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ネクロノーム家

救出者(2)

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 リーシャはその後もぼんやりと窓の外を眺めていた。
 だんだん道を歩く人は減り、外を歩く者がほとんどいなくなった頃、リーシャはやっと空腹をわずかながら覚えた。

「そろそろご飯食べよ」

 リーシャが席を移動しようと立ち上がると、窓に何かがぶつかるような音がした。その音はまるで外から誰かがガラスをノックしたような音だった。
 ここは2階だ。しかも1階の部屋の天井までの高さがかなりあり、3階ほどの高さがあると言ってもおかしくはない。暗い中、そのような高さまで登り、窓を叩くというのはなかなかに難しい事だろう。
 恐る恐る振り向くと誰かが部屋を覗き込んでいた。
 一瞬叫びそうになったけれど、その顔が自分の知っている顔だったため叫びは喉の奥へと吸い込まれていった。
 代わりに彼の名前を呼んでいた。

「エリアル‼」

 リーシャは急いで窓を開け放った。今2人の間にあるのは鉄の格子だけ。こんなに近いのに格子に阻まれ、今のリーシャではエリアルの事を抱きしめる事ができない。
 目の前にいるエリアルが本物なのか確認したくて、リーシャは格子の間から手を出し、彼の頬に手を当てた。幻などではなく、そこにいるのは間違いなくエリアルだった。
 エリアルはリーシャの安堵した顔を見て嬉しそうに笑った。

「ねぇちゃん、お迎えに来たよ!」
「エリアル、どうやってここまでバレずに来れたの……?」
「フェンリルのにぃちゃんに“いんぺー”の魔道具借りてここまで来たの。でも今はねぇちゃんとお話しするために魔道具止めてるんだ。だから早くここ開けて逃げないと見つかっちゃう」
「開けるって言っても、これどうしよう。私今この魔道具のせいで魔法が使えないの」

 リーシャは手首に装着された抑制の魔道具を見せた。
 おそらくエリアルは何の魔道具なのかはよくわかっていないのだろう。けれど、リーシャは魔法が使えない状況にあるという事だけがわかっていればたいした問題ではない。
 エリアルはやる気に満ちた顔をした。

「じゃあ、僕に任せて! ねぇちゃんはちょっとそこのいてて」
「うん」

 エリアルはふーっと息を吐きだすと、格子の1カ所を指で挟んだ。
 すると格子が赤く光り始め、鉄が焼けるような臭いがし始めた。エリアルが火の魔法で格子を焼き切り始めたのだ。どうやら魔道具を使わずにやってのけているようだ。

「すごいよ、エリアル! また魔法上達したんじゃない?」
「僕ね、ねぇちゃんがいない間も、ずっと頑張ってたんだ。僕はにぃちゃんたちみたいに力強くないから、ねぇちゃんを守るには魔法しかないって思って」

 エリアルは話をしている間も1ヵ所、また1ヵ所と慎重に格子を焼き切っていく。
 あと1本切ればリーシャが通れるほどの丸い穴が開くところまできた。

「よ……し。これででき、たっ……あっ‼」

 支えを無くした格子の残骸は、受け止めようとしたエリアルの手をすり抜け地面へと落下していってしまった。
 地面はどうやら石のタイルが敷き詰められている場所だったようで、格子が落ちると誤魔化しのきかない音を奏でてしまった。

「誰だ‼」

 案の定、すぐに屋敷の警備をしていた人間が窓の下までやって来てしまった。上を向かないでと願ったけれど、格子の残骸を見つけた途端に顔が上を向いてしまった。

「侵入者だぁぁぁ‼」

 その声を皮切りに屋敷の中が急に騒がしくなった。

「まずい!」
「わわわっ! どうしよう!」

 エリアルはパニックを起こしその場でオロオロし始めてしまった。
 とにかく今はこの場から早く逃げなければならない。

「エリアル、私を抱えて飛べる?」
「わわわかんない! けど、やらなきゃ捕まっちゃうんだよね⁉」
「そう、やらないとエリアルも私も捕まっちゃう! ノアやルシアと会えなくなっちゃうよ!」
「そんなのやだぁぁあ‼ にぃちゃんたちと会えないのヤダァァァ‼」
「じゃあエリアル、お願いだから頑張って‼」
「わっ、わかったよぉ‼」

 リーシャは窓枠を越え、エリアルへと手を伸ばした。
 その時、部屋のドアが開いた音がした。

「リーシャ‼」

 シリウスの声がした。
 振り向くと廊下にできた人だかりが視界に入った。そしてその筆頭にはシリウスの姿がある。すぐ後ろにはメリッサが心配そうな顔をしてリーシャの事を見ていた。
 メリッサにはとてもよくしてもらった。それをあだで返すような形になってしまったのは申し訳ないと思ったけれど、このままこの屋敷で死ぬまで軟禁されるのはごめんだった。

「メリッサさん、ごめんなさい‼」

 リーシャは顔を背け窓の外へと飛び出し、竜の翼を生やしたエリアルの胸へと飛び込んだ。

「行って、エリアル‼」
「うん! 頑張る‼ ふぬぅぅぅぅ‼」

 飛ぶのがつらいのか、エリアルは苦しそうな表情で羽を大きく動かし始めた。全身も苦しさをこらえるように力が入っている。

「リーシャ様!」

 聞こえてきたのは心配しているようなメリッサの声だった。その声にリーシャの胸がチクリと痛んだ。
 エリアルの肩越しから見えた、先ほどまで自分がいた部屋の窓辺にはシリウスとメリッサが立っていた。
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