上 下
268 / 419
ネクロノーム家

闇と夜明け(2)

しおりを挟む
 エリアルはシリウスを指差し、苦しげな声で言った。

「お願い。その、人間を、倒して……」

 言い終わると、エリアルは膝から崩れ落ち、座り込んでしまった。かろうじで意識は保っているようだ。
 魔物達はというと、皆シリウスの方へと体を向けていた。
 そして一斉におぼつかない足取りで突進し始めた。
 シリウスは複数の水の球を一斉に魔物達へ向けて放った。被弾した魔物は、体を破損したまま進軍を続けている。
 破損がひどく、崩れ去ったモノもいるけれど、崩れたその地面から再び同じ型をした魔物が湧き出し、再び進軍を始めた。倒しても倒しても終わりが全く見えない。

「くそっ」

 ようやくシリウスのすまし顔を剥がす事には成功した。
 リーシャが動かないエリアルに駆け寄りたい衝動を抑えていると、後ろにいたフェンリルが前へと足を進めた。信じられない物でも見たような表情だ。

「あれは……」
「フェンリル、あの生き物のこと知ってるの?」
「ああ。あいつらはアンデッドって魔物だ。お前も知ってるんじゃないのか?」
「名前だけは。遭遇できる確率はかなり低いって聞いたけど」
「1度だけ、遠征の帰りに偶然出会っちまったんだよ。物理的に倒しても倒れねぇし、魔力量もでかくて闇属性の魔物だから有効な属性もわからない。拘束しようにも意外にバカ力で振り切られちまう。たった数匹に50人近くの騎士が追い込まれちまった」
「どうやって勝ったの?」
「勝ってねぇよ。凌いでるうちに夜が明けて消えたんだよ」
「そう……」

 シリウスの魔法はアンデッドの体を粉砕し続けているけれど、一向にアンデッドたちの勢いを抑えられずにいる。
 エリアル本人は意識があっても、戦闘不能状態。この戦いのリミットはアンデッドが消え去る夜明けまでだろう。それまでにシリウスを倒せなければエリアルの敗北は確定だ。

「さっきの魔法、アンデッドを呼ぶ魔法だったんだ」

 リーシャがそう呟くと、すかさずシャノウがリーシャの脳に語りかけた。

『そうではない』
「えっ、違うの?」

 シャノウは苛立っているような声を出しつつも、真相を語り始めた。
 周りにはシャノウの言葉は聞こえていない。フェンリルとシルバーはリーシャの事を遠巻きに見ていた。
 すると、独り言を言ったり驚いたりしながらも納得するような素振りのリーシャを見て、現状がわからない事に耐えかねたのかシルバーが口を開いた。

「なあ、おいリーシャ。1人でブツブツ何言ってんだよ」
「あ、うん。あのね、この指輪の中にいるシャノウさんと話してたの。さっきエリアルが地面に向かって使った魔法、召喚の魔法とはちょっと違うんだって」
「あっ? 召喚? 言ってる意味がよくわからねぇんだが」

 シルバーは、アンデッドの存在を知らないのだろう。エリアルがアンデッドを出現させた事に関して疑問を持たなかったらしい。

「えーっと、さっきフェンリルとも話してたんだけど、あの魔物はアンデッドっていって、滅多に出会う事はない、かなり強力な闇の魔力を持つ魔物なの。最初、もしかしたらエリアルが魔法でアンデッドを呼び寄せたのかと思ったんだけど、シャノウさんが言うには、さっきの魔法はアンデッドを強制的に生み出す魔法だったんだって」
「魔法で生み出した? ほんとにそんな事できんのか」
「うん。アンデッドって生前に土の魔力を持っていた彷徨う魂が、自然界で偶然作られた闇の魔力に当てられて生まれるんだって。で、エリアルはそれを自分の魔力を使って再現したって」

 その場にいた全員が信じられないという表情をしていた。魔法について理解の遅いシルバーもなんとなくは理解できたようで衝撃を受けている。
 すると今度はルシアが焦ったように口を開いた。

「ちょ、ちょっと待てよ、リーシャ! それだとエリアルが闇の魔力を使えるってことにならねぇか? あいつは俺らの兄弟で、黒竜なんだからそんな事できるわけ……」
「あ、ちょっと待って」
「どうしたんだよ」

 再びシャノウがリーシャの脳に語りかけてきた。彼を呼び出せないリーシャは、それを代弁する。

「暗黒竜って、実は魔法を極めた黒竜なんだって。シャノウさんもずっと昔は普通の黒竜だったらしいよ。シャノウさんは魔法に憧れてエリアルと同じように特訓して、全ての魔力を扱えるようになった時、自然と闇の魔力を使えるようになったって言ってる」
「じゃあ、エリアルも魔法を極めたって事なのか?」
「うーん。極めたかどうかはわからないけど、基本になる有属性魔法は使えるようになったみたい。シャノウさんがいろいろ教えてたって」
「そうなのか」

 エリアルの方に視線を向けたルシアが悔しそうな表情をした。

「けど、こんな魔法があるならなんでとっとと使わなかったんだよ。そうすりゃあ、兄貴の翼がこんなことにならずに済んだかもしれねぇのに……!」
「エリアルはまだ闇の魔力の扱い方を覚えたばっかりで上手く使えないからだって。初めのうちはコントロールできなくて、1回発動させるとその魔法に全魔力を使ってしまう。ルシアも見たでしょ? 私が闇の魔法使って倒れたとこ」
「それ、は……」
「それにたぶん夜明けが近いのも理由だったんじゃないかな。それまでにアンデッドたちの力で倒せればいいけど、ダメだったら魔力切れになったエリアルは問答無用で負けになっちゃう。だから初めからは使わなかったんじゃないかな?」
「……そっか。アイツもちゃんと考えてんだな」

 これだけのアンデッドがいても、シリウスが圧されているようには見えない。
 この戦いのリミットは夜明け。
 シリウスの魔力が尽きるか、日が上ったとともにアンデッドたちが消えた時勝負が決するのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。 世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...