよりエリアル」
「なに、にぃちゃん?」
「そろそろ、ねぇちゃん呼びは止めろ。せめて姉さんに直せ」
「えぇぇ……」
「俺とルシアの事も兄さんだ。リーシャより背も高くなったんだろう?」
「ううぅぅ……」
「いいか、エリアル。その呼び方だと幼い弟にしか見えない。リーシャにずっと弟だと思われていてもいいのか?」
「それは……」
エリアルの首がカクンと下を向いた。
「がんばる……」
「そうしろ」
こうしてリーシャの聞こえないところで、エリアルの大人の雄として見てもらうための努力が始まったのだった。
リーシャはギルドに向かう王都内のいつもの道を、ノアたち3兄弟と共に歩いていた。
この1カ月の間にも、王都周辺だけで6回の竜の襲撃があった。リーシャはその全てに同行し、見事に撃退に成功した。
しかしながらここ1週間、不思議なことに竜の襲撃の話が一切なかった。平穏なのは良い事だけれど、平穏すぎるのも今まで以上に何か起こる前触れなのではないかという不安感をもたらす。
今日リーシャたちがギルドに向かっているのは、クエストを受けようと思い至ったからだった。1週間ずっと家で待機し続けてろくに体を動かせていなかったため、運動ついでにといったところだ。
ただ、ギルドに向かっているのはリーシャとノア、エリアルの3人で、ルシアの行き先は魔道具工房。この日もルシアは立派な魔道具技師になるためディフェルドの元へ修行しに行くところだった。
「そういえばルシア。あの件、順調にいってる?」
「あの件? 刻印の描きだしの事か? それだったら、まあまあってところだな」
ルシアは図案を頼りに刻印を描き上げる修行ではなく、肌で感じた魔力を元に魔力刻印を自分で描き上げる修行を始めていた。
本当ならばこの修業は、熟練の魔道具技師がさらに上を目指すために行うものらしい。けれど一刻も早くシャノウをカルディスの指輪から解放するため、ルシアはディフェルドに頼み込んで修行をつけてもらっていた。
まだ修行を始めてあまりたっていない中、まあまあというのはどの程度の事なのかリーシャには気になった。
「まあまあって?」
「うーん……この前、火の球の刻印作ったら1回だけ成功した」
「嘘っ⁉ すごいじゃない! なんでその日に教えてくれなかったの⁉」
「ほんとに1回出来たっきりで、偶然感が半端なかったんだ。ぬか喜びさせるのもなぁって思ってさ」
ルシアは何とも言えない表情をしていた。きっと安定して成功するようになるまで黙っておきたかったのだろう。
偶然だとしても1ヶ月で成功するというのはすごい事だと思ったリーシャは、興奮気味だった。
「全然ぬか喜びだなんて思わないよ! 偶然って言っても、魔力を感じてどんな刻印を描けばいいかわかるようになったって事でしょ? 進歩してるって事じゃない。ねぇ?」
リーシャは話が通じそうなノアに同意を求めた。自信なさげなルシアに自信を持たせたいという思いもあった。
ノアはその意図をすぐに察したようで、口元に弧を描いた。
「そうだな。俺には到底まねできない事だ。もっと自信を持て」
「自信って言われてもなぁ。まだぼんやりとしか形がイメージできない状態だし。こんな状態で自信って持っていいもんなのか?」
「当たり前だ。本来それは何年もかけて身につけるのだろう? お前はそれを短期間で身に付けつつあるんだ。普段は無駄に自信を持つくせに、こういうときだけ消極的になるな」
ノアは呆れたように言ったけれど、言われたルシアの方は目から鱗な様子だった。
「そ、そっか……そうだな! おっし、なんかやる気湧いてきた!」
照れくさそうにしていたルシアはリーシャの傍から駆け出した。
「ルシアにぃちゃん、先行っちゃうの?」
「ああ。なんか今、すっげぇ練習したい気分なんだ。ってことで。リーシャ、また帰りにな! 無茶してケガするなよな」
振り返ってそう言ったルシアの笑顔は輝いていた。
道行く女性たちは彼の笑顔に見とれている。それはリーシャも例外ではなかった。ただ、リーシャの事だけを思い、気に掛けてくれる異性の笑顔が愛しくて嬉しいというのは周りとは違っていた。
リーシャが手を振って応えると、ルシアはニカッと笑い、走って行ってしまった。本当は「頑張ってね」と言いたかったのに、なんとなくむず痒くて言葉が出なかった。
「あれ? ねぇちゃん、顔赤いよ? 大丈夫?」
「へっ⁉ だい、大丈夫だよ⁉」
顔を覗き込んできたエリアルに突然そんなことを言われ、上ずった声が出てしまった。
「あっ、もしかしてねぇちゃん、ルシアにぃちゃんにドキドキしちゃったとか?」
ワクワクしているエリアルの顔には、からかいの色など一切ない。
リーシャは恥ずかしくて、思わず否定しそうになってしまった。けれど、もう気持ちを誤魔化さないと心に決めたのだ。出て来そうになった否定の言葉は、どうにか押しとどめた。
「う……うん」
リーシャが伏し目がちに言うと、エリアルは目を大きく見開き輝かせた。
「‼ ノアにぃちゃん! 聞いた⁉ ねぇちゃんがっ‼」
「聞いたさ。ようやく素直になったな」
ノアはリーシャの頭にポンと手をのせた。
見上げるとノアは、穏やかな顔で微笑んでいた。ここでこの表情は卑怯だ。
リーシャは手を払いのけると、思わず照れ隠しにツンとした態度をとってしまった。
「そんなこと、どーだっていいでしょ。今日はそういう気分だったってだけだし。あんまりそんなこと言ってると置いてっちゃうから!」
リーシャは2人を置いてスタスタと行ってしまった。
その後ろでノアとエリアルは目を見合わせた。
「やっぱりねぇちゃん、素直じゃないね」
「そうだな。それよりエリアル」
「なに、にぃちゃん?」
「そろそろ、ねぇちゃん呼びは止めろ。せめて姉さんに直せ」
「えぇぇ……」
「俺とルシアの事も兄さんだ。リーシャより背も高くなったんだろう?」
「ううぅぅ……」
「いいか、エリアル。その呼び方だと幼い弟にしか見えない。リーシャにずっと弟だと思われていてもいいのか?」
「それは……」
エリアルの首がカクンと下を向いた。
「がんばる……」
「そうしろ」
こうしてリーシャの聞こえないところで、エリアルの大人の雄として見てもらうための努力が始まったのだった。
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