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ネクロノーム家

夜明けのとき(3)

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「待てっ‼」

 リーシャが口を開く前にフェンリルが荒々しい声で呼び止めた。
 自分勝手に事を起こしてきたシリウスも、王子の鋭い口調の言葉にはさすがに逆らえなかったようで振り返った。

「まだ何か用ですか?」
「何か用かじゃねぇ。こんな騒ぎ起こしといて、はいそうですかって帰すわけねぇだろう!」
「……この森の事ですか? それでしたら後日人を送って、燃えた木を取り除き、新たな木を植え直しますよ」

 シリウスは口角を上げ、冷静に言った。
 そんな理由で呼び止めたのではないことはこの場にいる全員がわかっている。もちろんシリウスもわかっているはずだ。あえて挑発しているような態度に緊張が走った。
 けれどフェンリルは冷静さを保っていた。

「森もそうだが、それ以前の問題があるだろう。リーシャの事だ。自分勝手に連れ去っといて、これで終われるわけねぇだろう!」
「身内のいざこざです。国に関与されるのは心外なのですが」
「そうはいかねぇ。こいつは既にこの国にとっての重要人物だ。例え身内だろうとなんだろうと勝手なことされると困るんだよ。こいつが婚約することを了承してるならまだしも、本人が了承もしてねぇのに誘拐同然なことをしやがって。ちなみに、ノアたちには捜索願を出させた。ギルドには振り分けず、王家持ちの依頼として動いている。お前ならこれがどういう意味だか分かってるよな?」

 フェンリルの威圧は、妙に肌をピリピリさせるような何かを感じた。
 おそらくフェンリルが言おうとしている事とは、このまま何の弁明もなく逃げ帰れば、国家転覆の意志があったとみなし、それ相応の罪に処す、といったところだろう。
 一切動じていないように見えたシリウスも、観念したように息を吐いた。

「……わかりました。しかし、後日でよろしいでしょうか? 今日は誰にも何も告げずに来てしまっているので。数日中には王都へ向かいます」
「5日以内だ。お前ならできるんだろう?」

 流れる星のように空を一直線に翔ける竜の背に乗って移動しても、ここから王都まででは1日はかかるのではないだろうか。
 そんな距離を人間の力で5日以内と言うのは、普通に考えてなかなかに鬼畜の所業だ。とはいえ、フェンリルはシリウスが転移の魔道具を持っていることを知っている。それを使って急いで来いと言っているのだ。
 シリウスもそれをわかって眉間に皺を寄せていた。

「わかりました。さすがあの騎士団をまとめ上げている団長ですね。この距離を5日でとは」
「明日にしてやってもいいんだぞ?」
「フフッ。さすがに1日は無理ですね。ここまで往復するだけでも魔力がごっそり削られ、おまけに彼との戦いで精神的にも疲れていますから」
「ならつべこべ言ってねぇでとっとと帰りやがれ」
「言われなくとも」

 シリウスは背筋を正すと、美しい一礼をした。

「それでは皆様。ごきげんよう」

 言い終わると同時にシリウスの姿が、まるで蜃気楼を見ているかのように歪み始めた。そして、徐々に向こう側の景色が透けて見え、数秒後にはシリウスの姿形はこの場から消え去った。
 リーシャは突然訪れた静寂に呆然と佇んだ。あまりに怒涛な勢いだったため何が何だか分からなくなっていた。

「……帰るか」

 そう言ったフェンリルの方を向くと視線が合ったように感じた。というより、どうやらリーシャに向かって言ったようだ。
 静寂が打ち破られ、ようやく全てに片が付き、自由が戻ってきたのだという実感が湧いてきた。それに、完全とは言い難くも、ネクロノームの呪縛からも解放された。
 リーシャの頬が無意識に緩んだ。

「うん。帰ろう。早く帰りたい!」

 自分が何かをしたわけではない。ここまで来るのも、シリウスとの戦いも全てエリアルが頑張ってくれた事。リーシャは運ばれ、見ていただけ。それなのにまるで自分が大仕事をした後のような気分だった。
 リーシャは疲れたように笑っていた。
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