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ネクロノーム家

苛立ち(3)

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 その夜の事。
 寝支度を終えたリーシャは、メリッサに寝室となる部屋へと案内してもらっていた。屋敷は広く、まだ構造をあまり把握できてはいない。
 早く1人で動けるよう、周りをキョロキョロ見渡しながら案内されていると、ある事に気がついた。

「あの、メリッサさん。この廊下、私が昼に寝かされていた部屋とは違うところに向かってません?」
「ええ……そうですね。シリウス様から別の部屋に案内するようにと仰せつかっておりますので……」
「?」

 メリッサはどこか言いにくそうだった。まるで気の毒にとでも思っているような言い方だ。
 リーシャは不安を感じながらも、大人しくメリッサの後を追って行った。

「こちらです」

 ある1室の扉の前で立ち止まった。
 壁の扉同士の間隔からして、他の部屋より大きめに作られた部屋のようだ。この部屋で寝起きするようにという事なのだろう。けれど、1人で過ごすには少し広すぎるように感じ、なんとなくノブに手を伸ばせなかった。

「では、私はこれで」
「あ、ちょっと!」

 メリッサは逃げるように足早に立ち去っていった。その後姿を見ていると嫌な予感がしてくる。
 リーシャは覚悟を決め、ノックせずゆっくりと扉を開けると隙間から中を覗き込んだ。
 中は明るく、壁際の机で何かをしている1人の人影が見えた。

「やあ、来ましたね」
「シリウス様⁉ えっ、何で……私が案内されたのここ……」
「ええ。ここに来させるよう頼んだのは僕です。こちらへどうぞ」
「こちらへって言われても……」
「仕方ないですね」

 立ち上がったかと思うと、シリウスはリーシャの方へとやってきた。
 そしてリーシャを引き入れると扉をばたんと閉め、鍵までかけててしまった。
 リーシャは背筋がゾッとするような怖さを感じ、部屋の奥へと後退った。

「そこまで警戒しなくても。まだ手は出しませんよ。婚約すらしていないのに」
「まだ、じゃなくて! あなたとは結婚も婚約もしません! 私を家に帰してください!」
「おやおや。随分と嫌われてしまったみたいですね」

 シリウスはじりじりと逃げるリーシャの方へと迫っていき、壁へと追い詰めると、リーシャを閉じ込めるように背後の壁に両手をついた。
 右手が壁から離れ、リーシャの頬へ添えられた。

「ひっ‼」

 身の危機を感じたリーシャは、シリウスの胸を押し返そうとした。けれど、びくともしない。
 こういう時いつもなら身体強化の魔法を使って無理やり脱出するのだけれど、抑制の魔道具のせいで力が出せず、逃れられなかった。
 恐怖に支配されたリーシャは「キャー」っと叫び声をあげながらシリウスの頬を引っ叩いた。
 リーシャの叫び声を聞きつけた誰かが廊下を走って向かってくる音がした。

「どうされましたか⁉ リーシャ様の叫び声が聞こえましたけど、大丈夫ですか⁉」

 外から激しく扉を叩く音と、慌てるメリッサの声が聞こえてきた。
 リーシャは助けを乞おうと口を開いたけれど、シリウスに手で口を覆われ大きな声が出せず、言葉にならない声が漏れるだけだった。

「すまない。少し驚かせてしまっただけだ」
「……本当ですか? 少し驚かせただけのようには……」
「彼女は僕の婚約者だ。手荒なことはしないさ」

 メリッサは黙ってしまった。
 おそらくシリウスがリーシャに何かしたと気がついたけれど、主人に逆らう事が出来ずにいるといったところだろう。疑っていなければ、「そうですか」と言ってすぐにこの場を離れていたはずだ。
 シリウスもメリッサの心の動きに気がついているだろう。立ち去らないメリッサに少し強めに言った。

「今日はもう遅し、寝た方がいい。明日も早いんだろう? それにメリッサ、君はリーシャの世話係だ。万全な状態で、また明日からも彼女の事を頼むよ?」
「……かしこまりました」

 メリッサは納得いっていないような返事をするけれど、言われるままに部屋の前から立ち去ってしまった。
 気配が消えると、シリウスはやっとリーシャの口から手を放した。
 リーシャは怒りや恐怖を浮かべた瞳でシリウスの事を睨みつけた。
 そんな瞳もシリウスにはほとんど効果がない様子。やれやれと言わんばかりに溜め息をついた。

「まあいいです。時間はいくらでもありますから」

 そう言ってシリウスは先ほどまでいた机の方へ戻った。
 リーシャは彼が何をしているのか気になりはした。けれど、近づきたくないという思いの方が強く、またじりじりと距離を取り始めた。
 椅子に座ったシリウスがリーシャの方を向いた。

「今日はもう遅いので、貴女がそちらのベッドを使ってください。僕はまだ少し雑務が残っているので、それが終わったらそこのソファで寝ます。明日、近くの部屋を片付けさせますから、そちらをお使いください」
「……わかりました」

 昼まで寝かされていた部屋でいいと思いはしたけれど、何を言っても聞いてもらえないような気がしたリーシャはそれ以上言葉を発せず、ベッドの中へもぐりこんだ。

「……絶対に入ってこないでくださいよ」
「わかってますよ」

 それからしばらくの間、時折何かぼそぼそ呟く声が聞こえてきたけれど、リーシャは一切を無視し寝たふりをした。そうしているうちにいつの間にか眠っていたようだ。
 気がつけば窓の外には日が上り、部屋にシリウスの姿はなくなっていた。
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